『Blank、物語は埋め尽くされる』
著者:空蝉八尋
そしてその瞬間だけは、言葉通り心から永遠を望む。
それを願ったところで見え透いた自分の運命が変わるなんてこと、ありはしないとも分かっていた。
それでもヒトは永遠を望み、最後から目を背け続け、そして思い知る。
瞬間、望みは無かったことと限りなく等しくなるのだ。
「じゃ、回収お願いしやァす」
等身程もあるよどんだ大鎌を右肩に背負い、鼠色の皮膚をした頬のこけた男が脇を通り過ぎてゆく。
いつもと同じ光景。空気、匂いが渇いた喉と体を満たす。
「何ボサッと突っ立ってんだセシル」
「あ……ごめん」
ヒトとは何処かが明らかに違った。
大鎌を持った男も、セシルという少女を叱った少年も、セシルと呼ばれた少女も。
地に足を付けていないような歩き方と、呼吸さえ止まっているような物腰。氷点下までに冷たい体温。
「さっさと終わらせて、今夜は……」
「な、何?」
鼻先に顔を突きつけられたセシルは一歩僅かに後ずさる。透き通った肌がほんの少しだけ紅潮した。
その反応を楽しむかのように口角を歪めた少年は、わざと芝居かかった仕草をしてみせる。
「そうだな、ポーカーをしよう」
「…………どうせ負けるクセに」
「勝負の神様は気まぐれだからな。おっと、久しぶりに神なんて言葉使っちまった」
少年は枯野を風が通るような口笛を鳴らし、仄暗い部屋の先へと進んでいく。
その後を追うようにして、セシルも古くなった床を軋ませた。
「随分ちいせぇ部屋。さびれたとはいえ、一応王家の娘の部屋だろ?」
「カルロの部屋と同じくらいね」
「王室と同じ大きさの部屋か、ありがたい話だな」
カルロと呼ばれた少年は、後ろで乱雑にまとめた黒髪を揺らせて笑った。
セシルは一度も笑うことなく、ただ俯いて変化する足元の絨毯の模様を見つめていた。
「発見発見、まあ綺麗な子だこと」
わざとらしく声を高めて言ったカルロの視線の先には、目を閉じて横たわる幼女の姿があった。
霧のような天蓋カーテンで何重にも覆われたベッドで、まるで眠っているかのように目を閉じている。
月光が斜めに差込みその輪郭を鮮明に描き出し、ウェーブのかかった金髪は勿論長いまつげの先までも輝かせた。
降り積もった雪の上に置かれた、深紅の薔薇の花びらを思い起こさせる唇が静かに横に結ばれ、二度と開かれることはない。
「ちっさくてもさすがはお姫様だねぇ。惚れ惚れしちゃう」
「カルロ、この子はまだ随分幼いね」
セシルの手がそのまだ柔らかい頬へ伸びる。ほんの僅かな温かみを感じた。
「あぁ……たぶんまだ十にもなってないぜ。気の毒にな」
「ちっとも気の毒そうじゃない風に言うのね」
「いつもの事だろ」
不快な態度を無視するかのごとく、セシルは幼女を覗き込む。
「苦しそうな顔じゃないみたい」
安心したような、何処か疑問そうな囁きだった。
「ああ。衰弱死って事もあるかもしれねぇが、血圧が下がりすぎたか体が冷えすぎたか……今は寒いのか?」
カルロは窓に自分の息を吐きかけてみる。温度のない吐息はそんな事をしても無意味なことを知っているのに、とセシルは悲哀な眼を逸らした。
どこからともなく、二人の口から大袈裟なため息がもれる。
するとその息の音とは別に、生暖かい空気が激しく動く気配がした。
途端に眼光が尖ったカルロと、緊張した面持ちで息を飲んだセシルが同時に背後を振り返る。
「すいやせーん、忘れもンしちまいましたァ」
半分潰れて、濁った声が蛙のように低く唸った。
先ほど傍を通り過ぎた大鎌持ちの男が、するすると足元を這いずらせる様にして向かってきている。
相変わらずに鈍い輝きをした刃渡りを背負ってはいるが、二人の肩は気が抜けたように落ちた。
「なんだ……」
セシルが思わず安堵の声を上げる。
「よぉ死神。おたく9008番だっけか?」
「9018番ス、旦那」
「そうだっけ。悪ぃな、死神の名前は覚えにくくて」
9018番という名の死神は、羽毛の絨毯が敷かれた部屋を注意深く何度も旋回している。
その様子を、セシルが不思議そうに眺め、そして問う。
「何を忘れたの?」
「いえね、大したもンじゃないス。此処で拾った本なんスけど」
拾ったという言葉にカルロが怪訝そうに顔をしかめた。構わず9018番は続ける。
「この娘さんが、死ぬ晩に読んでた本でして。貰うって約束したんス」
呟くようにそう言いながら横たわる亡骸に視線を配らせた。
セシルは一度短く息を吐くと、手を下ろせば沈むようなベッドに近付いていく。
「面倒臭ェなぁ死神も。わざわざ遺言を叶えてやる規則なんか破っちまえばいいのに」
「そんな事できやせんよ。こっちも一応仕事の都合てもンがありやすから」
胡蝶蘭が生けてある花瓶までも退けて、几帳面に辺りを探し回る9018番に、カルロは無言のまま不気味な視線を送った。
「しかし旦那方……お嬢さんも知ってやす? 人間共は今でも、死の回収は死神がやるもンだと思ってるらしいですぜ」
すかさずセシルが驚愕の声を上げる。
「そんな! 私達の仕事は無視されてるっていうの?」
「人間共は昔から、生を司るのは神、死を司るのは死神だと思ってやすからねェ」
何とものん気な死神の口調を、カルロの冷酷な言語がかき消す。部屋に立ち込めてきた鼻をくすぐる匂いは、消し忘れた蝋燭が銅台を焦している香だった。
「はん、お前ら死神はずっと階級も低くて、ただ命の終わりを告げるだけのアルバイトだろうが。それに比べて俺たちゃ回収人だ、それもトップクラスのな」
「カルロ、その言い方酷いわよ」
いいんです、と9018番はさり気なく俯く。そしてその鉛筆のような指先が鏡台の下へと伸びた。
「あっ、ありやしたァ。見つかりやした、この子の本」
埃を落とすような仕草をしてみせた後、金糸で縁取られたハードカバーの小さいが分厚い本を二人の回収人に見せてみる。
カルロは鼻を犬のように動かすと、眉をしかめて顔を背けた。セシルは興味深そうに英字の表紙を眺めている。
その視線に気がついたのか、9018番はそっと破れそうに薄いページをめくった。
「難しい本じゃないみたい。私にも読める」
「小さな子が読める程度スからねぇ」
一ページに必ずひとつの細い線で描かれた挿絵と照らし合わせながら、並んだ大きめの文字列をセシルは声に出して読んでゆく。
『 ねえ魔女のおばあさん、私はちっとも美しくないし、優雅でもないわ。
でもあなたの魔法で私を綺麗にできるでしょう。
ねえ魔女のおばあさん、王子さまに会うまでに、私を最高に綺麗なお姫様にしてちょうだい 』
『 ああ素敵ね、魔女の世界の魔法とはどんなものかしら? 』
大きな鳥が鳴くような掠れた笑いが、カルロの閉じられたままの口からもれた。
「随分と貪欲なお姫様だな」
セシルは本から視線を逸らさないまま、死神に尋ねる。
「人間はまだ、魔法ってものを信じているのね」
「お嬢さん知らないんスか? 人間共は魔法を使えやす……我々には想像もつかない魔法を」
普段あまり表に感情を出さないセシルだが、驚いたという風に声も出せず顎を引く。
「人間からしてみりゃ、俺達みたいなのは<ファンタジー>の世界らしいぜ」
今度はカルロが、身を預けていた古めかしいソファから身を乗り出す。
「ふぁんたじい? 知らない、そんな言葉」
「ただの勝手な妄想さ。人間共は皆、空想とか想像がお好きらしい……どれも綺麗で美しいものに限ってな」
カルロは肩を竦め、本のページを捲る9018番の傍までにじり寄る。
間違って大鎌に首を持っていかれないよう注意しながら、その手元を覗き込む。
「オイ、9028番」
「9018番ス」
居心地悪そうに苦笑いを浮かべたカルロは、尖った耳元に口を寄せて囁いた。
「この絵は何だ?」
「葬式の光景ス。大昔は人間が死ぬと土に埋めたり、焼いたりして天まで運んだんスよ」
見かけは平然としているカルロだが、額にうっすらと小さな汗の粒が浮く。
「な、んだって……? じゃあ俺達の祖先は何をしていた」
「さぁ。そもそも回収人自体が生み出されていたかどうかも、今となっちゃ分かりやせんねぇ」
何かに気付いたかのように口をつぐんでしまったカルロの横で、セシルは小さな亡骸を見つめていた。
白いドレスを身に纏っている。お気に入りなのかシミひとつ残されていない純白のドレスを。
光に揺れる優雅な髪、上品な紺色サテンのリボン。丁寧に揃えて脱がれた、磨かれた皮のストラップシューズ。
頬はまだうっすら紅潮している。それなのに手を触れれば石膏のように凍り付いているのだろう。
閉じられた瞳を飾る長いまつげも、結ばれた唇も、肌もすべてが真っ白に見えた。
「そもそも、何で葬式とかいう絵が出てくるんだ」
「さっきのお姫様が、魔法で魔女に殺されたんスよ。魔女の考える最高に美しい姿は、死体だったっていう恐ろしい話ス」
首元を押さえて舌を出してみせるカルロだったが、やがて面白そうな笑いへと変わっていく。
「魔法、この子も使えるのかしら」
ポツリと呟いたセシルに、9018番は静かに本を閉じて答えた。
「この子もきっと使えやす、人間何かしら魔法の能力を持ってるんス。些細なことでも魔法になりやす」
次にカルロの高笑いが部屋中にこだまする。嘲笑を含んだ笑みだった。
「魔法? 俺達だって<ファンタジー>の世界で、<魔法>みたいなことをして、魂と肉体の回収してんだぜ?」
「違うス旦那。そういう魔法とは、人間の使う魔法は異なって生まれてるんス。消して物理的じゃなくて、儚いけれど何処か素敵な魔法って、この子は言い残しやした」
言い切った死神を、睨みつけるようにしたカルロは思い出したように下げた時計に目をやった。
その瞳が林檎のように丸くなる。
「うわっ! ヤバイぞセシル、早く回収しねぇと時効切れちまう!」
「もうそんな時間?」
急に慌しくなった雰囲気に、9018番は本を抱えてそっと部屋を後にした。
足音さえ立てず、別れの挨拶も口にせず、消え入るようにまた空気へ一体化していく。
「王家の血も此処で途絶える運命か、可哀想に」
カルロの右手が撫でるように宙を舞った。その動作の真下に、白く冷えた幼女。
「カルロ」
ふいにセシルは、カルロの仕事を静止させる。カルロは少し苛立ったように言葉の続きを促した。
「この子、きっとこの本のようになりたかったのかもしれない」
カルロの動きが完全に止まった。セシルは誰に話しかける風でもなく続ける。
「綺麗なお姫様になりたかったのかもしれない……だからあの本を死神に託したんじゃ」
小さく息を吸い込む音。
「私達が死んでしまったら、この子のように綺麗な白になれるの?」
カルロは質問に答えないまま再び手の動作を繰り返し、魂、やがて肉体をも消滅させる。
短い蝋燭が倒れた。月光は雲に隠れ遮られる。
二人の姿だけが、この狭い部屋にあった。
「何故、今日に限ってそんな事を聞く?」
「ずっと見てきたけど、ずっと聞かなかったけど、ずっと聞きたかった。それだけよ」
「綺麗に死にたくなった?」
「少しだけね」
冗談めかしたような、半分本気なような会話に二人は視線を交差させ、そして逸らす。
「この子のような亡骸になれる?」
もう一度セシルが問うと、今度は即座に答えが返ってきた。
「いいや、俺達はこんなに綺麗な白にはならない。ただ赤く染め上がって、誰にも気付かれないうちに消えるのさ」
「…………私、人間になってみたくなったかもね」
カルロの漆黒の瞳が、怪しく光る。セシルの言葉を警戒するように光っていた。
「なってどうする?」
「見てみるの、終わりを」
自分の最初。自分の最後。
ファンタジー、そして魔法、死神、永遠、回収屋、祖先、生まれる、生み出される。
この世界での終わりはどういったものか?
月光、そして蝋燭、亡骸、肉体、魂、大鎌、鼠色。
この世界での死は終わりであると認識されているのか?
