『two people in the white room』
著者:七夜実
「そのキャンバスに、二十年かかって、あんたが絵を描いたの」
そう言って指し示したのは、俺の後ろ。
振り返った先には、壁。
それを、キャンバスというのだろうか。
二階建ての家屋ほどの高さがある其処に、縦横無尽に隙間無く敷き詰められているのが、俺が描いたという絵、なのか。
しかし、これらの絵を、俺が描いた、と言われたものの、どうもそうではないように思える。
絵はどれも全く違うタッチ、技術、更には時代の物のようなのだ。
(・・・いや、それだけじゃない)
近寄らないと、否、近寄って判るものでもないだろうが、敷き詰められた大小様々な絵によって、さらに全体として大きな一つの「絵」が構築されているのだ。
「一つ一つの絵が、たった一つのモチーフを意味しているのか」
なんということなんだろう。
しかもこの「絵」は、何らかの規則によって組み立てられたロジックを髣髴とさせるのに、そのすべて、つまりは一つとしての「絵」によって示されるはずのものが、俺には全くわからなかった。
「論理は始点と終点を持つ」
「絵」の前で呆然とする俺の背中に声が響いてくる。
「無尽蔵の定義を背後に従えた思索の海の上で、一つの命題を始点とし、たかだか有限数の命題の並び替えによって、一つの命題を終点に望む一直線の道筋。それを論理と呼ぶのならば」
わかる。これは、何かを示している。
だから、これが、論理だといえるのならば、
「あんたが描いた「絵」は、ソレを構築する絵がすべての命題の一つ一つを担い、そのすべてが始点と終点を担いうるような、そんな論理構造を示している」
俺は今、
「それが何を意味するのかと考えるのならば、それはたった一つにして、知りうる全ての事象をその構造によって具現しているとしか私たちには言い得ない」
世界を見ていることになる。
「・・・・・・何てこった」
世界の中の一事象であるはずの「絵」に、世界そのものが組み込まれている。
でかい、確かにでかい。
でも、それでも、
世界は、こんなにも小さい物だったのか?
「これを、俺は」
「描いた。本当。嘘じゃない」
そう言って俺の横に並び、改めて「絵」を見上げる。
「この「絵」を描くために、あんたは世界中から何百万枚もの絵を集めてきた」
「あんたが描くのに掛かった20年のほとんどは、そのためだけに費やされた」
「どうやって集めたのかは知らない。その方法も、それ以外のことも、あんたはどうやっても教えてくれなかった」
「ただ黙々と、集めた絵を、他の絵と重なるのを気にもとめずに、キャンバスに貼り付けていくだけ」
「もっとも、何の絵が其処にあるのか、だけは全て判るようになってるから、あの時のあんたの頭の中には既に「絵」が見えていたんだろうね」
確かに、隙間無く敷き詰められているとはいえ、そのほとんどの絵はモチーフ以外の部分が、全く見えていない。
たぶん、それ以上の絵は、モチーフですら、それが何か判るギリギリの一部分しか見えていないに違いない。
それが示しているのは「世界の姿は我々の目から隠されている」ではなく、「世界の姿は一方向からだけでは全てを現さない」ということだろう。
「ちなみにね、いくつかの絵はどうしても見つからなかったらしくて、あんた自身が自作したものも混じってる」
・・・どう考えてもモネの絵だとしか考えられないものの横にある、見覚えありすぎるタッチの絵がソレか。何を考えていたんだ、俺。
その思考を、知ってか知らずか、相手は次のように続けた。
「あんたが何を考えてこの「絵」を描いたのかはわからない。でも」
顔を「絵」に向けたまま、ソレへと近づいていく。
見つめているのは「絵」の中心、いや、「絵」の中心にある「絵」だった。
それに俺は目を移し
【見てはいけない】
頭痛。
此処に連れてこられた時にも響いていた、鈍く、どこか馴染みのある痛み。
「この「絵」は、どうあっても絵だ。三次元空間である此処においては奥行きがない」
世界の持つ全ての要素を、如何に整理したとしても、奥行きという最も基本的な要素を失うはずはない。
故に、この「絵」が世界を示しているとするならば、それ自身が奥行きを示せない以上は、そのどこかに、奥行きをモチーフに持つ絵があるはずだ。
しかし、それは不可能だ。
世界において、すべての事象は平等だ。
と同時に、奥行きは俺たちが世界という言葉を用いて指し示す三次元空間を規定する特別な要素でもある。
故に、その絵はこの「絵」の中で他のどの「絵」よりも、ある程度は目立っていなければならないが、この「絵」の中にある限り、他の全てと等しく埋没してしまう。
奥行きという要素を含んだとしても、それではただの世界の説明であって、世界そのものを示すには至らない。
丁度、精巧に出来た地球儀が地球を充分に説明できるとしても、地球そのものとは全くの別物であるのと同じだ。
「だからあんたは、この絵を中心に据えることでソレを解決した」
奥行きを要素として示すことが上手くいかないならば、どうすればいいのか。
そもそも奥行きが存在するのは、世界が無数の視点によって成立しているからであって、たった一つしか視点がなければ奥行きは消滅する。つまりは、片目で物を見るのと一緒だ。
「この絵に描かれているもの、それこそがこの「絵」を見ているもの、それ自身なんだ」
要は、たった一つだけの観察点を決め、この「絵」に付属させておけばいいのだ。
でも、その観察点を持つのは、一体誰なのか?
たった一つの視点から、世界の全てを見て取ることが出来る、そんな人物が、果たしているのか。
いや、そもそも、俺はそんな奴を、知っていたのか?
「あんたが、この「絵」を描いたことを忘れた理由は、この絵に描かれているのが何なのか、今のあんたには理解できなくなってしまったことにあるんだよ」
少なくとも、俺はこの「絵」を見て、これが世界そのものを示していると理解できた。
つまり、その誰かの視点は、他の誰かがそこから見ても、全員が世界すべてを見て取ることが出来るようなものだということになる。それは、つまり・・・。
もう一度、絵を見
【みてはいけない】
やはり頭痛。
今の俺には、理解できない、理解してはならないものなのか。
俺がこの「絵」を完成させたから?
そもそも、なんでこの「絵」を、俺は、描いたんだ?
「あんたをここに連れてきたのは、この絵に描かれているものを思い出してもらうためだよ。それはあんただけでなく、私たち全員にとっても重要なことなんだ」
俺たちにとっても重要・・・。
俺だけでなく、すべての人間が、忘れ、いやそうじゃない、わからなくなってしまったもののことなのだ。
あと少しだ、あと少しで思い出せそうだ。
あと少し、何か、何かないのか。
「この「絵」だけでは駄目なんだ。世界がすべて判るだけでは意味がない」
意味
「世界が、こうであるということ、それ自体がもっと重要だが、それでも足りない」
重要
「世界がこうである、ということによって示されることが、ひとつだけある。この「絵」はまさにそれを証明してくれた。もしかしたら、あんたがコレを描いた理由もそこにあったのかもしれない」
証明
そうだ、***は、その視点を持っている以上、世界の外にいる。
示されうるものの集合によって、示されないものが証明される。
それは、誰の言葉
そうか、そういうことか。
「私たちは、***が死んだ、なんていう、狂人の言葉なんて信じてはいないんだ。***は、この「絵」がある限り、必ず存在する」
思い出せた。
そうだ、そのために俺はこの「絵」を描いた。
「だから、この絵に描かれているのが、一体何なのか、いや、***を如何に描いたのか、あんたに思い出してほしいんだ。それは、この「絵」があること、それ以上の確実さをもって、私たちに***がいることを、教えてくれるはずなんだ」
「絵」に近づく。
今度はその中心を見ても、いや凝視しても、何の痛みもない。
その、真っ正面に立つ。
側では、長々と話し続けた誰かが、期待を込めた目で俺を見つめている。
そいつは、この世界において何番目かの目撃者となるのだ。
俺は「絵」を見つめる。
その瞳に浮かんでいるのは、きっと、
殺意だ。
あっという間の事だった。
この「絵」を完成させるのと同時にするはずだったのに、なんで忘れていたのだろうか。
まぁいい、遅れてしまったけれど、これで完全だ。
***は死んだ?
それだけでは不十分だ。
***が死んでいたと宣言しただけでは、虚構を消すことは出来ても、この現実を壊すことなど出来はしない。
だから、確実に、
***を殺さねばならない。
両手には、二つに引き裂かれた絵。
目の前では、突然作られた小さな、それでも致命的な空白によって壊れていく「絵」
横に目を向ければ、驚愕をはりつけて固まった誰かの顔。
その様子に苦笑しながら、出来る限り、優しく声を掛けた。
「なんだよ、こんくらいでびびるなよ。冗談だろ」
●《自己批評》
『お久しぶりです。
今回は、非常に難産でした。
それでも、悩んだぶんだけ、
納得のいく作品になったと思っています。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ なんだよ、こんくらいでびびるなよ。冗談だろ。
『化け物屋敷』
著者:nymphaea
何だよ。こんくらいでビビるなよ、冗談だろ。
李家の姑娘に懸想してんのは、この町の男全員だぞ?
こんな話してんのは、俺だけじゃない。
寝屋に忍び込むなんて、ほんの口先さ。マジにゃ出来るはずねえ。
ありゃ、届かない高値の花ってやつだ。そんくらい、分かるだろ。
どうしてそんなにビビってんだ。
え?誰も分かってないだぁ?何をさ?
ふんふん、李家は化け物屋敷……って、はぁ?何だそりゃ。
いや、声を潜めろなんて言われなくても、そうするよ。
こんな馬鹿な話、他の奴に聞かれたら、一緒にいる俺まで笑い者になっちまう。
お前、一体何を言い出すんだ。
この前まで、一番せっせと李家に文を届けてたのはお前じゃないか。
はーん。さてはお前、とうとう姑娘に袖にされたな?
だからって、そういう悪言を言いふらそうとすんのはどうかと思うぞ。
女泣かせのお前らしくない、馬鹿なまねだ。
第一、そんな世迷い言、誰も信じやしないだろ。
え?違う?なら、どうしてさ。
へ?李家に、本当に忍び込んだだって!?お前、何やってんだ!
ああ、皆の衆、気にしないでくれ。単なる冗談話さ。そうそう。
…いやすまん、ちょっと声がでかくなった。あんまり驚いたんでな。
おいおい。いくら手ぇ出したくても、夜這いはいけねえよ。
家の人間に見つかったら一巻の終わり。
責任取らされて、来年の春にゃ一児の父。若旦那様ってとこだな。
お前みたいな奴は、まだ遊んでるのが似合いさ。
そんで実家の身代食いつぶして婿に行くのが、賢い男の生き方ってもんだ。
だろ?うんうん、それでこそ俺の弟分だ。
餓鬼の頃から手塩に掛けて遊びを仕込んだ俺の努力、無駄にすんじゃない。
で、どうしたんだ?化け物屋敷って…
もしかしてお前、李家で下手打ったのか?
家人に見つかったとか。そりゃ魑魅魍魎の巣窟にもなるだろうさ。
娘に手を出された親ってのは、凄まじいからな。
特にお前は、名も知れた金持ちのボンボンだ。捕まえりゃ、またとない婿がねだろ。
それも違う?…はあ。一体,何だってんだ?
暗い顔して、そんなに言い難い事なのかよ?
おいおい、黙り込むなよ。どんな話だって聞いてやるから。
笑わねえって。馬鹿にもしねえ。するわけないだろ。
俺達ぁ、兄弟みたいなもんだ。さあ、この兄貴に何でも話すがいいさ。
俺はどんな事があったって、お前を見捨てやしねえよ。
ん?いやな、あの喧嘩の時の事は置いといてくれ。昔の話だろ。
ああ最近もそんな事あったか。まあそれも忘れとけ。
今はお前の大事な話だ。細かい事は気にすんな。助けてやった事もあるだろ。
それはともかく、李家で何があった?
はあ、忍び込んだのは三日前ねえ。そういや、やたら曇った暗い夜だったな。
夜這いにゃ吉日だ。
だけどそんな暗闇で、お前、よく姑娘の部屋が分かったな。李家は広いだろ。
ああ、知ってたのか。
よく訪ねてると思ったら、部屋まで案内されたことがあったとはな。
それで姑娘の部屋まで、誰に見つかる事もなく行き着けた、と。
だけど問題はそこからだろ?相手の女に騒がれたら、努力も全て水の泡だ。
へ、姑娘は歓迎してくれた?何だいそりゃ、羨ましい話だな。
お前、もしかしてただ自慢がしたかったのか?
そんなら他を当たってくれよ。俺ぁ、そういう話は御免だ。
せっかく笑いのタネにな…いや、弟分の一大事だと思って聞いてやってんのに。
違う?違うって、何がさ?
何?姑娘が恐ろしい化け物だった?何を馬鹿な。
お前、そういう事言ってると袋叩きにあうぞ。
元は後宮の女官。先の皇帝が死んでの出戻りだっつっても、この町が誇る美女だ。
そりゃあ、俺と同い年。少々年はいってるが、年増ってほどじゃない。
大体、あの美貌にゃちっとも変わりないだろ。
化け物なんて滅多な事を言うな。失礼だぞ。
え?何をムキになってるのかって?
…ははは、そんなムキだったか?悪ぃ悪ぃ。
いや、なに。実を言えば、俺だって昔、姑娘に憧れた口なのさ。
まだ姑娘が、後宮に召される前の話だけどな。もう十年にもなるか。
俺ぁ昔っからこんな破落戸。相手は李家のお嬢様だ。
お前みたいな坊ちゃん野郎とは違って、家にゃハナから相手にされやしねえ。
俺も青い時代だ。スリなんかやってケチに小金を稼いでたな。
そんで市場で人の財布をくすねてる時に、見つかったんだよ。そのお嬢様に。
ああ、姑娘の事さ。
あの頃から美人だったね。こう、切れ長の目尻をきっとつり上げてさ。
小さい手で、こんな破落戸の袖を掴んで「馬鹿な事はお止しなさい」だと。
真っ青な顔で、俺の風体が怖いだろうに止めてきたのさ。
学舎で一緒だった俺の顔を覚えていたらしくてな。
俺ぁ、学舎なんか一年も通っちゃいなかったのに。
ん?知らなかったのか?俺の家も、昔々はちょっとしたお大尽だったんだよ。
子供を学舎にやれるくらいにはさ。
俺が餓鬼の頃に、親父が馬鹿やって破産したがなあ。
姑娘は、その頃の俺の同窓って奴さ。たった一年だけどよ。
そんな俺をさ、覚えてたんだ。あのお嬢様は…。
それで、酷く説教されちまってなあ。
親の所も飛び出して、下らねえ事ばかりやって、誰もかも見放した悪餓鬼だぞ。
それに、姑娘は本気で怒ってくれたのさ。
ひねくれてた俺は、一度やそこらじゃ話を聞きゃしねえ。
なのに放り出しもせず、何度も、何度も訪ねてきてなあ。
いいとこのお嬢様が、こんな下町に足を運んでよ…。
向かい合って、何日も何時間も話した。
俺ぁ途中から話より、姑娘に見蕩れてばかりいたんだがな。
あの頃の姑娘は、そりゃあ綺麗だった。
俺なんかが近寄っちゃいけねえ玉石みたいでさ。触れもしなかったよ。
指をくわえて眺めてるうちに、会えない所に連れていかれちまった。
ああ。俺みたいな破落戸に関わった所為で、傷物って噂が立ったんだよ。
それで話の届いてない都の後宮へ、家の人間が無理矢理、な。
…あの人は、俺なんかと関わっちゃいけなかったんだ。
もう、昔の話だ。
いいか。姑娘を化け物なんて、二度と口にするな。
俺にだけじゃねえ。他の奴の前でも、絶対に言ってくれるな。
あの人は、そういう優しい女なんだ。姿だけじゃねえ、心だって綺麗だ。
だから、今度こそ幸せになんなきゃいけねえんだ。
なんでも後宮ってとこは酷い場所らしいじゃねえか。
何百人の女に、男は皇帝たった一人。おまけに、おかま野郎共がうろうろしてる。
俺の所為でそんなとこに送られて、十年も耐えたんだ。
もう、幸せになっていいはずだ。
姑娘ならできるさ。あんなに綺麗なんだ。
今度こそ良い結婚をして、どこかの大尽の奥様になってさ。幸せになるんだ。
だからお前、妙な噂を立てるなよ。
俺ぁ、姑娘のする事ならどんなだって反対はしねえ。
お前を寝屋に招き入れるのだって、姑娘の望みならいい。
だけど、それを口外するんじゃねえ。化け物なんて、もってのほかだ。
第一、寝た女を悪し様に言うなんて、最低な奴のすることだぞ。
え?今でも俺が姑娘を好きなのかって?
