Mystery Circle

創造と想像が好きな人々の為に ―ようこそ、奇譚の円環へ。―

第二回企画MC 《Sexual Mystery Circle》




◎「ここにいろよ」

『言い訳Gum』


著者:空蝉八尋
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 ここに居ろよ、って。
 あんたはそう言ったよね。
 笑っちゃうくらい真剣な顔して、いまにも泣き出しそうな顔して。
 あたしとあんたじゃない人が大勢通り過ぎる空港のど真ん中で、あんたは言ったよね。
 
 あたしじゃなくて、準ちゃんに。

 

 ねえ、準ちゃんとあたしが初めてキスしたとき。
 あんなに綺麗だった桜はもう、葉っぱに変わってた頃だった。
 そこからなんであんたが出てきたわけ?
 何処に隠れてたとか、何時から見てたのかとか、そういうのはもういいの。何も聞かないでおくから。

 それよりも。それよりもそれよりも。
 なんであんたにあたしは、キスされなきゃいけないわけ?
 しかも準ちゃんが居る目の前で、見てる前で。
 
 ……成。その直後のあんたの一言、あたしは一生忘れない。
 忘れてなんかやらない。


『いやっほぅ、これで準ちゃんと間接チュー!』
 

 ばっっっっかやろう!!!!!!!!!!!
 



 


「こーうーこーちゃーん、聞いてる?」
  

 そう、こんな媚びる様な声の時。
 無視する条件に決め付けたことを、こいつは全然気付いてない。
 成は相変わらず気だるげな呼びかけを放り投げ、あたしの返事を待っていた。
 悪い奴……ではないと思う。少なくとも、世間一般でいう「悪い奴」の類には入らない。
 でもあたしのなかでは極悪な奴ナンバーワンとして常時君臨していて、そのポジションはいまだかつて誰にも奪われたことはない。
 ようするに、至って不名誉な記録を更新中。
「香子ちゃんってば、おれ何度も呼んでんだけど? 無視? 無視ですか?」
 あたしはチラリと成に視線を傾けた。
 憎い事にあたしよりも大きくて、細かい光の粒がいくつも輝く瞳が、まず一番最初に視界に入る。
 次に伸びてうざったい明るい茶色の前髪、そして今は八の字型にひそめられた薄い眉毛。
 下におりて小さく尖りぎみの白い鼻、最後に赤ん坊みたいな唇。
 成が完成した。
「…………うーん」
「お、やっと反応したよ」
「耳鼻科行ったほうがいいのかな」
「空耳扱いしてらっしゃる!」
 頭を両手で抱え、オーバーにのけぞった様子がおかしくて、あたしは思わずふきだした。
 するとあたしの笑い声を待っていたかのように嬉しそうな顔をした成が、前の椅子から身を乗り出して机に寄りかかる。
「あっ、ばか肘退けてよ! プリントしわになるでしょ」
「悪ィ悪ィ。なになに……健康週間はまず食事から……朝食はキチンととりましょう」
 成は小学生が教科書を読んでいくみたいに、あたしの清書した文字列を読んでいく。
「ハーン……おれもこの意見賛成よ、香子はちゃんと朝食ってるよな?」
「時々食べてない……けど」
「おま、保健委員がそんなでいいのかっ!」
「良くないかもねー」
「あ。分かった。だから香子は色気がイマイチ足りないんだ。おれはもっとこう、このへんに肉付きが……」
 瞬間、借り物の定規が成の脳天目がけ垂直に振り下ろされた。
 鈍い音を立てた衝撃に、成は声も出せずに頭を押さえて椅子の上でうずくまる。器用な奴だ。
「誰もナリの好みなんか聞いてないっつうの」
「いってぇなオイ! 今の一撃で絶対脳細胞死んだ!」
「いいじゃない、元々無いようなもんだし」
「あ、そうね……ってコラー! おれの頭脳にケチつける気か」
 あたしは手に持っていた赤の色鉛筆の先端を、成の鼻先に突きつけた。
 それを見つめてより目になった成は、次に不思議そうな視線を向けてくる。
「あたしサッサと終わらせて帰りたいの。ジャマしないでよね」
「へーへー。黙ってりゃいいんでしょ黙ってりゃ」
 
 それから。
 放課後から四十五分経過した教室は静かだった。
 廊下も静かだった。ただ窓から見渡せる校庭からだけ、ボールを要求する声やら規則正しい掛け声やらが遠く響いてくる。
 一番近い音はあたしの色鉛筆が紙の上を滑る音と、成が居る気配。
 あたしは顔をそっと上げて、気配だけになっていた成を見上げる。 
「…………」 
 計算用紙にしていた、文字で汚れた紙を成はやけに丁寧な仕草で折りたたんでいた。
 俯いた顔は真剣そのもので、息使いをまるで感じさせないほどの集中。
「……な、にしてんの……?」
「紙ヒコーキ」
 短く空気を吐き出した成は、合わせた角に狂いなく作られた紙飛行機をあたしに見せる。
 真っ白じゃない、黒鉛で汚れた飛行機。
「ジャジャーン、いいだろー。かっくいーだろ」
「ただの紙飛行機じゃん……昔折ったことあるから、そのくらいあたしにだって作れるけど」
「バッカだな香子。これはちゃんと、おれ流の細工がしてあんの」
 羽根の下を手でつまんだまま、八の字を切って宙を泳がす。
「よく飛ぶヒミツ! 試してみっか?」
 歯を見せ笑う成に、あたしも釣られて笑った。
「やってみせて」 
「おっしゃ!」
 言うなり席を立ち、カーテンの掛かっていない二番目の窓を勢い良く開け放つ。
 風がわずかに吹き込んだ。あたしは成の姿を座ったまま見つめる。
 
 


 成の手から 汚れた紙飛行機が 離れた。



 一度舞い上がってまた下がり、そこからなだらかな曲線を描きながら引力にひっぱられていく。
 その飛距離は驚くほど伸びた。
「んー、まあまあ成功したな」
「凄い……結構飛んだじゃん」
 成はまだ眩しそうに目を細め、窓の外を眺めていた。
 あたしはしばらく停止させていた色鉛筆の動きを再開させようと、手首をわずかに動かそうとした矢先だった。
 成の声が響く。


「準ちゃんに届くように、よく飛ぶようにした」


 その声を聞いた途端、自分の体が大きく傾いて揺れた。……ように感じた。
 あたしは一層奇妙な顔で成を見上げたんだろう。
 緑の色鉛筆が床に転がるのも気付かないまま。
「ナリ…………それ言うなって、あんたが言ったんでしょ!?」
 あんたが言ったのに。
 あんたが「準ちゃん」を閉じ込めたのに。
「なんで、今急に……」
「んー……なんか、死んだみたいで嫌になってきたから」
 あまりに軽い口調で、あたしは思わず詰めていた息を吐いた。
「だってさ、可哀想じゃん準ちゃんが! なんか死人扱いっぽくてさー。ごめん香子、もういいや」
「はぁ……?」
 まだ窓の外を見続けている成に、あたしは間抜けな返事を返す。
  

 ……そういえば準ちゃん、今頃どうしてますか?
 ちゃんとフランス語の勉強してる? パリの街ってどのくらい綺麗?
 相変わらずモテモテですか? 寂しくないですか?
 
 
 あたしと成のこと、ちゃんと覚えてますか?
 
 
 あたしは準ちゃんの、小指の爪の形まで覚えてるよ。
 準ちゃんは?
 準ちゃんは、あたしの下手くそなリボンの結び方くらい、まだ覚えてくれてる? 

 覚えてくれている? 準ちゃん、貴方が言った言葉を。
 例の最低で最悪な、だけど一生忘れられないキスの思い出。
 あたしが成の横っ面を思いっきりビンタして、混乱と照れを隠す為にとっさに尋ねた質問の答え。

『準ちゃんてば、なんでぼんやり見てんの! このバカ止めてくれれば良かったのに』
 そんなあたしの言葉に準ちゃんは、薄く微笑んでいたかもしれない。
『……そうする理由もなかったから』
 その言葉になんとなく準ちゃんの気持ちが伝わってきて、それから何にも言わなかったけど。
 なんだか、酷く、悲しかった。





「あんた準ちゃん好きだったもんね」
「まーねー! ソーシソーアイだよおれと準ちゃん!」
 恥ずかしげもなく言い放った成に、再び定規の角が飛ぶ。
 今度は寸前に受け止められ、行き場のない左手が一度宙を彷徨った。
「……バッカ。相思相愛なのはあたしと! あたしと準ちゃん」
「はァ? 香子お前、おれと準ちゃんのラブラブっぷりを見てただろー?」
「かなり一方的なラブラブっぷりならたっぷりとね」
 今思えば、なんておかしな三角関係だったんだろう。
 ていうか、ハッキリ言えばおかしいのは成だけであったけど。
 
 冷静になれば笑えてくる。
 成は公衆の面前で堂々と、毎日のように大告白をしていたのだから。
 それを普通に受け止めてたた準ちゃんも凄い。
 あたしも、実は凄かったんだな。

 でもあの時は何にも気にならなかった。
 あたしと成はライバルで、準ちゃんの事が大好きだった。
 昔から。
 ひとつも変わらないで、この変な関係を少なからず楽しんできた。
「でも……急に終わっちゃうんだね」
 思わずもらした呟きに、成は大袈裟なため息をついた。
「しゃあないっしょ。準ちゃん、ずっとパリ留学したいって言ってたんだから」
「寂しく、ないのかな」
 あたしは寂しいよ。
 成、あんたじゃ駄目なんだと思うの。
 準ちゃんの隙間は、あんたじゃ足りないんだと思うの。

「寂しいのはおれ達だけだよ、多分」

 普段より何倍も低い声だった。
「……え?」
「準ちゃんはさ、まわりのものが全部新しいじゃん。隙間とか関係なしに、全部入れ替わるじゃん。おれ達の場所は、最初から新しい場所には無かったんだから」
 半分意識を飛ばしてぼんやりと言葉を受け入れながら、あたしはまた成の整った顔を見つめていた。
 酷く強張っているわりには眉の力だけが緩められ、口元は笑っていても舌が笑っていない。
 哀しい顔。一番似合っている表現だった。
「ね、でもおれ達はずっと此処に居るだろ? 準ちゃんの居なくなった隙間を眺めながら過ごしていかなくちゃいけない」
「準ちゃんは、寂しさも薄れる……ってことなの?」
「ま……少なくともおれ達よりはね」
 そう言い放った成は、ふいにあたしに背を向けた。
 肩は震えていない。しゃくりあげる声も聞こえない。けして泣いているんじゃなくて、ただ背を向けただけ。
「ほんと、ナリって意味分かんない」
「……うるっさい、漬物みてーな名前してるクセに」
「いっぺん漬物石にのされたいの?」
「スンマセンでした」
 あんたは泣いてるんでしょう。
 いつも心の深い深い、また深いよどみの水底で。
 あんたが泣き止んだことなんてないでしょう。
 そうやってばかみたいに笑った分だけ、涙を流し続けているんでしょう。

