Mystery Circle

創造と想像が好きな人々の為に ―ようこそ、奇譚の円環へ。―

第二十回 Mystery Circle





◎あとがき

『恋の手紙』


著者:真紅


私は、貴方が好きです。
以前から伝えたくても、伝えれなかったこの言葉。
今だから、貴方に伝えます。

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私には、好きな人がいる。
中学の時から、高校生になった今までずっと。
私は、小学校からガサツで恋なんて知らなかった。
でも彼と会った時・・・恋を知った。
世に言う「一目惚れ」ってヤツなんだろう。
傍に彼が来ると、心臓が高鳴る。
手に汗をかいて。
顔が真っ赤になって、熱くなる。
そして下を俯き、あなたから視線を逸らす。
「だよな〜!!!!ハハハ!!!」
仲の良さそうな友達と一緒に歩く、貴方の笑い声。
私はその笑い声と一緒に、貴方が作った笑顔が好き。
ノートを一生懸命に書く、授業中の貴方も好き。
先生に当てられ、しどろもどろする貴方も好き。
貴方の全てが大好き。
でも、この想い、届かない。
いや、伝えれないだけだ。
だって、目の前に貴方がいるだけでこの有様。
諦める事さえ考えた。
「想いを伝えずに諦めるのか?」とか、恋の神様に怒られそうだけど。
私は、今の私は、遠目に貴方を見てるだけで幸せ・・・だと思う。

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私は、ある日家で埃を被っているだけだったパソコンを触ってみた。
ただその日に興味を抱き、好奇心旺盛に触ってみただけ。
「検索・・・何で探そうかな・・・?」
他愛ない事を探すのも興醒めするし。
かといって、面白い事が思い付く様な頭を持っているわけでも無い。
そこで、ふと頭を過ぎった言葉。
「好きです」。
ずっと私が心に秘めている言葉。
彼に伝えたくても、宙ぶらりんになったままの言葉。
私は、早速それで検索してみる事にした。
「s・・・u・・・k・・・i・・・d・・・e・・・s・・・uっと。」
最近覚えたローマ字打ち。
パソコンが少し唸りながら、検索を始めた。
不思議とその音は、久々の仕事にパソコンが意気込んだようにも聞こえた。
僅か数秒。
【好きです で検索した結果 1〜10件目 / 約32,600,000件 - 0.02秒】
「凄いな・・・。」
様々な嗜好を持つ人達のサイトから、歯の浮くような恥ずかしいサイト。
それ等の作り出す世界が、私の前に広がった。
小説や、ブログ、また動画。
人々の「好き」という、気持ちが集まったこの世界。
私は暫し圧倒されていた。
その中で、一際存在感を醸し出すサイトがあった。
「Mystery・・・Circle・・・?」
そのサイトの趣旨は、主に小説を楽しんで書く人々が集まるサイト。
管理人を筆頭に、個性的な人達が集う。
私は、恐る恐るサイトを開き、見る。
そこは言葉の世界。
様々な言葉で、様々な世界を紡ぎ。
お祭り気分で、その祭りを楽しむ。
私は、気付くと魅入っていた。
その言葉の力強さに、私は震えたのだ。
自分が、紡ぎ出せない、「好きです」という、世界。
「そうだ・・・手紙・・・。」
私は、決めた。
言葉は言うだけではない。
文字にして、伝える事だってできる。
どんなに幼稚な文章にでも。
その人の気持ちが、文章には滲み出る。
だから、私はこのサイトに魅入ったのだ。
私が、「好き」も言えない自分を励ます様にさえ思える。
私は机の引き出しから、可愛らしい便箋とシャーペンを出した。

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こんにちは。
貴方は私の事、良く知らないかもしれないけど。
ずっと私は貴方の事を見ています。
貴方の笑顔。
貴方の真剣な表情。
貴方の困った顔。
ずっと・・・貴方を見ていました。
貴方を思うと胸が痛くて。
貴方を想うと顔が真っ赤になって、熱くなる。
だから、こんな手紙を書きました。
お返事下さい、待ってます。

あとがき

私は、貴方が好きです。
以前から伝えたくても、伝えれなかったこの言葉。
今だから、貴方に伝えます。

----------------------------------------------

私はペンを机に転がした。
火照った体を誤魔化す様に倒れ込む。
「神様・・・!」

『どうかあたしの恋を叶えてください!』



●《自己批評》
『一気に書きました。
 比較的楽なお題で良かったです。
 久し振りの斬り込み役、上手く勤めれたでしょうか(笑』


《真紅 〜矛盾を愛する者〜 真紅》


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「どうかあたしの恋を叶えてください!」

『彼女の恋愛推理論』


著者:空蝉八尋


「どうか、私の恋を叶えてください!」




 僕は思わず絶句した。
 ベルも鳴らさず扉を叩きあけるなり、机に足を上投げ出した僕の姿を確認して一礼したかと思えば、勝手に窓際のソファへ腰を下ろす。
 僕が呆気にとられてその様子を眺めていると、何故座らないのかと言わんばかりの瞳で見つめてくるのだ。
 灰皿にまだ長い煙草をねじって押し付け、僕は向かいのソファに現状を理解出来ないまま浅く腰かけた。
 そう、そこでお決まりのたわいもない挨拶やら自己紹介やらをすべてふっ飛ばし、彼女は少女漫画の主人公のような台詞を叫んだ。
 窓ガラスが揺れたのではないかと思えるほどに見事な大声で。 


「えーと……此処は恋愛相談所じゃないんだけど」
「そのくらいっ、存じておりますっ!」
「えーと……此処はさわやか相談室じゃないんだけど」
「分かっていますっ! 高校生だからってなめないで下さいっ!」
「いや別になめたつもりはないんだけどな……」
 膝の上で拳を硬く握りしめ、懐かしいセーラー服のプリーツにしわを寄せている。
 部活で運動でもしているのだろうか、細い両手首はミサンガやらリストバンドで飾られている。
 しかしラケットを持っている様子もなく、代わりに鞄と並んでいるのは小さな木管楽器のケースだった。
 黒く長い髪を腰まで流し、飾り気のないそれがかえって彼女をひきたてているように思えた。

「で、叶えてくれるんですか? くれないんですか?」
「あのねぇ。言っておくけど此処は……」
「探偵事務所だとおっしゃいたいんですね」
 どうやら彼女は何も知らないわけではなさそうだった。
 確かにここはひっそりとはしているが探偵事務所だ。
 しかし僕はますます訳が分からなくなり、眉間にしわを寄せる。
「どうしました? 頭痛ですか?」
「一種の頭痛ではあるけど」
 原因は君だ。
 少しは落ち着いたのだろうか、彼女は口を横に結んで俯いた。
「とりあえず、君の名前を教えてくれないか」
「澤口まどかと申します」
「澤口さん、と。制服からみると葉中女子高校かな」
 葉中女子高等学校といえば、この辺りの女子高校では名門中の名門。
 一般人が淡く儚い、時折妄想の過ぎた夢をはせるお嬢様校だった。
「正解です……が」
 そこで彼女は何故だか涙を少し滲ませた顔をあげる。
「澤口さんではやけによそよそしいので、まどかちゃんでお願いします」
 本当になんなんだこの子は。
 僕は引きつる笑顔を無理矢理に返す。
「……まどかちゃん、最初に……いやもうだいぶ遅れて言っておくけど。此処は君も知ってのとおり探偵事務所だ」
「ハイ」
「恋愛相談は出来ないんだ」
「ハイ」

 しばらくの沈黙が訪れる。
 しかもその間中、まどかちゃんは僕の顔をキョトンとした顔で見つめ続けていた。
 僕は深呼吸をして動悸を整えてから、再び彼女へ挑戦状を送る。
「聞いたところ君はすべて理解している、ようにみえる。でもどうして探偵事務所に恋愛相談に来ているんだ?」
「恋愛相談じゃありません。叶えてほしいと言っているんです、探偵さんでないと駄目なんです」
「探偵じゃないと駄目ェ? 一体どんな相談なんだソレは……」
 ため息をつかせる暇もなく、彼女は僕の言葉へすぐに反応を返した。
「その明晰な頭脳で推理して頂きたいんです」
「はァ、推理ねぇ」
 明晰な頭脳、という言葉を気に入っている場合でなく、なんだか物凄い難題を突きつけられそうだ。
 握りしめた手のひらに汗が滲む。
「じ、自分でも分かっているんです! 一目惚れからなにから、人よりも少しばかり恋多き人生だって」
「いいんじゃないの、別に。まだ若いんだし」
「いいえ、いいえっ!」
 まどかちゃんは大きく首を横に振った。瞳には絶えず涙を浮かべている。
「若さなんて恋愛には関係ありません。若いと沢山の恋に堕ちるものなのですか?」
「まあ世間一般にはそんな感じ……」
「信 じ ま せ ん っっっっっっっっっ !」
 僕はその荒れ狂う滝をも連想させる少女の迫力に、思わず後ろへのけぞった。
 背もたれの足りないソファから滑り落ちそうになる。
「私は信じません! 愛した人とは、一生をかけて連れ添わなくてはならないと思うんです」
「…………まあ、ウン。それは人それぞれの価値観だから否定はしないよ、ウン」
 そんなに自己観念が強いのなら、わざわざ人に尋ねるまでしなくても、と僕は心の中で呟いた。
「本当にそう思います?」
「思う思う」
 彼女はわずかに頬を紅潮させ、手を当てた。
「そう共感して頂けたのは、探偵さんが始めてです」
「え。そ、そうなの」
「そうです」
 否定しとけば良かった。
「でも、でもですね。私はそう思って……一人の殿方をずっと、永遠に愛したいのに」
「心変わりしちゃうんだ?」
「いいえ」
 予想外の言葉に少し戸惑う。失礼だが移り気の多そうな性格の少女だったからだ。
「いいえ……私ではないんです。お付き合いさせて頂いた方は皆……私を捨てて」
 彼女の両目から、透き通った涙が溢れた。
「捨ててってそんな……そんなもんだと思うけど、恋愛なんて」
「やけに割り切っているのですね」
「まあね、現実を見てるからね。君と違って」
「恋人さん居ないんですね」
「余計なお世話だよ」
 まどかちゃんはハンカチで目頭を押さえ、消え入りそうな声で呟くように言った。
「"……もう絶対近付くな"」
「え?」
 耳を近づけ、思わず聞き返す。
「"行動が怖いんだよ"」
「はい?」
「"永遠に愛すとか言って……ふざけるなよ"」
「んん?」
「"……お前、病院行ったほうがいいぞ"」
「もしかしてそれ、フラれた男に言われたわけ?」
 頷く彼女の瞳にまた涙が浮かぶ。
「はァ……世の中酷い奴も居るもんだなぁ」
 いくら彼女の性格がああでも、ここまで言う事はないだろう。
 きっと彼女は惚れる男も間違っていたんだ。まさに不運のダブルパンチ、と言ったところか。


 

 まどかちゃんは僕の視線をしっかりと捕らえ、もう一度言い改めた。


「探偵さん。どうか、どうかこの恋が叶わない理由を推理しては頂けないでしょうか」


 えーと……。
「それはやっぱり恋愛相談所に行けよォォォ!」
「そんなはしたないこと私にはできませんっ!此処なら人目も限りなく少ないし、秘密にするには絶好の相談場所ではありませんか!」
「君は何気に人の心を、土足で踏み荒らすようなことをするよね」
 しかしながら探偵の哀しき性、僕は頭の片隅で彼女の恋がいつも叶わない理由を推理していた。
 推理というより、なぐさめを含む答えを探していた。
 口にこそ出さなかったものの、こうなったからには仕方がない。覚悟を決めよう。
「僕が思うにはね。君の勢いっていうか……迫力っていうか。それが原因だと思うよ」
「迫力ですか……?」
 彼女は首を傾げて自分の手を見つめていた。
「そう。好きな人とは絶対一生を遂げる……そういうの素敵だとは思うけど、ちょっと重たすぎるんだよ」
「でも……私は……」
「そういうつもりじゃないって言うんだろ。君にその気はなくても、周りの人にとっては違うってことが世の中には沢山あるんだ」
 女子高育ちのお嬢様の考えそうなことだ、と今なら思える。
 めっきり言葉を失ってしまったまどかちゃんは、やがておずおずと口を開いた

「私は、恋をしてはいけないんでしょうか……周りと価値観の違う私が恋をしたら、迷惑になるだけですよね」
「僕はそんなことを言ってるんじゃないよ。そのうち分かってくると思うんだ、君も好かれる側になったりしたら……きっと叶うよ、君の恋も」
 一旦言葉を切ってから、ところで、と付け足す。
 彼女が最初に叫んだ台詞が脳内に再びよみがえった。

「これって……恋を叶えたことにはならないよなぁ……」

 でもたまには恋愛相談をされる探偵というのも悪くはないな、と言いかけた矢先だった。
 いつの間にか彼女の両手で、僕の右手が包まれている。一瞬状況が飲み込めない。
「…………ま、まどかちゃん? 何してんの?」
「探偵さんは私の恋を、見事に叶えてくれました」
「え、え……まさか……まさか」
 彼女が見せたくったくのない笑みとは裏腹に、額から冷や汗が大量に流れ出る。 
「はじめに言った通り、私は恋愛相談に来たのではありません」
 頼むから、頼むから言わないでくれ、その先は!
「愛の告白を伝えに来たのですから……」
「…………っ!?」 
 ギャーーーース!! 僕は声を発することも出来ずに、ただ心の中で絶叫した。
「実は二週間前、帰り道でみかけた探偵さんに一目惚れしてしまいまして」
「ねえ君、絶対一目惚れ以外に恋したことないだろう!」
 僕の右手はまだしっかりと握られたままで、しかもその握力は込められる一方だ。
「あの……私これから頑張りますから。助けると思ってお付き合いを……」
「うぅ、そんなこと言われたってねェ」
「恋人さんいらっしゃらないならいいじゃないですか!」
「余計すぎるお世話だよっ!」
 なんだ。
 なんだ。
 なんなんだこのオチは。
 例えこの認めたくもない現実が作り話だったとしても、僕は断固として否定する。
「やっぱり、だ、駄目でしょうか……」
「うーん……」 
 矛盾するようだが、僕は正直迷っていた。
 しかしここまできたのなら、いっそ覚悟を決めるほかない。彼女の相談に乗ったときから、この運命は決まっていたのだ。そう思い込むしかなさそうだ。
 そう考えてみると、目の前の少女が急に一層輝きを増すように見えてくる。
 告白されてから気になってー……という典型的パターンはおそらく、こんな心理なんだろう。
「じゃあ、さ。お付き合いとまではいかないけど……ほらね、僕達会ったばかりだし」
「私はずっと前から存じておりましたが」
「二週間前の場合ずっとは不適切だな」
 しかし彼女は僕の返事に満足したようにほほ笑んだ。
 僕の心臓も、その優しい笑みに落ち着きを取り戻しつつあった。

「まあ、これからひとつよろしくね」
「よろしくお願いします。フフッ……」
 まどかちゃんは僕を見つめ、少し笑い声をもらした。
「あ。そういえば僕、名前も言ってなかったね……ていうか、普通お付き合いする相手の名前は聞いておくのが……」
 ふと気付いて顔を上げると、まどかちゃんはおもむろに席を立つと、鞄の横に立て掛けていた楽器ケースを漁っていた。
「何してんの?」
「ウフフ、これから誓いの儀式をたてるんです。ロマンチックでしょう?」
「誓いの儀式ねぇ……どこでそんな遊び覚えて来るんだか」
 おおかた親戚の結婚式にでも影響されたんだろう。彼女の横顔は静かだったが、嬉しそうだった。
「じゃあ、探偵さん……じゃないですね。明智さん、後ろを向いて下さい」
「え。僕の名前知って」
「言ったじゃないですか、存じ上げてましたって」
 僕は指示されたとおりに彼女に背中を向けた。指輪やネックレスでもかけるんだろうか。
 窓の外はもうすっかり日が落ちて、千切れ雲が浮かぶ空には星が転々と映っている。


 チャリン。


 金属音がした時、僕の脳裏に浮かんだのはきらびやかな指輪やネックレスではなかった。
 探偵の頭脳がこれまでの人生のうちで最速に、俊敏に、正確に、単純に働いた。
 
 チャリン、といった?
   
 あの時の記憶が一枚の写真のように眼裏へ映像化される。
 不自然なミサンガ、リストバンド。
 
『一人の殿方をずっと、永遠に愛したいのに』

 彼女の理解出来ない言動、行動、正確、そして恋への憧れ。愛の思想。
 彼女がもらした、男達のあの呟き。

 

 もう絶対近付くな。
 行動が怖いんだよ。
 永遠に愛すとか言って……ふざけるなよ。
 ……お前、病院行ったほうがいいぞ。
 

 嗚呼僕が、僕が探偵でなければよかった。
 混乱したようで整理され尽くした僕の脳内。
 恐ろしいほどに一本の線しか残されていない僕の脳内。 

 クビニフレタ ツメタク ロマンチックナ キンゾクノ カンショク 

 
 











 



 心中癖!












 

 ねぇ、探偵さん。
 あ……また間違えました。明智さんと呼ばなければなりませんね。
 探偵さん、私は貴方の事を本当に好きでした。
 嘘なんかじゃありません。
 私は貴方を永遠に愛するって決めたんですから。
 
 ねぇ、いいんでしょう?