馬鹿言うな。俺ぁ、この辺じゃ札付きの破落戸だぜ。
そういう綺麗事が似合うもんじゃねえ。
こうやって夜這いだのって、下んねえ冗談言うくらいが関の山さ。
あの人に会いに行けるような人間じゃねえだろ。
はあ?姑娘の結い髪の中に、もう一個口があっただと?
おまけに腹は腐って、臓物が見えてただぁ?
…てめえ、まだ言うつもりか!ふざけた事抜かしてると、川に浮かばさすぞコラ。
何だと!?俺みたいな破落戸にゃ、化け物女が似合いだってえ?
いっぺん死んどくか?
これまで可愛がってやったのを、何だと思ってやがんだ。
姑娘まで悪く言いやがって!
おい皆の衆、離してくれよ!俺ぁ、殴り足りねえ。
こいつがこんな奴だったなんてな。弟とも親友とも思ってきたのによお。
まだ何かナマ言ってやがる。頼むから、こいつをもう一発殴らせてくれよ。
ほら見ろよ、李家の化け物女は破落戸がお好みだ、なんてほざいて……
…待てよ。
お前、何言ってんだ?お前、それ、誰から…
まさか…
すまねえ、みんな、離してくれ。もう殴らねえ。殴れるわけねえ。
俺が思った通りなら…まさか…
悪かったな。こんなにボコボコにしちまってよ。
…そうか、化け物女は気味が悪くて抱けなかったか。はは、そうか…。
あんな化け物には、俺みたいな最低の破落戸がお似合いか…。そうか…。
馬鹿な化け物女だな。
化け物なんて評判が立ったら、せっかくの貰い手が無くなっちまうってのに。
ただでさえ出戻りなんだ。家からだって、追い出されるかもしれねえ。
…そうか、それでもいいって言ったか、あの人は。
そうしたいって、言ったのか。
ほんとに馬鹿だな。十年も経ってんのに。俺はこんななのに。
なあ。悪い、ちょっくら化け物屋敷に行ってきていいか?
…ああ、お前は最高の弟分さ。世界で一等な。
だから俺が此処を出てく後ろ姿を見て、笑ってくれよ。
化け物屋敷の化け物を、喜び勇んで夜這う馬鹿な破落戸だぜ。
「今から我が身に降り掛かる惨状に全く気がついとらんな」ってさ。
●《自己批評》
『主人公のどこに女の人が惚れたのか、謎でなりません。
初めての語り口に挑戦してみました。
潔いほどに力不足爆発☆』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ 今から我が身に降りかかる惨状にまったく気がついとらんな。
著者:知
原因は卒論かなっ!? 予告みそだったねっ!
命名、「知・初みそ」
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ 先生っ。僕は何が分からないのか分かりません!!
『No Title』
著者:ネコタ
「先生っ。僕は何が分からないのか分かりません!!」
「んー、だからな、彼女はずぅっと親元に居たわけで、
簡単にハイ、彼氏んとこに行きますって、そういう気分にはならないわけだ。」
もう、1時間半もこんな話につき合わされてる。
「ご両親はもちろん大事なんですよ!
でも、それ以上に僕を見れないのかなって・・・。寂しいと思いません・・・?」
教師になって丸4年。
離島に転勤になって2年が経った。
あの頃抱いてた夢は叶ったものの、
夢中になりすぎて気がつけば一人ぼっちになってた。
「だからなー、もっとこう、やわらかーくして考えれんか?」
昨年春、卒業した卒業生が、顧問のオレに、かわいい相談を持ちかけてきた。
卒業と同時に、彼女と一緒に上京したものの、
奴は野球チームの参加もあるからと、彼女をちょっとだけ、ないがしろにしてしまったらしい。
彼女の休みは、ほとんど親元に帰ってしまっているそうなのだ。
「ふふ・・。」
「先生、笑ってる場合じゃないんですけどオレ・・・。」
「あー、スマンスマン。」
一つの目標にしか向かっていけない不器用さは
若さ故の、弱みなのかもしれない。
一生懸命になりすぎて、大事なものを壊してしまう。
それでも、こいつみたいに全力疾走していたあの頃が愛おしい。
置いてきた彼女のことを思い出した。
『そうやって、どんどん一人で勝手に進んでいって、
次は離れ小島ですよー、引越しは一週間後ですー・・・なんて一方的に言われて、
はいそうですかーって、簡単に言えると思う?わたしにだってね、やりたいこと、たくさんあんの。』
今なら、もっとうまくやれたんだろうか。
上手に彼女の気持ちをわかってやれたんだろうか。
そして、
「ちゃんと迎えに行くから。」と、言ってあげられる余裕もあっただろう。
今年も校庭のサクラが咲き始めた。
ずーっと変わらないものが、そこにはちゃんとあるのに。
あの頃はわからなかったんだ。
傷ついたといえば傷ついたし、
憎たらしいといえば憎たらしい言葉。
今やっと少しだけ、わかった気がする。
売り言葉に買い言葉。ただの喧嘩じゃなかったんだよね。
「あんた、このままだと死ぬ時ひとりだね。」
そう言ったあと、きみは一人で泣いてたんだよね。
●《自己批評》
『無理やりですね。
「先生」って、何の先生だよ・・ってところから、友達の結婚式で久しぶりに会った、数学教師の同級生のことを思い出しました。
高校は野球一筋で、野球部の監督になるっていう夢をみごと叶え、現在は離島で数学と野球を教えているとか。
教師も野球も置いてきた彼女のことも、うまくがんばって欲しいと願ってます。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ あんた、このままだと死ぬ時ひとりだね。
『桜の下で 手 つないで』
著者:なずな
「あんた、このままだと死ぬ時ひとりだね。」
通りすがりに 道端のいかにも怪しげな占い師が 美咲に囁いた。
「無視して通り過ぎさせないために デタラメ言ってるんだよ。
気にしない、気にしない。行くよ、美咲ちゃん。」
ボクは美咲を促した。
「でも・・」
美咲はそれでも占い師の一言が気になった様子で立ち止まる。
なんて 素直な子なんだろう・・。
小首をかしげ、ボクの目をその少し潤んだ大きな瞳で見る。
か・・可愛すぎる・・
デレっとしそうな顔をひきしめ ボクは強く彼女の名を呼んだ。
「美咲ちゃん!」
客引き用の「つかみ」だろうと 出任せだろうと
この子に 不幸を予言する占い師なんて断じて許せない。
幸せにならなくっちゃ 神様は酷すぎる・・というものだ。
それでも なお、立ち去りがたい様子の美咲を
手を取り 肩を抱き ボクは連れて行きたいのだ・・
そう、輝くボクらの幸せの場所へ・・・・・
なのに・・・・
ピキッ・・・
先に行こうと、彼女の白い指先にわずかに触れた。
たったそれだけなのに おでこの真ん中に衝撃が走る。
「あっ・・・つぅぅぅぅ。」
涙、出そう。
ボクは あまりの痛さにかがみこんでしまう。
「どうしたの?卓也くん、大丈夫?」
ボクの天使は手を差し伸べる・・
けれど、情けないことに
ボクはその優しい手を取ることができないのだ・・。
☆
「『でこピン』はないんじゃない?あの場合・・」
次の日 学校で竜太に詰め寄った。美咲の兄キだ。
身体ばっかりデカく、乱暴で 横暴。顔はジャガイモ。
これで、下手な歌をがなり出したら まさにジャイアン。
妹がジャイ子だったら 絶対に関わりたくないヤツだった。
「『でこピン』かぁ・・そりゃ、すまんかったなぁ・・。
わりィ、わりィ。 そんなに痛かったか・・。」
「痛いなんてもんじゃないよ。あんまりだ。」
「そう言われてもなぁ・・どうにかできるモノじゃないし、
なにしろオレには、自覚がないもんで・・。
あ、お前、さては もっといやらしいこと
美咲にしようとしたんじゃないだろうな・。」
「冗談!そんなことした日にゃオレが『一人で死んでる』よ。」
「解った、解った・・
まぁ、これに懲りずに 妹をよろしくなっ。」
肩が陥没するかと思うくらい竜太は思いっきりボクの肩をたたき
息がかかるくらい顔を近づけてきて(キモチ悪・・)
「手ぇ出すんじゃねぇぞ、
あくまで 清く 正しく 美しくな。」
はいはい・・解ってます。ボクが聞き飽きた言葉にうなずくと、
竜太はボクの耳を引っ張って 更にすごんでみせた。
「泣かしたら 承知しないからな。
化けて出るくらいじゃすまねぇぞ。」
☆ ☆ ☆
「ビックリしたぁ。
竜太の妹って むっちゃかわいいんだなぁ。」
去年の文化祭の時の話だ。
竜太に会いに来た美咲を見た誰もが言った。
それでなくても出会いの少ない男子校、
コテコテにメイクして 男探しに来るような女子高生たちの中
ボクらは ひとつ年下という彼女の可憐さに驚いた。
清楚なワンピースにカーディガンを羽織り、
派手な茶髪が多い中、彼女の柔らかい黒髪は際立って美しかった。
こんな子が 本当の竜太の妹とは信じ難かったが、
両親を亡くし親戚のところに二人で身を寄せているという
竜太の話は どうやら真実らしい。
美咲を連れて校内を回れたらどんなに楽しいだろう。
もし 竜太がおまけに付いて来るって言ったって 構わない。
このときばかりは みんな「竜太の親友」になれるなら
毎日弁当を取られた上、竜太の分までパンを買いに行っもいい
・・そう思ったのだった。
「ごめんね、お兄ちゃん。忙しいん時間だったんだ。」
「いや、いや 全然〜。どこか見にいくか?何か食べたい?」
竜太の甘ったるい声には悪寒がしたが、
目尻下がりっぱなしの竜太の顔、
ずいぶん可愛がっているのだということはよく解った。
「でも、『責任者』って・・」
ボクらのクラスはたこ焼きで、
時間割り表を作って当番が割り振られている。
何にも手伝わないくせに仕切りたがりの竜太は
名前だけは「責任者」だ。
ずっと ボクらが額に汗してたこ焼きを焼くのを後ろから
ああだこうだ、文句ばかり 言っている。
「そうなんだ。お兄さんは、コホン、責任者でね、
すごーく 頼られる存在なんだよ。」
下心丸見えの ナンパな洋介がしゃしゃり出る。
竜太は えっ・・という顔をしたが
美咲の前でいいカッコがしたいらしい。
竜太が黙っているのをいいことに 洋介は
「美咲ちゃんも知ってるとは思うけど、
お兄さんが焼くたこ焼きが、また絶品でね、
彼がいなきゃ おいしいのが焼けないんだ。」
「そうなんだ。お兄ちゃん、小さいときから料理上手なんです。
わたし、お兄ちゃんによく作ってもらったんですよ。」
美咲が にこにこして続けるので 竜太も口が出せない。
時々何か言いたげにパクパクしながら
タオルでそのデカい顔の汗をぬぐっている。
「というわけだから、ボク 美咲ちゃんを案内してきます。
”お兄ちゃん”、いいでしょ?」
「お兄ちゃんのたこ焼き わたしも食べたいな。」
「解った、たくさん焼いてやるから
すぐに 戻って・・いや ゆっくり遊んでおいで・・」
もうこうなったら 怖いもの知らずの洋介。
にらむ竜太。うらやむその他ボクたち一同。
「お前、美咲に手ぇ出したら ただじゃおかねぇからな。」
竜太が洋介に耳打ちした。
洋介の災難、そして すべてのはじまりは その時からだった。
☆
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、大変!!」
美咲が 青い顔で慌てて帰って来たのは
竜太がちっとも丸まらないたこ焼きと格闘している時だった。
ボクたちが見たのは、伊達めがねがずれ、髪にティッシュの花飾りの残骸をつけ頬に青あざをつくった 哀れな洋介の姿だった。
「何が何だか全く解らん。」
カッコ悪いことが大嫌いな洋介は思いっきりへこんでいて
テントの裏に隠れて、話もあまり要領を得ない。
竜太が聞いてないか おどおどしながら ボクらにやっと言ったのは
美咲ちゃんの肩に手を回そうとした途端、
竜太に殴られた・・ような感じがして
後ろに吹っ飛んだ・・のだそうだ。
「ありえない、竜太は ずっとたこ焼きと格闘してたぜ。」
「誰か 竜太に頼まれて 見張ってたヤツがいたんじゃないの?」
「変な気おこすからじゃん。自業自得。」
けれど ひざを抱え、どうしようもなく落ち込んだ洋介は
こう、はっきり 言ったのだった。
「誰も 殴りかかってなんか来なかった・・」
─ 怪奇現象か 透明人間としか思えない・・
いつも現実的な洋介がそんなことを言うので ボクらは顔を見合わせる。
ボクらは怪奇現象なんか怖くなかったけど
(ボクは むしろ好きな方だけど)
普通にしてても迷惑な竜太が 透明人間になって殴りかかってくるのは
心から遠慮したい。
「気・・とかいうのあるじゃない?