 なんて歯痒いの。

 奥歯を噛み締めても、前歯を強く軋ませても、この歯痒さは収まらなかった。
 それどころか、時間が経過するにつれて強くなっていっていることにも、あたしは気付いてた。

「ねぇナリ……」
 成が振り返ってくれることは、元々期待などしていなかったけど。


 









「あたしの事好き?」



 質問をされても成は振り向かなかった。振り向くどころか肩ひとつ揺らさない。
 まるであたしの言葉を予知していたみたいに、何の反応も示さなかった。
 しばらくして、風が通るような吐息が聞こえたと思うと、成が頭を少し揺らして言った。
「好き」
 今度はあたしが成の言葉を予知する番だった。簡単で単純な予知を間髪要れずに尋ねる。
「準ちゃんの事は?」
「もっと好きっ!」
 サボった掃除当番のおかげでゴミの散らばるままの床が、轟いた。
 あたしは自分の座っていた椅子を派手に蹴り倒し、その物凄い音に振り返った成と視線が交差する。
 前に前に足を進めていく間中、あたしは成のまん丸に開いた瞳を睨んでいた。
 迫る恐怖に逃げるように、成も立ち上がって後ずさりしていく。
「こ、う……こ? ちゃん?」
 やっとの事で搾り出したであろう成の声は、少なからず掠れていた。
 あたしは返事を返さないまま、両手で思い切り成を突き飛ばす。  
「ぎゃっ!」
 無様な悲鳴を上げ、成は窓際のベランダへと出る為の硝子扉に背を打った。
 顔をしかめて後頭部に手をやる成の両肩を掴み、伸ばされた足を跨いでしゃがみ込む。
「へ? えっ……ちょ、待、香子ッ!?」
「ばかっっっ!」
 
 あの時叫べなかった言葉を。

 ふいに成へ顔を近付けたあたしに、成の慌てて騒いでいた口が閉じる。
 接近したあたしの唇は、成の唇を……スゥッと横切った。
「…………?」 
 羨ましくなるほどに長いまつげを揺らした成が、閉じていた目を薄く開いた瞬間。

 

 

「っ!」
 あたしは成の右耳に思いっきり噛み付いた。
 成が息を飲み込む音がすぐ近くで分かる。こっちを見ようと必死で首を動かそうとしているのも分かる。  
 でもそれは両肩を押さえ込んだ手が妨害となって、ただもがくだけの行為に終わった。
「イデッ」
 あたしはもう一度軟骨に歯を当て、次に首の筋肉、そしてはだけたYシャツの鎖骨。
 歯型が残るのも構わずに、あたしは肉をも裂く勢いで噛み付いていった。
 その度に成の体に力がこもり、小さな悲鳴があがる。
「って、ててッ! バカヤロッお前は犬か!」
「犬だったら舐めるでしょ」
「あ、そうね……ってコラッ! 冷静にツッコミすんな」
 振りあがった成の手を掴むと、その青い血管の浮き上がった手首も前歯に挟まれる。
 僅かに舞い上がった埃が斜めに差し込む夕日で反射され、水面に近い海中のようにユラユラと揺れていた。
「準ちゃん準ちゃんって、ばかみたいだよナリ」
 指先に力を込めると、骨ばった肩に食い込んだ。成の眉がひそめられる。
「あたしはもう、準ちゃんの隙間なんか……埋まらなくてもいいと思ってんのに」
「イッ!」 
 成が何か言いださないうちに、左耳にも歯形をおとす。
 頬に伸びてきた成の右手の、一番口に近い親指の爪も犬歯で噛んだ。
 奇妙な音を立てて、少し伸びた爪が削られていく。
「なんでナリは……そうやって、いつまでも……好きだ好きだ言ってんのよぉッ……!」 
 あたしに押さえ付けられた成は、一度も動かなかった。
 いくら全身の力を込めていても、所詮あたしなんかナリには敵わない。
 なのに成はあたしを跳ね除けなかった。
 一度も、挟まれた足を動かさなかった。
「香子……泣いてんの?」
「あたしの目の何処に涙があるってゆーの……」
「じゃあ何それ? ヨダレ?」
「…………心の汗」
「古ッ」
 準ちゃん。
 準ちゃん準ちゃん準ちゃん!
 戻ってこないで。あたしの中に戻ってこないで。
 準ちゃんは、

 準ちゃんは、成に戻ってきてあげてよ。

 


 そうじゃないとあたしはいつか、いつか成を噛み殺す。 



「香子、足痺れてきた」
 成があたしの頬を軽く叩く衝撃で、ふとずれかけた焦点を戻す。
 あたしは肩に置いた手を指先からゆっくり外し、立ち上がってすぐ脇の机につっぷした。
 どのくらい時間が経っただろう。
 気付かれないようにそっと目を開けると、まだその場から動いてない成が居た。
 点々と赤い痕がここからでも分かるほどに浮かび上がり、それはキスマークとは程遠い痛々しい痕。
 あたしはまた心の汗が溢れそうになって、再び目を閉じた。
「……ねぇナリ」
「んー?」
 普段と少しも変わらない口調。
「あたしあんたにキスされたとき、舌噛んどけば良かった」
「は? これまた古風な自殺? ジャパニーズ忍者?」
「違うっつーの。自分のじゃなくて、ナリの」
 成は一瞬ヒク、と喉を鳴らして、何故かそっと微笑んだ。
「フーン。チャンス逃して残念だったね」
「なんで嬉しそうな顔してんの? マゾ?」
「どっちかってーとサド。ヤだね、ベロなんか噛まれたら痛そうだもん」
 そう言っていたずらっぽく舌を出した。
 さァ噛み付いてもいいデスヨと言わんばかりに。

 でもあたしは噛み付く代わりに、角の磨り減った消しゴムを投げつけた。

「あだっ!……ったく、なんでもかんでもすーぐ暴力に走るんだからこの子は……」
「暴力じゃなくて正義の鉄拳」
「ふーん、最近のヒーローは善良な市民にも鉄拳を与えるんだね」
 あたしの机に消しゴムを置いた成は、自分の鞄へ歩いていったかと思うと急に振り向いた。
 そして満面の笑みを見せつけて言う。














「なんで俺の事好きだって言わなかったの」
 
   
 








 本当に、あんたはまだあの頃のばかやろうでしかないね。
 準ちゃんの隙間は、成なんかじゃ到底埋まりっこない。
 埋まってほしくなんかないもの。

 準ちゃんの居ない隙間は、そのままでいいんだと思ったの。
 たった今。

「……今までは」

 ようやく口を開いたあたしを見て、成はため息まじりで静かに笑った。
 それはどこか

 誰かに似ている笑顔だった。

「そうする理由もなかったから、ね」



●《自己批評》
『なんだろうか……この感じは。
非常にしょっぱい始まりですいませんでした(切腹)
あ、分かった。色気だ。色気が足りないんだYO(致命的)
反省してるみたいだし許してチェケドゥ(いっぺん逝け)
DJ空八、お粗末様でした。』


《片翼てふてふ。 空蝉八尋》


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「今まではそうする理由もなかったからね」

『お爺さんとお婆さんと女性専用車両』


著者:ヨーノ 


「今まで、こうしてあげることもなかったね」
 男はまるで赤子の柔肌に触れるような優しい手つきで、女の下腹部に手を伸ばした。
 女は男の手を感じ、ピクリと体を強張らせると、上目遣いで男を見遣った。
「そんなところをさすってないで、腰をさすってくれだべ」
 お婆さんは生理で機嫌が悪かったのです。
「結婚して70年。あたしも90歳になるけんど、アンタがこうしてあたしの体に気を遣ってくれることなんて本当になかったね。それにしたって今更だべ。ほら、はよ腰さすれ」 お爺さんは文句を返してやりたいところを我慢して、言われた通りにお婆さんの腰をさすってやりました。

 お爺さんだって腰が痛かったのです。
 山の木を切りに行き、まさか切ってそのままぶん投げてくるわけじゃないのです。担いで帰ってくるのです。苦労人の代表になってやがる二宮金次郎のように、薪を背負って本を読みながら下山してくるわけじゃありません。両手一杯に薪を抱えて下山するのです。二宮金次郎のようにあれっぽっちの薪を担いで本を読んでいるようでは、本当のところ怠け者です。
 お爺さんだって腰が痛かったのです。

 お爺さんはバーで木樵仲間にそれとなく愚痴を言いました。
 しかし女性をは大切にしろと、お婆さんだって仕事をしてるんだしと言葉を返され、そうだよなと、ウイスキーグラスを傾けて、琥珀色した液体ごと体の中に情を押し流したのでした。

 しかしいい加減にヘルニアっぽかたったので、お爺さんは病院に行くことにしました。 歩くのですら辛く、近道とばかりにラブホ街と抜け、居酒屋通りを抜けました。以前は、夜にもなれば木樵仲間と飲み遊んだ通りも、ヘルニアを抱えたお爺さんが昼日中に見る限りでは、ずいぶんと衰えた街の残滓のようでした。
 川で洗濯をしていた時に知り合ったお婆さんとは職場恋愛で、なんだか意味深に流れてきた桃をは二人で切って食べ交わし、その時にプロポーズをしたものでした。その後、小さな女の子が生まれ、名前を桃子とすると、その子はクリクリとした目が可愛らしい女の子に育ち、なんだか知らないけどまるちゃんと呼ばれ、二人の自慢の子になりました。

 なんとかようやっと駅に着くと、まん丸く育ったまるちゃんが手を振っていました。
 おじぃ〜ちゃ〜ん! と手を振るまるちゃんは、ちょっと気の利かない女の子で、お爺さんのヘルニアを思い出すと、慌てて駆け寄ってきて肩を貸したのでした。
 まるちゃんの肩を借りながらでも、駅の改札を抜け、プラットホームに下りるまではひどく大変でした。
 階段を数段残し、電車がホームに入ってきてしまうと二人は慌て、閉じかけのドアに飛び込むと、そこはなんと女性専用車両だったのです。

 まん丸く育ったまるちゃんはどうでも良かったのですが、やはりお爺さんを女性達は敵視しました。
 しかしお爺さんはヘルニアの腰の痛みで、もう動く気力もありません。
 それになにより、男と言えどもお爺さんはお爺さんです。たとえ女性専用車両とはいえ、このご老体ですもの、どうか女性のみなさんは甘んじて許してくれるのではないかと、そうお爺さんは自分に都合がいいように考えました。