「いつも、いつも愛する殿方の傍に居られず、恥の多い生涯を送ってきました。 ……でもそれも今日でお終いです」
 
 貴方が叶えてくれたから。



●《自己批評》
『どうしよう、また狂ってる。
 この彼女より狂ってる。
 お題の消化が自分でもイマイチ気に食わないのです。
 どうしてこうも苦手なジャンルに手を出してしまうのか甚だ不思議でなりません。
 何だか不明なものには触れてみたくなるアレでしょうか……。
 ハイ、お粗末様でした。』


《片翼てふてふ。 空蝉八尋》


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◎恥の多い生涯を送ってきました。

独白 『無題』


著者:一茶


 恥の多い生涯を送ってきました。
 僕のこれまでの人生を一言で言うのにふさわしい言葉だ。
 恥の多い生涯、自意識過剰と言われればその通りかもしれない。
 ただ、僕にとっては恥の多い生涯だった。それだけで十分だ。
 誰が他人の視線や第三者的視線で持って僕の人生を語る必要がある。
 そんなの、僕にとっては愚でしかない。
 僕の人生に僕以外の考え方の解釈など、道端に落ちているゴミに等しい。
 別に、今までの僕の生涯を君に語ろうとなど考えていない。
 ただ、ある種の宣言をしたいと思うんだ。
 さっきから、生涯だの人生だのと言っているが、実は僕はまだ生まれてから二十年程度の年月しか生きていない。
 そんな僕が、何を宣言できると言うのだろうか。何を宣言しようと言うのだろうか。
 君は疑問に思うはずだろう。
 僕は、これから幾つかの小説を書こうと思っている。
 僕が、今まで生きてきた生涯よりも更に長い年月を掛けてね。
 思っているだけでは、日々の営みの忙しさからこのことを忘れてしまうかもしれない。
 だから、僕はここにそのことを書き示すこと、宣言することで動機付けと、ある種の束縛をしようと思っているんだ。
 君には傍迷惑な話だろう。
 いいじゃないか、所詮人間なんて他人に迷惑を掛け続けて生きているようなものなんだから。
 それに、迷惑だと思うのならばこんな誰にでも書けるような文章など読まなければいい。
 それでも、読んでくれるような君に僕は感謝しよう。

 少し、僕について必要な情報でも差し出そうか。
 僕は、これまで生きてきた中でいわゆる「小説」を幾つか書いてきた。
 僕のその時の主観で、小説と呼べるものを書いてきたつもりだ。
 だが、僕はある人の投げかけによって、また僕自身の自問自答によって、今までに書いてきたはずの「小説」を疑いはじめた。
 ある人はこう言った「なぜ、君は小説を書くんだい。」とね。
 当時の僕にとって、これは特に重要視するほどの投げかけではなかった。
 だけど、この投げかけを僕自身の中で反芻していくことで分からなくなったんだ。
 僕が小説を書くことの意味がね。
 考えてもみてほしい。
 ひとくくりに何かを表現するといってもその手段は多数ある。
 別に、漫画でもいいじゃないか。ライトノベルでもいいんじゃないのか。
 ならば、なぜ僕は「小説」に固着する必要があるんだろうか。
 絵が描けないのなら練習して描けるようになればいいじゃないか。
 小説ではなく、ライトノベルでいいのなら、それでいいじゃないか。
 でも僕はそれらでは駄目で、あくまで「小説」で表現したいと思っているんだ。望んでいるらしい。
 じゃぁ、僕が書こうとしている「小説」ってなんなんだろうか。
 他と、何が違って何を表現するんだろうか。
 それは―ここまで読んできてくれた君には少々申し訳ないが―僕にはまだ分かっていない。
 ただ「ナニカ」を表現したいとは思っているらしいんだ。
 その「ナニカ」が今の僕には分からないだけだと思う。そう、思いたい。
 言葉遣いかもしれないし、物語かもしれない。
 もしかしたら、別に漫画やライトノベルでもいいようなものを、敢えて小説に描こうとしているだけなのかもしれない。
 まぁ、いい。
 少なくとも、僕は「小説」を書くことでそれを理解していきたいと思っている。
 もしかしたら、気付けば漫画を描こうとし始めるかもしれないし、ライトノベルを書いているかもしれない。
 それはそれで、仕方の無いことだ。
 今の僕にはどうしようもないことだ。

―どんな物語であれ、物語とは唐突に終わるものだ。もちろん、この物語であっても―

 唐突だが、ここまで読んできてくれた君に感謝しよう。
 そして、その意を込めて僕がこれから書こうとしている小説の終わりの一行を載せて僕の独白を終わりとしたい。
 その終わりの一行とはこれだ。
「文学少女よ」



●《自己批評》
『強引な最後の結びでなんと言っていいのやら。
 とりあえず、順調?に書き出せましたが毎回のこと最後の結びは強引です。』


《一茶の徒然なる日々 一茶》


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◎「文学少女よ」

『フィクション』


著者:松永夏馬


「文学少女よ」

 自分で言ってしまうところが彼女のすごい所だ。ずんぐりとした体格に低い鼻、そばかすの残る頬、薄幸の美少女的なイメージを勝手に持っている僕としては彼女を『文学少女』と称するのには少しばかり抵抗がある。

 というかすでに僕らは20代半ばだ。少女とか言ってる歳じゃない。
 確かに彼女は本が好きで、読んでいるところを頻繁に見かけた。かつては学校の休み時間や放課後の図書室で。休日の図書館で。通学のバスの中で。小説もジャンルを問わずで、時には詩集や哲学書を開いていることもあった。
 首都圏の大学へ行った幼馴染とはその間疎遠だったけれど、Uターン就職を果たした彼女と再びこうして顔を合わせるようになったのも、なんともいえない腐れ縁てやつだ。

「んでさー」
 テーブルに肘をつき、生中ジョッキ片手に彼女は口をとがらせた。
「その浮気相手のとこに行くわけよ。堂々とね」
 なにやらピッチが早いかと思えば、恋人の愚痴だ。
「私は何? アンタにとってどういう存在よ? みたいな? チョー最悪」
 自分が不幸の深い深いどん底にいるかのような、深い深いため息を吐き出し、首を振った。
「でもね、あの人って私じゃなきゃダメだなって時々思うわけ。ね? わかる?」
「はいはい」
 苦笑しつつ焼きすぎたシシャモをかじると、僕は『文学少女』という言葉を彼女に重ね合わせた。
「悲劇のヒロイン気取ってるなぁ……」
「なんか言った?」
 酔いの回った目で睨む。おもわず呟いてしまった自分も、多少酔っているんだろう。抑えているつもりでも彼女のピッチに狂わされたようだ。
「なんでもないさ」
 居酒屋の喧騒の中、僕は笑い出すのを必死で抑えていた。

 まるで悲劇のヒロイン気取り。
 二股かけられてる現状をまともに受け止める前に、その試練に耐える女というキャラクタに酔っている。傷を最小限に留めようとする『文学少女』の本能だろうか。

 いや、誰だって同じだろう。受ける被害を少しでも防ぐ壁を作るのはみんな同じだ。無意識にしろ意識的にしろ、困難にぶつかりそうになったら逃げ道を探す。逃げ道を探している無様な姿を人には見せたくないから、過剰に何かを纏ってみたりする。テストの時に「オレ全然勉強してなかったよー」とか「ヤマが外れまくりだ」とか言うのと一緒だ。

 友達から発展した想いに気付きながらも、友達ですらなくなる恐怖を前に逃げ道を確保しているうちに。

 いや、ちょっと違うか。

 僕は僅かに声を洩らして笑った。

「ちょっと。真面目な話をしてるんですけどー」
 うわ。目が据わっている。
 酔って背中が丸くなった彼女が、ものすごい上目遣いで僕を睨んだ。
「はいはい。わかってるわかってる」
 僕は慌てて空いたジョッキを掲げて店員に追加を頼んだ。

 ビールが届くのを待って、一口飲んだ彼女は口元を少し上げた。
「それにしてもさ」
 据わった目で笑うのは怖い。
「……何よ?」
「なんでもありません」
「先月のはイマイチだったよね」
「は?」
「個人的には14回目……だったかな。なんちゃら博士の、コメディのやつ。アレが面白かった」

 僕は表情が固まって、食べかけのはんぺんフライを落っことした。一気に酔いが冷める。

「な。なんのハナシだ」
 なんで知っているんだ。

「『Mistery Circle』のハナシ」
 にんまりと笑う彼女の赤い顔。

 リアルの友達には誰にも―――

「言ってねぇぞ」
「言われてないもの」

 酔って少し赤い目を細め、彼女はイヒヒ、と女性にあるまじき笑みを浮かべた

「ネットってけっこう楽しい小説読めるのよねー」

 これだから文学少女は油断がならない。



●《自己批評》
『お題から湧いたイメージで一気に書き上げたあっさりめな一編。MC内でないと通用しないネタですね(苦笑)
 ところでメンバのみなさんは、自分が書いてるってことリアルにどの程度知られてるんでしょうか。』


《Missing Essayist Evolution 松永夏馬》


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎これだから文学少女は油断がならない。

著者:タイラヨオ


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎頭の中が文学してておよそ現実的じゃないから。

『俺と私とぼく』


著者:


「頭の中が文学してておよそ現実的じゃないから少し待って」
「文学じゃなくファンタジーの間違いじゃない?」
 俺を確認するとすぐに言った言葉に俺がそう返すと「そうだね」というように微苦笑を浮かべながら腕時計を確認した。
「……まだ、時間じゃないよね?」
「時間までは後90分以上あるよ」
 今日は次のゼミでするディベートに向けての話し合いのために集まることになっている。俺と彼女、他2名の計4名が同じグループ。俺と彼女は今日、講義が入っていないけど他の2人が3限に講義が入っているため集まるのは3限の講義が終わってからになっている。
 俺が1限分早く来たのは話し合いのために集めた資料を整理するため。何度か同じメンバーでグループを組んでいるうちに俺が資料を集める役割になっていた。
彼女が早く来ている理由はおそらく……
 ゼミが『知的財産法』のせいか、ゼミのメンバーにはオタクとまではいかなくてもマンガ、アニメ、小説、ゲーム、パソコン、映画等に詳しい人が多い。ご多聞に漏れず俺もその一人。彼女もその一人……と言うには少し毛色が違うか?
「原稿は進んだ?」
「うん、ちゃんと予告通りにアップできそうだよ」
 そう、彼女は所謂ネット物書きなのだ。


 彼女がネット物書きだということを知っているのはゼミの中では俺だけだ。俺も最近知った……正確には彼女から教えてもらったのだが。
 彼女のサイトの常連だったので知ったときは本当にびっくりした。全く気が付かなかったし。彼女の方は気が付いていたみたいで「他の人には教えないように」と念を押してから教えてくれた。
 俺に教えてくれた理由を尋ねると「不公平だと思うから」という返事が返ってきた。
 俺もブログで日記(みたいな物)を書いている。彼女のサイトの掲示板に書き込むときにそのブログのアドレスを書いているのでそこから飛んで時々俺のブログを見ているそうだ。だから不公平だと考えたのだろうか。そうだとしたら彼女らしい考えだと思う。


「何、ぼーとしてるの?」
 パソコンを終了させ、席を立った彼女が俺が考え事をしている間に戻ってきていたようだ。彼女の手には缶コーヒーが1つ。
「……それ、何本目?」
「……缶コーヒーは3本目……かな」
 相変わらずのヘビードリンカーのようだ。缶コーヒーはという前置きが付いているのが凄い。
「だって、ぼくはカフェイン依存症なんだから仕方がないよ」
 知らないうちにじと目で彼女を見ていたのだろう、そう抗議してきた。(そもそも抗議になっていない気がするがそれは置いておく)
「……ぼく、になってるぞ」
 彼女の抗議を気にもせず突っ込みを入れる。
「あっ……う〜ん、どうしてもネットの私を知っている人と話す時は昔の癖が出てしまうなぁ」


 彼女が俺のよく行っているサイトの管理人だと気が付かなかったのには理由がある。それは別人としか思えない程に印象が変わるからだ。
 ゼミでの……リアル世界での彼女は理路整然としている印象が強い。そして凄くシビア、下手をすると冷たいという印象を与えてしまう程に。彼女に凹まされたゼミ生は多い。しかし、彼女の書く話は……どう言えばいいのか難しいけど、簡単に言えばすごくファンタジーしている話なのだ。そして俺には考え付かないような世界観を生み出していて、読み終わったあと凄く温かい気持ちになる、そんな話なのだ。おそらく、他のゼミ生に彼女が書いた話を見せても、それを彼女が書いた作品だと信じられないだろう。
 前にそのような事を彼女に言ったことがある。すると
「どっちも私なんだけどね。中学生のときにあることがあって変わらなきゃいけないと思って変わろうとしているうちに何時の間にか……悪く言えば冷たい人になってたかな。このままじゃ駄目だと思って『ぼく』を取り戻そうとして、今に至るという感じかな」
 そう真剣に、そして最後は少しおどけた感じで返してきた。


「そう言えば、何時から小説を書き始めたんだ?」
「いきなりだね」
 俺の何の脈絡もなく出た言葉にどことなく呆れたような声でそう返してきた。
「前から気になってたんだけどな。確か、一度書くのを止めて、又再開したというのはサイトで見た覚えがあるけど」
「小学校中学年ぐらいからかな。そして一度書くのを止めたのが中学生のとき」
 一度書くのを止めたのが中学生のとき……ということは……
「うん、そういうこと。小説を書くというのは『ぼく』を象徴するような行為だったから」
 だから今でも小説を書いた後すぐは『ぼく』って言ってしまうんだよねと苦笑いを浮かべる彼女に俺は何も言うことはできなかった。


「……うん、そうだね……ここまで話したのなら……もう、いいかな?」
 何を言えばいいかと悩んでいる俺に対し、彼女は暫く何か考えているという仕草をしてからそう言った。
「何が?」
「前に私に聞いたでしょ?」
「えっ?それって……」
 一度何気なく彼女に聞いたこと。そのときの色々な感情が混ぜ合わされたような彼女の顔は今でもよく覚えている。
「うん、たぶん、その事を誰かに話さなきゃこれ以上、前に進めない気がするから」
 戸惑う俺に対し、迷惑だと思うけどその事を聞いてしまった自分を悔やんでねと、少しおどけた感じでそう言った。
 人と人のめぐり合わせは合縁奇縁。彼女にとって俺と知り合った事の意味はそれにあるのかもしれない。ならば、それを受け入れないことに意義はない。
 わかったというように首を縦に振るとうつむき軽く「ごめんね」と小さな声で呟き、顔を上げたときには瞳に強い意志をこめて、宣言した。
「今日は時間がないから次に話すね。何故、ぼくが、再び書きはじめたのかを」



●《自己批評》
『ネタはすぐに思い浮かんだんだけど、そこからが苦労した……
 特に書くことがないので没になったエピソードを書いて終わりにします。
 ぼくっ娘という設定が思い浮かんだ時にすぐに思い浮かんだエピソード。わかる人だけわかってくださいw

「……それにしても自分のことを『ぼく』って言う女性が本当にいるんだって初めて知ったよ」
「珍しい?」
「漫画とかゲームでは見かけるけど、実際にはね」
「……うぐぅ」
 どこからとなくミトンを取り出し、ミトンをつけた左手を口元に添え、そう不満そうに呟く。

……ここは突っ込んだら負けだ……

「うぐぅ、突っ込みを入れて。そうじゃないと馬鹿みたいだから」

 突っ込みを入れても入れなくても、馬鹿みたいではなく、馬鹿だと思うのは俺だけだろうか。』


《Liar's villa 知》


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◎何故、ぼくが、再び書きはじめたのか。

『綴り人の思想』


著者:望月来羅


 何故、私が、再び書きはじめたのか。それは、世界を広げたくなったからに他ならない。

 今、私の目の前の机には何も記していない一枚の白紙があり、その周りを膨大な量の原稿用紙の束がまるでビル群のようにそびえ立っている。
 手元を見ればペンダコの出来た掌に愛用の万年筆が握られ、僅かに拉げたペン先と、すっかり黒ずんでしまったグリップ部分が使ってきた年月を物語っている。

(これもそろそろ代え時ですかねぇ)

 ふと思う。もう十数年もの間、グリップもペン先も騙し騙し使ってきた。常に側にいたこのペンは、単なる無機物ではなく、長年共に歩んできた戦友のような気持ちだ。柄の部分の、買った時に掘ってもらった『萩野』の苗字はすっかり磨り減り、今では薄い線を残すのみとなっている。

――コンコン

「先生?お茶が入りましたけど」

 日本人ならではのノックと共に背後の扉が開き、肩ほどの長さの綺麗な黒髪が印象的な女性が入ってきた。目を引くような美貌というわけではなく、優しげな顔立ちの女性だった。
 手には湯呑みの乗せられたお盆を抱えもち、淡い茶色のスーツに身を包んでいる。
 いつもながらの気の利きように口元を緩めながら、立ち上がって彼女からお盆を受け取った。

「清水さん、いつもすみませんね。ちなみに今日のお茶は?」
「先生の好きな梅昆布茶です。ほうじ茶と迷いましたが」
「いやぁ、梅昆布茶で嬉しいです。ありがとうございます」
「いえ・・・小説の方はどうですか?進み具合」

 足の踏み場も無いほど紙で埋め尽くされた原稿用紙の部屋で、彼女は視線を机の上に向けた。モダンな形の机だが、今は上も回りも紙の束に占領されて見る影も無く、唯一のスペースはたった一枚の白紙と万年筆が置かれている中央部分だけだ。
 彼女と私は、2年ほど前から担当と作家という関係にある。気の利いた女性で、
 締め切り間近になるとこうして私の家に泊まりこんでは料理などをしてくれる。
 まだ20代の後半と若いのに、その落ち着きぶりと気の利かせ方は、今は亡き妻を彷彿とさせた。