『世界不思議人間大集合』とかああいうテレビでさ
エイってやったら 触らないのに吹っ飛ぶヤツ。」
テレビ好きの啓が言い出した。
ボクたちは チラリ、竜太を見る。
美咲ちゃんに食べさせるたこ焼きが上手く焼けなくて
ずっとおたおた、みっともなく奮闘している竜太には
どう考えてもそんなことができるようには 思えなかった。
「まさか 美咲ちゃん自身が・・とか?」
ぷるぷるぷる・・いっせいに首を横に振る。
可憐な彼女がそんな能力を持ってて 洋介を吹っ飛ばすなんて
考えられたとしても・・・絶対に考えたくなかった。
☆
彼女にまた会えたのは 数ヶ月経ってから・・
劇的で、(お話的にはありがちで)・・最悪な再会だった。
洋介と啓とボクは、ちょっとした賭けをよくやる。
何の賭けだったかは忘れたけれど(多分女の子には言えない類の賭けで)
その罰ゲームがまた 酷かった。
その罰ゲームを、まさにボクが一人でやらされている最中
他校の悪そうなヤツらに絡まれている美咲を
見つけてしまったのだった。
「美咲ちゃん!!」
あわてて 走り寄る。
「何だ?オマエ 知り合いか?」
いかついヤツが、こちらを向いて凄んだが、
ボクの顔を見たとたん動きが止まる。
美咲もボクを見て、一瞬、驚いた顔をした。
3人組の後二人も 怖いものでも見るような顔をする。
あ・・・ボクは唇に手をやる・・どぎつい赤い色が指につく・・。
罰ゲームで、啓の姉ちゃんの口紅を塗っているのだ。
ヤバ・・。
「そうよ、ト モ ダ チ。
悪い? 美咲ちゃん 早く行こっ。」
とっさによく出たものだ・・と我ながら思ったが
オネエ言葉に 3人が退いている隙に
「逃げるよっ。」
ボクは美咲を 引っ張って走った。
美咲の手に触れた時、頬をギリッと引っ張られるような痛みが走る。
─ 何だ?
適当な場所まで逃げて、
息を整えながら つないだ手を離し
「助かったね〜。」
まだ、息が荒い美咲の背中に手をやった。
瞬竜太がそばにいるような気がした。
「えっ?竜太?」
見回したが もちろん竜太なんかいない。
いつも「助けてくれて ありがとな〜。」
と言って、感謝のキモチを『蹴り』で表すようなヤツ。
その微妙に手加減した竜太の蹴りが入ったような、
そんな痛みをボクは尻に感じたのだった。
「ありがとうございます。お兄ちゃんのお友達ですよね。」
「卓也だよ。よろしく。」
美咲の視線を唇に感じ、あわてて
「あ・・これは・・ち・・ちがうんだ。」
美咲はにっこり笑う。天使の微笑み。
「いいんですよ。私 人の趣味とか嗜好って否定しない。
っていうか・・そういう人と友達になりたいなぁって思ってたんです。」
そんな風に言われては 否定しづらいじゃないか・・。
(罰ゲームの理由もとても言えたもんじゃないし・・)
美咲と仲良くなるチャンスを 逃してはもったいない、
ボクは色んなことを心の中で天秤にかけていた。・・
「でも・・今日のひとたち、無事で良かった・・」
不思議な現象には 彼女自身も気づいている。
文化祭の洋介のような目にあったヤツは他にもいたそうだ。
ボクは尻をさすりながら、彼女を送って帰ったのだった。
「お前、美咲と友達にしてやる。」
竜太が ボクを呼びつけてそう言ったのは それから数日後の放課後だった。
「まさか 嫌なんて言わねぇよなぁ・・」
竜太は 美咲にこの前のことを聞いていた。
口紅のことでは 誤解されたままのようだ。
「お前なら、美咲に手ぇ出したりしないしな。
安心して 任せられるってわけだ。よろしくなっ。」
尻に蹴り。これって この前の時と同じ痛み、同じ位置。
・・・ボクは確信する。
☆
「お兄ちゃんがあんなでしょ?
だから 私がずっと『いい子』でなくっちゃいけなかったんです。」
親切で上品な その親戚のうちでは どうも竜太は浮くみたいだ。
美咲と何度か会って話すうち、彼女が とても兄想いであることや、
引き取ってくれた親戚の家で上手くやっていくために 案外苦労していることも解った。
「ときどき、そんな自分が嫌になるの・・。」
肌を露出してオトコとベタベタしながら歩く同年代の女の子が横を通り過ぎていく。
俯いた美咲の頬に 綺麗なストレートの黒髪が落ちる。
思わず 美咲の頬に手を伸ばした。
「あうっっ」
竜太のいつもやってくる羽交い絞め・・。首筋に竜太の息まで感じた。
「りゅうたぁぁぁ・・。」
間違いない・・竜太だ、竜太の生霊のしわざだ。
「そう言われてもなぁ・・オレには全く記憶も意識もない話だしよぉ」
何だかの文献で 啓が調べてくれた。
強い想いが 本人から勝手に離れて 対象に取り憑くんだそうだ。
全く迷惑な話だ。実物でさえ存在感の訪問販売みたいなヤツなのに。
公園のベンチで 竜太は出っ張ったおなかをポリポリ掻きながら言う。
「っつーか、オマエ、美咲に触ろうなんて思ったわけ?
どっちもアリなのか、オマエって。」
ボクの頭を両手ではさみ、デカい顔を近づけてくる・・頭突き寸前!
「あ・・お兄ちゃん・・卓也くん・・ごめん。」
可愛い声に そちらを見ると
待ち合わせに少し早く来た美咲が 顔を赤くして立っていた。
明らかに誤解されている。
勘弁してくれ!何が悲しくてこんなヤツと・・。
美咲は ─ そうだったのね、いいのよ 心から祝福するわ
という目でチラリ ボクを見た。
「せっかくできた、いい友達だ。オマエのことは美咲も
コレだと思ったうえで 気に入ってるんだ。」
楽しげにウィンドショッピングする美咲の後ろを歩きながら
竜太は片手を頬の横に持って行き、ポーズで示すと
「そのまま、仲良くしてやってくれよな。
それから 生霊の話なんて美咲にしゃがったら、ぶっ飛ばすからな。」
美咲には見えないようにボクの腕をギリギリねじって来る。
ボクはひたすら腕の痛みに耐えているのに、
美咲はボク達が仲良く手をつないでいるとでも思っているのだろう。
実に温かいまなざしを ボクたち二人に向けてくるのだ。
そうして ボクの受難の日々は続いていったのだった。
☆ ☆ ☆
けれど、神様はとことん意地悪だ。
両親を亡くし親戚のもとに身を寄せて けなげに生きている美咲に
これでもか、と悲しい事件がおきた。
竜太が事故で死んだのだ。
「大学行かないって・・お兄ちゃんは就職するって・・
私の学費はお兄ちゃんが出すんだ、って・・。」
携帯電話の美咲の声は震え、霧になって消えてしまいそうだった。
育ての親の経済力と好意に何故頼ることができなかったのか・・
竜太は 進学のことで悩んでいた・・と美咲は言う。
悩んだのはむしろ育ての親と美咲の方で
竜太は思ったまま突っ走ってただけだと ボクは思うけど。
自分もちゃんと働けるんだ、ということを見せたかったのか
竜太は最近 禁止のバイトをかけもちでやるようになっていた。
見た目の割りに体力もないし、器用さもないくせに見栄だけ張って
色んな仕事引き受けて 睡眠不足でふらふらしている時の
工事現場の事故だったらしい。
制服姿でぞろぞろ行った葬式は立派なもので
育ての親は 美咲に聞いていた通り、上品で優しげだった。
遺影の竜太は額からはみ出しそうなデカい顔でガハハと笑っていて
上品さには ほど遠かった。
並んで立つボクらの膝を 後ろからカックンってやってこないか
泣いてるクラスメイトたちの頭を順番にパコパコたたかないか
美咲のクラスメイトの女子高生たちのスカートをめくって回ったりしないか・・
今度ばかりは 期待を持って ボクは竜太の気配を待っていた。
けれども どこにも竜太はいないのだ。
死ぬってことは こんなにも いなくなることなのか、・・
ボクは竜太の遺影に 呼びかけ続けた。
─ 美咲ちゃんを 何でひとりにするんだよ。
泣きはらした目の美咲は、育ての親に支えられて、
やっとのことで立っていた。
すぐにでも、美咲のそばに行って慰めてやりたかったけれど
美咲とゆっくり会うことができたのは葬式の済んだ数日後だった。
美咲は気丈に笑って、この数日のばたばたの事など話していたが、
「夢にもね、もう出てこないの、お兄ちゃん。」
急に 肩を震わせた。
「いつも しつこいくらい夢に出てきたの。
オレがオマエを守る。オマエを泣かす男はぶん殴る
そんな事ばっかり 言って。」
恐るべし・・
竜太の妹を想う心は 美咲の夢にまで、潜入していたのか・・。
「竜太ぁ・・」
かすれた声で竜太の名を呼び ボクは ふぅ・・とため息をつく。
美咲の震える肩をきゅっと抱き寄せたい・・。
手を伸ばしかけて止めてしまうのが 悲しいクセだ。
「竜太・・。」アノヤロ・コンチクショウ・・。
情けないことに 堪えきれない涙が
ボロボロとボクの頬を伝わって落ちた。
美咲は顔を上げ ボクを見たと思ったら
いきなり 彼女のほうから ボクを抱きしめてきた。
・・・えっ?!
竜太のパンチやキックの感触はやって来ない。
こめかみにグリグリ拳骨押し当てられたり でこピンされる痛みもない・・。
竜太は 生霊にはなれたくせに、死んだらもうどこにもいないのか?
ほんとに どこにも いないのか・・?
美咲の身体の温かさ、髪の匂い・・
ボクも 美咲を抱きしめる・・ひとりの「男」として。
・・・のつもりだったのに・・。
「そうよね、卓也くんも つらいのは同じよね。
ごめんなさい、私、自分の気持ちでいっぱいいっぱいで・・。
いいのよ、私お兄ちゃんの代わりにしては
頼りないけど、そばにいてあげる。
私でもいい? 一緒に泣いても・・いいよね。」
美咲は聖母のように慈愛に満ちた目で ボクを見る。
誰かを慰めたい・・人のことを思いやる気持ちは
その人自身を強くするものらしい。
竜太もこんな風に 美咲を支えたいと
両親を亡くした時、思ったのかもしれない。
何だか 情けなくなるような展開だったけど
ボクを慰めることで彼女が自分を支えることができ
孤独感や悲しみから少しでも癒されるのなら
もう少しこのままでいようかな・・
ふと そんな風に思ってしまったのだった。
☆
そんなボクの想いも知らないまま
ボクは美咲にまだ、誤解されたままでいるようだ。
これといって彼女の前で『フリ』をした覚えは一度もない。
普通の「ボク自身」のまま、付き合ってるつもり。
それは竜太が生きていた時から 変わってない。
なのに彼女はボクを 男として見てくれないのだ。
美咲の思い込みの強いところは
竜太と同じ血が流れているせいかもしれない・・。
それって 結構 怖いんだけど。
「ねぇ、ボクは美咲ちゃん大好きだよ。」
「私も 卓也くん好きよ。」
手をつなぎ 指を絡める。
(竜太の羽交い絞めは感じない・・。)
「ずっと君を守って ずっと一緒にいたい・・なんて思うんだけど。」
肩を抱き体温が伝わるくらい引き寄せる。
(竜太のパンチが顔面に・・来ない。ホッ。)
「それからね、もっと先でいいんだけどさ・・」
ボクは精一杯 自然の流れに乗せて カミングアウトする。
極力 清く、正しく・・美しく。
(ぶっ飛ばされる?・・・身体が自然と身構える。)
「結婚したり、ボクらの赤ちゃん作ったりもしたいんだけど。」
「うん・・私もよ、卓也くん。」
美咲は ボクの身体に寄りかかって 少し考える様子だったが
しっかりと 向き合うように身体の向きを変え
ボクの目を覗き込んで言った。
「でも・・私に触れる時は、その時は・・私だけを見てね。」
美咲の言葉にしばし戸惑っていたら 彼女は続けて鋭い指摘をボクにした。
ニュアンスが少しばかりちがう気は まだ・・するんだけど。
「解ってるの。私といても卓也くんは
いつも お兄ちゃんのこと考えてるんだもの。」
ボクと美咲が竜太から離れられる日は 来るんだろうか・・。
3月の晴れた空に浮かぶ ふかふかの大きい雲が
竜太のデカい顔に見える。
─いつまでも迷惑なジャイアンだぜ。
ボクは 片目をつぶって、その額あたりに控えめなでこピンを送る。
風がぴゅうっと吹いて せっかくデート用に整えたボクの髪を
思いっきりくしゃくしゃにする。
早咲きの桜の花びらが 美咲の髪にひらひらと舞い降りた。
●《自己批評》
『今回は名前の表記を漢字にしてみました。
案外、馴染みました。
先に考えてた大筋にお題を乗せた形なんですが
─いきなり殺していいのかよっ・・
送信してからも 迷ってたのですが
メールまで迷子だなんて・・。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ あたしに触りたいんだったら、あたしだけ見な。
『きっと全てがよくなるでしょう』
著者:おりえ
「あたしに触りたいんだったら、あたしだけ見な」
そう言ってやったら、目の前の男はどこの天使様ですか、来るところ間違えてませんかってくらいのにこにこ顔でじぃっとあたしの顔を見つめてから、よしよしと頭を撫でてきた。
「素直じゃない君も素敵だね」
「あー聞こえない聞こえない」
あたしは鳥肌を立てながら、目を閉じて両耳を塞ぐ。
いつの間にこいつはあたしの隣にいるんだろ。いつの間にそれが当たり前になっちゃったんだろ。
頭に置かれた手の暖かな感触に何故か泣きたくなりながら、あたしはそれを無視して思った。
誰でもそういう時期はあると思うんだけど、中学・高校時代って、人間一番荒れてる時期だと思う。反抗期ってヤツ。親の干渉がわずらわしくなって、何もかも嫌になって、めちゃくちゃになっちゃう時期。自分でもどうしようもなくて、でもグレる勇気も根性もない。用意された箱の中で存分にわめいてるばかり。そんな多感な時期。俺に触れると火傷するぜってやつよ。
そういう時期にさ、ただでさえ母子家庭でちょっぴりやさぐれてる娘の前に、なんで「新しいパパよ」と男を連れてくるかなぁ。どうよこれ? それまではいい子でいようと精一杯振舞ってきたあたしもついにぶち切れですよ。アンタ、女なのはわかってるけど、あたしの親でもあるんだよって。
「あなたにも父親は必要でしょう?」だなんて、都合のいい説得であたしを納得させようってんなら、それは間違いだよ。子供は案外わかってる。親が不仲なのだってわかっちゃうし、子供なりに気を遣ったりするんだよ。なんでわかんないかな。大人って子供から成長した姿のことを言うんだよね。どうしてそういう子供の心を忘れちゃうの? 理解できない。全くわかんない。
ヒトの家に知らない男が家族として入ってきて、あたしはそれが嫌で嫌で、食事も自分の部屋で食べるようになったし、お風呂だって深夜に入るようになった。なるべく男と顔を合わせないよう過ごしてきた。多感な時期に、異性の存在、しかも母親のオトコ。あたしがどうにかなったって、誰があたしを責められるだろう?