さびれた王家の幼女、本を受け取った9018番、カルロ、そしてセシル。
魔女に殺された最高に美しいお姫さまを、王子さまはきっと愛するのだ。
振り返ったセシルは薄く微笑み、闇へと溶けながら小さく唇を動かした。
『ファンタジーでない、この世界での魔法とはどんなものかしら?』
●《自己批評》
『アーウチ。初参戦で完璧狂ってます。どうしようコレ……意味不明もいいところだよ。なにぶん右も左も分からん始末で。
基本ギャグ属性なクセして中途半端にファンタジー書いたからか。反省中です。
最後まで読んで下さった方ありがとう御座いましたー。短編って難しい(今更)』
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◎ファンタジーでない、この世界での魔法とはどういったものか?
『奇跡の教師』
著者:おりえ
ファンタジーでない、この世界での魔法とはどういったものか?
「はい、今日皆さんに考えて頂きたいテーマがこれです」
教師がチョークに向かって指を向ける。
チョークはふよふよと浮き上がり、黒板に命じられた文字を書き終えると、ぽとりと落ちた。
「せんせー」
教室内の生徒が早速手を挙げた。
「はい」
「魔法ってなんですかー」
「そうですねえ」
教師は考え込むような仕草をすると、指を左右に振って見せた。
「常識とはかけ離れた現象のこと、でしょうか」
「はーい、せんせー」
別の生徒が手を挙げた。
「はい」
「ファンタジーってなんですか」
「そうですねえ」
教師は教卓の上に置いてあった杖を持つと、それを宙に向けてくるりと円を描いて見せた。
何もない空間から、テープレコーダーが出現する。
「うわー!」
教室内が騒然とした。
「先生、それなんですか?」
「これは、こことは異なる世界の住人が使っていたという、大変貴重なものです。私たちは誰でも気軽に音を楽しむことができますが、こことは違う世界の人たちは、音楽を聴くためにわざわざこのようなものを用いていました」
「うそー!?」
生徒たちが隣の子供と顔を見合わせている。
「私たちは火を起こすのに杖を使いますが、その世界の人たちはとても手間のかかる作業を行って火を起こします。他にもたくさん、彼らは非常に手間をかけて色々なことをしています。そんな彼らから、私たちは『魔法使い』と呼ばれています」
「えー? 火も作れないの? 俺一歳の時ペットを火の輪くぐりさせて遊んでたもんだけど」
「じゃあじゃあ、もしかしてその世界の人たちは、空も飛べないの?」
「まさかー! それくらいできるよね、先生」
「残念ながら」
教師は首を振った。
「彼らは単独で空を飛ぶこともできません。大きな、見たこともない装置の中に入って、その装置によって空を飛ぶことはあるそうです」
「うそー!?」
生徒たちが目を丸くしている中、教師は穏やかに言った。
「彼らは私たちのすることを見て、『まるでファンタジーの世界にいるようだ』と驚くそうです。しかし私たちにしてみれば、彼らの世界のほうが不思議でなりません。そこで、私たちはこの世界の『魔法』について、考えてみましょう」
生徒たちは一瞬黙り込み、すぐに周りの人たちと口々に何かを話し始めた。
「えーなんだろ? 何かある?」
「えー? そんな世界の人たちが私たちの世界を見て魔法だのファンタジーだの言うんだったら、もうこの世界には私たちが言うような魔法なんてないんじゃないのかなぁ」
ひとりの生徒が何気なく洩らした一言に、教師は人知れず苦笑した。
ご名答。
人は己が生きる世界に退屈してしまったら、別の世界を望むものなのさ。
君たちのご両親の中には確実にいるんだよ、あっちの世界の住人が。
なぜならこの世界の住人は、『なんでもできすぎるこの世界』に嫌気がさして、『なんでも簡単にできないあっちの世界』に憧れ移住することに決めた際、世界のバランスが取れるようにと、同じような思いを抱いていたあっちの世界の住人と入れ替わったのだからね。
人は勝手なもの。
何でも好きなようにしたいと望んでこちらの世界に来た癖に――
やはり向こうの世界での不自由な暮らしが懐かしいと、あっちの世界へと帰ってしまう――
無論、永住する者だって少なくはないけれどね。
おかげでふたつの世界のバランスは崩れ、今にもひとつになろうとしている……
人々が夢見ていたファンタジーや魔法の世界が身近なものになってしまったら、世界はどうなってしまうんだろうね?
「この世界での魔法……それは、奇跡を信じる心、かな」
なんでもできすぎるがゆえに、奇跡という言葉の意味すら忘れてしまったこの世界は、奇跡を起こし続けるあっちの世界に憧れる。
あまりのひどい因果関係に、今度は耐えきれずにため息を漏らした。
「どちらの世界にだって奇跡はある。今ここに生きていることこそが、奇跡そのものだ」
さて、それをどうやって教えてあげようか。
目の前に存在する、たくさんの奇跡たちを目の前に。
●《自己批評》
『うん…………ごめん。』
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◎あまりのひどい因果関係に、今度は耐えきれずにため息を漏らした。
『Full monn"満月"』
著者:真紅
『あまりのひどい因果関係に、今度は耐えきれずにため息を漏らした。』
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「・・・ふぅ。」
馬鹿馬鹿しい。
何もかも。
生死が入り混じるこの世界で。
虚実が入り混じるこの世界で。
その世界のこの路地裏で。
男は台詞を繰り返し、俺に言う。
「何なんだ・・・お前は・・・。」
男の体は震えていた。
「やれやれ。」
俺はいかにもそう言ってるかのように肩を竦める。
何なんだお前は。
今まで何度も、何度も、何度も言われてきた。
そしてこいつまでもそれを口にする。
俺は何なんだろう。
もう何万回としてきた、この自問自答。
だが、もう一度しよう。
俺は、一体、誰で、一体、何なんだ。
それに嫌気が差し、ふと空を見る。
満月。
それは妖しく、哀しく、美しかった。
自身の中で沸き立つ血を感じながら、俺は口を歪ませる。
いつも果てない自問自答の最後に出す答。
教えてやる。
俺は笑い、言い放った。
「知らねぇよ。」
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二年前の満月の日、あるホテルで殺人事件が起こった。
犯人は未だ捕まっておらず、証拠も残っていない。
まだそれ「だけ」なら良い。
何故なら。
これは普通の殺人などでは無かったからだ。
猟奇的とも、怪奇的とも付かぬその手口。
現場を目にした玄人の刑事でさえ息を呑んだという。
被害者の遺体。
いや、果たして遺体と呼べるのか。
「肉塊」と称した方が正しいのだろう。
部屋は被害者の血で真っ赤になり。
家具は全てが壊され、壁にも無数の傷。
異常ともいえるこの光景は、見る者を圧倒し畏怖させた。
この事件に警察は、異例とも言える大捜査網を敷く。
が、犯人は嘲笑うかのように第二・第三と事件を起こして行く。
異質な事に第二・第三は全く違う手口で。
挑発。
もはやそれでしかない。
警察は形振り構わず夜中の外出を規制。
様々な道路を検問。
しかし犯人の手掛かりさえ掴めずにいた。
現場に残された長く、美しい「毛」を除いては------。
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男はナイフを取り出した。
もう遅い。
「俺は・・・認められるんだ・・・!あの人にぃぃぃ!!」
体が変形を始めた。
「あの事件は・・・俺がやったんだぁぁぁぁ!!」
狂信者か。
突っ込んでくる。
愚かな。
「お前は邪魔だ・・・」
喜べ、第二号だ。
「死ね。」
男の首から赤い物が爆ぜた。
「え・・・?」
男の顔に困惑の色が宿る。
俺は変形し切って獣の物となった手を眺める。
「グボ・・・バ・・・。」
何かを男は言おうとするが、口から溢れる血で言えない様だ。
男の体が痙攣を始めた。
何か言いたげである。
彼の顔はこう物語っていた。
『何だ?さっきからこの人は何を言っているんだ?』
●《自己批評》
『またまたギリまで粘りました。
まだスランプのようで調子がどうも・・・(言い訳)
今回は思い付いたアイディアを全部一作として固めてみました』
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◎何だ?さっきからこの人は何を言っているんだ?
『殺人鬼の虚日(きょじつ)』
著者:望月来羅
(何だ?さっきからこいつは何を言っているんだ?)
何年振りかの強い光に照らされて、瞳孔の収縮が目まぐるしい。眩しさのあまり目を腕で保護しながら、俺は逆光気味の視界を必死にこじ開け相手を眺めた。目の高さに持ってくると、両手幅20cmしか伸びない鎖はギリギリで、擦れ合わさってチャリ、と独特の金属音を奏でる。
「だから、聞いてますか?アウンガード。返事をしてくれませんか。」
チッ、と舌打をするのもしょうがないと言えよう。いきなり人の領域に入ってくるなり、この一方的な態度はどうだ。
(ばらしてぇ・・・・)
手元にエモノが無いのが残念だ。もう何年相棒に触っていないことだろうか。3年という歳月の間、警備員でもいい、きちんと手入れしてくれているだろうか。もし仮にも刀身にサビのひとつでも付いていたら俺はここにいる人間全員をバラしてやる。
やっと慣れてきた視界で俺はチラリとそいつを見返す。ぱちりと視線が合っても相手はその視線をそらさず、それどころかにっこりと微笑み、こちらを見返してきた。
両脇を、屈強な体躯を無理してタキシードに入れたマッチョが二人。その黒い肌と盛り上がった筋肉、二人そろってスキン。しかも内一人は額に明らかに銃痕と思しき傷が付いているときた。どれだけこちらを用心しているのだろう。太さ5cmはある鉄格子を隔て、中にいるのは四肢を鎖で繋がれた毛の塊だけなのに。
(いや・・・毛の塊って何よ?)