「ええ。丁度今考え付いたところです。そうだ、清水さん。ちょっと一緒に考えてくれませんか」
「え、私・・・ですか。はい」

 戸惑いつつも協力してくれる彼女に笑いかけて、私は自分の作業机に取って返した。床も机も乱れに乱れた様子だが、その実この状態が一番良いのである。今更散らばった原稿用紙の束を一枚残らず棚に片付けてくれたところで、むしろどこに何があったのか分からなくなるだろう。なにしろ、この状態とも5年以上の付き合いなのだ。
 座り心地の良い革張りの椅子に腰掛ける。机の上の白紙を手に取り、下の消しゴムの粕を払い落とすと、万年筆を取って彼女を呼んだ。

「ちょっと今考えていることなんですがね。今度は自伝でも書こうかと思いまして」
「自伝・・・ですか。先生の?」
「はい。いや・・・正確には『自伝』ではないですね。自分の物語り、とでも言いましょうか。今までジャンルを問わず書いてきましたけど、今度は『荻野洋一』としての物語を書いてみたいんですよ」
「自分を外から見て、自分が主人公の小説、という意味ですか?」
「ええ。久しぶりの作品ですがね。そうですねぇ、清水さん、あなたから見て小説というのは何ですか?」

 足元の原稿用紙を出来るだけ踏まないようにと注意を払って歩いてきた彼女は、私の問いを聞いて小さく首を傾げた。黒髪がさらりと流れる。

「小説・・・ですか。知識を増やしてくれるもの・・・でしょうか」
「知識!良いですね。そう。小説の原点は貪欲な知識を求める力です。誰しも持っている欲求・・・。ここに一枚の白紙が有るとして、私がここに何かを書く。
 すると、それはすでに『ゼロ』ではないんです。世界が紡がれる。分かりますか?」
「なんとなくは」
「例えば私が小説を書いたとしたら、その書かれた世界の中では私の書いた筋書きが一端の事実として広がりをみせ、この世界と隣接して広がっているんだと私は思うんです」

 彼女の入れてくれた暖かい梅昆布茶をズズと啜りながら、部屋の中を見渡した。8畳の部屋の、どこもかしこも文字の記された原稿用紙だらけ。この一枚一枚の中には、書いた私ですら与り知らぬ世界が広がっているはずだ。

「一時期文字を書くのに嫌気が差して筆を執るのを辞めた時期がありましたっけ・・・もう随分と経つんですねぇ」
「あの時は驚きました。私が第一に尊敬していた作家の萩野さんが御自分で『もう作家を引退する』なんてメディアに発表されていましたから」
「いやぁ、それは・・・あまりに多忙な日々で疲れていたんです。いまから思うと恥ずかしい限りですが。1年くらい考えて、頭がすっきりしたんです。そしてまた、世界を広げたくなった」
「良かったです。本当に」

 微笑む彼女に、ええ、と頷いて手元のペンに目を落とした。自分でも作家業を辞めなくて本当に良かったと思う。作家は、精神的な職業でもある。文を書くのは難しくは無いが、その状態を持続することが難しい。手元のペンを指だけでくるりとまわす。

「時々ね、思うんです。何かの話じゃありませんけど、書かれた物語が本当に広がっていたら、って。私達は外からそれを見ていたり・・・ある意味私達は創始者みたいなものでしょうか」
「『はてしない物語』みたいですね」

 空になった湯呑みに、急須からお茶を注ぎながら、目を和ませて彼女が言う。
 彼女は自分で物語を書くことはしないが、大の本好きで博識だ。部屋に篭りがちの私が彼女から教わることは多い。ファンタジーが好きらしく、特に小さい頃はエンデの著書を愛読していたという。
 おっとりした彼女は、人を否定することが無い。人から変人と言われがちの私がどんな考えを漏らしてもきちんと考えて答えてくれる。

「ああ、私もファンタジーはちょっと苦手ですが、エンデさんの作品は好きですよ。・・同じことが、この世界にも言えると思いますか?清水さん」
「なにがですか?」
「私はね、時々ですがこの世界が本当にあるのか疑問を持つことがあるんですよ。そうですね。例えば・・・どこの国、どんな状態でも・・・人間が集まればなんらかの集団思想が生まれますよね。宗教であったり、いろいろな集団が。私もいつしか気がつけば『神』という単語を覚えました。絶対的存在ですね。本当にいるとしたら・・・さながら私達のこの世界は戯れ、『神の箱庭』と言えるのでしょうか」
「よく分かりませんが・・・」

「小さい頃から不思議に思ったことがあるんです。宇宙の果てはどうなっているのか、私はなぜ私なのか、とか。といっても哲学のような小難しい考えではないのですが。私達のこの世界も、誰かが最初に『エデン』の話しを作って、ソレを発端に広がった世界なのではないか・・・この世界の外側には、また別の世界があるのではないか・・・とか、そういうことを考えていると、小説を書いているときに行き詰まりを感じてしまうんですよ」

 私が自分の考えを微苦笑しながら告白すると、彼女はしばらく思案顔になり、それから「私には・・・」と続けた。

「私には文章を書く能力はありませんけど、昔から小説家の方々には憧れていました。自分がまだ知らない世界を生み出せる、新しい知識、考え方をくれる魔法使いみたいだなと・・・それは今も同じです。今先生が仰ったこと、私も考えたことがあります。でも・・・いいんじゃないでしょうか。たとえこの世界が誰かによって造られたものだとしても、少なくとも今ここにいる私は私です。先生も先生です。たとえこの世界が誰かの書いた物語が発端だとしても、先生は新しい物語を作ることができます。それはとても凄いことだと思います」

 血色の良い顔でにこりと笑う。本当に、彼女は出来た人間だと思う。完璧な人間などいないと思うが、彼女にはどことなく母性を感じる。
 最近は若者の犯罪が増えていると聞く。滅多に外には出ない私だが、世の若者が皆彼女のような気質の持ち主であったのなら、さぞかし平和な世だろうと思う。
 現実的にありえないことだが。

(これはなんだか・・・・)

 自然に口元が綻んだ。癒される、というのだろうか。
 胸中が暖かくなった。といっても、胸を満たす感情は決して恋愛感情ではない。
 なにしろ、彼女と私とでは年齢が離れすぎているし、なんとなく我が子を見やる心境だった。
 当の昔に一人立ちしていった息子のことを思い出す。今頃元気で暮らしているだろうか。

「清水さんは凄いですねぇ。私には出来ない考え方です」

 まだ半分ほど中身の残っている湯呑みを机の隅に置く。
 キィ、と音を立てて椅子を机側に回転させると、机の上の白紙をどかし、変わりに側から原稿用紙を一枚敷いた。
 すっかり黒ずんだ万年筆を手に取り、薄い線のみとなった自分の名前を軽く撫でる。

「有難うございます、清水さん。おかげで大分考えがまとまってきました」
「お役に立てたのでしたら良かったです。あ、では、失礼しますね。後でお夕食を作ってきます」
 
 担当の彼女だが、私に『頑張ってください』と言うことは無い。これは、今まで作家生活を送り、数多くの担当と会う機会があったが、他には無かった気配りだ。書こうとしている人間にとって、時に励ましの言葉は重荷にもなりかねない。彼女のこういうところにも救われる。
 彼女の気配が頭を下げたことを伝え、静かな衣擦れの音とともに部屋の外へと出て行った。

 原稿用紙の右上、一番始めのマスに、小さく丸を書く。これには特に意味は無い。癖とでも言おうか。
 この部屋に詰め込まれている小説の出だしの文には、どの物語にも最初のマスに小さな丸が付いている。ジンクスみたいなもので、なんとなく出だしの筆の滑りが良くなるのだ。
 ペンを指先で回す。なんなく、先ほどの会話を脳内で反芻していた。昔、何かの本で、興味深い文章を読んだ気がする。

「『私達は、兎の毛の先に捕まっているようなものだ。そして、自分ではそのことに気がつかない。』・・・・でしたっけ。」

 正しく、今の私の脳内を正確に表せる文だ。
 机の端から湯呑みを取り、少しだけ冷めてしまった梅昆布茶を冷ますことなく一気に飲み干した。

 文章が頭の中でまとまっていく。文章がこぼれない様に、忘れないように。小さな丸の下のマスから右上がりの癖字で一気に書き出した。

            *

 世界を広げる。私の作った世界の中では私が創造主であり、全ての始まりだ。だが、一旦私が筆を止めると、後はその世界が自在に広がっていく。
 きっと物語の中の『彼ら』は私が書いた世界が世界の発端であり、その外側に幾つもの世界が隣接しているなんて考えもしないのだろう。

 世界を綴り、広げる。なんて素晴らしい職業なのだろう。
 さぁ、物語を謳おうじゃないか!

 今またこの手で、幕を開けよう。



●《自己批評》
『いつもより、少しだけ書き方を変えてみました。でも、一人称で進めるのって苦手です(汗)
 いつもは人物象についても書いているのですが、今回はわざと『私』の年齢、外見は曖昧にしてみました。そして・・・話しが書きにくいです。こういう系は書けません・・・

 最後の参考にさせていただいた本は、ヨースタイン=ゴルデルさん著の『ソフィーの世界』です。忘れもしません。11歳の時の誕生日プレゼントがこの本でしたから・・・u』


《Kaleidoscope―万華鏡― 望月来羅》


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◎開幕!!

『Warm rain』


著者:李九龍


 開幕、と書かれた垂れ幕が、頭上で風に煽られ、たなびいた。 私は、一体何が開幕なのかと目を凝らすが、日ごとに熱を増して来る陽の光が、それを拒んだ。
 見上げていると、デパートの高く大きな建造物が織り成す、空の光と、壁の影とのコントラストが、やけに印象強く目に映る。 私が眩しそうに手を翳すと、数歩先を歩く麻子さんが、私の方を振り返り、足を止めた。
 暑がりな麻子さんは、もう既に、袖なしのブラウスだ。 麻子さんは私に振り返りながら、「どうしたの?」と、いつものぎこちない笑顔で話し掛けて来る。
 私は、この人が私に対して取る気の使いようには、いつまで経っても慣れそうにないなと、心で思った。
 日差しから逃れ、デパートの屋内へと足を踏み入れると、そこには別の空気が漂っていた。 特に食料品売り場などは殊更で、まるで空調が壊れ、温風の効かない真冬の売り場のような気さえする。
 麻子さんは、からの買い物籠を置いたカートを押しつつ、「今夜は何が食べたい?」と、聞く。 いつもの週末の一緒のショッピングと、全く変わらない光景だ。 私はいつもの通り、「別に」としか答えない。 麻子さんはそれを聞いて、またいつものぎこちない笑顔を浮かべる。 私は心で、あなたが嫌いでそう言う態度を取る訳じゃない、ただ、あなたが私を怖がっている以上、私もそれ以上の対応は出来ないんだよ・・・と、返答をした。 麻子さんは、そんな私の心の声は聞こえないままに、居心地悪そうな背中を見せながら、カートを押して歩いた。
 途中、青果物のコーナーで麻子さんは足を止め、またあの半分困ったかのような笑顔で、私に話し掛ける。
「由香ちゃん、西瓜、好き? まだちょっと高いけど、冷えたの半分買って行こうか?」 私は黙って、頷いた。
 麻子さんがレジで支払いを済ませている間に、私は素早く、半透明のビニール袋に食料品を詰める。 麻子さんが私の元へと歩いて来て、由香ちゃん慣れてるのねと声を掛けるが、その後が続かない。 きっと自分でも失敗したと思ったのだろう。 私も敢えて、否定も肯定もせずに、黙って重い方の袋二つを手に提げる。 麻子さんは、「もう一つ持つよ」と、喉まで声が出ているような顔をするが、その身重の体では、何を言っても私への嫌味になるのだと気付いているのだろう。 黙って、パンとコーンフレークの入った袋を提げ、私に後に続いた。
 別の季節ならば間違い無く夕暮れ時であろう時刻、陽はまだまだ高く、暑い。
 私と麻子さんは、お互い黙ったままで、片道十五分の道のりを歩く。
 半年前ならばこの道は、ママの運転する車で、ひとっ飛びだった道だ。 車ならば数分と掛からない道のりだし、買い物だってこの倍は買って来れる。 だが、それを言っても仕方が無い。 麻子さんには、運転は出来ないのだから。
 振り向くと、ちょっとだけ遅れた麻子さんが、私の顔を見て、無理に笑う。 
 そして、「ごめんねぇ、お腹重くて」と、言い訳をする。
 私は彼女には何の恨みも無いのだが、きっと彼女は、私の存在は邪魔なだけだろうなと思い、少し気の毒になる。

 夕御飯は、麻子さんが一人で作る。 そして、食事の時だけは、私と一緒だった。 会話はほとんど無く、少々大き過ぎるほどのボリューム音で点いているテレビが、余計にわざとらしく、その存在を主張している。
 私は、彼女を実際に、「麻子さん」と呼ぶ。 別に、「お母さん」と呼びたい訳でもないし、呼びたくもないのだが、もはや今では、「お母さん」と修正をするには不可能だと思えた。 何しろ、最初に彼女が自己紹介した時に、「麻子です」とだけしか言わなかったのだから。 自然、最初に彼女を呼んだ時には、そのまま名前で呼んでしまった。 以来、私が彼女に対する呼称は、「麻子さん」なのだ。 そしてそれは、彼女は別に嫌がらない。 もしかしたら、たった六歳の違いの同性に、「お母さん」と呼ばれる方が嫌だろうとも思う。
 私は、食事を終えると、すぐに自室へと退散する。 別に、話題の見付からない人との同じ空気が嫌なのではない。 もう少ししたら、顔すら合わせたくない人が帰宅して来るのが嫌なだけだ。
 私が、ママを、「ママ」と呼べなくなり、見ず知らずの、ちょっとだけ年上の女性を母として迎えなくてはいけなくなったと同時に、自分の父親に対する、「パパ」と言う言葉も失った。 いや、もっと言えば、「パパ」と言うそんな存在すら失ってしまったのかも知れない。 何かと言えばママや私を怒鳴り付け、酒を飲んでは遅く帰宅し、休日には仕事だと言って家に寄り付かなかったあの人が、まだ、「パパ」だったように思える。
 今では、私が必要に応じて、「ねぇ」とか、「ちょっと」と言う名前で呼ぶその人は、いつも早く帰宅しては、麻子さんとの時間を大切にしている。
 食事の時には、食べるよりも話に夢中で、テレビを観ればテレビの話題、時には、クラシックなんかをコンポで流し、その曲について熱く語っていたりする。
 それはやはり、私の知らない人だった。 今までに見た事もないぐらいに優しい笑顔で、新しい奥さんである麻子さんのお腹をさするその人は、もはや私の知る、「パパ」ではなかった。
 その晩も、私は肩身の狭い思いをしながら、足音を忍ばせて浴室へと向かった。 特に、扉の隙間から明かりが漏れる居間の横の廊下を歩く時には、殊更に気を使う。
 ドア一枚隔てた向こうからは、かつては、「パパ」だったのであろう、私の全く知らない男の人の、屈託無い笑い声が聞こえる。 きっと、ドアの向こうに、かつては自分の娘だった存在が入るなどとは気付きもしないだろうその人は、私には永久に見せないであろう麻子さんの真の笑顔を見て、どれだけ幸せに浸っているのであろうか。
 数分後、私は、痺れるぐらいに熱いシャワーを頭から浴びながら、今日も進路相談のお知らせを、どちらの、「親」にも、出せなかった事を思い出した。

「マジで言ってんの?」 私は、健人に聞き返した。
 健人は意味も無く携帯電話をいじりながら、ただ、「あぁ」とだけ答える。 私は、それに続く言葉を待つが、健人は一向に話し出す気配は無い。
 外では、気の早い蝉が、異常なぐらいの大声を張り上げている。 私は、白く発光している世界を窓越しに見ながら、「いつごろ?」と、健人へと質問した。
 健人は、相変わらず携帯いじりをやめないまま、ぼそりと、「来週末」とだけ答える。
 私は、再び、「マジで?」と聞くが、彼もまた、「あぁ」とだけ返して、その後は続かない。 昼下がりの蝉の声は、風通しの良い校舎にも、同じように風通し良く流れて来た。
 黙っていても、私には健人の言わんとしている事は理解出来た。 きっと、健人の両親の離婚が、正式に決まったのだろう。 前からそれは、なんとなくは聞いていた。 恐らく彼は、お母さんと一緒に暮らすのだと思った。
 放課後の校庭はまだまだ白く、それが余計に、日陰の教室を暗く見せていた。