完全に心を閉ざしてしまったあたしに対して、母親とオトコは初めはなんとかしようとしてたけど、今ではもう諦めてしまってる。努力すれば何でもできるわけじゃない。大人のイヤな所はそういうトコ。すぐに諦めちゃう所だけはご立派だと笑ってやろう。
そんなささくれたあたしは、それでも家にいたくないので高校に入った。高校を卒業したら即就職して家を出るつもり。だから高校生活は勉強とバイトに明け暮れようと思ったわけ。
友達もいらない。恋人? そんなもん絶対いらない。母親が自分のオトコを連れて来た日から、あたしはオトコってやつに嫌悪してる。女子高は落ちたから仕方なく共学にしたけど、そういう目で男を見たりしない。そう思いながら入学したっていうのに、――こいつですよ。
「君の心は寒々としたブルースカイ。僕はその心を溶かすために生まれたんだ」
初対面でこれだよ?
あたしじゃなくたってこいつはヤバイと思うでしょ?
あたしは思わず後ろを振り返って人がいないか確かめた。こりゃあたしに向かってじゃねーだろーと思ったんだけど、残念ながら誰もいなかった。
どうしようと思って無言でそいつを見ていたら、男は自分が何者なのかを語った。
「僕は演劇部の脚本を手がけているんだ。今書いてる本の主人公のイメージと君が、あまりにも似ていたから」
「似ていたから?」
「思わず声をね」
「勧誘?」
「まあ、そうとれなくもないけど」
「さいですか」
あぶないあぶない。あたしはさっさと方向転換して逃げた。
だけどそいつはストーカー並にしつこかった。どうしても演劇部に入って欲しいと毎日毎日訴え続けた。
あまりにもしつこいので、あたしはそんな暇はないんだということを説明するために、家庭環境を男にぶちまけてやった。
「あたしは卒業したら一人暮らしをするの。そのためにバイトをしてお金を貯めなくちゃいけないの。わかる? だから部活には入らないよ。それにね、あたしは男が嫌いなの。話しかけて欲しくない。世の中にはね、自分だけが不幸だと思ってる人間はごろごろしてるんだから、何もあたしに目をつけることないでしょう? 幸せな人間と不幸な人間。世界にはこの二種類しかいない。わかったらさっさと別の子を探してください」
「だったら僕も、不幸な人間だな」
「は?」
男は野郎にしちゃ長いまつげを伏せて見せ、
「君が僕の前からいなくなってしまったら、僕は間違いなく不幸になるだろう」
あのー、こういう場合、殴ってもいいんですか? この人。
あたしが無言で拳を振り上げると、男はどこからかさっと一冊のノートを取り出した。
思わずそれを見下ろすと、タイトルが目に入った。
「私を忘れないで」
油性ペンで、斜めがちに書かれた筆跡が目に飛び込んだ途端、あたしは何も言えなくなってしまった。
――あたしを忘れないで。
――あたしだけの人でいて。
――あたし以外の人を、愛さないで。
お母さん…!
鉛のような塊が喉の奥からこみあげてきた。
それを飲み込んで、気づかれないよう何か言葉を探して口を開いた。
だって大好きだったんだもん。
ずっとふたりで生きて行こうって思ってたんだもん。
なのに。なのに。なんで? なんでなの? お母さん。
だめだ。口を開いたら、今まで誰にも言わないでいた言葉が飛び出してきちゃう。
お母さんにだって言わなかった。オトコと楽しそうにしてるお母さんを見てたら言えなかった。
お母さんを幸せにできるのは、あたししかいないって思ってたんだから。
それをあんなオトコに取られちゃって、どうして平気でいられるの?
そんなこと言えないよ。
だって大好きなんだもん。
あたしが我慢しなくちゃ、お母さん幸せになれないじゃない…!
顔が熱くなって、涙をこらえようとしていたのに、涙腺は勝手に泉を蓄えだした。
あたしは悔しくて、目の前の男を責めるように怒鳴った。
「何よこれ。なんでこんなことすんのよ」
「不幸自慢するのは、好きじゃないんだけどね」
男は困ったように笑って、自分のことを話しだした。
世の中には幸せな人間と不幸な人間しかいない。
あたしが後者なら、男も後者だった。あたしと同類の。
あたしははっきりと拒絶の意思を親に見せたけど、男は見せなかった。
いつも笑顔で、家族を笑わせるために道化となった。他人を受け入れて家族として迎え入れたふりをして、他人が家族となっていくのを見つめながら、気づいたら他人は自分の方になっていたことに気づいた。家族の前に見せている自分は偽物で、本物は違った所にいたから。それで心が満たされるわけもなく、趣味として書いていた小説に、思いの丈をぶつけていた。
本当の僕を、忘れないで。
「君を見たとき、君は僕と同じだってわかったよ。僕は君を幸せにしたいと思った。
自己満足だけどね。君を幸せにすれば、僕も幸せになれるっていう」
「あたしを幸せにする方法を、あんたは知ってるの?」
「ああ、たぶんね」
あたしの心の壁に小さな小さな穴を開けて、男はこっそり滑り込んできた。
お互いの家庭環境は相変わらずだけど、理解し合える人間がいるのといないのとでは、全く違う。
そう思えるようになったとき、男は嬉しそうに笑うのだった。
ちなみに演劇部には今も入っていない。一人暮らしをする決意は薄れていないから。あたしと親の間にある溝はそう簡単には埋まらないし、埋めるためには相当な時間が必要になるだろう。男は脚本に毎日手を加えながら、この話の主人公も、最後は幸せにするつもりだから、楽しみにしていてと言った。
学校の昼休み、男と一緒にいるのが恥ずかしいので人気のない体育館裏で一緒に座ってお弁当を広げていたら、不意に男が言った。
「ねえ、今、君に触れてもいいかい?」
それで冒頭のやりとりにつながるわけ。全く、何考えてんだか。で、まあいいやと思っちゃうあたしもあたしかな。
頭を撫でられて日向で眠る猫のような気持ちになっていると、男は笑った。
「幸せそうだね」
「そうかも。おかげさまで」
「僕は君に何か言わなくちゃいけない言葉があったように思うんだけど、なんだったかな?」
「知らんよ、そんなの」
「おかしいなあ。君も忘れてると思うんだけど」
男はあたしの頭から手をどけて、空になったお弁当箱を片付け始めた。あたしもパンが入っていたビニール袋を丸める。いつものことながら、何を言っとんじゃこいつはと思っていると、男はゆっくりと立ちあがった。
「僕はいつだって君を見ているつもりなんだけど、君はそう思わないのかな。それを君に証明するためには、僕らには言わなくちゃいけない言葉があったように思うんだけど」
「いきなりなんなの? 言いたいことがあれば言えばいいのに」
眉をひそめたら、男は首をかしげ、それから喉が渇いたと言って、歩き出した。おいおい。
小走りでついていく。言わなくちゃいけない言葉? なんだろ?
自販機まで歩くと、男は財布を取り出して、小銭を指でつまみあげた。
「僕らに欠けているものってなんだと思う? 人に素直になる心。まさしくこれが足りない。僕は君にそれを取り戻してあげたいんだ。そうすれば、お互いもっといい関係を築けると思う」
「はぁ…素直な心ねえ? あたしは以前よりかなり素直になったと思うけど」
「どこが? どこら辺が?」
「なんなの、その上から下まで眺め回すような失礼な視線は?」
「だって、わかんないから」
「あたしは言ったでしょ、『触りたいんだったら、あたしだけ見な』。これ以上、どう素直になれっていうの?」
腰に手を当てて言ってやる。そーらそら。考えろ考えろ。
男は次第に真っ赤になって、口元に手を当てて、うろたえだした。全く。鈍いんだから!
「……参りました」
「よろしい」
うむとうなずいてやると、男は動揺した手で財布の中に落としてしまった小銭を再度つまみあげた。
「記念に奢ろう! 何がいいかい?」
「うわ、しょぼ…」
「貧乏学生に何を期待してるのかね」
「じゃあそこの水でいいよ」
「……なんで水?」
「今ダイエットしてるから」
「けしからん! 君のようなオナゴには、ココアを進呈する」
「はいはいありがと」
全く。あたしですらここまでなったのに、こいつは未だに素直じゃないんだから。
小銭入れをしつこくまさぐっていた男は、自販機に表示された「110円」の文字と、財布の中身を何度も何度も見比べた。
「……すまないが、……10円持ってないかい?」
ああ、なんて憎めない人だろう!
あたしは笑いをかみ殺しながら、自分の財布を取り出した。
「10円足りないのもあんたくらいだよ」
●《自己批評》
『完全に忘れてました。お許しを!』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ 10円足りないのもあんたくらいだよ。
著者:フトン
フトンさんまでっ!!!(汗)
命名、「みそブトン」
> > > > > > > > > > > > > > >
◎ なんでだろ…うちらの歳って、一発殴られなきゃ現実に気づけないの。
『ままごと』
著者:亜季
「なんでだろ…うちらの歳って、一発殴られなきゃ現実に気づけないの。」
「キミらの歳じゃなくても、きっとみんなそんなもんだよ。
10も歳の離れたボクだって、そんなもんだしね。」
「・・・でも・・・」
「でも?」
「・・・でも、殴られるのはやっぱり怖い。」
「そりゃそうさ。
誰も殴られたいために分からないことを作ってるわけじゃないんだし。」
「殴られなくても気付ける方法ってないのかな?」
「うーん・・・。ないかもしれないね。」
「痛いのはイヤ。」
「人生ってやつは、『ままごと』をしないと解決しないんだよ。
悩んだり理解されたりっていう『ままごと』をして、学んでいくんだ。」
「・・・理解されたりって?・・・」
「『ままごと』には相棒が必要なんだよ。キミみたいな素直な子の気持ちを理解して、
殴ってでも真実を伝えてくれるような熱い相棒がね。」
●《自己批評》
『セリフだけのつまみ食い小説です。
相棒って大事ですよね。
ちょっと説教臭かったカモ?
さっそく新ルールにのっとってラストいじりました。』
> > > > > > > > > > > > > > >
☆ ままごとには相棒が必要なんだよ。
『ライド』
著者:AR1
「ままごとには相棒が必要なんだよ……確かにそう教わった気がする」
ただ、今は独りである。この手狭な閉鎖空間に、まるでキリストのごとくシートに磔にされて独りでたたずむ。
今彼――ニール少尉は空を飛んでいる。羽を生やした重金属の機体――F/A-18ホーネットに乗って。この戦闘機は海軍機……つまり、空母での運用を前提に設計された機体で、ハードポイントにぶら下げる武装を挿げ替えるだけで、迎撃機としても、地上攻撃機にも変貌する。空軍の主力戦闘機の選考審査に漏れた落ちこぼれがよもや、不死鳥のごとく復活して、しかも米軍の空母艦載機の大多数を占めることになるとは。皮肉というよりは、世の中なにがどう転じるか分からないものだ。
夜間ミッション。まだ二〇歳を少し越えるだけの、まだまだ戦闘機乗りとしては若造。そんな彼が、夜闇の中からカタパルトで打ち出されようとしている。
さて、マーシャルが手旗を振っている。合図だ。彼はスロットルを最大にまで開け、アフターバーナー点火。黒の背景に細く、しかし青白い炎が伸びる。ついでに爆音のおまけ付きだ。
『グッドラック――テイクオフ』
聞き慣れた男の声が彼を励ます。グッドラック……どうも好きになれない。幸運に頼らなければ戦場から帰ることは叶わないのだろうか? ただ、幸運が命運を左右することもあるのだろう。細い綱を渡っている時は、特に。
脚部を固定しているカタパルトが強力な蒸気の圧力で、機体を150ノットの速度で打ち出す。それは要するに、超肥大化した弾丸である。しかし、空母上では十分な滑走距離がなく、また垂直離陸などという芸当をこの機体が出来る訳もなく、いつもそういう気分を味あわされる訳だ。だが、悪くはない。大海原を上から、独りで占有することが出来るのは戦闘機パイロットの特権であるのだから。ただし、今は夜間であるがゆえ眺望も台無しだ。シチュエーションとしてはごめん被る。
そして、カタパルトから射出される。停止状態からのロケットスタート、さしたる時間もかからず、F/A-18は海上に躍り出た。
つまらない任務である。たかだか半径200マイル程度を警戒して回るだけの哨戒。ケツの青いルーキーに与えられた完熟飛行を騙った嫌がらせである。この手の、同じ作業を繰り返すことを若い血は嫌う。だが、大抵はこういう作業に終始するのもまた宿命。有事の際は敵機より味方の誤射に注意しなければならないと言う体たらく。
アフターバーナーを切り静々と哨戒して回っていると、パッシブレーダーに反応あり。次の瞬間にはアクティブに切り替えた。少なくとも、この周辺に味方機がいるという訳がなく、また民間機の出入りもない。そうなれば、可能性としては選択肢が少ない。
「こちら〈ガーゴイル1〉。正体不明の――恐らく、接近速度から計算して戦闘機が接近中」
『〈ガーゴイル1〉、迎撃に体勢に入れ』
「…………ひょっとして、そういうシナリオ?」
『そういうことだ』
「ラジャー」
予定よりも遙かに早い段階であるが、任務が迎撃に置かれたのであれば話は別である。セーフティを解除。全てのウェポンが若いパイロットの指揮系統に置かれた。同時にレーダーも索敵から戦闘モードに。
現代の空戦は大抵、相手の姿を確認する前に決着がつく。なぜならばミサイルという長い槍があるからで、圧倒的な制空権を獲得する連合国軍の前では、そう迂闊には戦闘機を飛ばすことなど出来ない。戦力が拮抗した世界大戦の時代とは、なにもかも事情が違う。
だからこそ、こうした近接戦闘というのは経験的に貴重である。同時に、命を落としかねない危険な諸刃とも。
そういう意味で、ニールはまだ経験不足だった。つまり、運命は後者に転がってしまったのである。彼は焦って、約18マイル地点からのロックオンで「Fox One」をコールしてしまった。そのコールは即ち中距離ミサイル――この機体にとって最大射程の槍であるが、それは実用最大射程ギリギリの距離で、確実性は望めない。
案の定、回避マニューバを取った敵機の姿を見失い、自爆した。舌打ち、苛立たしさと焦燥が青年の脳を煮沸する。
よし、それならば相手を見てやろうじゃないか――格闘戦(ドッグファイト)で粉砕してやる。
そして、さしたる時間が経過しないうちにそれは訪れる。敵機はどこか米軍の空軍戦闘機F-15に似ているが、あそこまで有機的な外観はしていない。
「スホーイ!?」
旧ソ連の戦闘機、スホーイ Su-27フランカー。制空能力に関してはF-15をも凌ぐとさえ言われた名うての名機。
三時の方向に逃げる敵機を逃すまいと、アフターバーナーを焚いてテールチェイス。なんとか短距離(ヒート)ミサイルの射程にまで近づくものの、限界機動と思しき回避行動に振り回され、ロックオンがままならない。
挟み込み機動(シザース)やロールを幾重にも繰り返し、追随して360°縦方向にローリングしたニールの視界から、突如として敵機の姿が消えた。それはまった信じられないことで、彼の中の常識から完全に逸脱した事象。しかし、ハッとなる。その時にはもう遅い。レーダーにロックされた警報音、女性の声が危険を機械的に連呼する。
(分かってるってぇ――!!)