 ですが、女性達の目はお爺さんに別の車両に行けと言っていました。
 お爺さんはにわかに自信がぐらつき、罪悪感を覚えました。
 痛むヘルニアへっぴり腰を抱え、お爺さんは隣の車両へと移動することにしました。
 しかしなんてことでしょう、車両連結部の通路は案外に狭く、まるちゃんはまん丸かったので通れないのです。
 仕方ありません。ドアに挟まったまるちゃんを置いて、お爺さんは隣の車両へと渡っていきました。

 まるこや〜い
 おじぃ〜ちゃ〜ん

 二人の悲痛な叫びが、電車内に響いたのでした。



●《自己批評》
『ジェンダー系なので、もっとちゃんと書かないといけないんだけれど、細かい所はご勘弁。』


《NOUSEA ヨーノ》 


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◎にわかに自信がぐらつき、なぜか罪悪感を覚えた。

『XXX』


著者:松永夏馬 


 にわかに自信がぐらつき、なぜか罪悪感を覚えた。
 
「ちょっと、待て」
 唐瀬宮広は黒尽くめの暴漢を床に押さえつけながら、なんとも言えない嫌な感覚を味わっていた。政治家の汚職をスッパ抜いた唐瀬を、暗殺者が狙っていると噂されて3日。あのライオンのような獰猛な顔をした嘘つき男が、地下を牛耳る内藤一家と繋がっているというのは本当だったようだ。事務所兼住居の古ビル、侵入者には物足りないセキュリティだろう。
 しかしながらも唐瀬もそんじょそこらの調査員とは違う。
 この街の日の当たらない地下も裏もそれなりに理解している男だった。

「コイツぁまいった、殴れねぇ」
 噂で聞いた暗殺者、右腕を極められ床に這いつくばるその姿をあらためて確認した唐瀬は、いくらか上機嫌で肩をすくめた。
「夜這いすんのは大歓迎」
 そしてあっさりと腕を解き、おどけた口調で続ける。

「もうちょっとムードってヤツを考えてくれると助かる」

 慌てて暗殺者が半身を起こす。そしてレザージャケットの内側に手をやりギクリと体を止めた。勝気な少しつりあがった目を開いた視線の先、見覚えのある小型のリボルバーを構える唐瀬がいる。
「こういうオモチャを女に突きつけるのは趣味じゃない」
「いつのまに……」
 顎で促され、暗殺者はゆっくりと立ち上がると両手を上げた。体のラインにぴったりとフィットしたライダスーツ。皮のジャケットを羽織り、足元はブーツ。乱れた帽子を右手で外すと長く美しい黒髪が波打った。

「こいつぁ……」
 唐瀬が口笛を鳴らす。
 くっきりとした目鼻立ち、悔しそうに噛んだ唇とそれでも強さを失わない瞳。ほとんど化粧をしていないと思われるがそれでも、それだけに美しさが映える。
「オモチャは返してやるよ」
 そう言いながら唐瀬は銃身とグリップを軽くつまんで捻った。一瞬にして解体され床に散らばる拳銃を見て、再び驚いた暗殺者の目。
「オレってけっこう手先が器用なんでね」
 ニィ、と笑みを浮かべたその時、暗殺者が唐瀬目掛けて殴りかかった。飛び退くようにかわした唐瀬を追い、そのまま反転しつつ回し蹴り。唐瀬はその一撃を鼻先でかわし、左腕でその締まった足首を掴む。流れるような体捌きで相手のバランスを崩すとそのまま倒れるのを抱きとめて腰を抱く。暗殺者の平手打ちを再び左手で掴んで止めると、そのまま顔を近づけた。右手で体を、左手で右手をしっかりと拘束されて暗殺者は再び唇を噛んだ。
 睫毛が触れそうな距離で唐瀬が口元を上げる。
「誰に依頼された?」
 僅かに戸惑いを見せたものの、勝気そうな瞳をそのまま向けて、暗殺者はベェと舌を出した。
「こっちもプロなの。口を割るわけないわ」
「そうか。そりゃ楽しみだ」
 首から背筋をなぞるように指を這わせると、暗殺者は一瞬身震いをする。

 唐背がひらひらと白いものを振った。

「へッ!?」
 暗殺者がそれに気付いた。慌てた顔で唐瀬を突き飛ばし、両手で胸元を抑える。

「な? けっこう器用だろ?」
 にんまりと笑みを浮かべ、唐瀬は両手でそれを広げて見せる。
「白か。けっこう清純派? えーっと……サイズは」
「この変態ッ!」
 真っ赤な顔で暗殺者は床を蹴り、ブーツの踵を唐瀬目掛けて振り降ろす。動転しているのが丸判りの攻撃はなんなく空を蹴り、あっさりとバックを取られてしまう。唐瀬は暗殺者を後から抱きすくめる形で、耳元に口を寄せた。両腕を拘束され、ぴったりとフィットしたライダスーツの胸元が強調される。下着をすり抜かれたおかげで形の良い乳房の先端がくっきりと主張しているのがやけに卑猥だ。

「着たままっつーのもソソルよな。やーらしぃ」
 耳元でクスクスと笑う声も、暗殺者の羞恥心を刺激する。唐瀬の指先がつつ、と乳房のラインをなぞり、密やかな刺激に震える彼女の反応を楽しんでいるのがわかる。
「誰に雇われた?」
 スーツの表面を滑る指先は、首筋へと登る。
「教えな……んッ!?」

 突然唐瀬が暗殺者の言葉を押し留めるかのように唇を押し付けた。

「むッ……」
 むりやりねじ込むように舌を入れ、彼女の舌を歯茎をじっくりと舐る。薄暗い部屋に唾液の絡む音が卑猥に響いた。
「ん……ふッ……」
 右手で彼女の両手を拘束し、左手でライダスーツのジッパを下ろす。体全体で彼女の体を抱く。
「んぁ……はッ……」
 吐息が漏れる。冷たい左手が今までスーツに隠されていた地肌へと触れ、何かを探すかのように蠢く。
「はッ……ぁん」
 一瞬彼女の体が震えた。それと共に彼女の舌が唐瀬を受け入れる。最初はおずおずと、徐々に激しく、啜るような音が勢いを増し、仰け反らせた首が白く踊る。降ろされたジッパから露にされた胸の谷間がほんのりと上気しているのが薄闇でもわかった。
 ようやく口を離した唐瀬はペロリと自分の上唇を舐め、目を細めた。
「……で、誰に雇われた?」
「言えな……ぁ……」
 暗殺者の返事を無視し、唐瀬は耳元に舌を這わせた。ゆっくりと首筋からうなじを丹念に探る。
「……ッ」
 僅かな反応の違いを逃すことはなかった。唐瀬は耳元に軽く息を吹きかけながらくくッと喉を鳴らした。
「なかなか強情だな。さすがプロだ」
 囁くようにそう言うやいなや、首筋に吸い付いた。

「んァ……」
 足から力が抜ける。崩れ落ちそうな暗殺者は唐瀬の腕にしがみつくようにしてそれを堪えた。それでもなお勝気な光を失わない暗殺者と、余裕を湛えた唐瀬の眼が合った。
「さぁ。どうする? このま……」
 ニヤリと笑った唐瀬の口を、今度は暗殺者が塞いだ。あきらかに今までと違う貪るような口付けに、唐瀬は僅かに驚いて身を離した。妖艶な笑みを浮かべた暗殺者は唐瀬の首に手を回し、囁く。
「依頼人を吐くなんてこっちの信用問題になるの」
「だろうな。この世界信用第一だ」
「だから言えない」
「じゃぁ、どうする?」
「そのかわり……」
 暗殺者は唐瀬を見上げ僅かな躊躇いを見せつつ呟いた。
「好きにして」
 互いに思わせぶりな笑みを浮かべた唐瀬は、ふわりと両腕で彼女を抱きしめ、唇が触れそうな距離で見つめた。
「どういう心境の変化だ?」
「貴方のキスが気持ちよかっただけ」
「OK。契約成立だ」
 肩をすくめ、片眉を上げたヤヒロはそのまま唇を吸った。舌を絡め、唾液が混じる。口の中を弄りあう。それと同時に再びライダスーツの奥へと忍び込む冷たい手。まっすぐに胸の頂きへと辿りつく。漏れる吐息を打ち消すように唇が音を立てた。ジャケットが脱げ落ち、ライダスーツも半身を露にしていく。

「どうせ知ってる……くせに。……依頼人なんて」
 顔を離すも止まらない愛撫に暗殺者は悦びの表情を必死に堪えつつそう言った。唐瀬はニヤリと口元を上げる。
「さぁな」
「その割には……あっさりしてる……」
「依頼人の名前よりも君の名前のほうが興味あるね」
「……馬鹿」

 唐瀬は脱がせかけの彼女をひょいと抱き上げると、さっきまで寝ていた仮眠用のソファを、足で蹴り倒してベッドタイプへと変形させた。

「男だからな。あからさまな誘惑には弱いんだろう」



●《自己批評》
『うあー
ダメダメだ。ストーリィの中身が無い。驚くほどない。
テーマ指定は難しいス。』


《Missing Essayist Evolution 松永夏馬》 


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「男だからな。あからさまな誘惑には弱いんだろう」

『伝わらないこころ』


著者:おりえ  


「男だからな。あからさまな誘惑には弱いんだろう」
 彼の淡々とした言葉を聞くと、彼女はいつも頭のどこかでがっかりする。
 それは彼の冷めた態度のせいもあるし、今のふたりの関係性を思うからでもあるけれど。
 ……ありきたり。実に陳腐。
 彼女の思考は最終的にそこで留まり、ひどくがっかりするのだ。
「あからさまな誘惑なんてしてない。ただ私は、一緒にくっついて寝たかっただけ。あるでしょ? そういうこと」
「一緒にくっついて寝るだけなんてありえない。僕なら襲ってるね」
「ほんとに?」
「ああ」
 彼はきっぱりと断言した。そこで彼女は一縷の望みをかけてみることにした。
「じゃ、それが私であっても? 私が一緒にくっついて寝ようって言っても?」
 ほのかな期待があった。言って欲しい。望んでいる言葉を、たった一言でいいから。
 けれども彼は即答した。
「おまえは別だ」
「なんだ」
 ウソツキ、と言ってみた。彼の目を探るように見上げた。どうかその瞳の中に、私が期待する言葉が見つかればいい。
 彼はわずかに目を細め、まぶたを閉じて彼女から逃げた――少なくとも、彼女はそうであって欲しいと思った。
 彼は彼女のそんな願いをいともたやすく一蹴した。
「血のつながりがないとはいえ、一応僕らは兄と妹ってことになってるだろ。そんな気にはならないさ」