 家に帰り着き、家を取り囲むブロック塀が見えて来ると、いつもの如く、私はまた一つ憂鬱になる。 極力鈍感を努めて見ないようにはしているが、思えば思うほどに、それは強く意識され、嫌でも視界へと飛び込んで来る。
 門をくぐると、それはやはり、いつものようにそこへとあった。
 コンクリートが敷かれた、庭の一角。 ママの乗っていた、薄紫の軽自動車。
 たった半年だけだと言うのに、持ち主が消え動く意味の無くなったそれは、まるで一気に老化が加速したもののようで、哀れみよりも先に痛々しくすら見える。
 タイヤは空気が抜け始め、四本共に、潰れて見える。 今までも雨ざらしだったものが、洗車をしなくなっただけでここまで雨で汚れるかと疑ってしまうぐらいに車体は煤け、ちょっと覗き込めば車内の内装は埃っぽく見えた。
 私は毎日、この車を見るのが嫌だった。 いや、違う。 嫌なのではなく、目を逸らせない現実と向き合う方が嫌だからかも知れない。 もしかしたら私には、この車の存在そのものを、ママの存在に見立てていたのかも知れない。
 そう言えば、かつては父親だったあの人も車の運転はしない。 いや、正確に言うと、出来ない。 もはや誰にも乗ってもらえないこの車には、果たして本来の存在意義は戻るのであろうかと疑ってしまう。
 そう言えば・・・と、私の思考は過去へと飛んだ。
 私は、必要以上にこの車が好きだった。 ママの運転する、この車が好きだった。
 特に、雨の降る日の車が好きだった。 間違い無く私自身は外にいるのに、降りしきる雨からは保護され、その雨音を外に聞き、守られている安心感を感じるのが好きだった。
 だから、雨の降る日などは、わざとママに電話をした。 傘持ってないから迎えに来てと、良く駄々をこねたものだった。
 そんな時、ママはちゃんと迎えに来てくれた。 自分の仕事を切り上げてでも、私を向かえに来てくれた。
 だから私は、車の中が好きだった。 雨の車が大好きだった。 雨の休日、ママが家にいる時などは、車のキーを借りて、きっと読まないであろう小説なんかをを持ち込みながら、車の中で雨音を聞きつつ、目を閉じているのが好きだった。
 触ればそこだけ色の変わる車体をさすり、今度の休日には、車を洗ってあげようかとか、私は密かに思ってみた。

 涼しい風のそよぐ午後。 半年振りに、洗車用のバケツとブラシを持ち出して、ママと一緒に車を洗った記憶を引っ張り出しながら、私は懸命に洗った。 ワックスまではかけないが、それでも充分に、車は生まれ変わっていた。
 スペアキーでドアを開けると、むっとした熱気と共に、少し黴臭い匂いが漂った。 私は、ドアの全てを開け放つと、今度は内装を拭き始めた。 シートには掃除機をかけ、剥がせるマットは水洗いを施す。
 一時間もすると、タイヤの空気抜け以外は、全て元通りのように見えた。 私は満足げに運転席へと乗り込み、ママになったつもりでハンドルを握る。 そう言えば、ママは良く言ってた。 免許を取れる年頃になったら、すぐに免許は取りなさいと。 例え運転はしなくとも、それだけで車の恐さが判るのだから、是非取りなさいと勧めていた。
 私は、懐かしい記憶のままに、助手席のダッシュボードを開けていた。 ママが運転中、暇になると良く意味も無く開けていたダッシュボード。 思い出し、ちょっとだけ笑いながら開けたそこに、一通の大判の封筒は入っていた。
 どきりとした。 それは、ママからの手紙だった。 中身は、この車の保険やら何やらの書類だったらしい。 宛て先にはパパの名前が書かれてあったが、裏を見ると、それは間違い無くママの筆跡のママの名前。 苗字こそ変わってしまっているが、ママが、パパに充てた手紙に間違い無かった。
 風が、開け放たれたドアから舞い込み、半年間幽閉されていた澱んだ空気を押し流すかのように吹き抜けた。
 私は、後部座席を全てフラットにして、ドアと言うドアの全てを開け放ったままで、その即席簡易ベッドの上に倒れ込んだ。
 ちょうど庭に植わっている木々のお陰で、ママの車は木陰となっている。 私はそこで身体を横たえている内に、昔懐かしい感覚を思い出しつつ、次第に眠気が訪れ始めるのを感じた。
 そう言えば、ここは昔私の第二の自室だったなと思いながら、先程見付けた封筒の裏に書かれた住所に目を通す。
 あまり遠い場所では無い。 少々交通費は掛かるが、日帰りで行けない距離では無いなと思いながら、私は、次第に薄れて行く思考を感じていた。

 珍しく、パパが私に話し掛けて来た。 予想通り、小言だった。 私は流そうかと思ったのだが、パパはどうやら別の方向から迂回して、ママの車を洗車した事についての文句を言いたいらしかった。
 相変わらず、この人の小言は、みみっちいと思った。 良くまぁこれだけ狭い世界で人に小言を言えるものだと、久し振りに感じた。 自分の思考こそ正当で、正論だと思い込みながら人を侮辱するのだから、言われた方はたまったものじゃない。 しかも、問題はただ、ママの車に何の用だと言う程度の事。 それをさも偉そうに、「お前の為を思って」な言い方をするのだから、偽善もいい所だ。
 私はそんな程度の低い会話には参加せず、ただ一言、「そんなに、ママに似ている私が憎い?」と返して、部屋へと引き返した。 背後で、パパがまた訳の判らない屁理屈で私を大声で罵っていたが、どう聞いてもそれは、私の為を思っての非難では無く、どうしてママと一緒に出て行ってくれなかったのだと言うようにしか聞こえなかった。
 だが、流石にその非難は、私には堪えた。 どうしてママは、私を一緒に連れて行ってくれなかったのかなど、私が一番聞きい事だったからだ。
 途中、廊下で、困り顔の麻子さんと擦れ違った。 麻子さんは、半年分の大きさのお腹を抱え、立ち止まって私を見ていた。
 私は自然に彼女のお腹に視線を走らせ、そして通り過ぎた。 この子が産まれる頃には、私は今よりももっと部外者な気分になるのだろうなと、そんな皮肉った思考でいる自分が、とことん惨めに思えた。

 健人が私の前から消えるのは、案外早かった。 週明けの火曜日、いつものようにだらだらと私達二人は、放課後のまだ蒸し暑い教室に居残った。
 そう言えば、健人と私は、随分と似た境遇だったなと思った。 同じ、家に帰りたくない同志、いつの間にか居残り組みとして、話題らしい話題も無いままに、今に至っていた。 だが、それも明日で終わりだった。 健人は、引越しの準備もあって、明日で最後の登校になるのだと言った。
 私達は、思い出話も、今後の事についても、何も語らないまま、ほとんど無言で陽が沈むまでそこにいた。 健人は、相変わらず意味もなく携帯電話をいじりながら、時々出る私の言葉に短い返事を返し、彼なりに別れを惜しんでくれているようだった。
 私は彼に、どこに引っ越すのかは聞かなかったし、彼自身も言うつもりはないらしい。 私は彼の電話番号も、メールアドレスも知らなかったが、それすらも聞くつもりは無かった。 どうせ聞いた所で、仮に連絡を取ったとしても、一度か二度続けば良い方だろう。 お互い、それは良く知っている。 間違い無く、健人と私は、ここでこうして逢っている今こそが、生涯で最後の事だと言う事実こそが、全てだと思った。
 陽が沈む。 もはや教室は、真っ暗な世界だった。 健人はようやく携帯電話を閉じて、私を見ながら話し掛けて来た。
「鳥ってのは、どこからが大人なのかね」
 そう、一言ぼそり。 質問の意図が判らない私は、黙って続く言葉を待った。
「人間ってのは不便だよな。 餌も取れて、自分で飛べるってのに、未成年ってな仕分けされてるだけで、何の選択も、何の判断もさせてもらえないんだもんな」
 夕焼けに照らされた、健人の顔半分だけが、私の目に映る。 私はただ、「そうだね」とだけ答えて、今までずっと似たような境遇を歩んで来た戦友に、軽く微笑んだ。
 それから私達は、校門をくぐって外へと出るまで、ずっと無言だった。
 彼の最後の声は、「じゃあ」とだけ短く。 しかも、背中を向けて手を上げるだけの、そんな最後だった。 私などはもっと無粋で、ただ無言のまま、見えてもいない背中に軽く手を上げるだけ。 そんな最後だった。
 私は彼に背を向けて歩き始めた頃、もう既に、私の不安は別の所に飛んでいた。
 戦友の消えた私は、今後はどこでどうやって家に帰るまでの時間を潰そうかと。

 進路、「希望無し」とだけ書いた用紙を提出し、先生にさんざ嫌味を言われたその週末。 私は一人、小旅行へと旅立った。
 行く先は、例の封筒に書かれてあった、ママの住所。 勿論、パパにも麻子さんにも、何も言わずに出掛けたのだ。
 乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎで、目的の駅に到着するだけでも、実に二時間半の遠出だった。 時刻は既に昼を過ぎ、駅前の商店街は、休日の午後の賑わいだった。
 運が良いのか悪いのか、その日は生憎の曇り空で、気温はそれほど暑くも無い。 私はそのまま、近くのファーストフードへと飛び込み、ちょっとだけ遅い昼食を取った。
 私は、ぼぉっとしながらシェイクのストローを口でもてあそびつつ、広い窓ガラス越しに、見知らぬ街の景色を眺める。
 そこに来て、ようやく漠然とした疑問が、形になって行くのが判った。 どうしてママは、パパと私を捨て、たった一人でこんな街へと出て来たのだろう。
 実は、何となくは判っていた。 ママが突然家に帰らなくなる前にも、ママは突然姿をくらます時間は、かなり多くなっていた。
 きっと、最後の頃にパパが苛々して怒鳴り散らかしていたのは、そのせいだろう。 でも、どっちもどっち。 パパは、ママがいなくなってすぐに、麻子さんを家に連れて来たんだから。
 私の視界に、この店の駐車場に車を止め、歩いて来る家族連れが見えた。 私よりも、ちょっとだけ小さい女の子と連れ立って歩くお父さん。 その後ろには、更に小さい男の子の手を引くお母さん。 四人は、私の前の窓の外を通り過ぎ、店内へと入って来ようとしていた。
 ただただ、微笑ましいその光景。 だが、突然に私の心臓が凍り付いた。 男の子の手を引く母親を見て、私はその瞬間の悲鳴を飲み込んだ。
 途端、パニックになった。 私は、「その人」に逢いに来たのに、私はたった今、一番逢いたくない人に変わってしまったその人を見て、自分でも信じられないぐらいに動揺しながら、うろたえた。
 逢いたくなかった。 こんなにも幸せそうに笑う、「ママ」を、私は見たくなかった。 そしてその人は、今こうして、孤独な私のそばに来て、現実を目の当たりにさせようとしているのだ。 私は激しく後悔すると同時に、どうやってその人の視界に止まらないように、この場を逃げるかしか考えが及ばなかった。
 だが皮肉にも、その二人の兄弟は店内へと入るなり走り込んで、私の隣のテーブル席へと座り込む。 遅れて、背の高く、私のパパよりもずっと若く見える男の人が、同じ席へと座る。 私は、なんと惨めなのだろうと思った。 何でここまで、自分と言う人間が孤独であるのかを、まざまざと認識しなければならない状況になってしまったのかを、嫌と言う程心に叩き込まれる。
 私は、逃げられなかった。 足が立たなかったのだ。 どうせ今席を立って行っても、きっとあのレジカウンターにて注文をしているあの女性の後ろを通る瞬間に、間違い無く鉢合わせになるだろう。 そう確信していた。
 ママは、みんなの分の食事を買ってここへと来たら、私を見てどう思うだろう。
 驚くかな。 それとも、もう既に私の顔を忘れて、気付かないかな。 それとも、今更私を探しに来て、何て嫌らしい子供だと、昔の自分の子供を軽蔑するだろうか。
 運命の一瞬は、すぐに訪れた。 お待ちどうさまと笑いながらこちらへと来るその人は、私を一瞥して、黙って隣の席へと着いた。 私は、それと同時に席を立ち、その店を離れた。

 違う人だった・・・。 その安堵感と、それまでの恐怖心とで、私は相当に疲労を感じた。
 だが、もっと堪えたのは、私自身が、ママの顔を間違えた事。 たった半年前の事だと言うのに、私は自分のママの顔を、見間違えたのだ。
 そんな悔しさと同時に、私はようやく、肝心な事に気付いた。 私は、ママに捨てられたのだと言うその事実を、こんな状況になって初めて、気付いたのだ。
 何も言わずに出て行ったママ。 苗字の違う名前の封筒。 そして、判っているものの、心の奥底で封印してしまった、「もはや違う家庭の人」と言う事実を認めなければいけない事。
 私は、気付いた。 もはやママには、逢ってはいけないと言う事を。 逢ったら、今よりももっと辛い現実と、孤独感を感じなければならない事を。
 気付けば私は、どんよりと曇った知らない街中を、ただただ呆然と歩いていた。 向こうから、降って来たねと傘を差し、一緒に窮屈そうに歩く仲の良さそうな男女と擦れ違う。
 人は皆、自分の幸せに夢中だ。 人は誰であれ、自分の居場所に真剣だ。
 どれだけ人を思いやっても、結局それは、自分の領域の中にある、「大事な人」と勘違いした、すがる相手への損得勘定ではないか。
 人は孤独だ。 孤独さを、他者との触れ合いで誤魔化しているだけに過ぎないし、そしてそんな事実は、見ようともしない。

 気が付けば、私の上には、暖かい雨が降り注いでいた。 一瞬、どこかの店先で雨をやり過ごそうかとも思ったが、私はそれもせずに、ただ歩き続けた。
 次第に雨は激しさを増し、私の顔にも、痛いぐらいの雨粒を叩き付ける。
 私は、誰にでも孤独は平等だと言う事を知った時、ようやく自分の中で何かが昇華されたような気分になった。
 私は、もはやポケットの中でずぶ濡れになった携帯電話を取り出すと、通話ボタンも何も押さないままそれを耳に当て、激しい雨音に紛れるままに、届かない相手に向かって話し始めた。
「ねぇパパ。 私、道に迷ったみたいなの。 ここってどこなんだろう」
 雨が心地良かった。 こんなにも雨は、暖かかったのかと、初めて知ったような気がした。
 もしかしたら、私の頬を涙が伝っているのかも知れないと思ったが、こんな雨の中で、それは本当に涙なのかも疑わしい。
「ねぇママ。 今から迎えに来てくれない」 一体、なんて我が侭な説得なんだろうと、自分でも思った。
 一度、言葉が口から放たれると、それは次から次へと流れ出す。 まるで、蛇口が壊れた雨雲のように。

「ねぇママ。 雨が降ってるんだよ。 ねぇ、いつもみたいに、今すぐ車で迎えに来てよ。 一人で歩いて帰るの、何だか面倒臭いんだ・・・」
 真夏に、また一歩近付きつつあるそんな季節。 熱く優しい雨は、私の本音まで掻き消すように、いつまでもいつまでも降り続く。
 それはまるで、私が進むべき道しるべのように、果てしなく、果てしなく。



●《自己批評》
『バレンタインで、な。 娘(7歳)がチョコを買って来たんだわ。 ・・・彼氏(小学校一年生)に。
 俺じゃないのよ! つか、俺には無いのよ! 去年までは、娘の世界には、「男」は俺一人だったのに、今ではその世界には存在してないんよ!?
 「100」から、「0」になったその悔しさったら無いよ!? ねぇ? 無いよ!?
 ・・・そんな悔しさで書いてみました。(大嘘)』


《魔城九龍 李九龍》


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◎一体なんて説得なんだろう。

『エクスタシー』


著者:おりえ


 一体なんて説得なんだろう。
 あたしは目の前で繰り広げられる恋人たちの会話を眺めながら思った。
 浅黒い肌にたくましい体つきのハンサムな彼と、ブロンドで豊満な肉体をこれでもかと見せ付けてくる美女。ちょっと、そんなに睨まなくても誰も奪りやしないわよ。


「いぃ!? マイケル! 私があなたの何が気に入らないかって、そのうさんくさい笑顔なのよ! 何よ、そのいかにも営業してますって顔は!? あなたは私のことを商売相手としてしか見てないってことなの!? そーなの!?」
「おーうジェニファー! そんなわけがないじゃないか! 俺のこの笑顔は!」
 マイケルはニカッと不自然なくらい白い歯を見せて笑う。
「君だけのためにとってあるのさマイハニー!」
「でも私、知ってるのよ……」
 ジェニファーはふっとルージュの光る分厚い唇をゆがめて笑ってみせると、針金でできたうさんくさいおもちゃみたいなものをさっと取り出した。
「あなたがこれを毎晩つけて眠っているということを! この『笑顔ギプス』をね!」
「NOOOOOOOO!!!!! ジーザス! なんてこった! オーマイガッ!」
 マイケルはだんと膝を折ると、両手を顔に当てて、えびぞりになって叫びだす。
「このお買い得商品をあなたがこっそり購入して、鏡の前で鼻歌交じりに『これで俺もモテモテだぜハッハー!』なんつってモデルポーズしてるところまでばっちりよ!」
「ジェニファー! NO! ジェニファー! NOォオオオオオッ!」
 ジェニファーの腰にすがりつくマイケルを無視して、ジェニファーは私に向けてVサインを出した。
「あなたなら、上手にこれを使いこなせるはずね!?」
「えっ、あたし……?」
「そう! たまたま今回は私が目ざとかったからマイケルの悪行を暴いてしまったけど、あなたなら!」
「……あたしなら?」
「あなたなら!」
「あたしなら……」
「あーなーたーなーら!」
「あたしなら!!」
 あたしはふんっと鼻息荒く、意を決す。
「ジェニファー!!!!」
 マイケルの声が、遠ざかっていった。


 その翌日、あたしはマイケルに話があるからと相談を受けていた。
「聞いてくれよぉ! 参っちまうぜ。ジェニファーったらつれないんだぜ。俺が他の女に色目を使ったって決め付けるんだ! なあ、君ならわかってくれるだろ? 俺はいつだってジェニファー一筋なんだぜ!?」
「ええ、マイケル。わかっているわ」
 あたしはいつだって彼のためになることしか言わないのだ。
 彼は天を仰いで神に何事か叫ぶと、あたしに向かって親指を突き出した。
「よォし見ててくれよ、俺がジェニファーだけを見ているんだって事を証明するために、ほぉら!」
「まあ!」
 彼が脇に置いていた機械を指差す。それは皿洗い機だった。
「これでジェニファーの家事の負担も減らすことができるNE!」
「素晴らしいわ、マイケル!」
 あたしがガッツポーズをつくると、マイケルも満足げに笑った。
「俺はこの喜びを、君にも伝えたいのさ!」
「え?」
「だって見てくれよぉ! 今なら計量カップもつけちゃうって言うんだぜ!? 買いだろ!? なあ買いだろ!?」
「あううぅ、でも、でもあたしこの間、洗濯機を買っちゃったじゃない? だから――」
「ああッ、なんて綺麗になるんだこの皿は! へい見てくれよ、この輝きを!」
 マイケルはあたしの眼前にぐいぐいとぴかぴかになった皿を見せてくる。
「でもぉ……」
「俺はジェニファーにも君にも、この皿洗い機の素晴らしさをわかってもらいたいのさ!」
「ああ、やめてマイケル! あたしには無理よ! とても買えない――」
 あたしは頭を抱えてうずくまる。途端に体のどこかにごちんと物が当たった。見やればそれは、この間家に届いた『二の腕マッサージ機』で。その向こうには、箱から出してもいないプリンター機、複合機、スキャナーが勢ぞろい。いつだったか母が来たとき「こんなものどうするの! 複合機だけで充分じゃないの!」と怒ったけれど、関係ない。あたしのお金で買ったのだし。
 マイケルは尚もあたしに皿洗い機の素晴らしさを熱心に語りかける。
 マイケル。ああ、マイケル。
 あたしはあなたに幸せになってもらいたい。だからジェニファーと恋人同士だからって嫉妬なんかしないの。
 その証拠に、あたしはジェニファーに勧められたものだって色々買ったでしょう?
「君だけに、特別価格で譲ってあげるんだ! さあ、今すぐこの番号にアクセス!」
 その笑顔に心奪われたあたしは、電話しながら今日もあなたとジェニファーの恋を見届けるの。
 時には相談にだって乗るわ。でも意味ないことなのよ。だってあなたの目にはジェニファーしか見えてないんだもの。
 ……今はね。



 ――ドンドン



「やあ、ジェニファーじゃないか! どうしたんだい?」


 ――ドンドン


「ああ、マイケル! 聞いてちょうだい! 私ったら3キロも太ってしまったの! お気に入りのドレスが入らないわ!」


 ――ドン! ドンドン!