しかし、もう成す術がなかった。フランカーから射出されたミサイルは、熱源を追跡したジェットエンジンに飛び込み――
「ジ・エンド。ニール少尉、KIA」
淡々と無線機から告げられる。その声は、先程交戦を許可した上官によるものだ。
「戦死(KIA)……俺は今、落とされた?」
「そう。フランカーの〈コブラ〉にな」
〈コブラ〉とは、世界でも数少ない機体にのみ達成出来るパフォーマンスの一種で、ヘリコプターでも垂直離着陸機(VTOL)でもないくせに、一時的にではあるがその場に静止することが出来るという、少々パイロットの常識的観点から見て『無駄』な芸当が出来るのであるが……まさかそんな機動によって不意を突かれるとは、まったく考えてなかった。
「シミュレータに感謝しろよ。確かに、変則的な単独出撃という点からして、お前に不利な状況を作っていたが、それにしても命を一つ拾ったんだ」
「えぇ、分かってます」
「俺らの頃は、こんなチキンなものはなかったがな」
それはちょっとした皮肉であろう――事実を述べているだけで、持ち出すシチュエーションこそ考えてはいるが、それ以上の他意はない。
「――まあ、そういう訳だ。あとで〈反省会〉を覚悟しておけ」
ふう……息をつく。やれやれ、これから〈反省会〉が始まるのか。やむをえないだろう。血気盛んな馬の手綱を引いているのは、紛れもなくあの上官に他ならないのだから。
「以上だ」
そのニュースを流しおえると、モニターは一斉に白くなった。
●《自己批評》
『もしかしたら、過去最大難易度のお題であったかも……
どうにもネタが浮かばなくて、出来ればこのネタだけはやりたくなかったのですが、やむを得ず……
以前にも書いてみて分かったのですが、飛行機ネタは難しいですね。もう書きたくない(涙)』
> > > > > > > > > > > > > > >
☆ そのニュースを流しおえると、TVは一斉に白くなった。
『パニックハウス』
著者:ホクト
そのニュースを流しおえると、TVは一斉に白くなった。
気がつくと、俺らがいた建物以外は一面の焼け野原・・・
「いったい何が起きたんだろうか?」
そんなことを考えながら、外を見回した。
「何かの漫画で読んだことがある これってもしかして・・・・」
そう思った瞬間に、口を閉ざした。
幸いにも一人ではなく友人といたので、話しながら様子を伺う。
おれの名前は飛田浩二。 友人の角川と一緒につるんでいるので「飛車角コンビ」と言われるくらい仲が良い。
そんな親友ともいえる角川からこんなことを言われた。
「もしかしなくてもやばい状況じゃないのか?」
確かにそうかも知れない。 しかし、ここまできても現実から逃げたいと思っているので
「よくわからん」と言ってしまう。
ここでパニックになってしまったのか口論が始まる
「とにかく外に出て様子を探らなきゃならないだろ?」
「空気が汚染されていたらその時点でアウトなんだから、ちょっと待とうぜ!!」
「どっちにしても俺らしかいなかったらアウトだろ?だから出るんだよ!!」
「待て待て!! そのまえに家の中で使えそうな物を探すのはどうだい?」
角川も同意してくれたので、まずは家の中を探すことになった。
ここである異変に気付いた。
電気が切れていないし水道も普通に使える
この異変に気付いてか、二人とも困惑気味だ。
しばらくの沈黙が続いて、重い空気の中で角川に聞いてみた。
「普通に考えれば、電気・水道は使えないよな?」
すぐに答えてくれた
「そう思う。 考えれば考えるほどわからない」
そしてこう付け加えた
「電気・水道はOKだと思うので、残りは空気だ!」
そして大丈夫かどうか、不安になりながらも家捜しを続けていたときに、窓が半開きになっているのに気付いた。
お互いに顔を見合わせて笑いが起きた。
少しリラックスできたところで、角川が俺に言ってきた。
「準備して外に様子を見に行くか?」
「そうだな!!」
意を決して外に出たが、思っていたより暑かった。
二人ともすぐに家に戻った。
そして暑さ対策で準備をしなおす。
俺はけっこう暑がりなのでつらいかもしれない。
そんなことを思いながら、つい口を滑らせた。
「人間って、うえ死にするのは割と大変らしいけど、かわき死にするのって、割とすぐみたいじゃない」
●《自己批評》
『締切日をまちがえたので、遅刻提出です(笑)
イメージが中途半端になってしまったのはつらいですが、今の実力なので
なんとも・・・(冷汗)』
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☆ 人間って、うえ死にするのは割と大変らしいけど、かわき死にするのって、割とすぐみたいじゃない。
『No Title』
著者:一茶
「人間って、うえ死にするのは割と大変らしいけど、かわき死にするのって、割とすぐみたいじゃない」
「だからって、これはどういうことなの?」
私は彼女の足元を指差した。
そこには空になった3本の1.5リットルペットボトルが転がっていた。
「だから、かわき死するのは割とすぐみたいだから……」
「じゃぁ、それは?」
今度は彼女の手元を指差す。
ほとんどを飲み干したコーラのボトル。
「こ、これは……水分補給にはこれが一番かなって…」
「そっか、うん、そうなんだ。それじゃぁ、ちょっとついてきてもらえる」
「……うん」
彼女は怯えた羊のような目を向けている。
「大丈夫、叩いたりとかじゃないから」
観念したのか、彼女は立ち上がった。
「あ、そうそう。それはちゃんと流しに置いておいてね」
「あ…うん」
彼女は持っていたのも含めて流しに置いた。
「じゃぁ、ついてきて」
「うん…」
彼女を連れて行ったのは洗面所だった。
「これに乗ってほしいんだ」
「こ、これに…」
「そう、これに」
どんなに現実から目を逸らしても現実に戻してくれる。
人間が生み出した最も恐ろしい機械がこれだ。
「ご、ごめんなさい!出来心だったの」
「謝らなくていいからさ、大丈夫よ乗るだけだからね」
自分でも驚くくらいの猫撫で声が出た。
「う、うう」
「ほら、唸ってないで乗ってごらん。今朝はあんなに喜んで乗っていたのに」
「……」
とうとう彼女は押し黙って泣き出してしまった。
私はただ黙ってそれを見るだけだった。
落ち着いた彼女を椅子に座らせた。
「じゃぁ、聞くけどさ。貴女はどうしてこれをやろうとしたんだっけ?」
「それは……彼にきれいになった自分を見てもらうため」
「あとは?」
「あとは……今の自分に対するコンプレックスを無くす為」
「はい、よくできました。で、今回貴女は何をしたんだっけ?」
「隠れてコーラを飲んだ」
「どのくらい?」
「4リットル……」
「うん?」
「……6リットル」
「はい」
「……」
「じゃぁ、私はおりてもいいかな?」
「え?」
「だってさ、ことごとく裏切られたんだよ」
「……」
「最初はモンブランだったよね。次は蓬餅、アップルパイ、唐揚げ、肉まん」
「……」
「まぁ、流石に馬鹿食いはしてなかったけどね」
「うん」
「で、今回の6リットルのコーラ?あんたには呆れるよ」
「そんな……」
すっかり彼女は小さくなっていた。
「どうしてなの?どうして後一歩を我慢できないのよ!」
つい、きつい口調になってしまう。
「ごめん」
「ごめんで済めばもう減ってるものは減っているのよ!」
「……ごめんなさい」
「ああ、もう謝らないで。こっちが貴女をいじめているみたいじゃないの」
「……」
押し黙る彼女を見ながら大きなため息を一つ。
「いい?今度が最後のチャンスだからね」
「……」
「これで貴女がまたこんなことをしたら、今度は絶対に諦めるからね」
「約束す「約束なんてしなくていい!ただ、貴女が守ってくれればいいから。約束なんかよりも行動で示して」
「うん」
数週間後。
「で、結果がこれなのね……」
彼女の前にはどこからもってきたのかホールのケーキを入れるケースが4個転がっていた。
「……」
私に見つかって我に返った彼女は、ただ自分の前を見ているだけだった。
まったく、人が何とかとりもどしてあげたのに、本能の奴は、平気で人の感情を逆なでにするようなことをする。
●《自己批評》
『散々悩んだ挙句、こんなのになりました。
晴さんの予言どおりに大変でした。
さすがに三ヶ月やらなかったことはあり、散々な小説モドキとなっております。
そんなのでも読んでもらえたのなら光栄です。』
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☆ 人が何とかとりもどしてあげたのに、理性の奴は、平気で人の感情を逆なでにするようなことを考える。
タイトル『螺旋の冤罪』
著者:松永夏馬
人が何とかとりもどしてあげたのに、理性の奴は、平気で人の感情を逆なでにするようなことを考える。
違う。犯人はネコタじゃない。もう一度考えろ。全ての事象がネコタの容疑を認めても、それは真実じゃない。絶対に違う。ネコタが犯人でないということが大前提なんだ。考えろ。もう一度考えろ。私が彼を信じてあげなければ、彼はこのまま冤罪の波に飲み込まれてしまう。
私は追っ手から逃れる為に、ひとまず彼を連れこの暗い納戸へと身を隠していた。ネコタは何故自分が追われているのかわからないような顔で瞳を細め、暗闇に光る不安げな視線を私に向けた。
「大丈夫」
私は囁くようにそう言って頷いた。
考えても考えても思考は同じ場所をぐるぐると回っているだけで、いっこうに真実への扉が見えてこない。この暗闇に身を委ねることでなにか変わるかもしれない、そう無理矢理にでも思い込んで私は頭の中を整理し始めた。そのらせんを少しでも上へと登る為に。その先にある真実の扉を開く為に。
まずは事件現場となったマンションの密室だ。事件発生の瞬間、私は玄関に立っていた。何かが倒れ壊れる音を聞きつけ私は咄嗟に玄関のカギを締め、無意識にもチェーンもロックしたのだ。つまり、何者かが出たとは考えられない、カギは合鍵があったと考えれば問題はないが、でもチェーンロックは外からかけられるものじゃない。巨大な磁石で……いや、ダメだ。あのチェーンはステンレス製だ。おまけにドア自体が金属の扉で、これじゃチェーンを動かすことなんでできやしない。むしろチェーンを動かさずに扉のほうを動かせるんじゃないかってくらいだ。
とにかくチェーンがあるおかげで玄関のドアは成人男性の握りこぶしがようやく入るくらいにしか開かないわけで、これはもうどうしようもない。
となれば唯一出入りが出来そうな窓といえばベランダに通ずるサッシだ。このマンションは古いから二重ロックなんてものはない普通のクレセント錠がついているだけ。1枚ガラスだけのチンケな窓だ。でもむしろこれならば隙間からL字の針金でも突っ込んで開けることができる。つまり密室は完全ではない……と言いたいところなんだけど、地上5階のベランダから脱出する方法はない。。結果外部犯という選択肢はこれ以上進められない。つまり、考えたくはないがネコタを含む誰かによる犯行だということになる。いや、ネコタを除けば容疑者はたったの三人、真相への到達は遠くない。
問題は事件現場にネコタの足跡が発見されたことだ。しかしこのようなあからさまな証拠はむしろ『偽造された証拠』のようではないか。そう、ネコタは貶められたのだ。
では誰が。
事件発生当時この家の中にいた人間は私を除きたったの三人。まず一人は私より少しだけ年配の男。なんでも力で解決しようとする男で、私もネコタもその被害によくあっている。フトシという名だが私がそう呼ぶと機嫌を悪くする。最も怪しいのがこの男だ。自分さえよければ何をしてもいいという感覚で生きているようなものだ。もし事件が計画的なものでないとして、その罪を誰かになすりつけようと咄嗟に考えるような男なのだ。ただ、彼は『足跡を付ける』などという具体的な偽装を思いつくだろうか。『ネコタを見た』という目撃証言をでっち上げるほうが彼らしいとも言える。
もう一人はヒマコという名の女性。ただ、名前で呼ばれることは少ない。普段は明るいが、多少神経質なきらいもあり直情的だ。実際事件を発見しネコタによるものと疑いを持ったが最後、絶対にネコタが犯人だと決め付けている。そう、彼女は事件の第一発見者でもあるのだ。そしてなにより事件発生を知らせる物音を私と一緒に玄関で聞いており、つまるところ不在証明が存在する。ただ、なんらかのアリバイトリックによって事件発生の時間を遅らせている可能性も捨てきれない。
三人目は奥の和室を根城にしている老婆だ。私は名前も知らない。優しくて物静かだが、厳格でネコタがこの家にいることをあまりよく思っていないようだった。実は私はこの老婆に最も疑いの目を向けている。ネコタを貶める動機も、その方法を考える精神的余裕も持っていると思われる。しかし、年齢の為か動きが緩慢であり実際に事件を起こすだけの行動力があるかどうかは微妙だ。
暗い納戸の片隅で私はネコタと共に息を潜め、必死に考えを巡らせていた。薄い引き戸の向こうにはヒマコがネコタと私を探す声が聞こえる。考えろ。考えるんだ。
そこではたと私は戦慄の事実に気づいた。もしもヒマコが真犯人ならば、私がこの事件の真相を見抜いたとしてもここに留まっていては捕まってしまう。もしも捕まってしまっては……いや、そんなことを考えてはいけない。私の今やるべきことは、この事件の真犯人を特定すること、そして場合によってはこの納戸から無事に脱出することだ。
その時、何かが私の脳を刺激した。灰色の脳細胞間に走る電気刺激がまるで視覚効果を持ったようにチカチカと瞬く。あれはなんだ? 映像? 音? 記憶?
私は目を閉じ集中する。階段を一歩一歩登るように謎がその姿をおぼろげながら現していく。頭の中で何かが光る。あれは……犯人は……。
引き戸がカタリと音を立てた。ネコタがビクリと体を震わせ、私は驚いて目を開けた。ヒマコが引き戸に手をかけたのだ。
私はゴクリと唾を飲み込み、ネコタを抱きしめる。
「もう! リエったらこんなところに隠れて! いいからネコ太を出しなさい!」
そういってヒマコの白い手が私の膝の上にいたロシアンブルーのネコ太を摘み上げた。
「ダメッ! ネコ太はやってないよ! きっとお兄ちゃんかお婆ちゃんだよ!」
「お兄ちゃんやお婆ちゃんがテーブルの煮干を荒らすわけないでしょッ!」
ああ、もう、お母さんの馬鹿。
もう少したどり着けそうだったのに。
もう少しで、あのらせん階段の上の扉、あけることができたのに。
●《自己批評》
『ある日の夕方、ダイニングテーブルに置かれた花瓶が床に落下。その音に慌てて駆けつけたお母さんは、水びたしになったフローリングに、荒らされた煮干の袋とネコ太の足跡を見つけた……。
リエちゃん6歳、フトシ君10歳、両親と祖母、そしてマンションなので内緒のペットはロシアンブルーのネコ太君。5人と1匹の家族の物語でした。お父さん出てないけど。』
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☆ もう少しで、あのらせん階段の上の扉、あけることができたのに。
『屋上』
著者:暇子
もう少しで、あのらせん階段の上の扉、あけることができたのに。
という所で、胸ポケットの携帯が震えた。
相手は確認するまでもない。
毎日決まって昼休みにかけてくる。
「もしもし」
と、僕がこんな短い言葉を言い終わるより先に、
電話の向こうは早口で話し始めた。
「アツシちゃん!お勉強頑張ってる?お弁当はもう食べたの?