 ありふれた設定。実に陳腐で、他人から見れば特に新鮮さもない話。


「その男はおまえと付き合いたいって言ったんだろ? そのおまえが一緒に寝てくれなんて言ってきたら、そういうつもりなんだと誰だって誤解する」
 がっかりしている彼女に、彼は容赦なく言葉を浴びせた。相談を持ちかけたのは自分の方なのだから、彼女は彼に何を言われても甘んじて受けなくてはならなかった。それでも彼女は、がっかりした。
「私は、試したかったの。本当に私のことが好きなら、私がそういうつもりで言ったんじゃないってこと、気づいて欲しかったのに」
「そりゃ、おまえが男心を知らなすぎ。いい教訓だったと思えよ。……気持ちよかったんだろ?」
「!」
 付け足された言葉の甘い響きに、全身がぞくりと震えた。彼の目が一瞬細められ、からかっているような、面白がっているような気配が伝わった。かあっと頭に血が昇り、彼女は火照った顔を隠すようにうつむいた後、きっと顔をあげた。
「な……何言うのよ」
「好きな女相手にヤれたんだ。丁寧に、気持ちよくしてくれたんだろ? だったら喜べよ。おまえも満更じゃないから、僕にそんな話したんだろ。普通だったら男にそんなこと言えないと思うけど」
「お……」


 母の再婚相手には、ひとつ年上の息子がいた。


「男じゃないもん」


 仲良くしてあげてくださいと隣で母が彼に言った。


「――だから……」


 言われた彼は彼女を見て、微笑んだ。


「義兄だから――」




 すぐには無理だろうけど、いい兄妹になろうね。



「お義兄ちゃんだから、言えたのよ!!」



 ――それが、最初に彼が発した一言だった。



 ◇



 転入した学校では、すぐに友達ができた。
 前の学校はさほど好きではなかったから、彼女は母が再婚してよかったとまで思った。
 再婚相手の人は穏やかでやさしい人だったし、本当の父親はろくでもない人間だったので、彼女はお父さんとは呼べなくても、義父のことが好きになった。
 義父の連れ子の義兄のことも好きになったが、その「好き」は違うところから来たものなのだと気づくのに、数秒もかからなかった。
 彼女は恋に堕ちた瞬間から、その心を封印しなくてはならなかった。
 ひとつ屋根の下に彼がいると思うだけで、気が昂ぶって眠れないこともあった。
 誰でもいいから、傍にて欲しい。
 その願いを叶えてくれそうな人を、ようやく見つけたと思ったのに。


「つまらない、ありふれた話よ」
「何が?」
 下校の時間になると、当然のような顔で隣のクラスから彼女を迎えに来た男がいた。彼女はうんざりした。そういうつもりじゃなかった。まだ返事すらしていないのに、もう彼氏気取り。
「つまらない人間だってこと」
「……俺が?」
 彼女の台詞を聞くと、男は声のトーンを落とした。彼女は呆けた顔で男を見上げ、すぐに顔を戻す。
「私が」
「はは」
 男はいきなり彼女の手を掴んだ。ぎょっとすると、男は彼女の耳元で素早く囁いた。
「俺、あんなによがる女の声、初めて聞いた。すげぇ良かった……。つまんない女は、あんな声出さないって」
「ちょっと……!」
 彼女は男の手を振り払おうとするが、男はにやにやと笑うと、彼女の指と指の間を親指でなぞりだした。
 熱い指が、じっくりと、彼女の指の付け根を行き来する。それはこの間の夜のことを連想させて、彼女は声を押し殺す。
「やめてったら……!」
「いいじゃん。なあ、俺の家来いよ。自分の部屋でするってすげぇ興奮すんだよ。おまえを俺のベッドでさ……」
「やだ! 私は……」
 男の息が荒くなるのがわかった。男は家と家の間にある隙間を見つけると、そこに彼女を押し込み、両肩を強くつかんできた。
「な、俺の家来いって……な?」
「嫌よ! 私言った! ただ一緒に寝るだけだって! なのに」
「期待してたくせに、今更何言い訳してんだよ……なあ」
 男は喉の奥で笑いながら、彼女の丸みのある部分に手を添える。
「きゃっ!」
「俺の家が嫌なら、ここでもいいけど? 俺はおまえの為に言ってんだよ。ここじゃ嫌だろ?」
 スカートの中に湿った手が入ってくる。ショーツのゴムを下から指ですくいあげ、男はそれを引っ張っては放した。
 ぱちん、ぱちんというわずかな振動が彼女の体に浸透するたびに、体の奥から疼きが沸いてくる。
 膝の裏から力が抜けて、男の体にわずかに体重を預けた。悔しい。壁が両脇にすぐあるせいだ。暑くて息苦しい。
「また、あのエロい顔見せてくれよ。俺もう我慢できね……」
 男の声が遠ざかる。……そうだ。そうだった。

 ――誰でもいいから一緒に寝たいんじゃない。誰でもいいから、抱いて欲しかった。

 気づけば、自ら積極的に舌を出し、男のそれと絡めていた。
 両腕を男の首に巻きつけて、ぐいぐいと男に自分の身体をこすりつけていた。
「は……っ、おい、ここじゃまずいって……俺の………んっ、ん、俺の家まで我慢しろって……」
 男は戸惑ったように彼女を引き剥がすと、喘ぐ彼女の肩を抱き、早足になる。それにもつれるようについて行きながら、どうしようもなく濡れそぼった部分から水音をさせ、彼女は飢えた身体を動かした。
 家に着いた途端、ふたりは家人の存在を確かめようともせず、狂ったように互いの制服をはぎとる。上半身だけ裸になると、犬のように舌を出したまま、灼熱の肌を舐め合った。
「おい……なんだよ、その気じゃないみたいな……素振りしと……うぁっ」
 彼女は聞いていなかった。
 バランスを崩した彼にのしかかると、ベルトに手をかけ、前をくつろがせる。すぐに飛び出てくる怒張を見つけると、それに手をかけ、真っ赤に染まった唇を開けた。
「すげ……っ、あ、気持ちい……っ」
 びくんと体をしならせる男のことは眼中になかった。
 血管の浮き出たそれを口に含み、何度も顔を上下する。唾液なのか男の先端から出る液なのか判別のつかないものでてらてらと光るそれを、彼女は一瞬うっとりと見つめた。私がこれをこんなにした。これが私の中に入ってくる。もっと、もっと固く、太く、大きくなくちゃ、私の疼きは止まらない!
「う……む、んっ、んふっ、ふふ……っ」
 裏の部分を丹念に舐め取り、袋も指で刺激してやる。男の喘ぎが悲鳴のようになっていたが、勿論そんなもの何の意味もない。これは男を気持ちよくさせるためにやっているんじゃない。自分のためだ。私を受け入れるのなら、私の望む形にならなくちゃ、意味がない!
 飽きることなくしゃぶりつくしていると、男が突然彼女の頭を押さえつけてきた。もっと首を振って刺激を与えたいのに、まだ足りない。全然足りないと目を上げて抗議すると、男は口の端から涎を垂らしながら、もういいと言った。
「食いちぎられそうでこえぇって……それに、背中が痛いんだよ。上行こ……な……挿れてやっから……」
「冗談じゃ……ないわ……」
 彼女は息を切らせながら、立ち上がり、スカートをたくしあげた。ショーツの間から流れ出る雫に構わず、それを片足を上げて脱ぎ捨てると、男にまたがる。がっと男の肩をつかみ、床に押し付ける。舌を絡めた距離で男を睨みつけながら、彼女は叫んだ。
「傍にベッドがあるのに、あんたは私を床で抱いた。ベッドに行こうと逃げる私の腰を掴んで、何度も何度も後ろから突いた! 苦しくてずっと耐えてたら、あんたは私をフローリングの床に押し付けて、笑いながら腰を振ったのよ!」
 彼女はぞっとするほど冷めた目をしていた。身体は火のように熱いのに、目だけが氷のようだった。
「しばらく背中の痛みが取れなかった。朦朧としている私をベッドに引き上げて、半分意識のない私を、あんたはそれから何度も弄んだ! 何が好きだから付き合ってくれよ! あんたはね、私の身体しか目当てじゃなかった。私の心なんか好きじゃなかった!」
「そんなエロい身体してるのが悪いんだろ……おまえも楽しんでたじゃねぇか……被害者面すんなよ……!」
 男が首を持ち上げ、女の口を封じる。すぐにびちゃびちゃと唾液が絡まり、ふたりの口の端から糸を引いて流れ落ちた。
「だから私もあんたの身体目当てに好きにさせてもらうわ。ここで、最後までしてあげる……!」
 彼女は微笑みながら男の胸に両手を突くと、そろそろと尻を持ち上げ、入り口に男の怒張したものを押し当てた。
「はぁ……っ」
 彼女は顔をあげて息を詰めると、自らに課する罰のように、一気に腰を落とした。
 ずくりと侵入してくる他人の肉の塊。初めてのときは全身を引き裂かれると思ったが、今は何よりも喜びを与えてくれるのだから、女の身体はよくわからない。自分でそう思う。
「奥まで一気に入った………なあ、自分で見てみろよ……」
 男が満足げにつぶやくので、彼女はむっとした。
「私に命令しないで。ほら、私を支えて。これからむちゃくちゃに動いてあげる……っ! ん、ん!」
「あぁっ、あ……っ」
 腰を両手で掴んで固定する男の指が食い込む。彼女は暴れ馬のように男の上で跳ねた。髪が振り乱れ、豊満な胸が揺れる。
 ガタンガタンとふたりが揺れるたび、男は背中にごりごりと当たる床の痛さが気になりだした。痛さと快楽がまぜこぜになって、体の感覚がなくなっていくようだ。やっぱり床の上は痛いからと声をかけようとすると、彼女は男の上に倒れこみ、腰を激しくくねらせた。
「ん、んぁ、あ、あふ……、ふっ、あっ」
 彼女は左右に大きく揺れて、胸の先端をわざと男の胸板の上で滑らせた。時折押しつぶすようにして、男に自分の身体を思う存分味合わせてやる。男はその甘美な感触にすっかり酔いしれ、背中の痛みを訴える気をなくしていた。それどころか彼女の腰を自ら手で押さえつけ、激しく振動させている。
「あぁぁっ! そこ……っ、そこぉ……っ!」
「ここがいいのか? なあ――」
 ある一点をねじるようにしてやると、彼女の嬌声が跳ね上がった。男は腰を浮かせ、彼女の片足をつかむと、下から高速で突く。
「あああぁあぁっ、イく……っ、イっちゃうの……っ、私……っ!」
 玄関に彼女の声が響いた。男は笑うと、そこで腰の動きを止める。
「なに……? どうして止まるの?」
「イかせて欲しかったら、お願いしろよ」
「あ……!」
 男はゆるゆると腰を動かした。その弱々しい振動は、余計彼女の疼きを増やすだけだ。
「結局最後は俺が勝つんだよ。おまえをイかせるのもイかせないのも、俺次第だ。ホラ、早くしろよ……途中で止めたって構わないんだぜ」
「いや……」
 男は彼女の乳房に手をかけると、円を描くように動かした。腰の動きも相変わらずで、頭がどうにかなりそうだ。
「俺のが欲しいんだろ? 言えよ……言えって」
「んぅ……」
 涙が零れた。最後の最後で欲しいものが与えられない。まるで自分の恋のようだ。あんなに近くにいるというのに、手を伸ばしても届かない。
 どうしたって、届かない。
 欲しいものが手に入らないなら、せめて――……
「お、お願い……」
「欲しい?」
「欲しいの……」
 彼女は自ら四つんばいになると、男に向かって尻を持ち上げた。
「俺が欲しいか?」
「…………」
 彼女は答えなかった。
 男は彼女の背に手を乗せて、もう一度尋ねた。
「……俺のが、欲しいか?」
「欲しい……」
「……!」
 ――容赦のない一撃が加えられた。
「あぁあんっ! ああっ、ああっ!」
「そんなに俺のが……いいかよ!」
 肉と肉がぶつかり、はじける。背後から聞こえる男の声は、怒っているのか泣いているのかよくわからない。それでも彼女は加えられる衝撃に喜びの声をあげることに夢中で気づかない。
「こんな場所でよがって――泣いて――ふっ、変態かよ、おまえ!」
「ううっ、ああ、もっと……ぉ、ああ……っ!」
 出し入れしてるだけ。それだけ。
 なのに人間同士がやるから、こんなにも感じる。例え好きでも何でもない相手であっても。
 今だけは、忘れられる。
 これがあの人であればもっといいのに。
 あの人だったら。
 あの人だったら!
「ホラ、もっといいって言えよ……!」
「いいっ、いい――っ! あ―――っ!」
 絶叫とともに、ふたりは達した。