「Oh! そいつは大変だ! 俺に任せて!」
「まあマイケル! それはなに?」


 ――ドンドンドン! アケロ、コラァ!


「このマシンをちょいと漕げば、あら不思議! 君についたたっぷりの脂肪はあっという間に燃焼されるんだ!」
「ちょっとマイケル!? 私のどこに脂肪がたっぷりついてるって言うの!?」
「HAHAHA! 誤魔化しても無駄さ! 君のそのくびれは偽物! 買ったんだろ? 『万能コルセット』!」
「いやぁんマイケルったら! バレていたのね!?」


 ――ガチャガチャ、ガチャガチャ! アケロ!! イルノハワカッテルンダ!!!


「『万能コルセット』を身につけこの『脂肪燃焼バイク』があれば、あっという間に元の体重に戻れるぜ!?」
「素敵、マイケル! 愛してるわ!」

 ふたりの熱い抱擁。ううん、嫉妬なんかしないの。だってあたしはふたりの恋を応援しているんだもの。


 ――テメエ、イツニナッタラフリコムキダヨ――


「さぁて今ならお得な二点をこの値段で提供するよ!」
「マイケルったら太っ腹ネ!?」


 ――デルトコデテモイインダカラナ、コノアマ――


「君もこれで、スリムな体に大変身さ!」
「サイバンニモチコンデモ――」


 ……やだわ、どこから聞こえてくるのかしら、この雑音。


「モウオヤニモレンラクシテ――」


 うるさいわねえ、マイケルとジェニファーの相談に乗らなくちゃいけないのよ。邪魔しないでよ。
 ようやく生きがいを見つけたのよ。もう放っておいて。
 目の前のマイケルとジェニファーに集中する。このふたりを見届けなくちゃ。見届けなくちゃ。
 マイケル、愛してる。そう、これは恋であり、愛なの。
 ねえ、見て?
 ああやだ、怖い顔しないでよ、おじさんたち。
 あたし、健気だと思わない?
 ちょっと、ねえ、引っ張らないで。痛いから。ねえ、痛い、痛いってば!
 やめて! あたしとマイケルを引き離そうとしてるのね? そうはいかないわ。あたしの邪魔は、誰にもさせないんだから!


「ナンダ、コイツ――チョット―――カシインジャ―――」


 見て、障害物をかきわけながらあたしはマイケルの笑顔を見に駆け寄るの。ふふふ、後ろからつかまえられても、あたしの目はマイケルに釘付け。うふふふ、素敵! 引き裂かれた恋人同士!


「ああ! とっても最高!」


 あたしは悪者にさらわれるお姫様!
 今はジェニファーを見てるマイケル。でもいいの。いつかあたしを見てくれる。いつかあたしを助けに来てくれる!
 遠ざかるマイケルは、ジェニファーに夢中なの。でもいいの。あたしはいつだって待ってる。あなたがあたしに振り向いてくれる日を!
 ――ああ、なんて清らかな恋!






終わり



●《自己批評》
『バレバレなオチですいませんorz
 ちなみに深夜の通販番組は見たことがありません。』


《あるとくぺらせす おりえ》


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◎ああ、なんて清らかな恋!

『ディクロウ』


著者:なずな
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ああ、なんて清らかな恋でしょう。



高宮桐子さんが、文芸部の文集に寄せた七五調の詩は 退屈な女学校の生活に飽き飽きしていたお嬢様たちの格好の話題となった。

陶器の西洋人形のような皇かな白い肌を持つ、美しく気高い彼女は 
家柄も学力も申し分なく、平素より皆の注目の的。
いつも「お取り巻き」に囲まれている華のある方。
上級生に可愛がられ、下級生に慕われるのも、肯ける。

私、夏川伽耶は、「お家柄」の面では憧れの対象ではない。
桐子さんたちの軽く上を行く成績も、大方の皆様からは疎ましいだけのよう。
「成金」と直裁には言わず、優美に装飾された言葉の数々で、切りつけて来る。
それらの美しい刃をさらりとかわすだけではなく、チクリと針を含んだお返事を 微笑みつつ返すことも、この一年でしっかり会得した。


─桐子さんが「図書館の君」に胸を焦がしておられる。

桐子さんは 遠くからその殿方の横顔を見るだけで 喜びを感じ
桐子さんは その方の繊細な指先が 本の頁を捲るのを見るだけで その美しい白い頬を 薔薇色に染められる。

そしてその方の姿を見る事叶わぬ日は 静かに吐息を洩らされ 長い睫毛を涙で濡らされるのだ・・・。

学園の中に「殿方との清らかな恋」に対する憧れが ただひたすら膨らむ。
幼馴染の男子に気軽に挨拶しているのを見られただけで「はしたない」と言われるこの学校だ。
教師も男女交際に関しては厳しく目を光らせていた。だが、というか・・ だから、というか・・
ノートの切れ端に 授業中密かに回される手紙に 美麗な詩を書き連ね、友との会話に「殿方への想い」を語り合う事が流行するのに 時間は掛からなかった。


「皆さん、あまりに浮ついていらっしゃいませんか?」
授業中、回された手紙を取り上げて、教師が咎めたのも当然のこと。

ただ、その教師が手紙の内容を皆の前で読み上げて 難点をあげつらい、書いた生徒の人格をも否定するような発言をして その人を泣かせたのは 私にも 我慢ならない状況だった。
明らかに「お家柄の良い」方のグループではなかったから・・という事が その教師の態度に出ていたからだ。



日誌を教員室に持って行き、担任の机に置いて帰ろうとすると
高宮桐子さんの珍しく上ずった声が 聞こえてきた。

「全て私の詩が発端なのでしたら 私を先にお咎め下さい」
手紙の内容を公開され、内容を哂われ 泣いた級友のことで桐子さんがその教師に抗議していたのだ。
桐子さんの親衛隊なら そのお優しさに心打たれたことだろう。
周囲をぐるり見渡したが 教員室はひっそりとして他には誰もいなかった。

「そうね、貴方らしくもない。おふざけが過ぎましたわね。」 
教師は ほぅと芝居がかった溜息をつき桐子さんを嗜めるように言う。
「つまらない事に心を囚われる事無く、日々をお過ごしになるように。」

蒼白な顔で桐子さんは何か言いたげに唇を動かしたが 私の言葉が教員室に響く方が先だった。
「人への想いを、おふざけとか つまらぬ事なんて、先生が仰るとは不思議です。 先生の教えて下さる古典の数々をも 貶めているのが解らないのですか?
 桐子さんの詩は純粋で美しいものでした。何か恥じるべきだとしたら 良からぬ想像をたくましくなさる 先生方の方だわ」

古典の女教師の顔がみるみる真っ赤になる。
自己を正当化するべく、何か叫んでいるのを無視し、桐子さんの手を引いて 教員室から駆け出した。
花咲き誇る中庭の梅林で立ち止まる。笑いながら走ったので息が切れた。
「夏川さん・・」
声掛けられて 漸く気がつき 慌てて繋いだ手を離す。 
桐子さんの白い指が私の手からするりと抜ける。
形の良い桜貝色の爪が、梅の香と共に脳裏に焼きついた。




─あの時のお礼がしたい・・庇って下さって本当に嬉しかったの。
桐子さんの家に招かれたのは それからすぐ後の日曜日だった。

風格ある純和風の玄関から入り 長い廊下を抜ける。
形良く剪定された樹木や煌びやかな鯉の泳ぐ池、見事な中庭を眺めることのできる渡り廊下のその先に、西洋風の出窓のある別棟の部屋があった。
「このお部屋に来ていただくのは 伽耶さんが初めてよ」
桐子さんは私を名前で呼ぶと優雅に微笑み、重厚な扉を開けた。
驚いたのは アンティークで纏められた室内の 形良い革張りのソファ、落ち着いた風情のファーの上掛け 金糸銀糸を織り込んだ細密絵画のような敷物、足の細工まで繊細な家具類。
そして・・あちらこちらに くつろいだ様子で眠る数匹の猫を見たからだった。

「猫はお嫌い?」
室内に入る前に立ち止まった私に 桐子さんが不安そうに問う。
「いいえ・・でも こんな立派なお部屋に 何匹もの猫・・」
「驚かれたのね。海外暮らしが長いと やはり寂しくてね。父が私を気遣って飼わせてくれたのを こうして共に帰国して・・」

「ふふ もう私のお部屋か、猫たちのお部屋か 私にも解らないくらいよ」
睫毛を伏せ、軽やかな笑い声を響かせると 桐子さんは私を部屋に招きいれた。

猫なんて飼うと 爪で部屋があちこち傷むとか汚れるとか聞く。
実際我が家では それを理由に猫だけは絶対に飼わないと父が宣言しているくらいだ。
こんな豪華な家具調度類を配した部屋に 複数の猫が暮らしている。
立派なお屋敷に住む海外育ちの純血種の猫たち、お行儀からして違うのだろうか。

メイドさんが運んできたハーブティに砂糖を入れながら、近寄って来た一匹を見る。足の先に違和感があるのが気に掛かった。

ナニカガ チガウ。ナニカガ オカシイ。

何だろう・・じっと見ていると 桐子さんが一匹を膝に乗せながら 邪気のない
目に 柔らかな微笑みを湛えながら言った。

「ディクロウってご存知かしら? 爪除去手術。」
「爪を・・取る?」
よく見ると足先からして明らかに変形している。危うく紅茶を零しそうになる。
「爪だけじゃなく 指から落としてしまうの。
 アメリカにいた時、知り合いのお医者様にお願いしたら すぐにやって下さって・・」




「図書館の君」・・桐子さんの想い人が、私の幼馴染の成彦であったのは 当初から 薄々感じていたことだった。
姿かたちの繊細さ。確かに指もしなやかで美しい。
最近 図書館に用があって通っていることも知っていた。
黙って眺めるだけなら 桐子さんのようなお嬢様が恋い慕うお相手にもなるだろう。

「声 かけようかな・・と思ったんだけどね。凄い美人だな」
成彦が 桐子さんに気づかないはずがない。
「今付き合ってる男とかいないみたい?今度誘ってみようかな。」

「では聞くが、成彦の方こそ今付き合っている女はどうするんだ?」
「え、どの女のこと? というか・・何をどうするって?」

そう・・この男は見た目が麗しい分 質が悪いのだ。
外見につられて近づいてくる女達の気まぐれな恋の相手をしているうちに 相手の気持ちを弄ぶことを覚えてしまった。
最近は相手を傷つける事さえ 面白がっているようにも見受けられる。

「どんな人なの?高宮桐子さんって」
「そうね・・彼女 猫好きだったわ」
「ふうん・・じゃあ 猫の話題から始めて、お近づきになってお部屋に呼んで頂くっていうのも・・」




「あの時期の はしたない声が耐えられないの。
 生まれて来る子猫は愛らしくて大好きなんだけれど・・。」

爪除去手術の話題の後、他の手術の話になった時、桐子さんは美しい眉をひそめて言った。
「’おいた’さえしないで ずっと清らかで優雅にしていてくれたら・・
 どちらの手術もしないで済むのですけれど・・。」
猫がその季節を迎えて恋をすることはおろか、本能に任せて爪を研ぐことすら 桐子さんとご家族にとっては 耐え難い行為なのだろう。
目を向けないようにしても気に掛かる、猫たちの足先が 桐子さんのおうちの「価値観」の象徴のように思える。

桐子さんが話す海外生活の思い出を、うわの空で聞いているうち時間は過ぎた。
鳩時計が夕刻の時間を告げ、ポットのハーブティーがなくなった頃 桐子さんは私の顔にそっと顔を近づけて 私に言った。
学校の梅林にいた時のような 花の香がふいとする。 

「伽耶さんにだけ見せてあげるわね。私の宝物。」
桐子さんは螺鈿の小箱を二つ、大切そうに運んできた。

最初に開けられた小箱には 艶やかに光る桜貝、細くて長い巻貝。珍しい形の貝殻たち、さんごの欠片。
一つ一つを手に取って、桐子さんが説明を加える。
遠い異国の海岸で桐子さん自身が拾ったというそれらの貝は、どれも完璧な形で 輝きに曇りがない。

「こちらもあるのよ ご覧になって。」
意味ありげな目配せの後、ゆっくりと開けられたもう一つの箱。
猫たちが 一斉に首をもたげる。
静寂。

中にに入っているのは 数個の白く、硬く細長い物・・これは?
尖った先端を目にした途端、ぞくりとして 直視することができなかった。
指先ごと爪を切り落とされる猫の痛みを 即座に連想し身体中に冷たいものが走る。
「美しいでしょ?」
悪戯な目で私を覗き込むと 桐子さんは小箱をカタリと閉じた。

爪ノヨウナ貝殻・・ 貝殻ノヨウナ爪・・貝殻ノヨウナ爪・・・爪ノヨウナ貝殻・・貝殻ノヨウナ・・

足元が揺らいで海の底に引きずり込まれるような 暗い感覚。
眩暈と吐き気を覚え ソファに崩れ込んだ。


大きな出窓から茜色の光が差し込む。
気分が少し回復したので 暇ごいをして立ち上がる。
お互いに別れを惜しむ美しい台詞を交わす。
足先の手術のせいだろうか心持頼りない歩き方で 
私を見送るかのように ドアの辺りまで猫たちがそろり、集まってきた。

「猫のね・・横顔がとても好き。痛々しげなこの足先も堪らなく愛しい。」
桐子さんは目を細め 抱き上げた猫に愛情込めて頬ずりをした。




あれから成彦は桐子さんとお付き合いをしているという。
どのような展開を見せるのか 私には予想もできないが静観させて頂くことにしよう・・と思う。
成彦に 安易な「はしたない おいた」だけは慎むように、忠告した。 
今頃? さあね・・成彦のこと、桐子さんのお部屋で 猫みたいに ごろごろ喉を鳴らしてるんじゃないかしら?