自分で言って、その表現に口元をわずかに緩ませた。実際は、髪の毛と髭が遠慮なく伸びているだけだ。3年もの間少しも切らなければ伸びもする。どうやら俺は、切らせてもらえず、又、切ってももらえない特別待遇であるらしかった。
目の前に視線を戻して、格子越しに見える相手は、なんとお上品にも椅子に腰掛けていた。ここは、牢だ。しかも、ここ3年間というもの自然の光も浴びず、蛍光灯の光も最低限しか入らない、囚人の街東パクラの地下牢、最深部。
視線を上げてそいつの格好を見れば、まぁ、裕福層の素材でばっちりだ。ガキのくせに。
そう、そいつはガキだった。見た目的には13,4ほどだろうか。耳下ほどの長さの淡い金髪が、シルクの襟足にわずかにカールがかっている。瞳の色はブルージルコン。
血色が良く、整った顔立ちだったか、その眼がいただけない。どこか・・・光が無い。俺は貧困街でそんな瞳を何人も見てきた。・・・おや。眉を寄せられた。
「ここから出たくないのですか?」
「お前、なんだ。」
「だから、最初に言ったじゃないですか。僕の名前はラウル。・・・バグフィッカ家の嫡男です一応。」
「それは聞いた。質問が違う。なんで『俺』にトレードを持ちかける?」
バクフィッカ家というのは俺も聞いたことがある。裕福層の中でも群を抜いて名高い、金の貿易で大成功を収めた家だ。家はデカイが、さすがに俺でも入ろうとはしないほどに警備が張り巡らされた家だった。
「バクフィッカ家のお坊ちゃんが死刑囚に何か用かよ」
「・・・・交渉です。あなたが正式に死刑判決を言い渡される前に、僕があなたをここから出してあげます。だから、一つでいい。僕の頼みを聞いて欲しいんです。」
「はっ!笑えるね。天下のパクフィッカ家も落ちたもんだ!どんな頼みだ?聞くだけ聞こうか」
「――アウンガード=G=オッディス。あなたが死刑囚で、しかもパクラの最深部牢に入れられているってことは、あなたがここでは最強ってことでしょう?」
「さてね。強いの強くねぇのってぇのが重要なのか?」
「重要ですよ。僕にとってはね。あなたが最強で、僕に一週間をくれると言うのなら・・・・ここから出してあげます。この街にはいられないかもしれませんが根回ししてブラックリストも回収させましょう。どうですか?」
「パスだな」反射的に俺は辞退の言葉を口にした。
「!なんでですか!?悪い条件じゃないでしょう!?」
「きな臭い。お前、俺に会いに来たってことは俺のことを調べてきたんだろ?俺に何が出来る?暗殺か?死刑を言い渡される囚人の心理に付け込んで交渉?はっ!俺は黒い綱渡りを他人に強いられるのが大嫌いでね」
く、とラウルの顔がゆがんだ。おや、図星か。俺は、死刑囚だ。仮に懲役に減罪されたとしても、それが終わる頃には俺の魂は輪廻というものがあれば30回ほど転生している。
そんな俺の死刑を免除?ああ、確かに出来るかもしれない。名乗り出ている遺族に莫大な金を払い、裁判官に『粗品』を渡せば。だが、その見返りはなんだ。
たかだか一週間と転生30回では秤にかけるまでも無い。片方が重過ぎて針は動かないはずだ。
「・・・分かりました。簡潔に言います。当たり。あなたには人を一人・・・殺してもらいたいんです。今は誰かは・・・言えませんが・・・」
ラウル少年の顔が俯いた。柔らかな金髪が滑り、その表情を押し隠す。ほ、と俺は口をすぼめた。大方そんなところだろうだとは思っていたが、こんな坊ちゃんにも殺したいほどにくい相手がいるのか。
待てよ・・・と、俺は頭の中で算段を始めた。俺が出たときのリスク、出なかったときのチャンスの確率、出た後の逃げ道、依頼を受けたときの・・・殺し方。
ごくりと喉がなる。また、俺は殺せるのか?あの綺麗なワインレッドの液体を太陽の下で見れるのか。相棒に・・・触れるのか。
「・・・・お坊ちゃんよ。」
「ラウルです。」
「ラウル。先に一つ聞いておく。俺がその依頼を終わらせたら、俺は自由か?」
「僕はあなたが僕の頼みさえ聞いてくれればけっして縛るつもりはありません。
あなたが恐ろしい殺人鬼で、僕が外に解き放てば、あなたは僕なんか一突きに殺して自由を得るかもしれないという危惧はありますが・・・・。それに、その後にもし殺人を犯せば僕にはそこまでは手が出せませんが。でも、最強なのはあなたで、僕が頼みたいのは『あなた』です。」
「・・・オケイ。ま、俺は別に無差別殺人快楽者ってわけでもないからな。むしろココの一階上の囚人の方が酷いぜ?聞く耳もたずってヤツだ。常に殺す快楽を求めて普段は飛んで入ってきた虫なんかを丁寧に丁寧にバラしてるってぇ話だぜ」
「・・・・そうですか。それで?アウンガード。交渉は。」
「ああ良いぜ。引き受けてやる。あと、知ってるか?俺は相棒に全てを捧げた快楽主義者でね。常に肉を裁ちたい欲望を抑えてる。だから、俺に『赤い液体』を見せるなよ。」
俺があらかじめの忠告と、軽い皮肉とを混ぜてラウルに言うと、少年は一瞬ひるんだ色を見せたものの、ギ、と睨み返してきた。両脇のマッチョが動こうとするが、それは手で押しとどめた。
「僕はクライアントです。もしも僕を殺した場合、あなたはまたココに逆戻り、さらには僕の家をも敵に回すことになるでしょう。」
「分かってるよ。大丈夫だって。俺が手にかけた一般人は1人だけだからな。・・・ところで、本当に俺は出れるのか?」
これだけ話しておいてなんだが、俺にはまだ信じられなかった。なにしろ、3年もの間、ずっとここにいたのだ。外に出たい。出られるのか。太陽を見たい。見れるのか。
ラウルはそのあまり輝きのないブルージルコンの瞳で俺の顔を凝視していたが、側のマッチョに何か指示を与えた。『何か』といったのは、その言語が俺にとってなじみの無いものだったからだ。アクセント、イントネーションからすると西カサドラの地方の言葉だろうか。一礼して去ってゆくマッチョの後ろ姿を見つめる・・・と、すぐに引き返してきた。
手にはなんと・・・俺が望んでも拝めなかった鍵束を持っていた。そのまま格子に4重に掛かっている錠前を外していく。
錠前がきしむ音に、身体がわずかに震えた。本当に・・・本当に俺は『俺の』生活に戻れるのか?
ガチャリと重い音がして、3年ぶりに俺は格子なしの空間をみた。屈強な体躯をまげてそのマッチョは俺の前に膝まずき、四肢を縛っていた鎖を乱暴に取り払う。
信じられなくて、鎖のない自分の手首と足首を何度も触った。
「・・・出られますか?筋肉が衰えていないと良いのですが・・・・」
「ああ、そりゃ大丈夫だよ。」
感動もひとしおに、声のトーンが上がる。髭と髪を鬱陶しげに掻きあげると、俺は「よっ」と弾みをつけて起き上がった。
やることも無い、退屈な日々。暇つぶしにと窮屈な体勢で行ってきた筋トレは、むしろ前よりも腕の筋肉を増やしてくれている気がする。
勢いよく立ち上がった感覚に少しだけふらついて、それから格子の外に出た。――出た。
なぜかそのことに少し呆然として、それから眼の前に目線を落とした。金髪にブルージルコンの瞳の少年が、俺を見上げている。
「なんだ。けっこう身長高かったんですね。・・・あれ?」
「なんだ」
「アウンガードって、何歳ですか?もしかして30前半・・・」
「俺はまだ26だ。調査書見たんだろ?」
「え、いえ、そこまでは・・・26・・・僕と11歳しか離れていないなんて」
「は!?」
一瞬後、ラウルの言葉の意味を思い返してその蒼い眼を見返した。どう見ても12、3なのだが。
「何、お前15なわけ?今4月ってことは今年16か?」
「そうですけど。」
「・・・・すっげ。」
何が、とは言わない。凄い童顔ではないか。思わずその綺麗な顔を鮮血で染め上げてみたくなる。だが、これが、俺のクライアント。
俺は死刑囚だ。いや、だった、か?だが、どちらにしろ、約束はあまり破ったことはない。
「オーケィ。交渉成立だ。俺はお前の望む相手を一人殺そう。報酬は今もらった。・・・ところで、お前はラウルで良いのか?」
「はい。僕はアウンガードって・・・それともオッディス?」
「はっ!オッディスね。あんま呼ばれたくねーな。最高に俺に似合わない名前。」
「?何でです?」
不思議そうに首を傾げるラウルに笑い、俺は空中にGのスペルを指で描いた。
「俺の名前は途中がゴエルっつってな。あんまりいい名前じゃないから普段は略してるんだけどよ、そーすると略字は『G』だ。で、オッディス。昔よくそれに絡めてゴッディス、つまり神とからかわれていたんでな。アウンガードでいい。」
「なるほど。分かりました。アウンガード。あなたを引き受けます。まずはウチに来てください。」
「待て」
と、俺はラウルにストップをかけた。確かに出られたのは嬉しい。だが、『相棒』がいない。
「俺のエント・・・刀はどこにある?調べてあるんだろ?あれが無ければ俺は外には出ない。」
「・・・と、言うと思いまして。」
取りに行かせるのかと思いきや、なんとすでに取ってきていたらしい。マッチョの片割れが俺に黒い柄の付いた、1メートル半ほどの刀を取り出した。顔が笑い出すのが分かった。
「エント!!」
鞘を受け取って、すらりと刀身を抜く。傷一つ、サビ一つない。3年もの間、待っていてくれたのか。
ドクリ、と、刀身が疼いた。嬉しい、と語りかけてくる。嬉しい、嬉しい、また会えて嬉しい。切りたい、切りたい、鮮血を浴びたい。
「わかってる・・・分かってるさ。待ってろ、エント・・・3年ぶりの宴と行こうじゃないか!」
刀に向かって高らかに宣言する俺に、マッチョが身をわずかに引くのが見え、ラウルはというと、なぜかやけに光る眼で、俺とエントを凝視していた。その、緑と青の混じった、ブルージルコンの瞳で――・・・・。
「――・・・ヒャッホォウ!良いねぇ最っ高!糊の利いたシーツに勝るもの無しだ!」
バフン、と勢いよくベッドに倒れこむ。思わず顔がにやけた。顔に触ってもアレだけ繁茂していた髭の感触は無く、滑らかな肌が触れ、髪の毛も短く違和感が残る。が、視界は一気に開けた感じだ。うざったい前髪がなくなったのだから、そのクリアになった世界が嬉しい。
ラウルの豪奢な家で、生まれて初めて入るような広い風呂につかり、3年越しの垢を落とした。髭をそり、髪の毛を切り。鏡で3年ぶりに見る自分の顔は、北欧系の顔立ちに、茶色の瞳。切ったばかりの黒い髪は触ると頭皮の感触を受けるほど短くなり、腕などに触ると余計な肉はなく独房で鍛えた筋肉が付いている。
多少の疲れの色は見えたものの、懐かしい感じがした。用意された新品の白いシャツに腕を通し、少し大きめの厚手のズボンをはく。今こうして案内された部屋に来て見れば大きな天蓋つきのベッドがあり。片手に下げたエントと共に柄にもなくはしゃいでしまった。
どうやら、慎重に気配を探っていたのだが、この家にいるのはラウルと使用人だけのようだった。
気持ちがいい。久しぶりに触るシーツの感触に、目を細める。こんなに心地良いまどろみに誘われるのは何時振りのことだろうか。
俺は、眠気に逆らおうとはせず、ゆっくりと目を閉じた――・・・
――・・・パタン
「っぁ?」
「あっ、起しちゃいましたか」
扉の開閉音に反射的に目が覚める。天蓋から覗く青空は快晴で、差し込む朝日が顔にかかった。『朝日』。太陽。感動する。
寝た体勢のままで首を巡らせると、丁度入ってきたラウルと眼が合った。瞬間その瞳が驚いたように瞬きを繰り返して、動きがフリーズした。
「・・・なんだよ。」
「・・・・あ、いえ。おはようございます。賠償金のほう、支払ってきました・・・。はともかく、アウンガードって本当に26歳だったんですね。一瞬誰かと」
「ふふん。格好良いだろ。巷で噂の好青年ってヤツだ」
「巷で騒がれてたのは噂の快楽殺人鬼ってことでしたけど・・・こうして見ると、本当に普通なんですね。・・・普通、3年も独房に入れられれば精神が病んでしまう人もいると聞きましたし、正直あなたがここまで礼儀のある人とは思いませんでした。」
「なんだよそりゃ。おいおいおい、俺は確かに死刑囚だったが教養を受けてないわけじゃないんだぜ?俺が12のときに親は死んだけどよ、それまでは普通に学校とやらも通ってたんだし?精神が病むってなぁ・・・・んなんやることが無いやつだけだな。慣れると楽だぜ?ちょっと日常に面白みはなくなるけど身体は鍛えられる、ネズミと仲良くなれる、独り言は多くなる。おまけに臭い。最高だ」
「・・・大変でしたね。」
あの独房での日々を思い出して少しだけ不機嫌になる。が、今はソレよりも用件が先だ。ラウルが来たということは暗殺の件に関してだろう。
足を少し上に振り上げると、振り下ろす反動を利用してベッドの上に起き上がった。手元にエントを引き寄せる。
「で?結局お前は誰を殺したいんだ?」
ハッ、とラウルの整った顔が強張った。単刀直入すぎただろうか。だが、俺は込み入った話は嫌いだ。ラウルはエントの柄を弄んでる俺の顔を見、それから閉ざした扉に眼を走らせた。そんなことをしなくても、何の気配もしないというのに。
確認して少し安心したのか、ラウルがそろりと顔を上げた。どうせ自分でもここには近づかないようにと使用人たちには念を押してあるだろうに。