 寸前で引き抜き、白い背中に精を放ちながら、男は彼女が、別の男の名を叫ぶのを、他人事のように聞いていた。





 ◇



 汗でぬめる床の上で、彼女は放心していた。ひんやりしない床なんて、床じゃない。それでも起き上がる気力がなかった。
 見知らぬ天井を見上げていると、次第に喉が痛くなってくる。熱い塊がせりあがり、目頭がつんとすると同時に涙が零れた。
 こんな姿を見たら、あの人は何ていうだろう。
 怒るだろう。
 悲しむだろう。
 平手打ちしてくれたら、嬉しさのあまり声をあげて泣いてしまうかもしれない。
 だけどあの人はきっと、薄く笑って見ないふりをするのだろう。今までがそうだった。まぶたを閉じて、何からにも蓋をするのだ。
 だから意味がない。それはわかっているのに。
 重い体をのろのろと起こすと、男が濡れたタオルを持って立っていることに気づいた。
「……何?」
「今日は、泊まっていかないんだろ」
 男は確信を得ている言い方をした。その通りだったのでうんと答えると、男は投げやりになったような笑顔を作った。
「だったら、拭いてやるよ。……臭いとか、服につくだろ」
 そう言って屈んでくる。彼女はそれをやんわりと制し、タオルをひったくるようにして奪った。
「自分でやる」
「……なあ」
「ん」
 素早く腕や胸をタオルでこすっている彼女を、男は痛ましそうに見ていた。
「セフレでもいいから、これからも会わね?」
「……何言ってんの」
 彼女は下着を身につけ始めていた。肌の上に散る情事の痕が、妙に虚しく映る。
「俺ら、身体の相性いいじゃん」
「私はとっくに、あんたとセフレのつもりでいるけど? さっきも言ったじゃない」
 その冷め切った目は、男をイラつかせた。どれだけ熱く燃えても、この目だけは、染まらなかったのだ。
「……おまえが叫んでた男の代わりってことかよ」
「わかってるじゃない」
 彼女は制服に着替え終え、立ち上がったところだった。男もそれに習い、彼女の腕をつかむ。
「なあ、俺は――!」
「ありきたりな話よ」
 彼女は男を見ていなかった。口元を歪ませ、乱れた髪を手櫛で整えながら、遠くにいる誰かに向けて口を開いていた。
「ね、面白くもなんともない話なの。笑っちゃうでしょ」
「……」
 男は力なく彼女の腕から手を放した。
「だけど仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだから。絶対に振り向いてくれない相手を」
 靴を履き、ドアノブに手をかける。
 立ち尽くしている男を振り返れば、酷く滑稽な格好をしていて、彼女は笑ってしまった。
「だから、私にはあんたが必要なのよ。……ねぇ、お願い。これからも協力してよ……」
 男の返事も聞かずにドアを開け、飛び出した。
 今日は背中の痛みもない。情事の名残もない。いい感じだ。これからもあの男に慰めてもらおう。抱きしめてもらおう。
 それ以外に、この心の置き所がないんなら、もうしょうがないことなのだ。





 ◇





「顔色が悪いな」
 家に帰って顔を見合わせると、彼は開口一番そう言った。彼女は何の意味もないとわかっていながら、それでも言ってしまうのだ。
「おかしいな。今男と会ってきたとこなのに」
「何おまえ、例の男とまたヤったの?」
「うん。相性もよかったし。……そういう気分だったから」
 そう言って笑ってみせると、彼の隣をすり抜ける。
「好きでもないんなら、そういうことするの、よくないんじゃないか」
 彼女の背中に、彼がためらいがちに声をかける。それだけで、彼女は舞い上がりそうになった。
「……好きじゃないから、できることもあるでしょ。気持ちよかったし……」
 最後の言葉は計らずとも声が震えた。嬉しいけど、嬉しくない。こんなこと、彼の前で言いたくない。
 嬉しさと情けなさで頭が混乱してくる。彼に背中を向けながら、彼女は泣いてしまわないよう努めた。
 しばらくすると、ため息が聞こえた。
「どうしてそんなに寂しいんだ。再婚して、自分の居場所がないとか思ってるのか? 父さんは女の子が欲しかったっておまえのことをそれは可愛がってるじゃないか。それでも愛情が足りないとか、甘ったれたこと思ってるのか?」
「違う……!」
 振り返ると、彼は彼女の顔を見てはっとしたようだった。慌てて口を開く。
「今のは、悪かった。……そんな問題じゃないんだな?」
「うん。……つまんない話だから」
「言えよ。……そんなこと言わないから」
 彼が近づいてくる。冷えて気持ちの悪いショーツに、じんわりと広がるものがあった。……どうかしている。ただ心配してくれているだけなのに、声を聞くだけで、気配が近づくだけで、感じてしまっている。
「隣に誰かがいるだけで、私は幸せになれるの。一緒に眠っているだけで、すごく満たされる。でもね、そうしてくれる男の人っていないから……だから私は」
「わかった」
 彼は彼女の頭に手を置いた。
「……っ!」
 膝の裏から力が抜けた。内側からどろりと生暖かいものがショーツを重く濡らしていく。言葉も出ない彼女を見下ろし、彼は優しく言った。
「じゃあ今夜、一緒に寝るか」
「……え……っ」
「そしたら、さびしくないか?」
 涙が出た。
 彼はそれを見て、微笑んだ。
「その方がいいだろ。おまえのためにも」
 違うよ。
 彼女は泣きながら否定した。声にはならなかった。
 そんな兄貴みたいな優しい顔で、私を見ないでよ。
 私を妹として扱わないでよ。
 これ以上さびしくさせないでよ……!
 何も言えなかった。
 引き寄せてくれる恋焦がれた身体に包まれると、一層空虚さが増して、彼女はすがるように彼の胸にしがみついた。
「風呂には入っておけよ。……他の男の臭いさせたおまえとは、一緒に寝たくないからな」
 泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、彼はからかうように笑った。





 ◇




 あれほど感じていたさびしさが、嘘のように霧散して行くのがわかった。
「窮屈なら、言えよ」
「ううん……」
 うっとりしながら、彼女は同じ香りのする身体に身をすりよせる。
 抱きしめてくれる腕は心地よくて、世界で一番安心できる場所だと確信する。
 両親が寝静まる家の中、彼のベッドの中で。
 彼女は今まで感じたこともないほどの安堵感に包まれていた。
 さびしさが募ると思っていた彼の腕の中。彼の体温。彼の鼓動。彼の静かな息遣い。
 それらを全身で感じながら、彼女は淫らな気持ちにならない自分に驚いていた。
「あのね、腕回してもいい?」
 子供のように言ってみる。彼は一瞬だけ息を止めると、ふっと笑った。
「どうぞ」
「へへ」
 彼女は腕を広げて、彼を抱きしめた。
「苦しくない?」
「全然」
 ずっとこうしてみたかった。こうして抱きついたらどんなに幸せだろうと夢見てきた。
 それが叶った。
「……お義兄ちゃん」
「……ん?」
 鼓動を聞きながら、彼女は目を閉じた。
「心配してくれて、ありがとうね」
「……いや」
「私ね、もうやめるよ。好きでもない男の人とえっちしたりするのやめる。お義兄ちゃんが抱きしめてくれたから、もういいの」
「……」
 つまらない話。
 何度も彼と交わる淫らな夢を見ては、濡れた下着を確認して落ち込む朝も。
 彼の代わりにセフレに抱かれて虚しさを感じる日も、全部終わり。
 こうしているだけで、穢れた身体が清められる気がする不思議。
 なんて陳腐。なんてありきたり。
「またこうやって、抱きしめてね。そうしたら、私だんだんさびしくなくなるよ。ひとりでも眠れる日がくるから……」
 本当はね、キスもして欲しい。
 だけどそれだけは無理だからね。
 私はもういいの。
 いずれきっと、この気持ちに区切りを付けられると思うから。
 ごめんね。
 ごめんね。
 今だけはこうしていて。
 義妹のわがままを、叶えて。


 夢の中で、彼は笑っていた。
 キスして欲しいとせがんだら、そっと唇をくれた。
 柔らかい、優しいキスだった。
 義妹になれなくてごめんね。
 でもなれるように努力するからね。
 そう言ったら、彼はまた唇をくれた。
 もう死んでもいいと思った。
 