お母さん期待してるからね!」
「大丈夫だよ、母さん」
そう言って電話を切り、電源も切っておいた。
今日の携帯の役目はもう終わりだ。
改めて、屋上への錆び付いた格子扉を開けた。
学校の屋上・・・僕は毎日昼休みにココへ来る。
二年前自殺者が出たせいで、屋上へは立ち入り禁止になっている。
僕が入学前の事だからどんな事件だったのかは知らない。
校舎の中からは鍵がかかっているが、屋外のらせん階段から上って来れる事はきっと誰も知らないだろう。
「老朽化により使用禁止」という札が下がって鍵がかかっているが、
その鍵も老朽化で容易く開いてしまうのだ。
屋上の澄んだ空気を思いっきり吸うと、僕はポケットから煙草の箱を取り出した。
高校二年・優等生。
『君は我が校始まって以来の秀才だよ』
『君には期待しているよ』
『アツシちゃんはお母さんの希望よ』
『アツシ君は頭がいいから何もしなくても成績いいから羨ましいな』
『お前は将来が約束されてるからいいよな』
毎日毎日僕の身体に蓄積されてゆく、こんな汚れた言葉達。
こいつらを、肺の中の汚れた空気と一緒に吐き出す。
こうやって1日のプレッシャーをリセットする。
いつからか僕の唯一の楽しみになっていた。
「あれ・・・」
ライターが付かない。
ああ、そういえば昨日ガスが切れかかっていた気がする。
しまった。
「ハイ」
後ろからイキナリ声がして、僕はビックしりして振り返った。
一人の女生徒が僕にライターを差し出している。
いつの間にそこに居たのか、どこから上って来たのか。
(まぁ、僕のように屋外のらせん階段から来たのだろうが・・・)
そんな事はどうでも良かった。
この僕が、煙草を吸っている。
この事実を見られたことに動揺を隠せなかった。
こんな事がバレたら・・・どうしよう・・・どうしよう・・・。
オロオロする僕に、彼女は不思議そうな顔で言った。
「ライター、切れてたんでしょ?貸してあげるよ」
「ぼ、僕が煙草を吸っているのを・・・何とも思わないのか?」
「だって、アタシも吸ってるし。お互い様よ」
確かにそうだが・・・煙草なんて誰でも吸ってそうだけど・・・
「僕を、知らないの?」
「なに?アナタそんなに有名人なの?」彼女は笑った。
学校中が注目する優等生、なんて驕りすぎかも知れないけど・・・。
意外と他の学年なら僕を知らない生徒もいるかも知れないな。
「キミ、何年生?」
「二年。」
一緒だ!
じゃあ何で知らないんだ!?
少し考えて、僕は背筋が凍りついた。
ま さ か ・・・
『二年前の自殺者』
っていうのが、彼女なのだろうか?
でもそう考えると落ち着いてきた。
幽霊の存在を信じているわけではないけれど、
もしそうなら僕が煙草を吸っていた事をチクられずに済むわけだ。
今の僕にはそっちの方が都合が良かった。
「ありがとう、借りるよ」
そう言って彼女の手からライターを受け取り、煙草に火をつけた。
「どうして・・・」
死のうと思ったの?と尋ねようとして止めた。
こういう存在は、自分が死んだ事を知らないから現れるって聞く。
「何か言った?」
「うん、いい天気だねって。」
僕達は他愛も無い会話を交わし、その場を去った。
不思議と『怖い』という感情は無かった。
翌日。
いつもの母親からの電話を切った後、屋上へ。
また彼女が居た。
そしてまた僕はライターを買い換えるのを忘れていたようだ。
「ごめんごめん、キミが居てくれて良かったよ」
また彼女に借りる事になるとは・・・。
「学年末テストが最悪だったの」
「それは困ったね!」
毎度の事だが僕が学年トップだったのは、隠しておこう。
また翌日。
母親の電話・屋上・彼女。
いつもどおりの昼休みに、彼女がプラスされて来ている。
「あれ・・・そうだった」
またライターが切れたままだ。
ココでしか煙草を吸わないからだろう、買い換えるのを忘れてしまう。
「もうすぐ4月。三年になったら受験とか大変だろうなぁ。」
彼女がため息をつく。
『三年になったら・・・』
僕は何て返したらいいのか迷いながら、
「お互い、頑張ろうね」と無難に言っておいた。
またまた翌日。
平和な昼休み。いつもどおりの昼休み。
「またライター忘れたの?」
しまった、僕とした事が!
なぜ家でライターの事を思い出せないんだろう?
いつもどおりの昼休み。
彼女と初めて会ってから何日経つんだろう?
今日は何月何日何曜日だろう?
気が付くと屋上で彼女と煙草を片手に笑っている。
そう、いつも気が付くとここで、こうして・・・。
「アツシ君またライター忘れるだろうと思って、
今日はコレあげるよ。」
『スナックあけみ』
「うちのお母さんが去年からお店始めて・・・。
家にたくさん余ってるんだ。なんならもっと欲しい?」
「わざわざありがとう、ごめんね!
お母さん『あけみ』って言うんだ。なんだかありがち・・・」
僕は笑いながらライターを受け取り、眺めて、ふと気が付いた。
『since 2005』
あれ?今年は・・・
去年から始めたって言ったけど・・・
僕は携帯電話の着信記録を見た。
2004年、2004年、2004年・・・!?
毎日かかってきていた母親からの着信は全て2004年だった。
僕の記憶は2004年で止まっている。
あぁ、そういえば・・・
あの日。
抜き打ちで所持品検査があったんだ。
僕の制服のポケットからは煙草の箱とライターが見つかった。
先生に職員室に呼ばれ、問い詰められた。
先生はすがる様な目で僕に聞く。
「これは、キミが他の生徒が吸っているのを注意して没収したんだよな?そして、後から先生に届けるつもりだったんだろ?そうだよな?」
「いいえ・・・」
気が付いたら屋上への階段を駆け上がっていた。
封鎖される前の校舎内の階段だ。
そうか、僕だったんだ。
僕が・・・
『 そ の 生 徒 』だったんだ。
あの時・・・
「はい」と答えていたら、
僕はまた安全なレールの上に戻れたのだろか?
大人たちが危険の芽を事前に取り除いてくれるレールの上に。
「アナタはもう何も考えなくていいのよ。
全てから解放された。生きることからも・・・。」
彼女が僕を見上げている。
そう、僕の身体は浮いていた。
少しづつ彼女が遠くなる。空へ昇っていく。
彼女は最初から全て知っていたのだろうか?
夢を見たのはどなたでしょう。
●《自己批評》
『今回はギリギリまで手付かずのままで焦った!
だから話に無理がある。(とにかく言い訳しないと気が済まない性格らしい。)
そしてごめんなさい、野球見てたら遅くなりました。(ホラまた言い訳!)
てか、日本ヤッタ!ヤッタ!』
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☆ 夢を見たのはどなたでしょう。
『Desert moon』
著者:李 九龍
夢を見たのはどちらが先か・・・?
エドは、もう既に目を開ける気力も無さそうな、隣で倒れ込むマイルスに話し掛けた。
燃え盛る黄金色の塊は、まだ彼等の頭上高くにあり、吹く風は沸騰し、呼吸を面倒にさせる。 揺らぐ空気は屈折し、ありもしない湖を見せ付ける。
そんな歪んだ世界の中、エドは自分で気がふれたかと思うような蜃気楼を見る。
「よぅ、相棒。 笑える話だが、あそこに涼しげなバーが見える。 どうだい、もうちょい気力を振り絞って、一緒に冷たいビアでもあおるってのは?」
そう言いながら、どこにそんな余力が残ってたかと思わせるかのように、エドは大きな声で笑う。
隣にいたマイルスは、とうとうエドも最後の幻覚を見たかと、気の毒になりながら目を開ける。
そして今度は、マイルスが驚く。
「・・・バーだって? バカ言うなよ。 俺には綺麗なねぇちゃんが見えるぜ」 マイルスは言う。
二人の目には、この煮えたぎる広大なるヴェスパ砂漠の中で、沢山の南国のシュロトゥーの樹々に囲まれ、涼しげな木立ちの中に佇む、瀟洒な建造物が見えた。
そして、そこから二人の方へと歩いて来る、一人の女性。
くるぶしまでありそうな長いスカートや、サッシュ、そして長い黒髪を、砂を巻き上げる熱風に揺るがせながら、彼女はまるでどこかを散歩するかのような足取りで近付いて来る。
エドとマイルスは、薄れつつある現実の中で、いつ消えるかもわからない幻覚を恐れるかのように、何度もまばたきをした。
二人の頬を、風が撫でる。
優しい風が吹いたような気がした。 涼しい風が吹き抜けた気がした。 そこには、どこか嗅いだことも無いような、エキゾティックなる香のかおりも混じっているように感じた。
砂を踏む音は、近付く。 幻は、消える事なく二人の前に立つ。
《黒髪の酒場娘 タミア》は、なにげない仕草で、腕から下げたバスケットから、まだ氷の浮かぶ、びいどろのポットを取り出すと、どこかの異国のイントネィションで、二人に問いた。
「冷たいお茶はいかが?」
もしもこれが二人だけに訪れる最後の審判なのだとしたら、きっと彼女は、あまり仕事に忠実ではない死神だな・・・と、二人は思った。
エドとマイルスは、窓からの風が良く通る部屋で、乾いたベッドに身を起こしながら、夕日の色に沈み行く景色を見た。
二人はうなじに氷の枕をあてがい、きっと今夜は日焼けの火傷が相当に痛むだろうと予感しながらも、今あるこの状況に、未だ呆然としている。
全面開け放たれた窓から入る、水を含んだような、潤った風が涼しく、そして心地良い。
窓の外は、既に夜の帳が落ち始め、朱の空と、切り抜いたような黒を映した椰子の影。 そして、その二色の世界に、《Desert moon》と書かれたバーの蛍光ネオンが灯る。
緑、赤、黄色、青でデザインされた電飾ネオンは、シュロトゥーの樹々よりも高く位置し、その輝きは、この砂の世界には異様な程に異質で美しく、そして哀しげだった。
二人は、静寂の世界にいた。
聴こえるのは、天井で回る部屋の空気のかくはん機が奏でる、単調なるファンの音のみ。 そのプロペラの、からからと鳴る単調なるリズムは、余計なまでに静寂さを引き立たせる。
朱色の空の明かりは、この部屋にまで侵入していた。
窓枠の影は、長く長く部屋の隅まで伸び、そしていずれ、それすらも黒の世界に溶け込むのであろうと思わせる。
砂の地平線へと沈む夕日は、この窓からでは、眼前にあるレストラン・バーの建物に阻まれていて、望む事は出来ない。
だから、余計に美しかった。 その、瀟洒なる木造の建築物も、それらを取り囲むように、無造作に立ち並ぶ樹々の群れも、その向こうにあるであろう朱の根源の明かりに燈されて、その暗いシルエットが、余計に美しく見せるのだった。
バーの窓から、灯りが漏れ始めた。 中では、その灯りにうごめく影も見える。
それを見ていると、音こそ聞こえないが、まるでそこには、街角の路地裏にともる、酒場の窓の灯りと同じ雰囲気の高揚感が感じられる。
疑問は果てない。
それは、オアシスと呼ぶには、あまりにも安直過ぎるだろうと思わせた。
この、極限の如きに厳しい砂漠の中において、こんな世界が存在する筈も無い。 だが、現に自分達はその恩恵の中にいる。
疑問は果てなかった。
隣では、マイルスがベッドから抜け出し、与えられた、ガラベイアと呼ばれる、砂漠の民の衣装を羽織る。 それはまるで、頭からすっぽりと全身を覆うような長い布で出来た服で、非常に楽そうに見える。
「どこへ行くんだ」 エドは、聞く。
「決まってるじゃないか。 あそこで冷たいビアをあおるんだろう?」
そう言えば・・・と、エドは約束を思い出した。
続いて、彼もベッドを抜け出した。
酒場は、意外にも人が多かった。
中はそれなりの喧騒に満ち、奥ではジュークボックスが奏でる、静かなインストゥメンタルが流れている。
だが、利用客は様々だった。 どこの文化の人間もいるかのように思わせた。
人種が混雑し、その場の根底にある文化圏は、二人には皆目見当が付かなかった。
彼等が助け出される前に着ていたような軍服の衣装の人間がいれば、まるで旅行者を思わせるような出で立ちの人間もいる。 だが、その他の大勢は、砂漠の民の衣装でそこに存在していた。
窓の外を見る。 やはりそこは砂漠の世界で、今その瞬間に夕日が地平線へと沈み、世界は紫から濃紺のグラディションに染まる。
呆然と外を見やる二人に、《赤鼻の大ひげ ディモス》は、声を掛ける。
「はっはぁ。 あんた等は新参者だな? すぐにわかる。」
ディモスは、カーキ色の旅行者の服を着て、頭と顔のほとんどを多い尽くすかのような髪と髭が、散り散りにカールをしている巨漢だった。
彼の前には、分厚いステーキ肉とトルッテア・サンド。 そして、汗をかいた巨大なビールのジョッキが置かれてあった。
「そうか。 今日の昼間に、タミアに拾われたのがあんた等だな? 運のいい事だ。 この《月の砂漠亭》を知らずに砂の旅をしていたのだから、これはもう、砂の神の思召しだな。 普通ならば、このヴェスパ砂漠の砂の一粒になっていた筈だ。 神と、タミアと、その偶然たる奇跡に、感謝する事だ」
そう言って、ディモスは大笑いをする。
二人がディモスから視線を外すと、カウンターでは、その向こう側にいる小柄な老女が、二人を手招いていた。 二人は最初、その手招きが自分達にであることすら気付かなかった。