そして、唇を湿らせてから、小さな声でポツリと呟いた。
「僕の父を、殺してください。」
ポツリポツリ。感情の篭っていない声でラウルは静かに語る。
「父、ギルド=バクフィッカはご存知の通り純金の仲買い人をして成功を収めました。父は・・・優しい父でした。僕が8歳の時に母がなくなっても後妻を取らずに育ててくれました。ですが、何時からか・・・成功してから、お金の価値を間違って受け取ってしまいました。」
「なるほど。金に味を占めたんだな。」
「父はやっと築いた地位をなくすのが怖かったんだと思います。あまり人の上には立てるような人ではありませんから・・・。人の意見を聞かなくなり、僕が気づいた時には臓器売買の仲買いをやるようになっていました。」
「・・・・ほぉ。良く気づいたな。」
「不審な、外出が増えましたから・・・。」
「そこまで眼を凝らしてたのか?」
「・・・・・」
エントの柄から刀身を抜き差ししていると、ふとラウルの言葉が途切れた。戸惑っているのとも違うようで、長い沈黙に疑問を抱いてラウルを見た。
「!どした?」
ラウルは、泣いていた。それまでの無表情が嘘のように必死に何かを耐えているようだった。
(おいおいおい、子供が泣いてるときはどうしたらいいんだ?つかなんで泣くよ)
「・・・おーい。やっぱり父さんを殺すのはイヤか?」
「違う。」違います、と、ラウルは首を振った。涙が零れる。
「・・・僕が父さんの臓器売買のことを知ったのは・・・僕の友達が父さんに殺されたからです。僕の周りの信頼できる使用人の人たちは皆、誰かを父に殺されている・・・」
「そりゃぁ・・・・。」
言ったきり、迷って言葉は出てこなかった。俺は確かに殺人はする。時には快楽を求めて拷問めいたこともするし、命乞いをする奴らは大嫌いだ。だが、別に気持ちが読めないというわけではない。12まで俺は、愛されて育った。友達もいた。
決して無神経とは思いたくない。
「僕がまだ小院生だった頃から仲良しだった、ミシェルという女の子がいました。よく動く子で、褐色の肌が誇りだと言っていました。・・・僕とミシェルは、スラムで追いかけっこをしたりして遊びました・・・僕は父からはスラムには行くなと言われてたんです。外聞が悪くなるからと。でも、でも僕はスラムに良くいきました。こんなお上品に気取った世界とは違う、生きることに必死で輝いてる人々を尊敬しました。」
「へぇ・・・面白いな、お前。恵まれた世界に生きながら本当の生きる意味を探してんのか?」
「・・・そんなに大層なものじゃありません。ただ、僕は羨ましかったんです。父さんには内緒で何回も家の私財を持ち出してはスラムに置いてきました。・・・僕は、飾らない世界が欲しかったんです。うわべのお世辞、裏での影口にはうんざりでした。なのに・・・・ある日ミシェルの家を訪ねると彼女はそこにいませんでした。忙しいのかと思いました。でも、一週間後に行っても彼女はいませんでした」
何かを思い出したのか、ラウルの顔が辛そうにゆがんだ。ブルージルコンの瞳からまた一筋の涙が頬を伝う。
「今までそんなことはありませんでしたから焦りました。親しいスラムの人たちに聞いても行方は分からなくて・・・他にも何人も行方不明者がいたようです。・・・皮肉なことに、僕が彼女の行方を知ったのは自分の家の地下室ででした。」
「あぁ・・・」
なんとなく先の予測がついて、俺もまた不快さに眉をしかめた。
(金持ちが一般人をバラしてんじゃねーよ。)どうせ殺すなら仲間を殺せよ。
「あの日僕は・・・外泊する旨を報告するために父さんを探していたんです。使用人の一人が、父が地下に降りていくのを見たと言っていて・・・それで、普段は決して行かないような地下室に降りました。いつもは、扉に鍵が掛かっていたんです。でも、その日は開いていて・・・部屋の外においてある巨大な機械を不審に思いました・・・部屋に入って・・・入、・・・って・・・!」
「バラされてたのか。」
「・・・はい。その部屋には、沢山の容器が置いてあって・・・・中央の赤い手術台の脇に・・・彼女の・・・首が容器に入っていました。沢山の容器にどこかの部位が入れられていて・・・臓器がホルマリン漬けにされていたんです。」
「きついな」
「はい・・・・。足元が無くなったと思いました。悲しくて、情けなくて、どうしようもなくて、夢だと思いました。悪夢、最悪の悪夢・・・悲しくて、悲しくて・・・!」
とめどなく涙を流しながら、その涙を拭いもせずにラウルは泣き続けた。
「最初は、父がやったとは思いませんでした。でも、手術台の脇においてあった臓器売買名簿の字が・・・父のくせ字でした。それから・・・僕は信用できる人たちに頼んで父のことを調べました。調べて・・・・」
「分かった。」それ以上は待たずに、俺はラウルの言葉をさえぎった。ココまで聞けばいくらなんでも想像が付くというものだ。
「そこまででいい。ラウル、お前の父親、今までに何人位殺してきたか分かるか?」
「・・・分かっているだけで126人です。名簿の数を数えました。」
ヒュゥ、と思わず口笛が出る。よくもまぁ殺したものだ。
「それ、一人じゃないだろ。共犯者は?」
「赤い髪に、全身黒尽くめの男、」「赤い髪っ!?」
ソレを聞いた瞬間、俺の中で3年前の映像が浮かんできてエントを落としてしまった。
「おいまて、赤い髪に黒尽くめ?変な黒い帽子被ってる?」
「確か・・・アウンガードの知ってる人ですか」
「ああ・・・そうか・・・ヤツが関係してるのか・・・・」
俺の中で、ザワリとエントが疼いた。
「俺を陥れてパクラの独房に入れて下さったヤツでね。あいつが関係しているんだったら急ぐぞ。逃げ足だけは速い。」
「・・・・はい。今日も地下室にいます。」
覚悟を決めたのだろうか。ラウルは一旦目を瞑り、ギ、と睨むようにこちらを見据えた。
淡い金髪の下で輝くブルージルコンの瞳に、強い光があった。どんな心境なのだろう。思い出ある自分の父親を今子である自分が殺しの依頼をしているというのは。
(まぁ、どうでもいいけどな)
俺に大切なのは、また人を殺せること。エントに触れること。そして、自由の空気を吸えたことだけだ。
頭を完全に起こしてから、ラウルに続いて部屋を後にした。
―――絶叫が、耳を劈いた。前を走るラウルが、びくりと身体を竦ませて一瞬動きを止めて目の前の扉を見た。おそらく防音効果があるのだろう。地下から上では絶対に聞こえなかったような音量だ。が、今の叫び声は俺には分かる。あれは断末魔の叫び声だ。
「退け」チッと軽く舌打ちして、ラウルを押しのけその狭い空間で愛刀『エント』を一閃させた
硬い。ゴゥン・・・!と確かな手ごたえと扉が落ちる轟音はその静寂の中で響き渡り、その音で我に返ったのか、ラウルが中に駆け出した。
「・・・――父さん!!止めてください!!」
「・・・・・ラウル?なぜお前がここにいる!?」
一瞬の静寂の後、壊された厚い扉の向こうから聞こえてきたのは渋いバスの声だった。
(なるほど。アレがギルド=バクフィッカね。)
その側に、本当にあの赤い男がいたなら。3年前、俺の依頼主だったにも関わらず、ブラックリストハンターに俺の情報を売ったあの男がいるなら。
思わず口元に笑みが浮かんできて、首を左右に巡らし、コキリコキリと間接をほぐした。
足元の扉の残骸を飛び越える。
部屋の中に視線を巡らせて。広い。一辺に寝そべった俺が15人は入るだろう。そして、その壁一面に。大小、長さも様々な円柱が積み上げられていた。小さなものは、掌に収まるほど。中にあるのは『眼』だろうか。大きなものは背丈ほどもあり、4、5個の同じ内臓が入っていると見た。なるほど、あれだけ頑丈な扉をつけるはずだ。
「・・・ぅっわ。よくまぁここまで悪趣味なもんを・・・」
「・・・・ラウル。そいつは誰だ?お前は・・・いつから知っていた・・・?」
「そんなことはどうでもいい!父さん!また・・・またですか・・・!?」
震える声のラウルに前を見ると、「おぉ」思わず声が出る。エントが歓喜に振動した。正しく『鮮血』の手術台。一応拭いようにと厚い布がかけられているのだが、その布が真紅に染まり、そこにバラされた人体が無造作に放り出されていた。・・・いや、最早人体というよりは肉塊というべきか。小腸などを残し、大多数の内臓は側の透明な円柱に入れられていた。わずかに液体が薄桃色である。眼がなくなり眼窩の落ち窪んだ首がごろりと手術台の上に転がっていた。男性で褐色の肌。黒い縮れ毛。貧困街の住人だろう。
だがそんなことより。俺は、ラウルの父親だろう、ギルド=バクフィッカを眼にして、眉を顰めた。特徴的な鷲鼻、意思の強いブルージルコンの瞳、撫で付けられたグレイの髪。血に染まった上衣を脱いだ服は汚れておらず高級そうだが、どこかオドオドした印象を受ける。が。側に、『誰もいない。』
「・・・ちょっと待て。ギルド=バクフィッカ。聞きたいことがある。」
「それこそどうでも良いことだ。」
ギルド=バクフィッカは、最初の驚きから醒めると、逃げようとしたのも束の間、こちらが二人だけと見て取ったのか腹をくくったように声に力を入れた。丸め込めると思ってのことだろうか。
「・・・ラウル、黙っていてすまない。だが、幸せに暮らしていくためだ。分かってくれ。」
「分かってくれ!?僕にそれを仰いますか!?僕がっ・・・僕がこんなことを望んでいたと思いますか!?」
「分かっている。お前は優しい子だ。だが・・・優しさだけではやっていけないんだ。だから、見なかったことにしなさい。でなければ、」
「―――でなければ、なんだ?実の息子もバラす気か?」
「何だと・・・・貴様!!」
ザィンッ・・・ン!
余韻がわずかに鼓膜を振るわせる。ザーッと流れ出してくる、円柱からの液体。
一瞬だけ眼を走らせると、エントで切り裂いた円柱のうち、一緒に数個の臓器も切断してしまったようだ。だが、感情は動かない。今更なことではあるし、『アレ』等はもう本人には戻らない。
「なんてことを・・・・!!貴様!貴様貴様っ、」
「ぁーあもーうっせーなぁ!」
駆け寄ってきたギルドに、遠心力の応用で刀を喉元に突きつけた。思わずのけぞる男の前で、頭をかきつつわざとヘラリと笑ってみせる。ラウルに眼をやれば一瞬追うように手が伸びたが、嫌がおうにも周りの景色が目に入ったのか、そのままの体勢でしばし止まり、やがて力なく手が下ろされた。下を向いた表情は、見えない。
「大の大人がさぁ情けねぇなぁ。あぁ?パンピーバラしてんじゃねーっての。てめーの腐った仲間をヤれよ。」
「ま、待て。話を聞いてくれ」
「話なら別筋から聞いたんでね。大体俺はそこら辺ははっきり言ってどうでもいいんでね。ただ契約を果たすだけだ。」
「け、『契約』?何の・・・誰とだ!?まさか、ラウル・・・!」
「はいはいそこらはどーでも良いの。ってか子供のほうが出来てんな、お前。で、俺が聞きたいのはぁ」
我知らず、エントに力が入った。刀を横にし、右手で柄を、左手を刀身の背に押し当て、ゆっくりとギルドの首に押し当てた。エントが騒いでいる。
「答えろ、ギルド=バクフィッカ。オーゴストはどこだ?」
「オ、オーゴスト?誰のことだ。それより、」
「でなけりゃギオンハルドだ。赤い髪の男がいただろう、黒尽くめの」
「・・・ギオンハルドなら昨日から見ていない。連絡すらつかん。ほ、本当だっ」
この言葉を聞いて。眼の奥に熱が貯まる。・・・逃げた。また逃げたのか?ギオン。
どこまで卑怯なやつ・・・!
「なら・・・」ギリ、と奥歯をかみ締めて、俺は鷲鼻のギルドを憎憎しげに睨み付けた。変な笑みで口元が引きつるのが分かった。
「逃げたんだろうあいつは。俺が、パクトの牢から出たことを知って。お前、見捨てられたな。」
「なんだと!?いや、違う!ギオンハルドはそんな男では、」
「無い、と思ってた俺が気づいたのが牢の中だった。・・・以来、俺はずっと思い浮かべてきた。俺の、この手であいつをバラせる日を。それなのに・・・・」
「ヒッ」知らず知らず、手に入った力がギルドの首に朱色の線をつけた。ドクン、と心臓がはねる。また、見た『鮮血』・・・。
「ま、待て。ギオンハルドからき、聞いたことがあるぞ・・・妖刀に魅入られた哀れな男がいると・・・!パクラの深牢に繋がれているが、や、闇の業界ではその残虐性に、」
「はいそれ俺―。はっ!なるほど、ギオンの野郎。この俺を哀れんで下さってたってわけか。・・・余計なお世話だっ!!」
「ガッァ!」
刀を横になぎ払う。ギルドの右の首少しと、鎖骨を抉って妖刀は後ろの円柱を薙いだ。
こいつはもうギオンに関してなにも知っていない。俺と同じに乗せられた哀れな哀れな『マリオネット』――・・・。
「―――やりたいことはありますか?・・・アウンガード」
傷を押さえてうずくまっているギルドと、肩で息をしている俺達の後ろから。ポツリ、と呟きが聞こえてきた。躊躇せずに答える。
「あぁ……今人を殺したい」
妖刀が疼いている。俺の心もだ。何を取り繕う必要がある?哀れな男がなんだ?
『俺』はこいつを殺したい。捕まえた所で裁判所にこいつが裁けるか?執行までに何年かかる?