「ホラ、起きろ」
 誰かの手が、彼女の頬を軽くたたいた。
「……ん」
 目を開けると、彼の顔があった。
「わ……っ」
「おはよ」
 彼女は真っ赤になって飛び起きた。
「ご……ごめん! 寝相悪かった?」
「いや、静かなものだったよ」
「良かった!」
 胸をなでおろし、彼女は彼を見つめた。
「……うん」
「? 何?」
 確認するようにひとりでうなずくと、彼が目を丸くした。
「うん、私、いい義妹になれそう。頑張れそう」
「は?」
「なんでもない。部屋、戻るね」
 彼女は晴れやかに微笑むと、身を翻した。
 こんなにいい気分で目覚めたのは久しぶりだった。
 ありきたり。つまらない。陳腐。
 そう、だからこれでよかった。
 いい家族になる。まだ先の話だけど、私はこの思いを風化できるだけの力を、彼からもらったのだ。
 彼女がドアノブに手をかけたときだった。
「ごめん」
「え?」
 振り返ると、ベッドの上で胡坐をかく彼と目が合った。
「……僕はおまえのいい義兄になれそうもない」
「……お義兄ちゃん」
「ごめん」
「……どうして……」
 晴れやかな気持ちが一気にしぼんだ。
「無理、してたの?」
「……ああ」
 彼女は震える足取りで、彼に近づいた。
「私が頑張っても、だ、ダメなの……?」
「……ごめん」
 彼女はぺたんと座り込んだ。
 そうか……
 この人は私が、嫌いだったんだ。
「おまえも、気づいてたんだろ」
 彼は低い声で言うと、立ち上がった。
「だから冷たかったんだね」
 彼女は彼の指先を見つめた。
「そうだ」
「……言ってくれればよかったのに。そうしたら私、近づかなかった。お義兄ちゃんに不愉快な思い、させなかったのに」
 視界がぼやけた。
 好きになってさえくれなかったなんて。
 義妹にもなれないなら、家族にもなれないじゃないか。
「そうだな。あんなこと、言うんじゃなかった」
「……え」
 顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。驚いてさがろうとすると、腕をつかまれ、物凄い力で引き寄せられた。
「ここにも……ああ、ここにもだ、くそっ」
「痛いっ、やだ、何――!?」
 恥ずかしいと思うより先に、恐怖があった。
 パジャマの前を引き裂くようにして広げると、彼は彼女の肌に残る痕をひとつひとつなぞっては、短い呪いの言葉を吐き散らした。
「気づいてるんだろ。なのにおまえは僕を苦しめてばかりだ!」
「痛いよ! どうして――!」
「もう誰にも触らせない……おまえは――!」


 そう、ありふれた話だ。
 再婚した男と女の連れ子が、互いに惹かれあってゆく話。
 あまりにも陳腐すぎて、誰も驚きはしない。




「痛い……! あっ」
「なぜ、僕がキスしたか聞きたくないのか?」



●《自己批評》
『な、長かったかな。最後がいまいちでしょぼん。
表現があんまり軟らかくなく、しかもあんまエロくない。
エロ精進ファイト〜(自分に向けて)』


《あるとくぺらせす おりえ》 


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「なぜ、僕がキスしたか聞きたくないのか?」

著者:Clown

゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎これほど官能をくすぐられ、欲望をそそられる男性には会ったことがない。

『SHIZURU』


著者:なずな






『これほど官能をくすぐられ、欲望をそそられる男性には会ったことがないの』
そういって、女は去って行ったのだ。
・・老人は弱々しい微笑みを浮かべ、とつとつと語った。
『あんたなんて世間知らずのお坊ちゃま、ずうっと物足りなかったのよ。気がつかなかったの?』
女は切れ長の目を細め、煙草の煙をふうっと長く吐き出した後 男の愛の行為の未熟さを哂う。
若い彼の一途な想いも、二人の幸せだったはずの日々も 何もかもを踏みにじり紙くずでも捨てるように、女は自分の荷物を処分し、その部屋を去った。 
そして二度と戻ることはなかったという。
「本心でない・・と気づくにはその時の自分は青すぎたんだな・・」
 
静流は 黙ったままそっとその男の指をなぞり、目で話を促す。
「確かに街に立って客をとる商売女だったさ。けれど、本当は家族思いの心根の優しい生真面目な娘だった。
 そんな娘が一生懸命生きていた、そういう時代だったんだ。」
濁った白目、やつれた頬。 黄ばんだ白髪 筋張った腕。
ベッドの金属の柵が長い影を落とし 静かに夕闇が迫っていた。

「きっと、そのひとも・・」
静流の指は男の指先から 手のひらへ、そして腕へ静かに移動する。
大切な壊れ物を愛おしむかのように。
この身体の感触だけは 忘れまいとするように。
確証のない推測の慰めを 静流はコクンと飲み込む。
静流は目を伏せ シーツの上の男の手を握る。
真紅のマニュキアの指は その女を思い出させる、と老人は涙ぐむ。


◇◇

ハウスシェアはシズルが言い出したことだった。
親との関係を断ち切るように家を出た。
頼る宛もなく薄給のバイトしか見つからず、家賃のなるべく安いねぐらを・・と僕が不動産屋の前で考えあぐねていたとき、いきなりの申し出だった。
「ねぇ、キミ 一緒に住まない?」
シズルは ストリート系の少年みたいな格好。小柄で化粧っ気のない顔。
それでも はっとする程シズルは綺麗だった。

「気に入って買っちゃったんだけど、独りで住むには広いからさ」
半ば強引に連れていかれたシズルのマンションの部屋。シンプルでさっぱりした彼女の性格を思わせた。
シズルは 日当たりのいい一部屋をあっという間に片付け、僕の部屋に当てた。
リビングとキッチン、バス トイレは共用。ただし使ったものは 自分ですぐに片付けること。
無くなったものは補充すること。
共用部分の必需品は個別に使うものは各自が負担、一つでいいものは シズルが買う。

「悪くない条件だよね? それと『ついでだから やってあげる』っていうのもなし。
 自分のことは自分で、がルール。」
少年のような格好によく合うサバサバしたしゃべり方で シズルは二人暮しのルールを決めていった。
僕の口を挟む余地もない。
シズルの言うとおりに任せたら 悩みも無く全てが上手くいきそうな気になりながら 
よく動く形のいいその唇に、僕はただ見とれていた。
一気にしゃべり終えたシズルは僕の視線に気づいて ちょっと躊躇い 
自分の唇を隠すように手を当てて 聞いた。
「何か質問?」

「ひとつだけ 気になるんだけど・・」
「何?」
「僕は『知らない男』だよ? 危険だとかそういうの考えないの?」
シズルは僕の目をまっすぐ見て言う。
「それなら 私もあなたの『知らない女』だわ」
少年っぽく見えた彼女が 急に年上の女性の表情になる。

「わたくしは あなたの行いの清さを信じます。わたくし達のこと、神様は全て見ておられますよ。」
静かな笑みをたたえ、シズルは厳かに言った。
一瞬の豹変ぶりに唖然とした僕の目を覗き込んだ後 シズルはまたクルッと元の表情に戻ると
「私、実は『聖女』なんだ。キミを襲ったりなんかしないから 安心して」
ふふ・・と笑って シズルは僕の肩をたたく。


◇◇

「すまないと思っている。」
節くれだった手、日に焼けた顔。薄い敷物の上 ごろりと寝転んだまま初老の男は言う。
「でも もう会わせる顔なんてねぇんだよ。」

「不思議だな。目の前のあんたはオレの女房と違うのは解りきったことなのに・・」
男は薄汚れた服の袖で 滲む涙を荒っぽく拭い鼻をすする。
「噂どおりだな。あんたになら 一切合切喋っちまいたい気になるんだもんな」
静流は静かな微笑みを返し、男のほつれた毛を指で梳いた。
「そういう纏め髪をしてた。綺麗なうなじの、なかなか色っぽいヤツだった」
静流に身を任せたまま 男は妻への想いをかすれた声で語り続けた。

「これを『後で』ポストに入れてくれ。あんたへの礼はこっちに入ってる」
男は故郷で旅館勤めをしているという妻宛の手紙を静流に託し 
あちこち破れた薄汚い鞄を示して言う。
「お礼なんて頂かなくっていいんです。それより『今』・・」
静流は言いかけて ふと止める。
意見する仕事ではない・・と決めたはずだ。
「その時」を、幸せにしてあげることだけが 静流の役目だ。

◇◇

深夜のコンビニは 客もまばらで退屈。
睡眠時間のトータルはそこそこなものの シフトの変わり目で、疲労感が抜けない。
お客の流れが途切れた時間、仕事の相棒、フリーターのヨシさんにシズルの話をした。

日を追うごとに僕とシズルの生活は静かに変化し リビングで一緒に過ごす時間が増えていた。
「ついでは 無し」などのシズルが決めたルールも、彼女自身がさりげなく緩いものに変えていく。 
家にいる日はよく、シズルは手の込んだ食事を作っては こんな風に声をかける。
「味見してよ、荘吾くん。でも、うんと褒めてよね。でないと もう作る気、失せるから」
僕がコーヒーを二人分淹れ、二つのカップに注ぐ。果物も半分こ。
コーヒーの湯気の向う、長い髪をバレッタで無造作に纏めたシズル。
白い肌にそばかすの浮かぶ素顔は案外幼い。

「へぇ、羨ましい、年上のいい女と同棲なんてさ。何してるひと?」
それが よく解らないのだ・・というと ヨシさんは好奇心を露にしてさらに聞く。
探偵事務所のバイトもしたことある・・ヨシさんの経歴を聞き出したら長い。
危ない橋も渡ってきたんだぜぇ、そう言いながらヨシさんは自慢気に胸をそらす。

「人に会うのが仕事・・だってことしか教えてくれない。服装も、出かける時間もばらばら」
「で、マンション買えるくらい金持ちなわけ?高い給料貰ってる感じ?」
「それが・・よく解らないんだ・・」僕は繰り返す。

札束が入った封筒を見たことがある。シズルが明け方 帰ってきた日。
リビングのソファに崩れるように座ると 俯いたままじっとしていた。
泣いてるの?
声を掛けると顔を上げシズルは潤んだ目のまま首を横に振り、微笑んだ。

「囲われ者・・愛人とかさ、そういう類? 
 そんな女と同棲しちゃって大丈夫なのかなぁ 荘吾ちゃん。
 そのうち 男が乗り込んできて修羅場とか」
おお、怖・・というように、ヨシさんは大げさに顔をしかめ、肩をすくめた。