学園の梅林は今日もひっそりとして清清しい。
日の当たる斜面に立ち 成彦と撮った幼い頃の写真をちぎり捨てる。
まだ少し冷たい風が通り過ぎ、私の長く秘めた想いは 細かな紙片となって、梅の花びらと一緒に舞い散った。

「伽耶、やっぱりお前が一番だ」などと、
繰り返される都合の良い甘い言葉を、もう受け容れたりはしない。
この「清らかな恋」の結末で、成彦がどんな痛手を受けようとも 
そう、私には 一切関係ない事だ。



●《自己批評》
『「ディ」は 「除く」の意 「クロウ」は「爪」だそうです。

 私は爪の形が悪いので 綺麗な爪の形は憧れです。』


《STAND BY ME なずな》


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◎猫ならごろごろ喉を鳴らしているだろう。

『Inspirationdetective noa〜真実〜』


著者:フトン


猫ならごろごろ喉を鳴らしているだろう。
優しく髪を撫でられ、愛しむように抱きしめられれば・・・・
いや、猫でなくても、こいつの容姿や私以外の人気を考えれば、大抵の女の子なら今頃・・・
メロメロで・・・溶けてしまっているだろ。
でも・・でも!
私は恐怖心いっぱいで、こいつを見上げた。
「な・・に・・?」
深い眠りから覚めた私にはこの恐怖がイマイチ理解できず、ただ何か恐ろしい事が起きるように感じるばかりで・・
「お!起きたか?最高だろ?この、俺様に膝枕されて。」
ニヤリと笑ったこの男は・・・紛れもなく私の天敵『加住 憐』で・・・
私は必死でこの状態になったわけを、記憶を辿って探そうとする・・・
まだ意識のはっきりしない頭は、途切れ途切れの記憶を繋ごうと、ぐるぐる回り始めた・・
確かそう、事の起こりは放課後が始まる前のことだった・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「乃亜ちゃ〜〜〜ん。」
背後から猫なで声で呼ばれ、背筋が凍りつく。
呼ばれたことを気づかないふりで私は黙々と、机の上のノートに打ち込んだ。
「乃亜ちゃん。」
あま〜〜〜いその声は、普通の人が聞いたらとろけてしまうかも知れないが、私にはねえ??
こいつに拘わって良い事はない!!とにかく無視!!そう決めた私の心を、見透かしたように、次ぎの言葉が降ってきた。
「乃亜〜〜。いい度胸だなぁ〜〜。この俺様の呼びかけを無視するとは。」
無視する道具を取り上げられ私は渋々と顔を上げる。
「憐!悪いけど、私は明日のテストのことでいっぱいいっぱいなの!!あんたの
悪ふざけに付き合っていられナ・・・・んぎゃ!!」
私は話し終わる前に、ドシンと言う音と共に椅子から転げ落ちた。
したたかにお尻を打ちつけ思わず涙目になる。
「そんな理由でこの俺様を無視するとはいい度胸だねぇ。」
憐はそう言うと俯きながらお尻をさする私の顎を“クイツ”と指先で持ち上げる。
瞬間教室に、女の子の悲鳴が上がり・・・
私に冷たい視線と激しいい罵りが響いた。
“なに!あの女!!”
“憐様に〜〜”
・・・・・・・・・・
私の所為か?
私は無視してただろ?こいつの事無視してたでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!
そんな心の叫びとは裏腹に、またしてもクラスメイトに敵を作る羽目になった私は渋々、憐に従った。
そうでもしないとこの悪魔は、私をこの教室でもっと不利な立場に送り込みかねないのだから・・・
ああ・・・神様!私を助けてください!!
その願いは虚しくも空気となって消えていった・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

悪魔もとい、憐に連れられて来た場所は、この学校の一番古い校舎にある図書館だった。
普段人もまばらなこの場所に何があるのかと・・・考えるまでもない。
こいつが私を連れてくると言う事は、霊的な事件と言う事。
様は自分で対処できない事には、奴隷・・・じゃない!私を利用しようと言う魂胆。
相変わらず自己中まっしぐらな奴だ。
「この間ここに来たら、面白い本を見つけてナ。」
そう言ってニヤリと笑った、こやつに私は、嫌な予感を拭えない。
「何よ!また変な事に巻き込もうとしてんじゃないでしょうね?」いかにも不振気に見やる私に構いもせず、ずかずかと奥の本棚に入ってく。
「ちょっと!返事ぐらい・・・」
そこまで言って私は言葉を濁した。
あの・・・彼女の気配を感じて・・・・
「・・・憐?」
急に不安がこみ上げ、慌てて憐の後を追う。
もともと人気のないこの図書館に、より奥ばったその場所は、憐以外誰もいず、
異様な空気が漂っていた。
私らしくもなく思わず憐の制服の袖を掴む。
その様子に憐も何かを感じ取ったのか、より楽しそうにニヤニヤと笑った。
こう云う時、本当にこいつが恐い・・・・
異様なこの感じを楽しんでしまうこいつって・・・やっぱり悪魔か?
そんな事を考えた所為か気持ちが少しずつ落ち着いてくる。
「お!あった。この本この本。」
鼻歌でも歌いだしそうなほど、楽しげに憐はそう言うと、一冊の古ぼけた本を棚から取り出した。
いかにも時代物のその本は、紙も色焼けしていて角など折れ曲がり、節々に穴など開いていて・・・怪しさ満点だった。
「この本が何よ・・」
正直何となく分かっていた・・・
あの姫様に関係する事だって・・・
見たくない気がするのに・・・手が伸びる。
「お前も知りたい事がたくさん書いてある、素敵な本だぞ!!」
憐のその声は確実に楽しんでいるそれで・・・と言うことは私には紛れもなく、嫌な事が書かれてあるということ・・・
憐から本を受け取ると、おそるおそる本を開く。
厚手の和紙で出来た表紙は、すでに劣化して何時でも壊れそうなのに、何故か重くはかなさより強靭さを感じさせた。
本を開いたがいいもの・・・
読めない・・・
達筆すぎてまったく読めない!!しかも!昔の言葉らしくまったく私の頭では理解できない・・・
頼りたくないけど・・・ちらりと憐を見ると・・
私が読めないことを予測していたとでも言いたげに、ものすっごくふてぶてしい笑顔で、憐がこっちを見ていた。
分かってて何も言わずに私に本を渡したのだと気づき・・・またしても憐のおもちゃにされたことに・・・
むかつく・・・
こみ上げてくる怒りを必死に堪え、すっご〜〜く不本意ながら憐に・・・
「読めない。訳して・・」
とそっけなく言った。
「は?乃亜それが人に物を頼む態度かね?」
やっぱり・・・
「憐様、訳してください。だろ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・むか!!
思わず握りこぶしに力が入る・・・
「れ・・憐・・・」
そこまで言って、ストレートパンチが飛んだ!
死んでもそんな事言えるか!!
私は、本を胸に抱えて図書館を飛び出した!

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

とりあえず憐以外で頼りになる相手・・・
私はそう思い真っ直ぐ生徒会室に急いだ。
以前、とある事件を解決して以来生徒会長は、私に優しい。
そのお陰で、ある程度付き合いがあり唯一頼れそうな気がした。
生徒会室の扉をノックすると、優しい声で「どうぞ」と言われ私は、生徒会室へと入っていった。
生徒会室では副会長が、せっせとお茶の準備をしていた。
「あら?乃亜ちゃん。どうしたの?」
一度は恐ろしい事件の犯人になった、この人はそのこと以来本当に私に優しい。
「あの・・・この本訳せますか?」
とにかく本の内容が知りたくて挨拶も適当に、本題に入った。
副会長は私から本を受け取ると・・・
ゆっくりページを捲った。
「う〜〜ん。そうね。これならすぐに訳せそうよ。ちょっと待ってね。」
そう言って、生徒会室の大きな両手開きの棚から、何枚かの白紙を出すと机に向かって黙々と書き始めた。
・・・・
どのくらいここに居るだろうか、いつの間にかやってきた会長と話が弾み気が付けば、淹れてもらった紅茶が冷め、辺りは薄暗く綺麗な夕日が教室を包んでいた

「出来たわ。」
そう言って副会長が何枚かの用紙を私にあの本と一緒に渡した。
綺麗な字できちんと読みやすく書いてあるのを見て、この人の、人の良さが伺える。
「ありがとうございます!!」
「時間がないから、軽い感じの訳だけど、多分大丈夫だと思うよ。・・・でも、このお話・・とっても切ないのね。何だか居た堪れない感じよ。」
そう言われ私は、何だか恐くなった。
本当は知らないほうがイイのかも知れないと・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

生徒会室を出て、教室に鞄を取りに戻ると当たり前のように憐が私を待っていた。
「おっせ〜〜〜!!」
ものっすっごくご機嫌斜めの憐を軽くあしらう。
「で、読んだか?」
「まだ・・」
「早く読め!!」
半ば強引に机に座らされ、私は仕方なく副会長が訳してくれた用紙を読み始める。
本当は読みたくないのだけど・・・
そこには・・・・・
あの姫様の辛く切ない生い立ちが事細かく書かれていた。
産まれてすぐに母親を亡くし、その為忌まわしい姫として、民に嫌われ継母の執拗な嫌がらせに耐え生きていた彼女・・
彼女が見目麗しい姫君になると、その執拗なまでの嫌がらせは激しくなりとうとう、彼女の父王までもが彼女を悪魔のように謡い始めて行く。その全ては継母による陰謀なのに・・
一人山奥の離れに住まわされ・・
そんな彼女にもやっと救いの手が差し伸べられた。
一人の侍が彼女の護衛として送られ・・二人は自然と恋に落ちた。
しかし幸せは長くは続かなかった。
二人の中を知った継母が、子供が生まれることを恐れ二人を無理矢理引き離すべく侍を激しいい戦火の戦場へと追いやったのだ。
無理矢理引き離され泣き崩れるばかりの姫に、継母が侍には許婚が居て姫との仲は遊びだったと継げる。
暫くして生きる気力さえ乏しくなった姫に、侍が戦場で亡くなったと知らせが届く。
微かなとともし火さえも打ち消され、姫は全てを失った。
生の気力もなくなった姫は自害の道を選び・・・
その離れは封鎖された。
姫の死後、姫にお子が宿っていた事、継母の陰謀という事が分かった父王も、苦しみの末若くして病気になり短い命を終えたと・・・
・・・・・
言葉が出ない・・・・
読み終わった私の瞳から大粒の涙が零れ落ちた・・・
あの姫様の・・・過去・・
姫は知っていたのだろうか・・・子供のこと・・・
顔を上げて憐に話しかけようとしたときだった!!
激しい耳鳴りが私を襲った!
「ぐぅ!!」
激痛の伴った耳鳴りは次第に強くなり、私はひれ伏すように頭を抱えて机に突っ伏した!!
「乃亜?」
憐の呼ぶ声がどこか遠く・・・記憶が・・意識が・・薄れていった・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

さらさらと暖かい風の音に目を覚ます。
草と花の香りが鼻につき何だか気持ちがいい。
「乃亜・・」
優しい声に顔を上げるが体が上手く動かない。
ふと視線の先に憐の姿を見つける。
「れ・・ん・・」
声を絞り出したが上手く言葉に出来ない。
野原の真ん中でただ立ち尽くしている私・・・
動く事も話す事も出来ない。
草花が風に揺れ青々とした景色が辺りを埋め尽くしている。
視線の先の憐は誰か、恐ろしいほど美しい女性と何か話している。
「姫は!姫は何処だ!!」
侍姿の憐がその女性を激しく揺さぶり問い詰めているのに、女性は動じる事もなく不適な笑みを浮かべるばかり。
ふと女性の視線が私に向けられた!
冷たく恐ろしい視線・・
体が動かない私はその視線に晒され・・・小刻みな震えが襲ってきた。
“こわい!!”
えもいわれぬ恐ろしさがこみ上げる・・・
女性の背後から真っ黒な煙のような蛇のような恐ろしいものが私に向かってゆっくりと地べたを這う様にやってくる!!
逃げたいのに動かないからだ・・
もうだめだ!!
そう思った瞬間私の意識はまた遠のいていった・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

憐の叫び声が私を揺さぶった。
「おい!乃亜!!」
目を開けるとそこはもうすっかり暗くなったいつもの教室だった。
・・・・夢?・・・
あんな生なまし夢があるのか?
頬を伝う涙が激しい震えが・・・とても私に夢だったとは思わせてはくれなかった。
「憐・・私・・」
言葉を必死で紡ぎだした。
「何があった?」
憐がそう言って私に手を差し伸べた時だった。
ゆっくりと誰かが近付きて着た。
「・・ひめ・・」
私の言葉に憐も振り返る。
瞬間!憐の顔が青ざめた。

憐にも見える?
『鬼が動き出しました・・もう・・止められない・・』
姫はそう言うと涙を流し・・消えていた。
「今・・のが・・・」
憐の言葉に私は静かに頷いた。
憐にも見えたという事は・・・何かが動き出したという事・・・
それは激しく恐ろしいもの・・・
あの夢は現実・・・
二人きりになった教室は・・静かでとても重たい空気が取り囲んでいた。
何かが・・動き出した・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

いつもの様に私は憐と並んで歩いていた。
でも、そこにいつものような軽い言葉の掛け合いはまったくなかった。
ただ無言で・・家路を歩くだけ・・
あの公園に着くまでは・・
公園を横切ろうとした時、突然憐が誰かに呼び止められた。
呼び止めた相手を見た瞬間!私は凍りついた・・
・・・・あの女性!!・・
夢で見たあの女性がそこに居た。
夢の時とは違い着物ではなく、どこかの学校の制服を着てはいたけど・・あの恐ろしいほど美しい顔立ちは見間違えるわけもなく・・
「憐〜〜!やっと帰ってきたぁ〜〜。」
夢の時とはまったく違った、猫が甘えているかのようなその声にこわばっていた緊張が少しほぐれる。
「あ?琴葉?お前なんでココに?」
憐は驚いたように彼女を見つめ、彼女はニコニコと憐の腕を絡めとった。
「え〜〜!憐てば冷たい〜〜。憐に会いにわざわざきたのに〜〜。」
べったりと憐に張り付く姿に何故か、ちくちくと胸が痛む。
何・・・この痛み・・・
「あ・・あの・・憐?」
置いてけぼり状態の私はおずおずと憐に話しかけた。
話しかけた私に物凄い視線が突き刺さる。
視線の主は、もちろん琴葉さん・・・
こわい・・・
「憐。この女誰?」
物凄く嫌そうに不機嫌そうにそう言われ、何だか落ち込む。正直こんな反応には慣れているはずなのに・・・この子は違う・・
「こいつは、俺の幼馴染。下僕の一人だ!」
自慢げにそう言われ・・・
思わずストレートパンチ!!
つーか当たり前。
体勢を立て直し・・・
「花城 乃亜です。宜しくね。」
なるべく普通に落ち着いた様子を作って自己紹介をする。
「ふ〜〜ん。」
琴葉はまるきり関心ないようにそれだけ返事をすると、私から視線を外し憐を見つめた。
「憐。遊びいこ〜〜。」
憐の腕に自分の腕を絡ませ・・擦り寄るように寄り添う琴葉が・・・
嫌な感じで・・・私は目をそらした。
「悪いな。琴葉今日は、付き合えない。どうしてもなら、家で待ってろ。」
憐の反応にその場が静まり返る。
「憐?なにそれ〜〜!!」
物凄い勢いで憐の事を突き飛ばすと、それよりもっと凄い勢いで私体当たりして、琴葉は去っていった。
琴葉に体当たりされた私は、バランスを崩して地面に転がる。
・・・・・
「憐なにいまの??」
イマイチ状況が見えない私は、ただこの場に座り込んで呆然と憐を見上げた。
「あいつは俺の従兄弟で、昔から俺に懐いてんだ。まぁ、俺の美貌なら仕方ないがな。」
勝手に一人で意味のわからないことを言っている憐にため息をつく。
それに・・・・
あの子は確かに夢の中で見た女性だった。
この事を憐に話すべきか・・・私は指を噛んだ。
あの時感じた恐怖心は並みのものじゃなかった。
それを今、琴葉にも感じる。
全てはあの姫様が知っていること・・・
私は決心をして立ち上がった。
「憐!行くわよ!」
「はぁ?」
事態を飲み込めない憐が間抜けづらで私を見た。そんな憐をずるずると引っ張ってまた学校へと足を進めた。
確かめるために・・・すべてを・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

学校へ着くと教室に駆け込んだ。
全ての事件はいつもここから始まる。
何かここにある。
私は精神を集中させ・・・・深呼吸をした。
床に座り何やら始めた私に、まだ何が起きているのかも分からない憐は黙って隣に立っていた。
もう誰も居ない教室で・・・
静かに時が過ぎた・・・
どれだけ時間が過ぎたのだろう・・
突然机や椅子がガタガタと音をたてて動き出した。
「きた・・・」
私が静かにそう呟くと・・
憐は驚いた様に辺りを見渡した。
『ワタクシヲヨンダノカ?』
動いていた机や椅子が一気に教室の端の方により、まるで姫様をと通すように道が出来た。
そこを静かにしゃなりしゃなりとあの姫様が歩いてくる。
「そうよ。貴方なら知ってるでしょ!何が起きているか!」
私は立ち上がり姫様をにらみつける。
いつもならココで憐が『何々?』と聞いてくるのに今日は、何も言わなかった。
少し不振に思い憐を横目で見る。
「憐!!」
憐が崩れ落ちるように床に座り込んだ。
頭を抱え痛みに堪えるように奇声をあげる。
「憐!!憐!!」
慌てて、憐を抱き起こそうとした・・・
瞬間!真っ赤な閃光が憐の体から解き放たれ私を、突き飛ばした。
何処からか・・憐の声とも私の声とも姫様の声ともまったく違う声が響いてきて・・・
憐のうめき声とシンクロした!!
私は姫様の方を見た。
姫様は何か恐ろしいものを見るようにガタガタと振るえ脅えるように床にへたり込んでいた。
「何・・・何が起きたの・・・」
恐ろしい声は段々大きくなりこっちに近付いてくる・・・
恐怖と何が起きているのか分からないこの状態に・・・私は愕然と二人を見るばかり・・・
『あの者とあったのか?お前達は・・・もうそこまで・・・』
姫様はそう言うと頭を抱え込んだ。
あの者・・・・・
・・・・琴葉・・・・
確信に満ちたものが私の中で沸き起こる。
声が近くなるにつれ、憐の体から夢で見た・・・
あの黒い物体が這い出てきた・・・!!!!!!
私は咄嗟に憐の体に飛びついた。
私を跳ね除けようとするあの閃光を必死で耐え憐の体を抱きしめた。
物凄い勢いで閃光が走り、あの黒い物体が私に襲い掛かる・・・
でも・・・・
守りたい!!
憐を守りたい!!
ありったけの力を振り絞り、憐の体を抱きしめた!!
黒い物体が奇怪な音を出し形を変えていく・・・
まるで刃物のような鋭い形になるとそれは高々と天に昇った。
「!!!!!!」
登りきったものは落ちるのみ・・・
黒い刃物は一気に私目掛け振り下ろされた!!
もうだめだ・・・
でも・・・憐を守らなきゃ・・
憐を抱きしめる手に力を込める。
姫様の叫び声が響いたその時だった!!
何かが私の中に入ってきた!!
そしてそれは辺りをを真っ白に光照らした!!
スパーク音のようなものが教室に響き、一瞬で元の世界が顔を見せた。
私の意識も吸い込まれるように・・・暗闇へと引き込まれていった・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