俺とこいつは同類だ。何百という人生を絶ち、周囲を巻き込んで己の快楽に生きる。
だが、それがなんだ?
俺にはその力がある。だが、過信はしない。分かっている。俺だって自分が間違っても人の命を救えるなんて思っちゃいない。きっとこれからも自由になれば、俺は人を殺すだろう。今、これから行うように。ラウルは俺のブラックリストを撤回してくれたらしいが、どうせ明日には新しいリストが出回っていることだろう。ゆがんだ笑いがこみ上げてきた。その表情のままでラウルを振り返る。
眼が合ったラウルは不思議と安らいだ顔をしていた。ブルージルコンの瞳には涙が光り、様々な葛藤の後かうかがえる。これからの人生を、今、ラウルは自らの手で渦の中に放り込もうとしているのだ。黙っていれば静かな生活をおくれてたかもしれない。だが、ラウルは。自分の父を見つめて静かに息を吐く。
「僕が望んだことです・・・アウンガード。」
「やめっ・・・!」
愛刀、妖刀である刀を振るったとき、振り下ろした瞬間に聞こえてきた幾数多の『音』はなんだったのだろう。
ゴキリ・・・懐かしい感触がエントを通して身体に浸透する。
堪え切れずに、俺は本能のままに笑い出した―――・・・・・・。
●《自己批評》
『 すみません!すみません!!
どうしても短く出来ませんでした!そしてまたグロもどき・・・。
グロは、苦手です。いろいろ矛盾があるかと思いますが、できればスルーしてやって下さい・・・u
ちなみに、最初はラウルは『俺様』的主人公でした。
有難うございました。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎「あぁ……人を殺したい」
『No Title』
著者:ヨーノ
「あぁ……人を殺したい」
四日前の牛乳に愛を込めて。
配膳室に忍び込み、自分のクラスへ配われる牛乳瓶の一本と、四日前の牛乳瓶とを交換する。
私は抜き取った牛乳瓶をまず下駄箱に忍ばせる。後はクラスで保健室に行ってきますと言った通りに保健室に行って、「あぁ、またこの子か」と優しい顔の保険医と言葉を交わして、適当に時間を潰して教室に戻るのだ。
四日前の牛乳を持ち込む時も、隠すのは下駄箱の中。
いつか見つかってしまうかもしれないけれど、いつも見つからない。
誰か私に初恋を抱いて、ラブレターを書いて、友人に見つからないように私の下駄箱に入れようと蓋を開けた時、不思議と四日前の牛乳瓶が出てきたらどうなるんだろう、と想像する。
1 好きな子の牛乳だから飲む
高校生の姉と大学生の姉とが、私のソプラノリコーダーを見つけると、揃ったように笛が盗まれてしまった思い出を語ってくれた。今は大人な指では笛の小さな穴を器用に塞ぐことができずにもどかしそうに、「ねぇちょっと吹いてご覧よ」と私の白く細い指に感傷を期待する。「下手っぴね」と微苦笑の余韻が尾を引く。
「笛の授業が終わった後に盗まれたから、きっとクラスの誰かが持って行ってしまったのよね。まだ授業が残っている内に盗まれたりしたら大変だったけど、そういう心遣いは嬉しいじゃない」
私の名前は小夏涼。ソプラノリコーダーの名札には、魔除けとばかりに小夏大輔と父親の名前を書いてみた。
決まってソプラノリコーダー紛失事件とファーストキス物語をセットにしてくる姉達のエピソードは今回は省略。
2 牛乳を隠している事を脅し文句に、私を強請る
「なぁ小夏ちゃん、下駄箱に牛乳を隠しているんだろう」とヒソヒソ。「先生やクラスの奴等には黙っていてやるから、俺の言うことを聞けよ」
「下校途中にみんなが寄り道する公園に捨て猫がいただろう。白い猫が二匹に黒い猫が一匹、ダンボールにバスタオルが敷き詰められて、その中に何日分しか保証のないエサと水と一緒に入れれているのを、小夏ちゃんも見ただろう。女子達は字のごとく猫可愛がりして、でも誰も飼うことができないからって、みんなで公園で育てることにした猫がいただろう? みんなで名前を付けて、給食のパンや牛乳を持って行って、みんなで育てただろう? でも、子猫を元気に育ててやるには、ちゃんと飼い主が必要なんだよ。そこで小夏ちゃん、牛乳のことをバラされたくなかったら子猫たちを飼うんだ、いいな。“雪見”と“落ち葉”、“小春”をよろしくな、小夏ちゃん」
猫達と出会ったのは一ヶ月ほど前のこと。みんなで育てていたのだが、四日目の朝に、爆竹と一緒に散らばっていた。
飲ませてあげるつもりだった牛乳は、今もここにあります。クラスの皆で、代わる代わるロシアンルーレット。
3 不思議に思って牛乳瓶を取るも、ラブレターに震えた指から取り落とす
散らばる牛乳瓶の欠片と、濡れ広がる牛乳の海。
小夏涼の下駄箱の蓋なんかはすぐに閉めちゃって、届けようとしていたラブレターは懐に隠してしまう。あははと笑って、さて彼はどんな言い訳を口にするのでしょうか。
その牛乳、どうしたの?
「いや昨日残した牛乳をさ、下駄箱に入れたまま忘れてしまったらしくって、朝に下駄箱開けたら転がり落ちてきちゃんだよね」
あははと朝の喧噪の片隅で、私も牛乳瓶を指先に摘む振りして、ラベル蓋を摘み上げるのです。
「ねぇこの牛乳、四日前のだよ」
“小春”“落ち葉”“雪見”を集めて私は泣いた。
墓前でみんなで泣いた。わーわー泣いた。涙が涸れるくらい泣いた。みんなで学校に遅刻するほど泣いた。
墓前に牛乳を捧げる。
一本。
二本。
三本。
今日も持ってきたよ。
古くなった牛乳は、明日学校でみんなのうち誰かが飲むからね。
ごめんね、もう一日早ければみんな死んでしまうことなかったのに。私のお父さん、“小春”と“落ち葉”と“雪見”を飼ってもいいって言ってくれたのよ。あなた達が死んでしまった日の晩ね、お父さんったら、あなた達のエサをすっごくたくさん買ってきちゃったし、爪を研ぐ道具や遊び道具、トイレとか、一通り揃えてね、もうホクホクって顔をして帰って来ちゃったの。私達三姉妹を猫可愛がりしてくれたお父さんだもの、また三匹の猫ちゃんが家族に加わると知って、舞い上がっちゃったのも無理ないわよね。でも私はそんなお父さんの顔を見たら、また悲しくなってしまって、お父さんの胸を何度も叩いたわ。どうしてお父さんは私の気持ちを知らずにそんな浮かれた顔をしているんだ、わかったような顔をして、私の頭を撫でてくれるな、どうせ誰も私のこの想いを理解してくれやしないんだ。
私はお父さんをさんざんに叩いて、口汚く罵って、そうして自分の部屋に閉じこもって鍵を掛けたんだ。
どうして子猫達を殺したのが、私の初恋の人なんだろうかと唇を噛み締めて、夜に暮れた。
雨風に吹かれて逞しく、牛乳瓶は夜寒に凍え、朝露に濡れ、陽光に照らされ、私達の嘆きを聞いた。牛乳瓶の感傷は、二週間もすれば心に沈殿して動かなくなった。備えていた牛乳が何者かに飲み干され、墓が踏みにじられ、みんなは少しずつ忘れていく。私は牛乳を飲むようになった。
そして思春期らしく歪んだ情熱がソプラノリコーダーを盗み出し、私の体は大人へと近づいていく。
下駄箱を開けると、想い人だった人からのラブレターが入っていた。
あぁ、あまりに滑稽。愉快でしょうがない。
●《自己批評》
『土日祝日を挟んだら、牛乳放置が四日以上になるんですよね。
全体的に軽すぎるかと。
お題の消化が素直すぎるかと。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎あまりに滑稽。愉快でしょうがない。
『近道、近道、遠回り』
著者:一茶
あまりに滑稽。愉快でしょうがない。
学校帰りの、通り道。
あたしは、いつものようにいつもの近道を通っていた。
路地を右に曲がって、左に曲がって、また右に曲がって。
そんな遠回りをするのは小学生のあたしには面倒。
小学生のあたしにはツインタワーのようにそびえる、二本のビル。
ちょうど、そこに生まれている、わずかな路地。
あたしはそこを駆けていく。あたしはそこを駆けていた。
途中、路地の構造上カニ歩きになるところがある。
そこをいつものように通っていた。
そしたら……
……豚がいた。
うん、着ぐるみでもなければ、誰かのあだ名でもない。
正真正銘の豚がいたんだよ。
そうだよ、笑ったよ。
それはそれは盛大にね。
で、その豚がキョトンとしているのよ。
自分がどうしてこんな状況にあるか理解できないような顔でね。
もちろん、豚の顔なんて見比べてことないから知らないわ。
ただ、何となくよ。何となく、そう思っただけ。
でもね、それが可笑しくて、可笑しくてしょうがなかったわ。
一通り笑って、一回深呼吸をしたわ。
でも、そこで冷静になって考えてみたらね。
気付いたの。
あたしの入り込む隙間は、もうそこにはない。ってことをね。
●《自己批評》
『ショートです。
閑話休題として周りの方々の息抜きに読んで頂ければと思います。
さて……豚はどこから来たのでしょう?』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎あたしの入り込む隙間は、もうそこにはなかった。
『自分専用』
著者:亜季
あたしの入り込む隙間は、もうそこにはなかった。
小さなダンボールを器用に組み立てて
「ミヤの部屋!!入ってもいいよ!」と
満面の笑みでダンボールに入り込んでる娘。
「ママ、入らないのー?」
「うん。後で、ミヤがいない間に、『コッソリ』入っておくねー。」
「えー!『コッソリ』入らなくていいのにぃー!」
「ありがとー。でも、今はゆっくりミヤが入っててね。」
「はーい!」
入ってもいいよと言われても
ミヤの体サイズのその『ダンボールの部屋』には
どんなに頑張っても、私の体じゃ壊してしまいそうだ。
最近、ミヤは何かと「自分専用」に興味を持つようになった。
私が化粧をしていると、
「ミヤもミヤ専用の『けしょうひん』ほしいー!」
って言ってきたり、
家計簿をつけてると、「ミヤの『でんたく』はー?」
などと聞いてくる毎日。
そして昨日、一緒に買い物に行った時のこと。
ミヤの視界に驚かされた。
「これ、なあに?」
「ん?マンホール?」
「これ、誰の?」
「え・・・『道路』さんのかな?」
「・・・ミヤの『マンホール』は?」
「え?マンホール欲しいの?」
「ミヤ、ネコちゃんの絵のがほしい。」
例えばそこは、何の特徴もない街中。
●《自己批評》
『「隙間→狭い→手作りダンボールの部屋」
と小さな頃を思い出して、連想しちゃいました。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎例えばそこは、何の特徴もない街中。
『不可能』
著者:ブラックジョーカー
例えばそこは、何の特徴もない街中。
アパートの換気口から焼けたさんまの匂いがし、薬局の前には少し色褪せたキャンペーン人形が佇む。
例えばそこは、薄汚い工業地帯。
煙突からは黒い煙が昇る。
辺りには腐卵臭が漂い、黒く汚れた川からも同じような匂いがする。
そんな目に止めないような光景――。
変わる物は変わって行き、失われる物は失っていく。
結局僕等は上手く行かなかった。
あの事によって変わってしまった僕を彼女は受け入れてくれなかった。
ある意味では本当に僕を愛していたのかもしれない。
見た目も声も地位も変わらず帰った来た。
前と変わらない車に乗り、変わらない会社に通い、変わらないアパートに住んだ。
外に出ない細かい変化も彼女には悟られてしまった。
そして僕は一人で海に居る。
都市から10キロと離れていないにも関わらず水は限りなく純粋に近い色をし、晴れているのも助けて海底まで光は通る。
近年急激に行われた地球清浄化運動によって透き通る海は僕を暖かく包み込んでくれる。
深く潜り目を閉じて息が苦しくなるまで海の音を聞き、苦しくなったら海面まで上がり息をする。
そんな事を繰り返す遊びにも飽きたので、真面目にダイビングを楽しむ事にする。
目を開けると綺麗な珊瑚礁の中に生命が息づいている。
ヤドカリはイソギンチャクを背負ってせっせと歩いている。
カニは僕に反応して素早く穴に入ってしまった。
ハリセンボンは膨れて見せる。
イカは優雅に泳ぎ、クラゲは時間を忘れたようにゆっくりと漂う。
小さな魚が大きな群れをなして泳ぎ、すり抜けて行く、まるで僕など居ないかのように。
あまりにも良く出来た幻想的な世界に時を忘れる。
クルーザーを走らせる。
港に着く頃には日は暮れていた。
いつもと同じ風景だけどどこかがおかしい。
違和感を感じながらも街までの道を歩く。
薄暗くなり街灯が道を照らす。
違和感は徐々に恐怖へと形を変えていく。
人がいない。
車も通っていない。
この時間といえどそれはおかしい。
余りにも静か過ぎる。
街までの道を急ぐ。
街の近くまで来ると衝撃的な映像が僕を襲った。
何かが燃えている。
バスのようだ。
コンクリートの壁に真正面に衝突したようだけど、跡形も無い。
この分だと消火活動もされないまま長時間放置されたのだと思う。
恐る恐る近づいてみる。
人は居ないようだっので、何が何だかか分からないまま通り過ぎる。
街に入ってみても同じような光景が続いている。
長い間炎に包まれた町を探索した。
人は誰も居ない。
ひたすら歩き続ける。
1日くらい経っただろうか?