◇◇

若い男だった。

狭い部屋の中には西日が差し込み 
擦り切れた畳の上に寝そべった顔色の悪い男の顔を照らしていた。
ゴミの散らかった部屋。饐えたにおい。

「そこだ・・取ってくれ・・これで最後にするから。
 ・・・本当に 何もかも最後にするから。」
震える手。そんな動きさえ思うようにならない身体。男は空洞のような目で静流に言う。
静流は静かに頷いて 男の望むようにそれを渡してやる。
止めたって無駄だ。静流は苦い記憶をかみ締める。
クスリを止めさせようと心を尽くし、手を差し伸べた男は 結局自らの命を絶った。
どちらにせよ逝ってしまう者だったのだ・・・
あんな 終わり方を見るくらいなら あのまま見守ればよかったのだ。
私は 何も変えられない。静流の頬を涙が伝う。

やがて男は正気を失くす。
─ おかあさん・・おかあさん・・ こんな息子でごめんなさい
男がすすり泣く。
─ ああ、いい気持ちです。温かくて 懐かしいにおいがします。

男の母がよく着ていたというモヘアのセーター。
静流の その柔らかなセーターの胸に 男は顔を埋める。



昨日もヨシさんとペアで深夜勤務。
シズルのことを、もうヨシさんにも話せないでいた。
いつものようにヨシさんは 探偵事務所のバイト時代に培った尾行のノウハウや、
浮気や援助交際や愛人との三角関係の縺れなど ドロドロした話ばかり楽しげにしてくれた。

前は大きな病院の特別室、その次見たのは小汚いアパート。
昨日は 若い男の部屋にシズルは入っていったのだ。
ヨシさんに唆されたという訳ではないが、情けないことに尾行までしてしまった僕は
その日 言いようもなく気落ちしていた。
介護とかヘルパーとか老人の話し相手のボランティアの可能性なんかに 縋っていたかった。
これ以上 何も想像したくない・・シズルを「聖女」のままにしておきたい僕がいた。
窓の隙間からなんか見なかったのだ。シズルが若い男と抱き合っている様など。



軽い頭痛を覚えながらマンションに帰ると シズルがリビングのソファに寝転んでいた。
ポストに入っていた手紙類を黙ったままシズルに差し出すと、その姿勢のまま首をもたげシズルがいきなり聞いた。
「荘吾くん、ここに住んでること、ご家族には知らせてあるの?連絡とかしてる?」
「してない、いいんだ、そんな心配、してくれなくても」
「良くないよ、事情はどうあれ、居場所くらいは知らせておかないと、ご家族も心配するでしょ?」
姉さん口調のシズルにカチンときた。
事情って、シズルこそ何なんだよ、家族の話なんて聞いたこともない。
「何だよ、うちの家族のことなんか 知らないくせに。」
きつい口調になった。シズルは上体を起こし座りなおすと、まっすぐに僕を見る。
「何でシズルがそんな説教できるの?誰と住んでるって親に言うわけ?
 自分のこと何にも話さないでさ、シズルがどんな人で何やってて、何考えてるかさっぱり解らないのに。」
素足のペディキュア。顔に掛かった乱れ髪。V首セーターの胸元。
そんなものにどきりとして目が離せなくなる自分を嫌でも意識する。
カサカサした言葉を投げつけたのに シズルは静かに微笑んでいる。

「何をやってるって・・・前にも言ったじゃない、人と会って話しをして・・
 見守って・・」
それ以上言うな!・・僕は後ろ手にドアを閉め 自分の部屋に逃げた。




シズルは時々 リビングで酔いつぶれて眠っていた。
あの時と同じ、封筒に入ったお金がテーブルに無造作に置かれていることもある
「会ってるひと」との関係が終わったんだな・・そんな事 僕にだって解った。
シズルがどんな仕事をしていようと関係ないと 割り切ったはずなのに 
酔って異常にハイテンションになった彼女や 酷く塞ぎこんだ彼女の
白い腕や首筋がやけに綺麗に見えて 胸が痛む自分に気づく。
一つの仕事を終える度、シズルはやつれていくようだ。
ひどく落ちこんだ後は いつしかもとの明るい顔に戻るけど
そんな風に別れを引きずるなんて 一体どういう「付き合い」なんだろう
・・・嫉妬に似た感情を自分の中で見つける。
じっと見つめられているのに気づいてシズルが問う。
「どうしたの、荘吾くん?」

「もう 辞めなよ」
「何を?」
「その・・仕事をさ」
「仕事って何?」


「何やってるかなんて 全然知らないくせに。」
シズルはとびきり綺麗な顔でふふふ・・と笑う。

今日のシズルは意地悪だ。




コンビニの仕事を続けながら就職先を探し、やっと希望に合った仕事が見つかった。
仕事の傍ら専門の勉強をする話も、面接で好意的に受け止めてくれた。
「良かったわね、就職おめでとう。やりたかった事に一歩近づいたってことなんでしょ?」
迷いがあるのは勤務地がここから遠いところなのだ。シズルに打ち明けると、シズルはすぐには答えず、じっと僕の目を見ていた。
乾杯しようよ、シズルはキッチンにグラスを取りに行き、ワインを選びながら僕の方を見ずに言った。
「そうね・・ちょうどいいわ。もうここ、出てくれる?荘吾くん」
何で、そんな簡単に言うの?シズルの後ろ姿を目で追いながら言葉に詰まる。

「好きな人がいるの」
ワインこれにしようよ・・とでもいうような調子で、選んだボトルを高く上げ、シズルはこちらを振り返り笑って言った。
「嘘」
「嘘じゃないわ」
「だから 荘吾くんとはもう一緒に暮らせないの。」
返す言葉を捜している僕に目を合わさず、二つのグラスにワインを注ぎながら、シズルは台本でも読むように続けた。
「あれほど官能をくすぐられ、欲望をそそられる男性には会ったことがないの」
シズルの首筋が、指先がシズルの「女」を僕に突きつける。
シズルの口から「官能」だとか「欲望」だとかいう言葉を聞きたくはなかった。
シズルの「仕事」を疑いながらも それでもシズルは僕の「聖女」だったのだ。

「だから お別れ。」
握手、と差し出された手を僕は振り払う。払った手に思いがけない力が入ってシズルは後ろによろけた。
赤いワインが飛び散り、グラスがひとつ カシャンと割れた。
シズルの身体が壁に打ち付けられる鈍い音。
はっと、我にかえり 僕は自分の手と壁際のシズルを交互に見た。
こぼれたワインが一瞬 血の色に見える。
顔を上げたシズルの目には怯えはなく、静かで穏やかな微笑みを湛えている。
慈愛に満ちた聖母。

このまま一緒に暮らしても 嫉妬が僕の中で抑えようもなくなって暴力に形を変えていくかもしれない。
目に浮かぶのは 僕が最も嫌悪した父親の姿・・耐えて微笑む母親の姿。
振り切って 捨ててきたはずの僕の記憶。
何よりも 自分が怖かった。震えが全身を襲う。
泣き崩れたのは僕の方だった。
僕の腕にシズルの手がそっと触れた。びくっと身を硬くした僕をシズルは後ろから抱きしめた。
温かいシズルの腕の中、シズルの髪の匂い。シズルの額がコトンと僕の背中に押し当てられる。
そのままシズルは僕の背中を静かにさする。嗚咽が止まらない。

シズルにそうやって触れられているうちに 両親のことや自分のことを 語る言葉が溢れ出す。
押さえ込んで来た感情や 親に対して頑なになった心が 少しずつ解れていく。
理解なんて到底できないと思っていた父にさえ、心寄せることができそうな気がした。
心が洗われ、重荷が取れていくような、それは不思議な感覚だった。
僕はいつの間にか眠った。そして明るい光に満ちた幸せな夢を、僕は見たのだった。

次の朝 シズルは黙ったまま、テキパキと僕の荷物をまとめ、
「さよなら。貴方は幸せに生きなさい。きっとできるわ、大丈夫」

僕に一言も言わせることなく 清らかに微笑んでシズルは僕を玄関から押し出し
 
そうして僕らの二人暮しは解消した。




シズル?静流のことかい?
あんた ほんとに知らないの?ここいらじゃ 有名だよ。
「もうすぐ死ぬやつ」のところに やって来る。
一人ぼっちで孤独に死んでいくやつのところにね。

ただ 手ぇ握ってさ。
身体さすってさ。

会いたいけどもう会えない家族や、
謝りたいけどもういない相手なんかの代わりにさ
話 黙って聞いてくれてよぉ・・・泣いてくれるんだとよ。
静流になら 何だか聞いて欲しくなってさ。
話すだけで 何だか 心が軽くなってさ。

笑って死んでいけるんだってよ。
それでもやっぱり 生まれてきて良かったっんだって・・
安心して 幸せに ・・・・逝けるんだってよ。

見返り?そんなもんないさ。

たださ、みんなが勝手に 金 押し付けるんだよ。
金持ちは金持ちなりに。
なけなしの金無理やり渡すヤツもいたって聞くよ。

へぇ?アンタ 静流と暮らしてたって?
そりゃ 羨ましいね、いい女なんだって?

でも、アンタは生きてるんだねぇ。
やっぱり 別れて良かったのかもなぁ・・・。

「聖女」だって言うヤツが多いんだけどさ
「死神」だって言い張る ばあさんがいたっけな。
元占い師の イカれたばあさんだったがね。

冗談、冗談・・忘れてくれ。
静流さんに申し訳ないや。ひどい話さね。


「聖女」の噂を耳にしたのは 僕がシズルのマンションを出て何年も経ってからのことだった。




あれから僕はシズルに会ってない。
公園や簡易宿泊所、病院などを探してみたが 一度も会えなかった。
一緒に住んだ部屋も もう別の人が住んでいる。

シズルは今もどこかで 孤独なひとの最期に立ち会っているのだろうか。
僕があのまま孤独に生き続けたら、最期のときシズルは会いに来て
泣いてくれたのかな。

ねぇ、シズル? 
僕は 呼びかける。どこかにいる彼女に向けて。

「聖女」でいるのに飽きることはないの?