「早くこっちへおいでな。 そこの傭兵さん」
ようやくそれに気付き、二人はカウンターの席へと着く。 そこで、《月と砂漠亭の女将 サランドゥラ》は、二人を眺めて言った。
「流石は、大戦の生き残りの傭兵だねぇ。 あれだけ酷い日焼けして、脱水症状まで起こして、立って歩けるんだからねぇ。 だが、いくら欲しくても、今夜はステーキは食べられないよ。 味気無いけど、漂流者が食べるスープで我慢しな」
そう言ってサランドゥラは、ダルと呼ばれる豆のスープを差し出した。
「サランドゥラ。 嬉しいんだが、せめて冷たいビアを貰えないだろうか? 約束のビアなんだ」 エドは言う。
「いいとも。 但し、生還を祝う乾杯程度しか振舞えないよ」 小柄な酒場のオーナーは、そう言って笑う。
二人は、小さなグラスに注がれた冷たい麦酒を手に取ると、それを互いにぶつけ合う。
「砂漠の恵に」
「月の奇跡に」
二人がそのグラス一杯で相当に酔いを回した頃、砂漠の真上には、細い月が、蒼く優しい光を投げ掛けていた。
「タミア、痛い! もっと優しく塗ってくれ!」
翌日。 マイルスは、タミアに軟膏を塗ってもらいながら、悲鳴に近い声をあげていた。
「火傷なんだ。 痛いに決まってるじゃない」
タミアは、こんな場面に相当に慣れているのだろう。 全くの無表情で、炎症を起こしている患部に、軟膏を塗る。
陽は既に高く昇っており、外の砂の景色を、一面の白色のように照らしている。 だが、相変わらずもこの窓から吹き込む風は、どこかの草原から吹く風のように、涼しくて気持ち良い。
「タミア、どうにも不思議だ。 一体ここは何なんだ? ちゃんと現存しているにも関わらず、砂漠にこんな緑が生い茂り、水さえ豊富な場所があるなんて、不自然過ぎだ。 どうにか、納得の出来る説明はないものか?」 エドは言う。
「ここは、砂漠に存在するものじゃないよ」 タミアは、素っ気無く返答する。
黒くて直線的な長い髪に、切れ長の細い目、整った顔立ち、そして浅黒い肌。 非常に、人の目を惹く容姿のタミアは、どこか遠い異国の訛りで、エドの質問に答え始める。
「ここは、広いヴェスパ砂漠にあって、どこにも存在していない場所。 そして、どこにでも存在する場所。 砂漠を旅する人々は、ここを宿として砂漠を横切る。 そんな場所」
「それじゃあ判らない。 タミアの話だけ聞けば、まるでこの《月と砂漠亭》は、常に旅人に合わせて移動してるって言っているみたいじゃないか」
「それに近いよ」 タミアは言う。
「この《月と砂漠亭》は、どこにも存在していない以上、どこにでも現れる。 まるで砂漠の蜃気楼のように・・・ね。
旅人は、ここを望むの。 もう疲れたから休ませてくれと。 そうすれば、砂漠のどこであろうとも、この《月と砂漠亭》は現れる。 そうして旅人はここで食事をして、身体を休めて、そしてまた旅に出るの」
「じゃあ、旅人は歩き疲れたらここで休んで、そしてまた、その地点から歩き出すのか?」
「そう。 歩くのはあくまでも自分。 ここでずっと休んでいても、決して砂漠は横切れない。 いつまでも砂漠の同じ地点に留まっているのと同じなんだよ」
外を見ると、樹と樹の間にハンモックを吊るし、その木陰で昼寝をしようとしている旅人がいた。
何とも、非常識なぐらいに平和な砂漠だと、エドは思った。
「サランドゥラ。 もう平気だ。 頼むからあのブ厚いステーキを食わせてくれ。 もう、豆の主食は懲り懲りだ」
もはや、ガラベイアの衣装にも違和感が無くなりつつあるマイルスは、カウンターに着くなりそう言った。
サランドゥラは、笑う。 奥で皿を拭く、タミアも笑っている。
カウンターの奥に座って、冷えたジョッキを傾けていた、《隠居のロン》も、笑う。
「あんたも物好きだねぇ。 よほど、この地に住む砂トカゲを食いたいと見える」 それを聞いて、タミアは声を上げて笑った。
「トカゲ? あれって、トカゲの肉なのか!?」 マイルスは大声を上げる。
「そうだよ」 と、サランドゥラ。
「この砂漠の岩場に住む、巨大な巨大な肉食トカゲの肉だよ。 トカゲは、好んで人を食う。 そして今度は、人がトカゲを食う。
食べたいと言うならそれもいいけど、なかなか勇気いるよ? 巡り巡って、人の肉を食う事になるんだからね。 それでも大丈夫かい、大戦の生き残りの傭兵さん」
マイルスは悩む。 しばらく無言で悩んで、そしてこう言った。
「よし! 食おう! 食わしてくれ!」
それを聞いて、酒場の酔っ払い連中は、沸いた。
口々に、トカゲに挑戦するヤツが現れたとはやし立てる。
事情を知っているエドは、マイルスの隣に座って、笑いながらビアを傾ける。
しばらくして、いかつい体躯のコック長、《牛さばきのゴーン》が、鉄板の上で油がはぜる、厚いステーキ肉を運んで来た。
マイルスの前に置かれる。 それに合わせて、酒場の奥の方では、《流浪の音楽家 ティモシー》が、盛り上げるかのように、ピアノで、「運命のワルツ」を弾き出した。
マイルスは、ナイフを入れて肉を切ったまではいいが、一向にそれを口に運ぼうとはしない。
周りは、より一層はやし立てる。 マイルスは、ごくりと唾を飲み込む。
ティモシーが、曲の盛り上がりの部分を、殊更強調するかのように弾いた瞬間、マイルスはそれを口に入れた。
場内は大声の褒め言葉と、拍手と、笑い声。 そして、コック長のゴーンまでもが、顔に似合わない笑顔で、こう言った。
「どうです? サンターナ地方から取り寄せた牛肉ステーキのお味は」
次に沸き起こったのは、完全に、全員の笑い声。 ティモシーは、続いて、「勇者達の挽歌」を弾き始めた。
こうして二人は、《月と砂漠亭》に辿り付いて、三日目の夜を迎えた。
砂漠は、その夜も、蒼く、暗かった。
そしてその晩、マイルスには、《肉食トカゲを喰う男 マイルス》と言う、通り名が付けられた。
《月と砂漠亭》での生活は、この上なく平和なものだった。
旅人同士での諍いなど皆無なぐらい無く、むしろ出発点も目的地も違う旅人同士が短期間で交流する場として友好的に機能しており、そこで出会ったのがお互いの敵戦国の人間であっても、不思議に争いは生じなかった。
それは本当に不思議な光景だった。
旅の始まりな人間がいれば、もうすぐ旅を終えて、街へと辿り付く寸前の者もいた。
そんな人間達が、同じ酒場で、同じ宿で、同じ時間を共有しているのだ。 間違い無く、それは不思議な光景だった。
エドとマイルスが、再び砂漠へと出ようと決心したのは、《月と砂漠亭》に辿り付いて、一週間が過ぎた頃だった。
そして、「また、あの熱い中を歩くのは厳しいな」と漏らして、酒場の連中に笑われたのも、その辺りだった。
旅人は、夜を歩いた。 よほどの急ぎ旅で無い限り、昼を歩く旅人はいない。 皆、昼は宿で過ごし、そして日没を見計らって、夜の砂漠を歩くのだ。
エドとマイルスは、砂漠を歩く為に、二頭のラーバを買った。 それは、歩みは遅いが、砂漠を歩くのに適した身体を持つ、人が乗れる程に大きい動物だった。
夜。 エドとマイルスは、水筒を腰に掛け、ラーバに乗って出発した。
二人が向かうのは、北北西の都市、アラッサラーム。 そこよりもっと西へと向かえば、内乱や国境間の戦火は絶えない。 傭兵の仕事ならば、いくらでもある筈だった。
空には、白い半月。 行く手は、ひたすらの闇の砂漠。
見渡すと、彼等二人の他にも、ぼちぼちと出立する旅人の姿が見えた。
それらは全て、先程まで一緒に酒場で酒を飲んでいた者達。 そんな、仲間のように思える旅人が、《月と砂漠亭》を後にし、めいめいに違う方向、違う目的地に向かって歩き出す。
そして朝日が昇る前には、再び同じ宿へと戻って眠るのだ。
「どう考えても、全員、目的あって歩き出しているようには思えんな」 エドは笑う。
果たして自分達は、例え砂漠でなくとも、目的に向かって歩いているのだろうか。
何も聴こえない、静寂の砂漠を歩きながら、エドは思った。
月が、ほんのりと明るく、砂漠を照らす。
そう言えば、こんな情景の歌があった筈だ。 一体、どんな歌だったか。
エドはその歌を思い出そうとする事で、今夜の暇な時間は過ぎるだろうと予感していた。
マイルスは変わったと、エドは思った。
もう数年も一緒にあらゆる戦地を転々とした戦友であり、死地をくぐり抜けた傭兵仲間であったが、マイルスはエドに比べて、まだ七つも若い。
酒場で、タミアと言葉を交わす彼を見て、エドは、彼は変わったと感じたのだ。
別に、自然な成り行きだろうと思った。 もちろん、タミアの気持ちまでは判らないが。
その晩、タミアは、サランドゥラに向かって、「買出しに行って来ます」と告げると、裏手にある、普段は開ける事も無い小さな扉から外へと出た。
何でもそこから出れば、海沿いの街、ガナシューの南の辺りに出るのだそうだ。
「ガナシューか。 いいなぁ」 マイルスは言う。
だが、それを聞いて、小柄な酒場のオーナーのサランドゥラは笑う。
「あんたがそこから出たって、ガナシューには行けないよ。 ただ単に、今日歩いて来た砂漠に出るだけさぁね。 タミアはその扉からここに来たんだ。 それから彼女は動いていない。 だからこそ、彼女はいつでもガナシューへと入れるんだよ」
マイルスの落胆が見て取れた。 相棒とは言え、判り易い男だと、エドは思った。
再び砂漠を旅するようになって、数日が過ぎた。
月は、二人が敗戦で追われ、砂漠へと追い込まれた時には新月だったのだが、もうそろそろ満月に向かって肥え太り始めていた。
出掛けに、《砂漠の運び屋 ナヅナ》が、バーのテーブルで新聞に目を落としながら、二人が向かうアラッサラームまで戦火が広がったと言う記事を読み教えてくれ、二人は別々に違う事を思いながら、砂漠を歩いていた。
「なぁ、マイルス。 俺がガキの頃聴いた、砂漠の歌があるんだ」
「へぇ、どんなんだ?」
「思い出せないから聞いたんだ。 お前は知らないか?」
知る訳無いだろうと、マイルスは笑った。
その晩の内に、遠くに、アラッサラームの街の灯が見えた。 いよいよ、砂漠の旅も終わりが近付いて来たようだった。
「明日には着けるな」 エドは言う。 だが、マイルスの返事は無かった。
翌日。 いつものように昼過ぎにエドが起き出すと、隣ではいつもエドよりも遅く起きる筈のマイルスの姿が無い。
エドは、水でも浴びようと裏手へと行くと、その木陰に、マイルスとタミアがいた。
だが、二人は話し込んで、エドには気付かない。 エドも、見ない振りをしてそこを通り過ぎた。
その晩。 エドは酒場へと入るなり、サランドゥラにステーキを注文した。
エドはあまり、肉は好んで食べない。 むしろ、ベジタリアンに近い食生活を送っている。
「どうやら、今夜には街に着きそうなんだ。 せめて最後の日ぐらい、名物の肉食トカゲを食ってやろうと思ってさ」
エドはそう言って笑う。 サランドゥラも、じゃあ今夜はビールの一杯でも御馳走しなきゃねと笑う。
笑わなかったのは、マイルス一人だった。
「あぁ、くそ! もう少しで思い出せそうなんだがなぁ・・・」 エドは、一人ごちた。
「もう、砂漠を抜けてしまったら、二度と思い出せそうに無い・・・って言うか、思い出そうとしてた事すらも思い出さなくなってしまうそうな気がする。 あぁ、苛立つ! あれは一体、どんな歌だったか」
不夜城と呼ばれる、アラッサラームの街の灯は、もう目前に迫っていた。
どうやら戦火は、この街の東側までは、及んでいない感じだった。
「エド。 話があるんだが」 マイルスは言う。 だが、エドは、やはり来たか・・・としか感じなかった。
「エド。 聞いてくれ。 俺はアラッサラームには行かない。 もう、傭兵はやめたいんだ」
エドは、ラーバを止めて、マイルスへと向き直った。
「それは、お前の道だ。 お前が望む目的地だ。 俺に教えてくれたのは嬉しいが、俺はお前の歩く道を止めやしないよ」 そう言って、エドは笑う。
マイルスは、少し照れたように、少し困ったように顔を崩して、そして言った。
「俺はもう、戦争は疲れた。 俺はあの宿に留まって、あそこで働く事にした。
サランドゥラも、いいと言ってくれた。 仕事は、雑用からラーバの世話まで色々だが、俺はどうやら、あの平和な世界に魅了されてたらしい。 俺はもう、あそこから出たくは無いんだ」
月は、満月だった。
満月の月は、優しく静かに、砂漠を照らした。
エドは、腰に掛けた水筒を取り出すと、マイルスに向かって言った。
「乾杯しよう!
この砂漠で助けられた時と同じ、タミアの入れてくれた冷たい茶がある。 ビールでないのは、乾杯として不本意だが、それでも充分に乾杯の意味は持てる筈だ」
マイルスは、少しためらった後、同じように腰に掛けてあった水筒を取り出す。
そして、マイルスはエドに向かってこう言った。
「少なくともここに一人、あんたがいてくれて良かったって人間がいるってことは、絶対、何かの証拠だ。
楽しかったよ、相棒。 出来る事なら、もう一度逢いたい」
「逢えるさ。 移動の時には、必ず逢いに行くさ」
乾杯! 旅の無事と、栄光の戦歴へ!
乾杯! 新しい道と、変わらぬ友情へ!