上空から轟音がなったかと思うと上からヘリが降りてきた。
後で分かった事だが、この事件はテロリストの新兵器によるものだった。
生物だけを選択的に分解させる兵器だった。
元々、環境浄化用に開発された技術を流用した物との話だった。
環境保護の為に途上国を切り捨てた悪への報復の為というのが名目だったらしい。
僕達が行った行動が正しいのか今は分からない。
しかし、僕等がああしなければ世界が滅んでいた事は確かだと思う。
こんな事で切り捨てられた彼等は救われるのだろうか?
そんな事より僕にはもっと大切な事がある。
あのテロによって我が国の3分の1の人間が死亡した。
その中に彼女がいたという事だ。
別れてしまっても愛していたのかもしれない。
もう、あの声を聞く事も、肌が触れ合う事も無い。
どんな思いで祈っても返ってはこない。
僕の中には知らぬ間に憎しみがこみ上げていた。
彼女の意思や行動に一切関係なしに一生は奪われてしまった。
誰のせいでもあり、誰のせいでもない時。
そんな時はどうすれば良いのだろうか?
ただ単純にそうである事により、そうであるが為に振り回されてしまう。
そういう事なのかもしれない。
あれから何年経っただろうか?
波の音がする。
僕等がどんな事をしようが、どんな思い出聞いていようが鳴り止んでくれない。
どんなに大きな影響を及ぼそうとも、ただそこにありそうあり続けるに過ぎない。
嗚呼、この音はなんて耳障りなんだろう――。
●《自己批評》
『前回に続き意味不明な作品になってしまった。
以前ろくでなし名義でMC3に投稿した作品と前回書いた既知外との間を描いた。
この作品が意味不明なのは難しいとか、深い意図があるとかそういう事じゃなくて、まともに書いたら期限までに書き終えられないし、ショートショートじゃ収まらないから無理やり短く書いた為です。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎嗚呼、この音はなんて耳障りなんだろう――。
『PINK MECHE PUNK BOY(ぴんくめっしゅ ぱんく ぼーい)』
著者:なずな
ああ・・、この音。
なんて耳障りなんだろう――。
日のかげる放課後の教室。嫌味な先生。
疲れた顔 不機嫌な生徒たち。
ちゃんとした音が出るまで いつまでもクラス全員残された。
頭にきて その学校指定の一括購入品に悪態をつきながら
先生の目の前で叩き割ったあの日。
ただ 驚いたような顔して あたしを見ていた顔、顔、顔。
皆だって 思い切り先生の悪口言って
色んな反抗のし方考えて 盛り上がってたくせに。
消し去ったはずの小学校の日の苦い思い出。
遅い朝の目覚めに そんな記憶がゆらゆらするのは
きっと・・・あの音のせいだ。
†
CDプレイヤーから流れる音楽は 早朝だろうと夕方だろうとヘヴィなRock。
激しいシャウトの合間、かすれて聞こえる、あれはソプラノリコーダー。
あの頃 音楽会のために練習してた・・あの曲は えっと・・。
リコーダー・・・???
寝そべったまま 腕を伸ばし CDのボリュームを絞る。
お日様はとっくに高くて 冬の日差しとはいえ、寝ぼけマナコには刺激が強い。
耳を澄ます。五感が少しずつ目を覚ます。
何だっけ。何だっけ・・・・。
この 笛の音。警戒信号。
どこから 聞こえる? どこから・・・・?
眉間にしわを寄せ 少々寄り目になって 瑠璃は玄関ドアを注視した。
† †
覗き穴からは何も見えない。
音はドアのすぐ向こう・・いや ・・そんなはずはない。
うちのドアの前で誰かがリコーダーを吹くなんてありえない。
瑠璃は首をふるふるっと振り、ドアに背を向ける。
子どもなんて嫌いだ。子持ちの若夫婦も苦手。
とにかく大人しか住まない所を・・と注文つけて探した部屋。
繁華街が近くて およそ教育によろしくない環境の、このワンルームマンションは、近所づきあいどころか 自分の他に誰が住んでるのかさえ全く解らない。
防音だけが妙に良く出来た四角い箱。
リコーダーなんて 気のせいだ。
ぜったい気のせいだ。
ぴーっ
一層大きい音。
もう一度見た玄関ドアの覗き穴から 信じられないものが見えた。
一筋ピンクメッシュ ツンツン髪の子供。
笑ったら線みたいになる切れ長の目元、
おそらく普通の表情でも笑ってるように見える、口角の上がった薄い唇。
ドアの前で固まった瑠璃の様子が解るかのように
覗き穴の向こうから、漫画で描いたみたいな顔で、にいぃっと笑ってピースした。
あの顔、あのピンクメッシュ あの髪型。
悪い夢 見てるようだ。
思い出したくないものを思い出させる。
皆藤 陣太。カイドウ ジンタ。
・・そのうえ何でリコーダー?!。
記憶の領域から追い出したはずの
遠くに住むそのひとの訃報を 瑠璃が知らされたのは 今年の夏だった。
† †
ぴーっ・・
現実を突きつけるように もう一度笛の音が高く響き
日ごろ気配さえ感じない隣の住人が 廊下に顔出して文句を言う声がした。
恐る恐る・・ 瑠璃はドアを開ける。
「・・・誰?」
「過去の亡霊じゃ。スクルージおじさん」
即行閉めかけたドアの隙間に ピンクメッシュの子供は手をかけてきた。
「ごめんなさい 冗談ですっ。今度音楽劇すんの。『クリスマス・カロル』
・・あっ・・あっ・・手挟まないで 痛いですぅ〜・・」
泣き声に怯んでドアを閉める手を緩めると 満面笑顔で
「お邪魔しまーす」
「過去の亡霊」が部屋に滑り込んだ。
「何や、普通やな。パンツでアナアキ・・ちゃうやんか」
瑠璃を上から下まで まじまじ見、部屋をぐるり見渡すとピンクメッシュは 関西弁でそう言った。
初対面の大人の女性の部屋に入って この意味不明な感想。
さほど驚かなかったのには訳がある。
もう 見た瞬間から解ってた。
─ あいつの子供だ。間違いない。
自称「パンクでアナーキーな自由人 HotでCoolなロックンローラー」
ジンタ・・頭痛がするような大きな声で 存在感を押し売りするオトコ。
お祭り大好きで 目立つためには何でもする暑苦しい関西人。
バンド、劇団・・コンパならどこにでも顔を出し、いつも周りを沸かせてた。
大学時代 無視しても無視してもやたら 絡んできたヤツ。
瑠璃の横をカニ歩きしながら 人生の楽しさについて語り続けた。
─いや あたしだけにじゃなく 皆にも・・だったんだよね。
ほんとはね・・。
「か・・勝手に物触らないのっ。何しに来たの?ひとりできたの?
っていうか あんた あたしの知り合いじゃないはずだけど?」
子供の扱いなんて知らない。歓迎なんてしてやんない。
でも 入ってきちゃったものはどうしたらいいんだ?
鼻歌まじりのピンクメッシュ頭・・これでジンタのこと思い出さないはずがない。
動揺を隠そうとして 声が余計に上ずった。
「オヤジのセイシュンってものに ちょっと触れてみたくなってな。大丈夫、親の了解も得てのひとり旅。家出じゃないから。
うーんいわゆる『センチメートル・ジャーニー』ってヤツやな」
頭イタ・・。いまどきの小学生はよく解らないが やっぱりコイツは浮いてるんだろうな。
滑ったギャグを飛ばす子どもの様子を横目で見ながら 瑠璃は思う。
「オヤジ・・交通事故で死んだ。知ってるやろ?皆藤 陣太」
ソファのクッションをぶかぶか揺らしながら 急に真顔になって
ピンクメッシュの関西弁のこどもは そう言った。
† †
「おじいの和菓子屋を引き継いで、結構マジメに頑張ってた。ま、見た目は派手やったけどね」
「派手だった?」
「うん 店、金髪ピンクメッシュでやってた。ほら このピンク、おそろい」
ジンタの息子は「リュウ」と名乗って 誇らしげにそのピンクの髪を摘んで見せた。
いきなり来られても 迷惑。
だけど、ちょっとしんみりした顔になった子供を早々に追い出すことも出来なくなって
一応話を聞いてやることにしたわけで・・。
だけど あたしは 話すこと何にもないんだよ。
そんなに 仲良かったってわけでも・・ない。
「あ、うちに訪ねて来てくれたんでしょ、大学卒業してから1年ぐらいしてさ」
ジンタのヤツ、そんな話 子供に聞かせてたんだ・・瑠璃は思う。
「『何だ・・つまんない。普通になっちゃってさ』って
ルリのヤツに捨て台詞キメられて、かなり悔しかったって、
酒飲むたび オヤジよく言うとった」
† †
卒業後、「一旦は帰る。帰るけど そのまま絶対田舎で埋もれたりせん」って言った。
なのにジンタ 全然戻って来なかった。
何で 会いになんか 行ったんだろう・・・。
実家が老舗の和菓子屋だとは聞いていた。
店先に現れたジンタは、黒髪をきっちり分けて店の名前の入った法被着て笑ってた。
─ おぅ ひさしぶりやな、みんな元気か?