誰かがこっちに歩いてくる・・
辺りは真っ暗で私は足音だけを頼りに耳を澄ました。
『お前は本当に邪魔な子だね〜〜。』
その足音の主はそう言うと、物凄い力で私を突き落とした。
突き落とされて気づいた。ココはとても高いとこで・・・私は・・・・
また暗闇が襲ってきて・・・意識が遠のく・・
次の瞬間一気に景色が変った。
あの夢で見た青々とした野原に。
そこに私は立っていた。
そしてあの夢と同じ光景を見る。
今度は黒いものは襲ってこなかった。
憐によく似た侍と琴葉によく似た女性は何かを話している・・・
話が終わって侍が女性に背を向けた瞬間!!
鮮血がみどりの絨毯を真っ赤に染めた・・・
あまりの衝撃に私は崩れ落ちた。
・・・・殺した・・・・
真っ赤な絨毯はドンドン広がり私の足元までも染めていった・・・
それは私を染め・・・・また意識が・・・
次に気づくと・・・
そこは何も無くただ真っ白な空間だった・・・
ただ、目の前に姫様が立っていた。
「やっと、会えましたね。」
優しく微笑み姫様は私の頬に触れた。
懐かしくて・・・暖かい感触が私に浸透した。
「あなたは・・私の何なのですか?」
「わたくしは貴方の母親です。この世に生をなすことをさせてあげられなかったけど」
その言葉に息を呑む。
「私の・・・母親?」
「前世の話です。わたくしは殺されたのです。あの・・恐ろしい怪物に・・。そして憐様も・・・全ての始まりはそこからでした。」
姫様は静かに事の起こりを話し始めた。
「わたくしの母は父の後妻として入り欲にまみれたその心で全てを自分のものにしようとしました。民も、父の愛も、そして家柄さえも・・・でも、わたくしに子供が出来たことを知った父はわたくしへの愛を取り戻したのです。でも、それはあの者の心に火を灯しただけでした。あの者は邪魔になったわたくしと貴方を殺してこの世のものとは思えない恐ろしい者と手を組み鬼になったのです。その力は失われること無く・・転生を繰り返した。そしてその度に人の生き血で力を蓄えていったのです。それはとても恐ろしい力を・・」
「琴葉・・・」
「そうです。彼女は・・・・鬼です。地獄の炎でさえその力には・・及ばなかった。鬼は私の愛したあの方を・・本当は欲しかったのです。父よりあの方の愛が欲しかった。でも、決してそれは手にすることが出来なかった。愛は時に心を壊してしまう・・・全ては私のせい・・・ごめんなさい・・」
姫様はそう言って大粒の涙を流した。
「もう、鬼は全てを知っています。これから貴方にはとてつもない不可思議なことばかり起きるでしょう。そして憐様にも・・」
姫様はそう言うと懐から小さな石を取り出した。真っ白な綺麗な丸い石。
「これは、お守りです。いつも肌身離さず持っていなさい。」
「姫様?・・」
「時間です・・貴方なら大丈夫。貴方にはそれが備わっている・・」
言葉と意識はゆっくりとゆっくりと・・・薄れていった・・・
暖かい光と共に・・・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

目を開けるとそこは教室だった。
そして物凄く恐ろしい状態で・・・・
私は恐怖心いっぱいで、こいつを見上げた。
「な・・に・・?」
深い眠りから覚めた私にはこの恐怖がイマイチ理解できず、ただ何か恐ろしい事が起きるように感じるばかりで・・
「お!起きたか?最高だろ?この、俺様に膝枕されて。」
恐怖の原因を睨み付ける。
朝の光が辺りを包んでいるのに・・・
この教室は物凄く冷たい・・・
それもそのはず。
私は憐に膝枕されすでに登校してきたクラスメイト達がそれを取り囲み・・・・
物凄い非難が私に向けられているのだから・・・
私は慌てて飛び起きる!
飛び起きた私に物凄い眩暈が襲ってきてまたフラフラと倒れこむ・・
それを抱えるように憐が支えると・・・
当たり前のように悲鳴が沸き起こる。
さっきまでの暖かい時間とは裏腹な現実の世界・・・
「いいから!!離せ〜〜!!」
憐を突き飛ばし教室を飛び出した。
何なのだ!
そんな私に憐が追いつき声をかける。
「俺から逃げようたってそうはいかないぞ」
がっしりと腕を捕まれ窓に押し付けられる。
朝の登校時間あたりまえのように行き交う生徒達・・・
そして悲鳴・・・・
「何があったのか話すまで逃がさないからな。」
にやりと笑った憐の顔が悪魔に見える・・・
助けなきゃ良かった・・・・
こいつがいる限り・・・・
この世は地獄です。



●《自己批評》
『お・・・おわったww;;
 とにかく長いです。本当にごめんなさい。
 でも、すっきりです^^いつもの二人のお話ですが今回は、少し謎が解けるようにしました^^愛着があるので書きやすかったのですが、書きやすいということはやっかいです。終わらない・・気が付けばワード13枚分・・
 編集大変ですね・・本当にごめんなさい;;』


《プリンセスドリーム フトン》


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎この世は地獄です。

『小さき者の唄』


著者:櫻 朔夜
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 この世は地獄です。



 そう呼ぶに相応しい世界を、私は見てきました。裏も表も、この、小さな眼で。



――――今日も私は、深夜の繁華街を裏路地から眺めています。人の波がうねり、喧騒とネオンが煩いモノクロの一端です。けれどそれの反対側を見やると、表の雑踏とは別の意味でざわつく、不穏な空気の末端を垣間見ることもできます。

 私が寝城にしている路地は、そんな対極の空気が入り交じる境界でもあったようですが、昨日は使い走りだった若い男が、格上げと僅かな報酬の餌に釣られて、鉄砲玉となるようでした。私の路地に、思い詰めた様に佇んだ若者の視線は向かいの店に。そこから今にも星が出て来るのではないかと、脂汗に塗れ、歯をカタカタいわせながら何かを自分に言い聞かせていました。
 昨晩は救急車の騒ぎなど此処いらでは無かったですし、パトカーの出動もありませんでしたから、若者はきっと秘密裏のうちに処分され、明け方には深い海へと沈み、餌に釣られた自らの体躯で、魚達の恰好の餌にでもなっているのでしょう。


 今日はといえば、私の仲間達が、どこからか盗み出して来た見るからに粗悪な食糧を貪り、その後、予想通りに苦しんで死にました。虫がわいていた様な代物でしたから、私は初めから見向きもしませんでしたが、彼らは余りの空腹に絶え切れなかったのかもしれません。仕方の無い事でしたが、私は仲間達の様にはなりたくありません。例え空腹に耐え兼ねたとしても、そんなものを口にして死に様を晒すのはプライドが赦しません。

 とは言え、私も生きている以上、腹は空きます。ただ私は保守的なので、伝統に従い食糧を探す時は単独行動を主にしています。
 子供を、更には妻までもを薬殺された私には、最早孤独は当然の事であり、再び家庭を持つには余りに歳を取り過ぎていました。若ければ違ったのかも知れませんが、そのショックから立ち直った頃には、当時よりも状況が悪化して、追われた私達仲間は、皆散り散りとなって行ったのですから、新たな出会いなど、無いに等しいものでした。


 食糧を探し始めて数十分後、突如私の目の前で凄惨な事故が起こりました。どうやら労働者の男が自ら、流れの激しい車列へ飛び込んだ様です。そんな中でさえ通行人の途切れる気配を見せなかった歩道が、飛び散った血液や肉片でやっと騒然となりました。野次馬や、破片を掻集めようと躍起になる処理班、緊急車輌の隙間から、私は路肩にまで飛んできていた死者の肉片を、此処ぞとばかりに一片くすねることに成功しました。この世界で、夜に生きる私には日常化した行為です。誰も咎めはしませんでしたし、どちらかと言えば清掃活動のようなものとでも言うべきでしょうか。
 新鮮な肉にありつける喜びが私を支配し始め、空腹が絶頂へと近付きつつありました。急ぎ帰路をと辿りかけたそんな折、背後より視線を感じましたので、その方向へと眼を向けますと、同業者…とまでは行きませんが、反対側の暗がりで、私と同じように死者の肉片を咥えた者が、こちらをじっと窺っていました。
 会話はありませんでしたが、確かな連帯の空気が互いの間に流れ、気付いた時には、独りを好んでいた私が、初対面の相手と共に走り出していました。


 昨夜、気の毒な鉄砲玉が佇んでいた私の路地へと辿り着くと、私と彼(…多分男性でしょう)は、そのまま今日の獲物を貪り始めました。
 例え絶望の縁にあったにしても、たった今しがた迄生きていた新鮮な肉は、久し振りに味わう馳走でした。
 今迄にも何度か、私は路地で冷たくなっていた者や、今日の様に事故で死んだ者の肉を食らった事がありました。ただそれは生きる為であり、私の妻子のように人前に姿を曝して殺されてしまったり、仲間達のように経緯の判らない食糧を口にして死んで逝くのを畏れていたのもありましたが、この世界で表沙汰にならない死人は数知れず、その肉は極簡単に手に入る安全な食糧でもあったからです。


 しかし、今日相席となった彼は違いました。彼と私は夜を徹して各々の素性や仕事について語らいました。そして私はその夢や展望に激しく共感し、仲間達や愛する妻子を失った事実を仕方無く許すしかしなかった自分を、猛烈に恥じました。私はこの時、彼のお陰で変わったのです。





 数日後、私と彼は高い塀の上で、その時を待っていました。私にとっては初仕事です。
 排気物質や高い気温によってその姿を朧にされた月が、鈍く頭上を照らしており、先日鉄砲玉として消えた若者の胸中が察せられる思いでした。
 今にも切れてしまいそうな電灯の、ジリジリと言う電子音に混じって足音が聞こえて来ると、相変わらずのモノクロの視界の端に今日の獲物を捉えました。いつも私の行動時間である深夜、その男がここを通る事は、彼と2人で既に確認済でした。


 軽くアイコンタクトを取って一呼吸置いた後、彼と私は影となり風となり、音も無く獲物へと飛び掛かりました。

『うわっ、何だ!?』

 はっきりとは理解できませんでしたが、その様な事をこの獲物は叫んでいたのだと思います。もともとが狩猟を生業とした私達ですから、打ち合わせなどありはしません。ただ今は、目の前の獲物を本能のままに攻撃するだけです。
 口を目一杯まで開き、何度も獲物の喉元に飛び込み、牙を立てて声と呼吸とを奪う。目玉を抉り出し、皮膚を鋭い爪で破り、脈を裂く。私達の跳躍力や瞬発力は、常識の範疇とは比較にもなりません。何より、襲って来る筈の無かった小さき者達に襲われた瞬間の獲物の狼狽と、状況認識の遅さと言ったら、嘲笑を誘うぐらいでした。



 初めて出会った夜、彼は教えてくれました。今、各地で様々な種族が生き易さを求めて戦いを挑んでいると。熊や猿、カラスや鹿達だけに頼っていてはいけないとも教えてくれました。虐げられているのは、私達野良猫だけではなかったのです。



 その人間の男は、出血とショックとで呆気なく気を失いました。息の上がった私達の目の前残ったのは、今にも息絶えそうな肉の塊。
 同志はこれから増えていくでしょう。真新しい血と肉の臭いに、何処からともなく集まる仲間達を見ながら私は確信しました。

 今迄、狩られる側だった私達は、その立場を逆転させる時を迎えました。復讐という糧を与えてくれた彼には、本当に感謝しています。




まず一人目。

地獄は切り拓く為に在るのです。



●《自己批評》
『猫好きの方に陳謝…汗』


《+ AcetiC AciD + 櫻 朔夜》


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎まず一人目。

『死刑執行人』


著者:グラン


「まずは一人目」
「え?」
 驚いた私は、思わずティーカップを落としそうになった。
 考え事をしていると、まるで耳が塞がれたのかと思うくらい生活音が消えてしまうことがある。
 私もまさにそんな状況で、目の前にいる無精ひげを生やした男が部屋に入ってきたことに気づかなかった。
「何をそんなに驚いてる。時間通りだろ」
 彼はやや幼さの残る顔で、それとは不釣合いな野太い声で私に話しかけた。溜め息が出る。
 第一印象は良くない。電話で連絡をとった時の、嫌な印象が残っていたのかもしれない。
「あと、何人くらい?」
「さぁな。いつもならこの時間帯は部屋が女子高生で溢れる」
 彼のおどけた顔が、窓から差す夕日のオレンジで照らされた。
 なるほど。私はそう心の中でつぶやいて、同じく夕日色の紅茶をすすった。
「おじさんは、私のこと変な奴だと思ってる?」
「おじさん、じゃなくてお兄さんのほうが嬉しいな」
「じゃあお兄さん」
 じゃあとは何だ、じゃあとは。おじさんはそんな風に笑顔で悪態をつきながら、私の座っている、まるで取調室にあるようなシルバーのテーブルに寄りかかった。
「そうだな、普通の女の子とは思ってない。これが正直なところだ。最も、ここに来る女子高生に普通の子なんているとは思えないんだけどな」
「それって見た目? それとも心?」
「両方」
 無精ひげの顔が、私に向けられる。
 私の見た目……ふち無し眼鏡、肩に少しかかるくらいの黒髪、ピンクの髪留め、私立の女子高の制服、その他もろもろ。
 どこが変なんだろうか。どこにでもいる、歴史に名を残しそうに無い、普通の女の子だと思う。
「この仕事の内容、分かってるよな? それを知って、ここまで来たのがお前みたいな"ありきたり"の女の子だったってことが普通じゃない」
「じゃあ見た目は普通ってことじゃない」
 少しほっとした。
 やっぱり、思春期真っ盛りの女子高生としては、他人にどう見られているかがとても気になる。
 普通であることにほっとする私は、俗世間の一人間に過ぎないんだろう。
 おじさんは窓の外、夕闇の街を眺めている。私の視線も、いつの間にか窓に向いていた。
「考え直せ、とは言わない。俺だってお前みたいなありきたりの普通の女子高生を求めているんだ。
 だけどな、問題はお前の気持ちだ。お前は、どうなんだ」
 何故かその言葉が、妙に心に突き刺さる。
 痛い。苦しいとかではなく、ただ痛かった。
「……私みたいな子、他にいるんだよね?」
 確認のため聞いてみる。
 確かそう書いてあったはずだ。でなかったら、こんな仕事、普通の女子高生が見つけるはずがない。
 ネットサーフィンをしていて見つけた、バイト募集のサイト。
 でも、雰囲気が普通とは違っていた。黒の背景や、おどろおどろしいドクロの画像も、それなりに迫力はあったが、
 私が気になったのはもっと別のこと。つまり、文章だ。
 どこか威圧感のある、ふざけているとは思えないその文章が、私にはとても新鮮に、そして魅力的にうつった。
 書かれていたのはたった一言、