振り返りざま、俺はこれから、ガナシューへと向かうんだと、マイルスは言った。
エドは、ガナシューの南門を目指すのだろうと言い返して、笑った。
エドがもう一度振り返った時には、もう既に、そこにマイルスの姿は無かった。 全く、不思議な力を持つ宿屋だなと、エドは思った。
月はいよいよ、満月の明るさで、砂漠を照らし始めた。
自分の人生の中で出会う、人と人との交差とは、一軒の酒場で、たまたまその夜に出会った旅人との交差に良く似ていると、エドは思った。
いくら仲良くなろうとも、いくら打ち溶け合おうとも、目指す道は全て違う方向で、その先は常に暗闇の砂漠だ。 ただ単に、判り合えただけの旅人が、交差したに過ぎないんだと思った。
俺は旅人だ。 マイルスも旅人だ。 ずっと同じ、砂漠を歩いているようなものだ。
ガナシューか。 いいな、俺も久し振りに海を見たい。
次の戦地が終わったら、俺もガナシューを目指してみるか。
エドは、月を見ながらそう思う。
「あぁ、そうか、思い出した。 あれは確か・・・。 遥か大昔に、どこかの小さな国で歌われた歌だったな」
月の砂漠を はるばると・・・・・
後に、アラッサラーム戦役と命名されたその紛争以降、彼は、前の相棒が付けた通り名、《月に歌う傭兵 エドワード》として、雇われ傭兵の身ながらも、数々の実績を残した。
だが、ある時以来、彼の消息は途切れる。
人の噂では、どこかの戦争で大怪我をして右目を失ったとか、引退して流浪の旅人になったとか言われているが、それも定かでは無い。
だが、とある砂漠を旅する者が、彼を見たと語る。
蒼い月の下、一頭のラーバへ跨り、あてどもない旅をしていると・・・。
だがそれすらも、幻の噂。
どこかにあると言われている、砂漠の大海原の幻の酒場から伝わる噂だと言う、酔いどれが吹く大法螺の話でしかなかった。
●《自己批評》
『早速新ルールで書かせてもらった。
これは、俺がまだ小さい頃から暖めていた(?)物語。
ちなみに、この宿場をベースに、まだまだいくつものショートを作っていた。
書く機会は無いかも知れないが。』
> > > > > > > > > > > > > > >
☆ 少なくともここに一人、あんたがいてくれて良かったって人間がいるってことは、絶対、何かの証拠だ。
『In your Life』
著者:幸坂かゆり
「少なくともここに一人、あなたがいてくれて良かったって人間がいる。それだけは、絶対何かの証拠だ。」
俯いて泣き顔を隠す彼女に、彼はそう言った。
「何か、って何よ」
「うまく言えないけど・・・」
言葉を切って彼は唇に手を当て、どう話そうか考えているようだった。
彼女は黙って、次の言葉を待った。
彼女は二十年前、彼を教会と共同経営している施設から引き取った。特別、彼のために何かしてあげようようとか、そんな優しい気持ちを持ち合わせていた訳じゃない。
その時男に振られただけだ。もう充分大人の年齢に達している彼女は、その分、プライドも育ち、他人に泣きつけるほど甘ったるい性格でもなかった。
けれど、彼女はもう恋を二度としないと決め、今後子どもを持つ事ができないと考え、突拍子もなく思いついたのが、子どもを引き取る、という事だった。彼は、六歳。
けれど、学校に通えるほどその施設は裕福ではなく、そこに住む彼を含めた多数の親に見捨てられた子ども達の、食事や衣類などの、面倒を見るのがやっとだった。
だから、彼女は当然感謝された。牧師から何度も礼を言われ、涙を流され、戸惑ったがそれでいいと思った。
しかし、最初はうまく行く筈もなく、彼は仲間達から引き離された事を寂しがり、それを見た彼女は苛ついて、部屋に閉じこもって、彼を一人にしていた事も多かった。
彼女は男の事を考えたくなくて、彼の世話をしたがどれも外面の事だけに過ぎない。
正式に養子として迎え、衣食住の心配を失くし、行けなかった学校に行かせた。
彼女の行動は勤めるオフィスにも知られる事となり、良からぬ噂も飛びかった。
幼い男の子を自分好みの男に育てようとしていると。
しかし、彼女の彼への接し方は、ほとんど子どもに対して、ではなかった。
私の事を母親だとは思わないでね。
一番最初にそう言った。
「何て呼べばいいの?」
「名前で呼びなさい。私はジャスミン。あんたは?」
「リバース」
リバース?再生?可哀相に。おかしな名前をつけられて。確か、そう言って彼の名前をからかい、笑ったはずだ。彼、リバースは黒人の血が混じっているらしく、浅く灼けた肌を持ち、手足がすらりと長かった。ふたりの間にルールは決めなかった。
夕食を一緒に摂る、という事以外は。
これは、元々ジャスミンが子どもの頃からそういう育ち方をしてきたからだ。
夕食にはワインがいつも用意され、ジャスミンは少し酔って饒舌になり、その時だけは、陽気に二人で色んな話をした。時々、リバースの提案で、バルコニーにテーブルを出して食べる事もあり、その時の夕やけの美しさを、いつまでも二人で語った日もあったが、夕食の時間以外のジャスミンは、相変わらずクールとも言えるほど素っ気なかった。
人懐こい性格のリバースは、すぐに友達ができた。子どもの成長は早い。体操着の裾がどんどん短くなっていくのを目の当たりにして、驚くしかなかった。
リバースは色んなスポーツを楽しみ、スカウトも来るほど、何でもこなした。けれど、一番興味を持っていたのは「哲学」だった。ジャスミンに話をする時も、理路整然とした話し方なので楽であり、やはり驚いた。
そしてある日、何気なく互いが並んだ時、リバースはジャスミンの背を越えていた。
「あんた、いくつになったんだっけ」
「やだなあ、忘れたの?もう十六だよ」
初めて二人が会った時、リバースはジャスミンが頭から見下ろす丈だったのに。
ふと、昼間のオフィスで鏡に映った自分を見たジャスミンは、老けた、と感じた。
リバースとは三十年程年の差がある。あの子が成長すれば自分はそれだけ老いる。
当然の事だ。もう恋などしないと決めたのだから、それでいい。そう、言い聞かせて鏡を離れた。
オフィスでは、相変わらず彼女に関する良くない噂しか入ってこなかったのだが、そんな中傷を受けるほどジャスミンは年齢を重ねても美しかった。
けれど自分では全くそう思えなかった。一人の男に振られた。それが原因で。
ある夕食の時、リバースはその事に触れてしまった。
「ジャスミンに好きな人はいないの?」
その日も笑いながら話をしていて、何気なく出た質問だった。
けれど、突然ジャスミンはワイングラスを床に落とした。
グラスは軽い音で割れて、ワインの赤い色が床を染めた。
「大丈夫かい!?片付けなきゃ」
そう言って立ち上がったリバースが見たもの、それは青ざめたジャスミンの顔だった。
「どうしたの!?」
「・・・て」
「え?」
「その話は金輪際しないで!」
そう怒鳴るように言うと、ジャスミンは急に嘔吐感に襲われ、両手で口をふさいだ。
リバースは慌ててジャスミンの背中をさすったが、その手もどけようとする。
何かいけない事でも言ったのかい?そこまで言いかけて、リバースはその言葉を押し込めた。
いけない事だったからこそ、ジャスミンはこんなにも取り乱してしまったのだ。
リバースは黙って床を片付け、ジャスミンの口の周りまで拭いた。
そして、ジャスミンの手をとって席を離れ、ソファーに座らせた。
ジャスミンは涙を流していた。声を出さずに泣いていた。その泣き方の痛さを、リバースは嫌というほど知っていた。リバースがまだ施設にいた時、おとなしい子どもであった彼は、泣く事で周りの大人達が悲しい顔をするのを察知し、その日から、どんなに悲しくても一人になって、声を殺して泣いていたのだ。
それほどの思いをジャスミンに感じさせた自分の問いかけに、リバースは後悔した。
リバースはジャスミンの横に腰を下ろし、彼女の髪を大きな手で不器用に撫で、その流れるようなカーブをつけた、大人の女の香りがする髪を指で梳いた。
ジャスミンは涙を流しながらも、その指を心地良く感じていた。
つかず離れずの関係を保ちながら、リバースは二十歳の誕生日を迎えようとしていた。
しかし、そんな成長したリバースとジャスミンを危惧する声が近隣から上がっていた。
二人の不思議な親密感は恋愛に発展してもおかしくないと思わせるのだ。
確かに、リバースはもう立派な男に成長していた。ある日、近所の女性が直接それを言いにジャスミンを訪ねて来た。
もう大人である彼と一緒に暮らしていくべきではない、と。
ジャスミンは「そうね、彼に意志があるのなら止めないわ」と言って女性を帰した。
ドアを閉めると急激に不安が押し寄せた。自分こそ一人でやっていけるのだろうか。
ジャスミンは急に自分の都合だけで彼を引き取った身勝手さを思う。
あの時、自分は淋しかっただけなのだ。自分の事しか考えず他人なんてどうでもいい、そう考えている人間が多大な可能性を秘めた人間を育てるなんてできるはずがない。
ジャスミンは、突然リバースに対して何もしてあげていない事に愕然とした。
それと同時に、えもいわれぬ虚無感がジャスミンの心を支配しているのに気づいた。
こんなのって、ない。私は淋しさから逃れるために、あの子を引き取ったはずなのに。
あの時とは全く違った種類の淋しさが押し寄せるなんて。
そんなリバースの二十歳の誕生日、ジャスミンは言った。
「私は二十年前、あんたをまるで人形のようにここに連れてきたけどあっという間ね。
もうここを出ていくのも自由よ。私を憎んでも忘れてもいいわ」
すらりと、その台詞を言うはずだった。なのにジャスミンの目からは涙が溢れた。
その時、リバースは大人のような男の手で、彼女の髪を撫でながら言ったのだ。
“少なくともここに一人、あなたがいてくれて良かったって人間がいる。それだけは、絶対何かの証拠だ”
俯いて泣き顔を隠すジャスミンに、リバースは、そう言った。
「何か、って何よ」
「うまく言えないけど・・・」
言葉を切って彼は唇に手を当て、どう話そうか考えているようだった。
ジャスミンは黙ってリバースの次の言葉を待った。
「僕はずっとあなたに感謝してる。あなたがいなかったら、僕はこんなに豊かな暮らしができなかったし、それだけならきっと、ただの甘えた野郎になっていたと思う。
だけど、あなたは僕を決して子どもとしては扱わなかった。夕食の時、互角で話をしてくれた時の嬉しさといったら、なかったよ。そうしてくれたからこそ、僕は自分で物事を考えるように育てたんだ。あなたは僕を引き取ってくれたその日から、僕に何でも一人でできるように、心の中に真っ白なキャンバスをプレゼントしてくれたんだ。」
彼はその美しい黒目がちな目を潤むように輝かせて言う。
なんてことだろう。ジャスミンは不意に胸が痛くなる。けれど、何て心地良い甘美な痛みなのだろう。涙は、経る長い時をジャスミンの心の中に淡い花びらが舞うように、降りつもり、空っぽでいたのではないのだ、と少しずつ、本気で、人間として感情が素直に戻る。ジャスミンは涙を拭いて、いいえ、違う。と、首を横に振った。
リバースにはそうやって人生を歩んで行く才能があったのだ。無骨だけれど、誰よりも思いやりを持てるリバース。ジャスミンは思う。私のお陰なんかじゃない、と。
私が救ってもらったのだと。けれどもしも本当に、私があなたの心にキャンバスをプレゼントできたのなら。そう考えて、絞り出すように、けれど、初めてとも言える優しい微笑みと、心からの祝福の言葉を湛えて、ジャスミンは今、言葉を紡ぐ。
「そのキャンバスに、二十年かかって、あんたが絵を描いたの」
●《自己批評》
『欲を言えば、二人が過ごす時間の中で、
どうやって打ち溶けていったのか、成長していったのか、
もう少しエピソードを交えたかったのですが、
かなり長くなると思い、極力、省きました。
今回出されたお題は、自分にとって今まさに、
言って欲しい言葉だったので、とても心に響きました。
書かせていただき、ありがとうございました。』
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
☆ そのキャンバスに、二十年かかって、あんたが絵を描いたの。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
出題者:AR1さん(◎マーク)
作品名:『愛してるぜベイベ★★』 著:槙ようこ
正解者:無し
出題者:晴さん(☆マーク)
作品名:『ひとめあなたに…』 著:新井素子
正解者:無し
3月17日に2回も送っていたのですが・・
えーん、届いてなったですか・・・
2006.03.21 22:33 URL | なずな #mQop/nM. [ 編集 ]
ううう・・・来てないよ。(汗)
前回も、来るまでに4日掛かったからねぇ。
何故なんだろう?
とりあえず、みそは取り消すから、今夜にでもアップするよ。
ちなみに、今朝の時点ではまだ届いてないよ。
もし良かったら、先に、「STAND BY ME」にアップしておいて。
最悪、そこから拾うからね。
・・・ってか、対策ねらないとダメっぽいなぁ。
もしも、なずなさんのように送信しているのに、みそった人がいたら、教えてねっ!
2006.03.22 05:37 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]
昨日も一通、あわてて送ってます・・。
17日にも2痛ぅぅぅ・・。
infoseekが悪いのかなぁ・・。
送信済みにはなってます・・。
お手数かけました(__)
コメントは、えっと・・
「今回は名前の表記を漢字にしてみました。
案外、馴染みました。
先に考えてた大筋にお題を乗せた形なんですが
─いきなり殺していいのかよっ・・
送信してからも 迷ってたのですが
メールまで迷子だなんて・・。」
お騒がせしました。infoseek,やめようかなぁ・・。
2006.03.22 08:47 URL | なずな #- [ 編集 ]
今日が締切日というイメージを勝手に作ってました(笑)
今日って22日だったのね?_│ ̄│○
締め切りはすぎたけど、一応さっき送りました(冷汗)
2006.03.22 10:43 URL | 無添加北斗味噌 #- [ 編集 ]
アタシの。
7行目、「放し始めた」って何さ!?
正しくは「話し始めた」です。
アホでした。すいませんした。
2006.03.22 18:10 URL | 暇子 #aiP0wTO2 [ 編集 ]
なずなさん>
良かったら、MC用にMSNのホットメール取ってみたらどうかなぁ?
時間差、あまりないよっ!
とりあえず、自己批評は入れたからねっ!
ありがとねっ!
ホクトさん>
遅刻であれなんであれ、提出どうもだよっ!
ちゃんと載せたからねっ!
お疲れ様っ!
暇子ちゃん>
直したよっ!
ついでに、僕も見落としてたね! ゴメンよっ!
2006.03.22 20:14 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]
すす、すいません!
てっきり締め切りは来月だと思ってました!
なんでそう思ったんだろー;
2006.03.22 21:24 URL | おりえ #- [ 編集 ]
・・・・・はい!?(汗)
・・・今月、みなさん何か変わった事でもありました!?(汗)
2006.03.22 21:33 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]
慌てて仕上げてメールしました!
来月の10日が締め切りのような気が何故かしてました。なんでだろう…
「愛してるぜ☆ベイベ」持ってるのにわからなかった! ぐはー!orz
2006.03.22 22:51 URL | おりえ(味噌) #- [ 編集 ]
原稿アップしたよっ!
寸評も書いたよっ!
チェックしておいてね!
チェックしておいてねっ!
2006.03.23 00:20 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]
こんにちは♪
参加に迷いに迷ってご迷惑をおかけしました。
素早い更新に驚いています。
しかし、どうして私の文章って皆さんのように行間が詰まらないのでしょう?
何か変な操作をしてしまいましたか〜。私。
さて!皆さんの作品をこれからゆっくり読ませていただきまーす♪
2006.03.23 16:41 URL | かゆり #Ys8GLhUo [ 編集 ]
知みそだと「さとしみそ」と読むより「ともみそ」と読んだ方が語呂がいい気がするw
ネタだけは思い浮かんでいたのですが、公務員試験の予備校の講義やら卒業式やらが立て込んでいたので書く時間がorz
因みに卒論は1月に書き終わってます。
2006.03.24 19:23 URL | 知みそ #./0WFFzk [ 編集 ]
さあ、書こう!!と思ってPC起動させたら・・・ビWWWWW!!!と音が鳴って・・・
言い訳よねw
最悪だわw
やっと今日ここに来れました・・・
次は絶対落としません事よ!!
はああああww
みそブトンおいしいかしら???
2006.04.05 22:03 URL | みそブトン #- [ 編集 ]
お題面白いので、遅すぎるけど書こうか・・・迷ってます。
もったいないもの!!
貧乏性だし!!
2006.04.05 22:07 URL | みそブトン #- [ 編集 ]
いいよ! いいよっ!
是非に作品書いて送ってねっ!
勿論、期限は設けないから、頑張って欲しいよっ!
2006.04.06 23:25 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]
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〈小説〉ライド(読み切り短編)
Mystery Circle Vol.11提出作品お題起の文「ままごとには相棒が必要なんだよ。」挿
2006.03.23 23:34 | 空想Explosion