あ、これ オレのカミサン。
子供 できてな。
信じられないよなぁ・・オレも「オヤジ」だよ。
「捨て台詞」言ったかどうかなんて よく覚えてない。
少し膨らんだお腹をさすりながら 柔らかに微笑む可愛らしいその人と、その人の肩を大事そうに抱く 黒髪のジンタをちゃんと見ることができなかった。
ひきつった顔を見られないように 瑠璃は慌てて背を向けた。
帰りの新幹線が東京に着くまで 涙と鼻水は流れ続けてた。
花粉症なのよ。仕方ないんだから。
涙を季節のせいにして テッシュの箱を二つ空にした。
そして やっと帰ってきた駅のホームのゴミ箱に
大学時代の思い出や 気づいてしまった恋心を
瑠璃は ティッシュの山と一緒に全部 投げ入れた。
† †
「オヤジさん病気な上、店の経営状態悪いらしくって・・ねぇ聞いてるの?」
そんな事情を聞いて、瑠璃に話してきた女友達もいた。
「取引先の印象や年上の職人さんの手前 あの外見ってわけにもいかなかったんだろうね」
─ 黒髪のマトモなジンタかぁ・・ちょっと 見てみたかったな、女友達は言い、
─ やっぱ 世間は甘くないよな・・ジンタも結局皆と一緒かよ・・
ゼミ仲間の男子はネクタイ緩めながら言った。
「青春時代の バカやった思い出とか言ってさ・・オッサンになってからしつこく語るんだろうな」
「どっちでも いい。興味ないし」
瑠璃はただ、生活費とアフターファイブの遊び代だけのために就職した会社で
無難で平板なOL生活を送っていた。
† †
「リコーダー叩き割ったって 武勇伝 聞いたよ」
リュウが 自分のリコーダーを刀みたいに振り下ろす。
ジンタが瑠璃に初めて話しかけた言葉と 全く一緒だった。
一瞬 時が遡る。
ジンタの顔がダブって見えた。
『熱いスピリットを隠し持ったヤツ。学生やってる間
結局その熱さはオレには引き出されへんかったけど
あの捨て台詞は効いたなぁ・・うん やっぱあいつはそういうヤツや』
リュウは 瑠璃について ジンタがさかんにそう話していたと言った。
瑠璃と同じ小学校出身の子に聞いたんだろう。
学生時代ジンタは面白がって その話題をしょっちゅう振ってきた。
「いやぁ、心震える、感動したぞ、お前、グレート。
そういう熱さはオレに通じるな。ウン。」
封印したはずの過去だった。
リコーダー事件は尾ひれがついて いつの間にか瑠璃が
リコーダーで先生に殴りかかったことになっていた。
キレると怖いと噂され 中学時代は他の小学校から来た子たちにはずいぶんと恐れられた。
小学校では 目立つことも案外好きだったのに
瑠璃は だんだんと気持ちを押さえ込むこと、皆の中に紛れ込むことを覚えていった。
─最悪だったんだ。あの教師。
全員揃った綺麗な音が出るまで 帰さないとか言ってさ、
音楽って楽しいものなんじゃないの?皆 楽しくない顔してたんだ。
音楽会が重荷になってたんだ。
一発殴りたいなんて 確かにそんな気にさえなってたんだ。
心の中で叫んでも 顔はクールを決めて
ジンタのハイテンションな弾丸トークを 瑠璃は受け流していた。
─ そんなこと あったっけ。
小学生の頃のこと?あんまり 覚えてないなぁ・・・。
忘れっぽいんだ 私って。
† †
「音楽って楽しくないとな・・。な、このリコーダーオシャレやろ?」
ぼんやりしてたら リュウが自分のリコーダーを鼻先まで持ってきて ぶんぶん振り回して見せた。
スケルトンのピンク。およそ学校の一括購入品とは思えない。
「オヤジが楽器屋で買ってきた。オレむっちゃ気に入ってるんや これ」
リュウが自慢げに鼻をひくひくさせる。
返事しなくても 全然気にしない様子で 話し続けるところも父親そっくりだ。
「もうすぐ学校の音楽会なんだけど、ちょっと考えがあるんや。オレ」
「本番の時だけ、皆 オレの考えたアレンジで吹く。オヤジの好きだったロックっぽく」
秘密の計画を話す時の、くりくりと悪戯っぽく光る目。
「ロック音楽劇『クリスマス・カロル』?」
瑠璃も ついつい引き込まれて 膝を乗り出す。
「おう、先生仰天の 最高の舞台」
鼻の穴膨らまして笑うんだね、ほんと あんたオヤジそっくり。
ジンタそっくり・・。
「役のついた『先生のお気に入り』も、舞台袖でリコーダー吹く『その他大勢』も 一斉に 舞台で 主役になる。今 秘密の練習中」
音楽会の計画の話から始まって 学校の事、友達の事、家族の事 店の事 リュウは勢い元気になって喋りつづけた。
リュウの顔 リュウの声 リュウの手足。
どこから見ても 格好だけ生意気な小学生なのに 見つめてしまう。
懐かしさがこみ上げる。心が震える。
保ってきた心のバランスが・・・壁が扉が・・蓋が・・崩れていくのを 瑠璃は止めようがなかった。
ジンタと目の前の少年との境目が見えなくなっていきそうで
話を聞きながら 瑠璃は何度も自分を引き戻さなくてはならなかった。
† †
「いきなり邪魔して悪かったな」
リュウは きちんと帰りの時間も計画に入れていて
およそ子供らしくない そんなセリフを言い 時計を見て立ち上がった。
「音楽会の成功 祈ってるよ」
「うん、ありがとな。仕事の配達中の事故で最期はあっけなかったけど 人生は
無茶苦茶 楽しいぞ・・って オヤジいつも言ってた。お前も いっぱい楽しめよって」
─ 楽しんでるか〜?
あれは ジンタの能天気な挨拶だった。
「じゃ、さよなら 元気で」
差し出された手が思ったより小さくて、瑠璃は改めて相手が「子ども」なんだと思う。
150センチにも満たない身長。
一房揺れるピンクの髪が 瑠璃の目の前にあった。
手を握り返す。
息が止まる。時間が歪む。
記憶の底の切ない風景が 次々あふれ出る。
零れそうなものを留めるため 瑠璃は 目をぎゅっと瞑る。
向き合いたかったのに 横顔ばかり見せた。
触れたかったのに 離れて足早に歩いた。
好きって言葉が心の中でさえ 言えなかった。
ジンタの色んな言葉の隅っこに ちょっとした動作に
自分への「好き」を探してた。
邪険にしながら 冷たくあしらいながら
構ってくるのが 絡んでこられるのが嬉しかった。
嬉しかったんだ。
「ありがと な・・」
一瞬の静けさの中 もうこの世にはいなくなった人の声がした。
慌てて目を開くと ジンタそっくりの切れ長のリュウの目が瑠璃を見上げていた。
「 出会ったヤツらみんなが、オレの誇りだ、って。
生きること、楽しめよ・・そう 伝えろって、オヤジが言った」
† †
一人で帰らせろよ。 ガキみたいでカッコ悪いじゃん
リュウが ふて腐れた顔で言う。
「いいさ 気にしないのっ。音楽会観たら帰るから」
「えーっ、まだ 先の話だよ」
いいさ。リュウを送って一緒に行って 音楽会まであっちにいて
ジンタの墓参りに行こう。ジンタが喜びそうな 奇抜な花買って。
そんなことを考えながら 瑠璃は横の座席のリュウを見る。
ミニチュアのジンタみたいで、 でも しっかり「自分」を持ったひとりの子ども。
うとうと眠る 無防備な横顔を見てたら 胸の奥が クスンとした。
行きと帰りの新幹線。ティッシュ何箱あっても足りやしない。
もう 花粉症の季節じゃないのにね。
●《自己批評》
『最後の締めを 考えているうちどんどん後が長くなり
気がついたら 「終わりの文」が「終わりの方」でさえなくなっていました。ごめんなさい、ゴメンナサイ。
そういえば 最近の作品は ずっと・・かもしれません(反省)
同人誌の作品はもっと前にできていたのですが blogでのUPがコレと続き 関西弁の子ども2連発になってしまいました。』
> > > > > > > > > > > > > > >
◎バランスが崩れている。境目が見えなくなっている。
著者:ホクト
> > > > > > > > > > > > > > >
◎「だから、ミスをしたのはお前だ」
『悪意』
著者:松永夏馬
「だから、ミスをしたのはお前だ」
男が言った。俺はでき得る限り表情を変えずに男に向き直り、言った。
「……なんのことですか?」
「動機は?」
「何を言っているのか」
俺はそう答えながら彼のことを思った。コレは君の為にやったことなんだ。君が寂しくないように。
********************
一週間前、私のクラスの男子生徒が事故死した。帰宅途中歩道橋の階段から転落し首の骨を折ったのだ。階段の勾配がきつい旧式の歩道橋が悲劇を生み、ほぼ即死だったという。
そう、思っていた。
いつものように帰宅し、郵便受けから新聞の夕刊を引っ張り出した私は、一通の封書を見つけた。
宛先不明という紙の貼られた封書。宛先にはもちろん心当たりはない。しかし、送り主を見て私は息を飲んだ。
私のアパートの住所、そして彼の名前。
訝しく思いながらも私はその封筒に鋏を入れ、数枚の便箋を取り出した。その時の衝撃は今でも忘れない。呼吸が止まった。目に映る世界も止まったかのように見えた。自分の鼓動も止まったような感覚にさえなった。
便箋に綴られた呪詛の言葉。彼の特徴的な“はね”の強い文字がびっしりと埋め尽くされていた。そしてその中の一文。
『これからボクは事故死する。帰宅途中に不慮の事故で』
遺書。一瞬頭を過ぎった言葉。しかしこの手紙はむしろ遺書というよりも、告発文ではないか。命を賭した私への告発。ぐらりと揺れる感覚に私は思わずしゃがみこんでしまった。
彼が『事故』に遭う直前にポストにこれを投函していれば、消印は次の日の朝一番になる。架空の地名、番地に送れば宛先不明で戻ってくるのは封筒に書かれた送り主の住所。
……わざと1週間の時を経て告発してきたということか。
告発文としか見えない文字を再び目で追う。読むだけで喉元が焼けるような不快感を込み上げ、体が震える。
彼の深い深い闇。担任として接してきながらその闇に光を届かせることはできなかったのか。いや、彼の心の奥底にこんな深い澱が沈んでいることに気付かず、上辺を撫でていただけでしかなかったのか。担任として、教師として、一個の人間として私は何も出来ていなかったのか。
私は。どうしたらいい。
事故として処理されたこの1人の生徒の死の真相。
飛び跳ねるようにトイレに飛び込んだ私は、便器に顔を突っ込むようにして嘔吐した。
********************
夫の帰りを待ち、私は息子からの不可思議な手紙を食卓の上へと置いた。夫は訝しげにその封書を手に取り、宛名を眺めた。
心当たりの無い住所と名前。宛て先不明で戻ってきた息子の手紙だ。
「開けて見ないのか?」
先週事故死した息子のプライベートな部分だったから、私はこの封書をどうしようかと夫に相談したかったのだが、夫は当然のことのようにペーパーナイフを取り出して言った。
ジジ……と小さく音を立てて開かれた手紙。先に目を通した夫が硬直するのに気づき、私はえもいわれぬ不安感に襲われて腰を浮かしかけた。
その瞬間夫の大きな掌が私の頬を打った。私は突然の出来事に構えることすらできず勢いに押され横に倒れこんだ。隣の椅子をなぎ倒し床に転がる。
「あなた……!?」
「この馬鹿者が!!!」
激昂した夫がテーブルを両手で叩きつける。恐怖を煽る破裂音が耳元で鳴り、私はとっさに頭を抱えた。
「お前は……お前は母親失格だ!!!」
テーブルの下にひらりと落ちてきた便箋。息子の癖のある字がびっしりと書かれているのがちらりと見えた。夫の罵声が一瞬途切れたように無音の世界で私はその手紙を手に取った。
自殺をほのめかした遺書。
いや、違う。私は目を疑った。
仕事が忙しく家庭に目を向けない夫のために、一人背負い続けてきた子育ての末がコレか。
遺書と銘打ったその手紙は、私への怨みつらみが書き綴られていた。目から涙がこぼれる。それと同時に音が耳から飛び込んできた。怒声。声にすら聞こえない騒音が、私の脳を揺さぶり、視界はぐにゃりと歪んだ。胸倉を掴まれて体を起こされるものの、私はどうやっても体に力が入らずに、ただただされるがままに、再び振り上げられた夫の手にはじかれるように。
********************
僕達は親友だと思っていた。
親友だなんて言葉はUFOみたいなもので、本当に存在するのかどうかなんてこともわからない言葉だったけど、彼のことは親友だって思い込んでいた。いつもつるんでた3人組、あまりクラスに馴染めず寄り添うように集まった僕らだけど、小学校から中学に上がっても、高校2年になった今でも、親友だった。親友だと思い込んでいた。
彼は突然死んだ。歩道橋の階段から転げ落ちて。あまりにもあっけない親友の死に僕達はただただ呆然として、通夜や葬式もなんだかよくわからないうちに終わってしまっていた。3日くらいたってようやく「ああ、アイツはもういないんだ」って実感してたりした。そして泣いた。わけもわからず、人目も憚らず、突然泣けた。
それなのに。
宛先不明で戻ってきたらしい一通の封筒から出てきたのは彼からの手紙だった。
自殺を予告した手紙が、死の1週間後に僕に届けられたのだ。
仲間だと思っていたのに。ずっと友達だと思っていたのに。虐められていた彼を守ったのは僕じゃなかったのか?
彼の特徴的な筆跡で、書き綴られた僕への憎しみの言葉達は、僕の胸を体を締め付け、胃の中を逆流させた。自分の部屋からトイレまで走る間もなく絨毯の上に吐瀉物を撒き散らし、ムセる。涙が頬を伝う。
虐められていた彼を助けた僕の中に、あったのかもしれない。優越感が。
自分が上位にいることの満足感があったのかもしれない。
今思い返せば、心当たりが無いわけじゃない。
親友だと思ってた。でも、親友だなんて思ってなかったのは僕自身だったんじゃないか!