「死刑執行人、募集します。若い方、女性歓迎」

 普通に考えれば、理解不能だ。
 死刑執行人というバイト内容、それも若い女性歓迎、ありえない。
 でも、そのありえなさの中にある深い闇に吸い込まれるような不思議な魅力に、私は取り付かれてしまった。
「さっきも言ったが、お前みたいな子はたくさんやってくる。それこそこんな小さな部屋を埋め尽くすくらいにな。
 だが、すぐ辞める。大体一回、良くて二回やったら辞めていくな」
「どうして?」
「俺に聞くな。まぁ、ストレスだろうな。死刑執行なんて、マトモな神経の人間がやれることじゃない。女子高生だったらなお更だ」
 当然のように疑問が浮かぶ。
 だったら、何故女子高生のような若い女の子を特に募集するのか。
「だったらさ、普通もっとゴツイ男とか集めるんじゃないの?」
「……そうかもな」
 おじさんは一言、それだけ言って黙ってしまった。
 こんなバイトをやるのは、不良少女だけかと思ってたけど、案外そうでもないらしい。
 サイトには、普通の、という部分が強調されていた。つまり、私のような普通の女子高生を募集しているということだ。
 何故そこまで普通にこだわるのか、私には分からなかった。
 目の前にいる、この無精ひげの男には分かっているんだろうか。この人は、本当にあのサイトを作成した人間なのか。
 何もかも分からない。そして、何もかもわかっていなかったという事に気づき、
 私は少し怖くなった。
「あの、そろそろ時間なんじゃない?」
 私は時計を見ながら言った。
 日は沈んだ。蛍光灯の灯りが、不気味なほど白く明るい。
 結局、今回の募集で集まったのは私だけだった。たった一人だけでバイトが出来るんだろうか。
「もっと来るかと思ったんだけどな。今回の収穫は一人、か」
 そう言った後のわざとらしい溜め息が、少し耳に障る。
「で、いつからやるの? あと、どうやって?」
「いつからかと言われれば、今日からだな。どうやってと言われれば、紙に書く、って答えが適当だ」
「今からやるの? ていうか、紙に書くって意味わかんないんだけど」
 正直な気持ちだった。
 代理殺人の類ではないということは、サイトに明記されてはいたものの、紙に何か書くだけでどうやって死刑を執行できるのか。
 素人の私にも出来るということは、よっぽど簡単な内容なのだろうか。
「死刑執行というと、誤解を招くかもしれないが、実際に死刑を執行するってわけじゃない。
 分かりやすく言えば、自殺の手助けだ」
 自殺。
 女子高生にはあまりにも馴染み深い言葉。
 自殺方法の代表選手、リストカットの経験者は、私を含め、周りに数え切れないほどいる。
 ネットでは自殺掲示板が大盛況、リスカや自殺未遂のことを書いた女子高生のブログが口コミで広まっている。
 私の友達には、自殺未遂した人間がたくさんいる。
 みんな塾や友達関係に疲れてのものだ。私も、何度か考えた事がある。
 だから、自殺の手助けが女子高生にピッタリという異常な発想も、私にはすぐ納得できてしまった。
「……その顔、納得したみたいだな」
「リスカして死にたがる子、いっぱいいるしね」
 私がそう言うと、おじさんは小さく含み笑いをした。嫌な笑い方だった。
「リストカットじゃ、死ねない」
「そうかな」
「そうだ。お前はもしかしたら勘違いしてるかもしれないから言っておく。
 手助けするのは、女子高生じゃなく中年男の自殺だ。紙に何を書くかというと、彼らの遺書を書くんだ」
 中年の自殺を手助けする。そして、遺書を書く?
 それが死刑執行のバイト内容だなんて、一体誰が想像できたのか。
 あまりの簡単さと方法の意味不明さに、私は言葉を失った。こんなバイトで給料がもらえるなんて……
「何で女子高生が中年の自殺を手助けしなきゃいけないの? それも、遺書書くだけなんてありえなくない?」
「何で、の答えはお前が一番よく分かってるはずだ。自殺なんて、女子高生の間じゃ普通に話題に上るんだろ?
 力も体力もない人間なんだから、遺書を書くだけって内容もおかしくはないと思うが」
 おじさんの声が、酷く無機質なものに聞こえた。
 何か言いくるめられているような気がしないでもない。でも、ここまで来て帰るわけにもいかなかった。
「分かった。納得したとは言えないけど。とりあえずこれからどうすればいいわけ?」
「そうだな、お前には心得てもらわなきゃならないことがある。これが一番大事なことだ」
 おじさんは、私の横に来て、テーブルの上に一枚の写真を置いた。
「誰?」
「お前が今日裁く、最初の人間だ」
 そこに写っていたのは、奥さんらしき女性と笑顔で手を組んでいる禿頭の中年男性。
――この人の自殺を手助けするんだ。
 私の中で、言いようのないものが渦巻き始めていた。
「いいか、よく聞くんだ。お前はこの男の話を聞き、それを元に遺書を作成する。
 その後、彼がどこでどうやって死ぬのかをお前に伝えてくる。そしたら、その現場に行って見届けろ」
「え……」
 絶句、という表現がこれほどまでに当てはまる場面はそうそうないだろう。
 遺書を書くだけじゃなく、人が死ぬところを見ろと言うことなのか。
「ちょっと待ってよ。そんなの……」
「怖くてできない、か? じゃあ辞めたほうが良い」
「……」
 私は無言で、続行のサインを示した。
 おじさんはほんのわずかだけ関心したような顔になった気がした。
「……良いか、自殺で人は救われない。このバイトでは、そのことを深く心に刻んでおけ」
「何それ、説教してるの?」
 この男は、そんな目的で女子高生を集めていたのか。
 そう思うと、何だか腹立たしい。
 偽善者。
 その言葉がピッタリだ。教師面でもしたいのだろうか。
「説教? 違うな。お前が本当に自殺が人を救えないと思えるかは、お前次第だ。誰も強制してない。
 ただ、このバイトをする以上は、覚えておいて欲しいってことだ」
 どこまでも冷静な言い方。見下されているようで、イライラする。
「じゃあ何でこんなことしてるわけ? 私に遺書書かせて、それで何の意味があるの?」
「死を間接的に理解出来る。それだけだ。だが、自殺で死ぬことが無駄であるという事実を知ることが、一番大切だ。
 自殺することで幸福になれる人間なんていやしない。だから、お前が遺書を書くことで誰かが救われるわけでもない。
 俺が言いたいのは、そういうことだ」
 理解できるはずがなかった。
 でも、それは私が理解しようと思ってないからなのかもしれない。
 そう考えると、自分がとても惨めに思えてくる。
 彼の表情は見えなかった。でもどんな顔をしているのかは、知りたくなかった。
 カタッ、とティーカップが揺れた。息苦しさと緊張で、背中がじんわりと汗ばんでいる。
――書く事で誰かが救われるわけじゃない。
 自分の中でもう一度反復したその言葉は、虚しく広がって消えた。



●《自己批評》
『うだうだと考えた末、書き始めたのがなんと20日。
 正直、思いつきで小説を書くのは良くないなと痛感した作品です。
 初めてなので、とか言い訳しようにもできないほど酷い出来になってしまいました;
 短編という事で短く終わらせようとしたんですが、ダラダラ続いてしまい、半ば無理やり話を終わらせてます。
 色々反省すべき点はありますが、一番はこんなところですね。』


《Dreamers グラン》


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◎書くことは人を救わない。

『No Title』


著者:ゆずり


書くことは人を救わない。
わかっている。
僕がここでどんなに書き綴っても、きっとこのことは人目につくことなく、「なかったこと」にされることくらい。
どんなにこのことを訴えたくても、どんなに言葉を書き連ねても、それは…。

足音に僕は部屋の中のテーブルで、書き散らしていたルーズリーフからはっとして顔を上げた。
都心から離れた住宅街の一角にあるマンションの最上階。
窓からは街を一望できるこの部屋は、僕にとって刑の執行を待つ死刑囚の独房のようなもので、窓から見える景色も手の届くことのない、一枚の絵画か写真のようなものだ。
そんな、この部屋の僕以外の足音といえば彼女しかいない。
この部屋の主で、僕をここに監禁している本人で…僕の憧れていた人。
3LDKの独りで暮らすには充分すぎるくらい広いこの部屋のフローリングの一室に
僕が閉じ込められてから、何日がすぎただろう。
女性らしい清潔で繊細な内装やインテリアも、僕にすればもう味気のない無機質なものでしかない。
「孝太くん、開けるわね。」
その声と共にドアが開いた。
僕が顔を向けると、彼女はにっこりと優しい微笑を向けた。
手にはサンドイッチと紅茶を載せたトレイを持っている。
もう昼なのだろうか。
時計のないこの部屋で、携帯もかばんごと彼女に「預かられている」僕にとって、すでに時間の感覚があいまいなものになりつつあるのを感じた。
「サンドイッチ、作ったの。紅茶も熱いから火傷しないように気をつけてね。」
そう言うと彼女は小さなテーブルにトレイを置いて、自分も僕の向かいの床に腰を下ろした。
中学生の頃から憧れていた三つ年上の彼女の、癒し系というのだろうか、柔らかく優しい雰囲気や顔立ち、物腰、それらが今の僕にとっては恐怖でしかない。

海外留学から戻った彼女と再会したのは偶然か、それとも神か悪魔が仕組んだ偶然を装った必然か。
今となっては、そんなことはどうで良くなってきている。
「絵って描いているとすっかり時間を忘れちゃうくらいにのめりこんじゃうの。いつかは個展を開けるようになりたいな。」
そう言った彼女に僕はなんと言っただろう。
「へぇ、今度描いた絵を見せてくださいよ。僕、絵に興味があるんです。」
まったく絵についてわからないし、興味もなかったのに咄嗟に口を付いて出た、彼女に同調する言葉。
「本当?…嬉しい!そうだ、孝太くん…。わたしの部屋に今から来る?」
本当に嬉しそうに無邪気に笑った後、少し照れながら彼女にそう言われて、僕は「行く」と即答していた。
憧れていた女性に誘われたら、多少無理してでも彼女の誘いを受けたくなってしまうものだ。
絵に興味があると嘘をついてしまったのも、彼女との共通点を作りたかったから。
彼女の部屋についていったのも、彼女と共有する時間を少しでも延ばしたかったのと…彼女の部屋にお邪魔することが出来るという、僕にとって思いもよらなかった最大の「ラッキー」を逃したくなかったから。

「孝太くん、紅茶が冷めちゃうよ。」
彼女が心配そうに僕を見つめる。
彼女の部屋に監禁されてから、彼女は毎食手作りで食事を作ってくれて、僕と一緒に食事をする。
その間は趣味のことやテレビのことなど、彼女が話すのを僕はただ聞きながす。
食事以外にも彼女は僕の寝床の準備や洗濯など、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
知らない人が見れば、出来ちゃった結婚かなんかで姉さん女房をもらった未成年な夫に見えるかもしれない。
…僕の足が折れたまま、放置されていなければ。
「孝太くん、ごめんね。…足のお薬、ちゃんと飲んでね。」
紅茶に口をつけながら、彼女が申し訳なさそうに僕に言う。
何日前になるのだろう。
絵を見せてもらったあと、「帰ってほしくない」なんていわれて、有頂天になった僕は彼女の部屋に泊まって。
ただ、それからは帰ろうとするたびに引き止められて、「帰ってほしくない」という理由で監禁された僕は、逃げないように両足を木刀で折られた。
「孝太くんにはずっと傍にいてほしいの。」という言葉と共に。
彼女に好意をもたれているということに、少し前の僕だったら大声で喝采を叫び、この世の全てに感謝しただろう。
だけど、今は彼女の一般から大きく離れた、ねじれた好意に、恐怖しか感じない。
「あのね、……わたし、考えたの。」
彼女は僕を見つめて、思い切ったように切り出した。
いつものように、僕は無言で彼女を見つめる。
「孝太くんに、痛い思いをさせちゃって、ずっとこの部屋に閉じ込めてばかりだと…やっぱり孝太くんに悪いなって…思うの。」
うつむきながら彼女が発した言葉に、僕は思わず目を瞠った。
この部屋から出れる!?
「…本当…か?」
ようやく出た僕の声は、少しかすれていた。
しばらくしゃべっていない人が言葉を久しぶりにしゃべる時、頭ではわかっているのに、口から咄嗟に言葉が出ないとかって言うのは、今の僕にはよくわかる。
言いたい言葉はたくさんあったが、口から出たのはそれだけだったからだ。
「うん…。だからね、」
決意をこめるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ彼女を待つ間、僕は喉を潤そうと冷めている紅茶を一気に飲み干した。
「…っ!」
違和感に僕は顔をしかめた。
……味が違う?!
よく知っている、飲みなれた紅茶の味とはまったく違う。
何を彼女は僕に飲ませようとしたんだ?!
次の瞬間、僕を襲ったのは胃に走る激痛にも似た不快感、心臓の鼓動するたびに強まる猛烈な息苦しさ。
全身が硬直していくような感覚、痺れと痙攣。
床に倒れて、喉をかきむしる僕を彼女は優しい目で見つめていた。
「孝太くんと離れたくないし、いつも傍にいてもらえるように…わたし、考えたの。…孝太くんをモデルに絵を描いて、ずっと一緒にいてもらおうって…。」
穏やかで柔らかい、僕の憧れていた微笑…。
いや、僕の両足を叩き折って監禁した悪魔のような微笑。
「孝太くん、最近は不機嫌みたいで笑ってくれないから、眠った顔を描くことにしたの。…知ってる?眠ってるときって無防備になるでしょ?だから寝顔ってすごく穏やかで優しいんだよ。わたしも、孝太くんのその顔を描きたいの。」
そう言いながら彼女は、まるで子供をあやすように膝枕をして、僕の髪を優しい手つきでなでる。

見せてもらった彼女の絵は、眠っている人の絵がほとんどだ。
天使のように愛らしい金色の巻き毛の幼い少女が、ソファーに凭れてうたた寝している絵。
目を閉じて、まるで瞑想しているような神秘的にも見える女性の横顔を描いた絵。
1つのベッドで寄り添うようにして手をつないで眠っている、幼い少年と少女の絵。
テーブルで組んだ腕に頭を預けて、うたた寝している少年の絵。
…僕もその絵の中に仲間入りするのだろうか。
死にたくない、と薄れゆく意識に必死にしがみつこうとした僕の耳に、彼女の優しい唄うような声が聞こえた。

「孝太くんはわたしのね」
うっとりとしたような響きにも聞こえる声。
「絵のモデルになるの。」



●《自己批評》
『MCのような企画に参加するのが初めてなので、とても緊張しています^^;
もう少し、描写とか話の展開とかわかりやすくしたほうが良かったかな、と反省しています><
いつも書いている小説(BL,非BL共に)とは違うジャンルにチャレンジしてみました。』


《月の眠る夜 ゆずり》


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◎「絵のモデルになるの」

『絵のモデル』


著者:亜季


「絵のモデルになるの。」

 日が沈む時間でした。
 アトリエの大きな窓から差し込む西日で逆光になり、彼女の顔は見えませんでしたが、細長く伸びる影がとても綺麗で、僕の目は思わず釘付けになりました。

「ん?見とれてる?」

 嬉しそうな声で彼女は僕にそう聞くので、慌てて僕は「誰のですか?」と聞き返すと、彼女はもっと僕に近づき、満面の笑顔でこう言ったのです。

「綺麗に描いてね。未来の有名な画家志望さん。」


 それからです。 僕と彼女は毎日アトリエで会うようになったのは。

 彼女は背がスッと高く、自分はチビ。
 彼女は腰がキュッと細く、自分は未成年にして既にビール腹。
 彼女はふわっとした緩やかなウェーブを描く長く黒い髪で、自分はゴワッとした大仏みたいな天然パーマ。
 そして、自分の方が彼女より7歳も年下。

 僕は、彼女と毎日会うようになった数週間は何かのいたずらかと思い、知らない誰かに殴られたりするかもしれないと考えて、ヘルメットをかぶってアトリエまで通っていました。
 でも、何日、何ヶ月経っても、不思議と僕は何の危害に会うこともなく、彼女に「どうしてヘルメットなんてかぶってるの?」なんて笑われました。 そのおかげで「ヘルヘル」なんてあだ名をつけられつつも、彼女を誰に遠慮することなく見つめ続けては描く、2人きりの日々を半信半疑ながら楽しく過ごしていました。


 ある日、彼女は僕に言いました。

「ねぇねぇ、ヘルヘルに私、名前で呼ばれたことないよね。」
「え・・・宮内さんって呼んで・・・ますけど・・・?」
「名前で呼んでよ。」
「え・・・あ・・・え・・・」

 僕は言おうとすると、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になり、思わず下を向いてしまいました。 この時、外は曇り空で今にも雨が降り出しそうな天気で、アトリエも暗く、少しの沈黙がとても重く感じました。 それを打ち破るように彼女がこう言ったのです。

「もー、ダメだなー。どうして私がヘルヘルのモデルやってるか分かってるの?」

 ビックリして顔を上げると、いつになく真剣な表情の彼女に、モデルの話を言われた時以上に顔をそらす事ができませんでした。 そして、次の瞬間、彼女は長い髪をふわっとなびかせ、パッと背中を向けてビックリするほど大きな声で言いました。

「ヘルヘルの描く絵が好きだから!」

 思いもかけない言葉でした。 ただただ不思議だったことがこんな理由だったんですから。

「有名になってトップになったら、私が年上だろうと、私を名前で呼ぶくらい強気でいきなよ。弱気なままじゃダメだよ!」

「・・・でも僕はそんなには・・・」

 そう否定する僕に、彼女は言いました。

「ヘルヘルはすごいよ、ほんとに!私、生まれて初めて感動したもん。トップになりたいでしょ!返事は?」
「・・・はい・・・」
「もっと元気よく!」
「はい!・・・トップになりたいです!」

 半ば、『言わされた』感は残るものの、これが最初で最後だったと思います。 口下手な僕が自分の願いを口にすることができたのは。

「じゃ、指きり拳万ね。」

 彼女の小指と僕の小指が絡まって、僕は彼女に誘導されて口走った願いを頭に繰り返しました。
 胸が焼け焦げそうなほど強く、自分は願ったのです。



●《自己批評》
『課題のですます口調と「自分」という呼称に夏目漱石大先生を意識してしまいました。 ちょっとドキドキハラハラ。 』


《超短編小説 亜季》


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◎胸が焼け焦げそうなほど強く、自分は願ったのです。

『マニア』


著者:ブラックジョーカー


胸が焼け焦げそうなほど強く、自分は願ったのです。

いつまでも終わらないで欲しいと……。



ハイパーエクスプレススレイプニル――旧首都東京と新首都のラインを走る鋭角流線形の高速リニア、北欧神話に登場する八本足の馬――の窓から(おぼろ)げに見える高層ビル群は……まるで幻のように見える。

現実と虚構が逆転してしまったような現代をまるで象徴しているようだ。



急速な技術の発展により街はそこら中ディスプレイだらけ、ダイレクトフラッシュ――脳に直結して出力されたイメージ――でケバケバしく彩られている。



人々はダイレクトセンス――脳から直接出力された感覚、イメージ――を楽しんでいる。

生の感情、興奮、代償やリスク無き狂喜を楽しんでいる。

人目を(はばか)らず醜悪な笑みを浮かべる事には何も感じない。

既に不誠実な感情の抑止などに同一価値基準から生まれる誇り(アイデンティティー)を感じない。



サラリーマンは疲れた様子でベンチに座ってアーティフィカルセンス――作られた感覚――で喫煙欲を満たしているようだ。



私は洗練された文字列に息を呑む。

思考により精密に操作されている。



今では娯楽の中の小さな位置しか占めない。

文字媒体の業界は苦しいようで、絶版のものをやっと古書店で手に入れた。



いつまでも終わらないで欲しい……。



かみ締めるように読む最後……。



あとがき。



●《自己批評》
『自己満足です。はい。』


《log ブラックジョーカー》


∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞

◎ あとがき

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出題者:ヨーノさん  
作品名:『ファミ通文庫 “文学少女”と死にたがりの道化』 著:野村美月 
正解者:無し

2007.02.25 12:52 |