僕は四つんばいになったまま自分の吐瀉物を睨み、そして、吼えた。
********************
「……ツキオカ・アラタ。月岡新だな?」
黒ずくめの服を着た男が俺の前に立っていた。いつの間にそこにいたのだろうか、名を呼ばれるまで気づかなかった。細身のパンツ、長袖のシャツ、時代錯誤なマントまで真っ黒のその男は、俺の視線を受けて軽く頭を下げた。
「バカな事をしたな」
口元を歪め、男はそう言った。路地の街頭の光を受けて、深い闇色の目が俺に向いている。吸い込まれそうなほどの闇。俺は突然現れて突然わかったような口を利くその男を警戒し、半身をずらしつつ言葉を選ぶ。
「何ですか、突然」
くくく、と明らかに声を漏らし、その男は笑った。
「だから、ミスをしたのはお前だ」
男が言った。俺はでき得る限り表情を変えずに男に向き直り、言った。
「……なんのことですか?」
「動機は?」
「何を言っているのか」
俺はそう答えながら彼のことを思った。コレは君の為にやったことなんだ。君が寂しくないように。
「キミガサビシクナイヨウニ?」
俺は驚いて身を強張らせる。心を読まれたのか。
「アンタ、何者だ」
「我輩か? 我輩は悪魔だ」
なんでもないといった風に軽く答えた男。馬鹿馬鹿しいとしか思えない返事も、実際に心を読まれた直後では完全に否定できない気分になる。
「我輩も万能ではないからな。強い想いでなければ見えぬ」
首を軽く振り、男は肩をすくめた。
「……だが。新、三人の死に共通する『手紙』の存在はお前のミスだ。警察がソレに気づくのも時間の問題だ」
俺は黙る。
「少年の死を目撃したお前は少年のクセを真似て手紙を書いた」
何故知っている。
「悪魔だからな」
また読まれた。男は夜風にマントをばさりとはためかせた。そうしてまた誰に言うともなく語り出す。
「手紙を受け取った者達はその悪意の手紙に心を蝕まれた。人間とは弱いモノだな。ただ……わからぬのはお前の理由だ」
彼の死はまぎれもない事故だった。
幼少の頃イジメを受けていた彼は孤独を恐れていた。それを俺はよく知っていた。長い付き合いだったから。
新任だが親身に相談に乗る担任。父親と違い大事にしてくれる母親。そしてかつてイジメから救ってくれた親友。
「だから、一緒に。彼が寂しくないように」
闇色の目が光る。吸いこまれそうな深い黒。闇夜に融けこむような男、彼の名は悪魔。
皆の心は脆かった。心の何処かに持っていた不安を、刺激し、増幅させる。偽善者ぶった仮面の奥に、自己満足や慢心や、依存や、優越感を隠し持っていた。その仮面にヒビを入れてみただけだ。
「なるほど」
男は目を細めて俺を笑う。
「でもお前は一緒に行かなかった」
悪魔が笑う。いや、笑っているのは俺だ。
「お前、人を殺してみたかったんだな」
今度は。
――俺の仮面が剥落する番だ。
●《自己批評》
『なんてダークなんだ。
事故で死んだ友人の名を語り、友人をとりまく人達を死なせた、ということなんですが(あとがきで解説すんなよ)、読み返してみるとややこしいですね。こりゃ。』
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◎――俺の仮面が剥落する番だ。
『一瞬間』
著者:朔
――俺の仮面が剥落する番だ。
街外れの廃工場。急ごしらえしたテーブル代わりのダンボールの中心に、懐中電灯の灯り1つ。
先程までの和やかな、それでいて緊張した心地良い雰囲気が一転するのを感じた。同時に掌がじっとりと汗ばんでくる。すっかり回ったアルコールも手伝って、喉はカラカラだ。
「で、どうする?」
一番に口を開いたのは俺の親友でもある、拓海。その茶色がかった瞳は、自分の左右に座している和也と怜に意見を求めていながら、対面している俺から、視線を逸らそうとはしなかった。まるで、俺の動揺を残らず感じとろうとするかの様に。
ニヤニヤとこちらを見ている2人に比べ、拓海の目には冷酷さと同情の混じった、複雑な表情が見え隠れしていた。
「やっぱさ、俺らどこまでも同じ道を行くしかねぇってコトだよ」
深夜になると異様に音の響く環境を気にしてか、ついさっきまでの興奮状態を押し殺すように怜が俺の肩を叩きながらヒソヒソと言った。
「だよな」
と、それに和也も同意し大きく頷いている。2人とも、嫌な笑みを浮かべながら、だ。
こうなるような予感はしていた。だが、それに抗いたい気持ちは拭えない。縋るような思いで拓海を見やると、それに気が付いたのか、奴は俺の視線を振り切るように、飲みかけの缶ビールを煽り、制服の裾を気にしながら居直ると、ついにそれを宣言した。
「決まりだな。決行は…今からだ」
その目は、既に同情の色を消し、興味と期待で輝いていた。
俺達4人はいつも一緒だった。良きライバル、良き理解者。
好きな娘の話、青少年にありがちな無謀で実りそうもない恋。勉強なんてしもせず、身の回りのものが何でも遊び道具だった。
高校も揃って同じ所へ進学し、幼い頃から相変わらずの『悪ふざけ』も、高校卒業の今年に至るまでに、徐々に『法律違反』へと名前を変えてきたのも同じだ。
喫煙や飲酒は当たり前ながら、尾崎豊の『15の夜』さながらに、盗んだバイクで街中を疾走した夜も、一度や二度ではない。
両親や教師達は、既に俺達を見放していたが、例え引き離されても、俺達はすぐにお互いを見つけ出せるだろう。そのぐらい、信頼している。
してはいるが、今回の件は違った。
俺は3人の顔を代わる代わる睨み付けてやった。
「なんで決めたからって、俺もやんなきゃなワケ?」
手元にあったビールの空缶を握り締め、苛立ちを何とか鎮めながら吐き出すように言うと、少し間を置いて拓海が言った。
「決まりは決まりだからだ。そしてそれには、お前も同意しただろ?」
その後、俺は渋々ながらに3人に従った。黄色い懐中電灯の光は薄暗く、視界を確保するには到底足りない。鞄から手探りで携帯電話を取り出し、電源を入れる。
すぐに、留守電有りの通知を何件となく受信したが、着信は全て親父だった。
「やっぱ電源は切っとくべきだよな」
俺の携帯画面を覗き込みながら、和也が俺も俺も…と、茶化すように言う。
「うるせぇよ」
俺は右手で和也の顔を殴る仕草をしながら、左手で携帯のアドレス帳から、ある一件を呼び出した。
画面に映し出された名前を一瞥し、確認。途端、このまま逃げ出したいという気持ちが湧いてきた。
そわそわと落ち付かない俺を横目に、怜は次の缶ビールのプルタブを押し上げながら、ヘラヘラとしていたが、拓海はそれとは対照的に、拾ってきたソファに寝そべり、静かにタバコを吸っていた。
俺はそれを見て、馬鹿にされた気がした。いや、拓海は、そうすれば俺が電話をすると知っている。
決心がついた。
風化した工場の壁穴から吹き込む夜風は酒で火照った体に気持ちが良かった。
素面で歩けば、そんなに厚くはない制服の生地では、寒く感じるかもしれない。
電話を終え、頭の隅でそんな事を考えながら、上がりきらない気分を鼓舞しようと、和也の手からビールをひったくり、一気に喉へと流し込む。
「おお、決戦を前にボルテージ上がってきたか!?」
怜と和也がコールをかける。ビールの炭酸で涙が出てきたが、俺は意地になって飲み干した。
ピークになった緊張を、空になった缶に託す思いで、懐中電灯が照らす範囲外の暗闇へと思い切り投げると、けたたましい音を立てて空き缶は消えた。
後には静寂。だが、いつの間にか起き上がっていた拓海の一言で、その静寂は破られた。
「よし…行くか」
住宅街の公園は、気味が悪いほどひっそりしていた。もう季節を外れかけた花火の残骸が目に付く以外、 特に代わり映えのない、どこにでもありそうな公園だ。
俺はそんな公園の真ん中にある照明の下、じっと待つ。
拓海達3人は、この公園のどこかから俺を見ているのだろう。背中に刺さるような視線と、囁き声を感じる。
…ジャリ
突然、暗がりの静止した空気が、足音と共に動いた。拓海達が息を飲んだ気配を感じた。足音の持ち主は、近付くごとにその姿を、照明に曝されていく。同時に俺も、息苦しいくらいの緊迫感に包まれる。
【お前が撃墜されたら、俺らも、お前に付き合ってやるよ】
不意に、廃工場を出る時に、空き缶で足をもつれさせながら拓海が言った言葉を思い出した。知らず、体に力が入る。今まで、それがケンカでも何でも、カッコ悪い所など晒したことの無い俺だ。今回も負けるわけにはいかない。
だけどそれもいいかもしれない。
そんな事を考えているうちに、電話で呼び出した相手は、既に目の前に立っていた。
「何?こんな時間に」
怪訝そうな相手の声音に威圧されながら、その問いに応える。
「ああ、悪いな」
歯切れの悪い言葉を噛み潰すようだ。「やんなきゃならねえ事があってさ」
「ふぅん…で、何?」
俺の頭は、フル回転で状況を把握し、適当な行動をしようともがいていた。これは、酒が悪いわけでも、他の3人が悪いわけでもなく、ましてや俺が悪いわけでもない。悪いのは、そうだ。あいつだ。紙にへばりついたまま、胸くそ悪い顔で俺をバカにした、あいつが悪い…
「どうかした?」
俯いている俺に、その言葉が更に緊張を与える。
…窮地だ…
背後から、拓海達の緊張までが伝わってくる。
もう、この雰囲気に限界だ。拓海、やっぱりダメだったときは、凹みまくってる俺の面倒、見てやってくれよな?
すぐ目の前に立つ、相手を見据えた。少し、身構えたようだが気にせず叫んだ。
「香織、好きだ!付き合ってくれ!」
「!?」
…俺は今日、ヘマをしたんだ。ちょっとした遊び心と、俺に降りかかる事は無いだろうという、甘い考えがマズかった。そう、俺はババ抜きで負けたのさ。罰ゲームは【告る】って決まりだ。
でもやっぱり振られるのは勘弁だ。答えに困っている香織を見ていられない。
だが無情にも香織の口は言葉を紡ぐ。
「私は……」
俺は目を強く瞑り、分かりきった返事を聞くまいと別な事を考えようと努めた。
拓海達、今頃嘲ってんのかもな…
香織のこの返事さえ聞かなければ、俺は振られることもない、そう思った瞬間、俺は走り出していた。
「拓海、怜、和也!行くぞ!」
公園の入り口に並んで止まる、4台のバイクの中の1つに跨ると、キーを回して思い切り、蹴った。
「おぃ、ま、待てよ!」
慌てる3人と香織を残して、俺は走り出す。意味の分からない持論を大声でぶつけながら。
「俺は負けてても、負けたくねえんだよ!特にお前らにはな!」
もうすぐ卒業。こんな馬鹿も今だけだ。こんなに楽しいのも。こんなに一生懸命なのも。それに気が付けるだけの年齢になったんだな、俺達。
制服の胸ポケットで携帯が鳴った。親父だとは思うが、関係ない。3人が、追いついてきた。4台の排気音が重なり、夜の住宅街に木霊する。
いつまでもこの音が、こいつらと聞ければいい。
俺は目を閉じ、そしてこの瞬間だけは、言葉通り心から永遠を望んでいた。
例え笑われても、うまく行かなくても、これだけは。
●《自己批評》
『すみません…〔汗〕』
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
◎そしてその瞬間だけは、言葉通り心から永遠を望む。
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出題者:せるうぃあさん
作品名:『僕らはどこにも開かない』 著:御影瑛路
正解者:無し
皆さん、申し訳ありません。
実は、明日はオールナイトのライブに行きます。
・・・寸評、ちょっと待っててね。(汗)
2006.11.23 22:56 URL | night_stalker(初) #NN0jmGmk [ 編集 ]
更新作業お疲れ様です。
自分の拙作ですが、11/9日夕方にメールで送信したとこちらは記憶しております。ただいま出先なので再送信したりはできませんので、そちらの受信フォルダの方、お手数ですがご確認ください。
もしもファイルが見つからない場合、来週以降でないとこちらも対応できませんので、その用にご了解願います。
では、用件のみになりますが、これにて。
ヨーノ
2006.11.25 13:54 URL | ヨーノ #- [ 編集 ]
ヨーノさんへ>
ごめんなさいっ!
本当に、本当に、ごめんなさいっ!!!
あまりにも早いトップ提出だったので、まさかそんな見落としするとは・・・。
本当にごめんなさいねっ!
しっかりアップしましたっ!
2006.11.25 15:22 URL | night_stalker(初) #NN0jmGmk [ 編集 ]
今日は休日出勤だったので一気にじっくり読めました(マテ
一茶さんの作品が私の中で最強です。感嘆。
最近青春モノに弱いので朔さんのもツボ。
2006.11.26 18:51 URL | 松永夏馬 #- [ 編集 ]
真紅の文章力が日に日にアップしてる…。
負けてる…。
しばらくSFを一時中止する決心が着いた。
2006.11.26 22:51 URL | BJ #OzsWmzus [ 編集 ]
しまった。
〆切とっくに過ぎていたのを今思い出した
_│ ̄│○
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