●《自己批評》
『葬式の時に「泣く」のが仕事の「泣き女」っていうのについて調べてました。
「聖女」というと思い浮かんだのは有名なカトリックの尼僧でした。・・・・・・。
「逝く」と「イク」を取り違えるのが発想の元だったんですが
さすがに無理があったので、その辺の会話はカット(泣)』


《STAND BY ME なずな》 


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「聖女でいるのに飽きることはないのか?」

『kissで叶う恋』


著者:真紅 


「聖女でいるのに飽きることはないのか?」

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

此処は、賑やかな大学の食堂。
牛丼を頬張りながら真剣な顔で、タケシが言う。
「・・・お前そう言って好きな子口説いたのか・・・?」
タケシは一切動揺しない。
「あぁ?悪いか?」
「寒・・・。」
「俺の決め台詞だぜ!?」
タケシは少し涙目。
「決めれてないんだよ、阿呆。」
「うっ・・・俺は後悔しねぇ!!」
タケシは拗ねるかのように机に突っ伏した。
「お前等には俺の良さは分からないんだよ!」
タケシの絶叫が響く中。
一方、俺は。
何も食わずただただ、ボーっと見とれていた。
「・・・紅。」
ボーっと見とれていた。
「真紅。」
ああ・・・優しい声・・・。
「真紅?」
「うわぁ!?え?!あ!?!?」
七穂。
「あのさ、唐揚げ要らない?お金無いって言ってたでしょ、苦学生君?」
「ああ・・・」
さっきまで落ち込んでたタケシが突っ込む。
「真紅要らないのかなぁ?俺が食っちまおうっと!」
「あ!タケシ、てめぇ!俺んだぞ!!!」
タケシは、フォークに刺さった唐揚げを高々と掲げながら言う。
「早い者勝ち、ってね♪」
俺は必死で取り返そうと飛び掛る。
「それは俺のんだ!!七穂が俺にくれたんだ!七穂が俺にくれたんだ!」
「遅い!」
タケシの口の中に消えていく、唐揚げ。
「あ〜っ!!!!」
俺は立ち上がって、叫ぶ。
タケシ。
「ご・馳・走・様・♪」
俺の頭の中で、何かがブチンと切れた。
「ぶっ飛ばす!!!!!」
たかが唐揚げで、ギャーギャーと騒ぐ20歳になる男2人。
その横で我々関せず、とイチャつく男女。
そして。
七穂は真紅を見ていた。
真紅はタケシの胸倉を掴みながら、その視線に気付き七穂を見る。
「ガキ・・・。」
七穂はクスっと笑い、席を立ってどこかへ行ってしまった。
俺の気のせいか。
その後ろ姿は、聖女とも言える気品に溢れていた。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

俺は七穂が好きだ。。
それは俺が大学に入ったばかりの頃。
授業中、消しゴムを忘れた事に気付いた。
俺は周りを見る。
当然知っている奴などまだ居ず、「貸して」とも言えないほど小心者で。
俺は、上を向き溜息を付いて途方に暮れている。
と。
「・・・どうしたの?」
優しい声・・・。
前から聞こえる。
天井を向いていた顔を、前へと向ける。
其処で笑っていたのが七穂。
その笑顔は、天真爛漫。
屈託が無く、俺は一瞬で心奪われていた。
「・・・ホントどうしたの?大丈夫・・・?」
後で偶然横に居たらしいタケシから聞いた話だが、俺はただボーッとしていて。
そしてボーっとしている俺と、七穂が教授に怒鳴られたらしい。
だからだろう。
俺の記憶では、七穂に平謝りしていた記憶しかないのは。
ともかく。
ここからだ。
俺が七穂を想うように惹かれていったのは。
そう、俺は七穂が好きなんだ。
全身全霊、愛してるんだ。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

午前から午後まで詰めた授業を終え、俺はバスに乗る。
座席は全部埋まっていて、仕事帰りのサラリーマンや部活帰りの高校でゴッタ返していた。
「早く帰りてぇなぁ・・・。」
俺は一人でぼやく。
タケシは、あの後単位が危うい癖にサボって遊びに行ってしまった。
他の奴等はバイトや、女の子とデート。
一人で帰るのは久し振りな気がする。
かといって、特別なわけでもない。
俺は溜息と共に、窓の景色を眺めていた。
流れて行く夜景。
住宅街。
商店街。
街中の風景から外れて、夜空を照らす灯り。
住宅街や商店街より眩しいラブホテルの灯り。
入り口に佇む男女が見える。
「良いな・・・。」
俺は羨望の眼差しで、その2人を見つめる。
バスは動いている。
さっきまで背中しか見えなかった、2人の顔が見える。
「・・・!?」
タケシ。
その後を追うように。
「・・・七穂・・・?!」
化粧をし、着飾っていたが。
あれは間違いなく、七穂。
分からない、ワカラナイ、わからない。
俺の中には、疑問より悔しさだけが募っていく。
"何故タケシが・・・?"
俺が七穂を好きな事知ってる癖に・・・?
割れそうな程、頭が痛くなり始める。
バスは、ただエンジン音を響かせつつ走るのみであった。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

空は良く晴れた次の日の食堂。
だが俺の心の疑問は晴れない。
あれからタケシにメールをしたのだが、返信さえない。
何度も頭に浮かぶ、嫌な光景。
俺はそれを何度も掻き消しては、また無意識に浮かばせていた。
「おっ!真紅!」
いつもと変わらない様子で、タケシが声を掛けてくる。
「・・・あぁ。」
昨日の事を思い出す。
タケシと七穂。
確かに二人だった。
「悪いな、昨日はメール返せなくて。」
「・・・あぁ。」
ラブホテルの灯りに照らされた二人。
心無しか、七穂が苦しそうにさえ見えた。
何かあった。
それしかない。
「・・・なぁ、タケシ。」
聞くしかない。
「んぁ?」
「・・・昨日、ラブホテルの前で七穂と何してた?」
「・・・ハッ、何言ってんだよ。夢じゃねぇか?」
少し強めに言ったが、あっさり返される。
「見たんだよ、昨日学校の帰りにな。」
「・・・。」
何か言ってくれよ。
「七穂と・・・何してた?」
「・・・。」
何か言ってくれ、頼むから・・・。
「俺は・・・。」
俺は。
「俺は七穂の事が」
「私が何?」
言い出そうとした瞬間に、七穂が後ろに居た。
「・・・・!」
驚きすぎて、思わず身を引く。
「私がどうしたの?真紅?」
その純粋に、疑問を投げ掛けるような笑顔。
「ねぇってば?」
あの時、見た笑顔と一緒。
「え・・・!?ちょ・・・。」
次の瞬間、俺は七穂を抱き締めていた。
周りの時が止まる。
呆然とするタケシ。
その他諸々。
何が起こったか理解できていない七穂。
そして、今の気持ちの整理が全く付かない俺。
俺は我に返って、七穂を抱く力を少し緩める。
「・・・。」
七穂は少し顔を赤らめ、涙で目を潤していた。
可愛い・・・欲しい・・・。
「俺は。」
そう、誰よりも。
「俺は七穂が好きだ。」
そう言って俺は七穂の唇を奪った。
そのkissは長く、甘く、優しく。
俺はゆっくり唇を離す。
少しだけ、唾液が糸を引いたのが見えた。
「・・・行こう。」
俺は七穂の手を無理矢理引いて食堂を出る。
去り際にタケシを見る。
タケシは呆然と、ただあっけに取られている。
「・・・悪いな、七穂は譲らない。」
聞こえてるか分からなかったが、関係無いだろう。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

携帯が震える。
タケシからの電話だ。
俺は七穂の手を握りながら電話に出る。
「もしもし・・・?」
「真紅。」
「何だ・・・?」
「言っといてやる。」
俺は思わず身構える。
「・・・何を勘違いしてるか知らねぇけどさ・・・。」
「・・・?」
「俺は七穂にあの夜、告ってフラれただけだ。ラブホの前でな。」
「・・・はぁ?」
「それも、聖女でいるのに飽きることはないのか?俺と寝よう、ってな♪」
・・・アホだ、こいつ。
「昨日の今日だろ?恥ずかしくてお前にも言えなくてな。」
タケシはケラケラと笑う。
・・・て事はだ。
血の気が引く。
俺は勘違いで?
我慢できずに告白して?
七穂を抱き締めて?
それも唇奪って?
俺は無言で七穂を見る。
七穂は聞こえていたのか、うんと頷く。
「まぁ後は此れ聞け。」
タケシが携帯を耳から鳴らす音がした後に。
「真紅〜!お前恥ずかしいぞ〜!」
「真紅、アホだろ〜!」
「勘違い〜♪」
「早とちり〜♪」
口々に、囃し立てる仲間の声が聞こえる。
どうやらタケシから事情を聞いたらしい。
「・・・うっわぁ・・・恥ずかしい・・・死にてぇ・・・。」
七穂は俺の心中を察したのか、「私も好きだよ、有難う」と微笑む。
其の笑顔を見ると、何もかもどうでも良くなるから不思議だ。
そして俺の腕にギュッとしがみ付く。
「でも、嬉しかった・・・強引で・・・でも嬉しかった・・・。」
七穂の胸が、俺の腕により一層押し付けられる。
「もしもーし!聞いてるかー!俺以上に恥ずかしい王子様ー?」
電話はまだタケシの声で震えている。
其の後ろから雑音と歓声。
俺は電話を急いで切る。
二人きりになりたいから。
気のせいか、少し耳鳴りがしている。
まるでまだ食堂に居るようだ。
だからか。
ひやかしまじりのひそひそ声が耳に入ってくる。



●《自己批評》
『七穂さんの許可を得ています。
彼女の協力が無ければ、出来なかった作品です。
監督:真紅
吹き替え:真紅
脚本:真紅・七穂
協賛:七穂
提供:七穂
でお送りしました。』


《真紅 〜矛盾を愛する者〜 真紅》 


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎ひやかしまじりのひそひそ声が耳に入ってくる。

著者:フトン

゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「僕が君への欲望に身を焦がしていたことに、気づかなかったんだね?」

『偏愛』


著者:櫻朔夜  


「僕が君への欲望に身を焦がしていたことに、気づかなかったんだね?」香しい耳朶を甘噛みしながら囁く…


 彼女を見掛けたのは、数日前の会社帰りだった。事故で不通になった電車を諦め、普段は通る事の無い繁華街をトボトボと歩いていた時、僕の目に飛び込んできたのが彼女だ。その無邪気な、けれど何故か魅了される独特の雰囲気に釘付けになってしまったのだ。彼女の居た一角に辿り着くまでの間に、わざとらしい卑猥な声を掛けてきた安っぽいキャッチの女など到底足許にも及ばない。彼女の立つ空間だけが、清浄で輝いているのが一目で分かった。

 つい最近、理不尽で傷付くには有余る程の痛手を恋人に受けてフラれたばかり、不安定な精神状態だった。そのせいにはしたくないが、会社でも上司に怒られっぱなしだった僕に、彼女の微笑みは癒しとも救いともつかない何かがあった。
 立ち止まってしまった僕と彼女との目が合う。彼女は僕から目を逸らそうともせず、ただ無邪気に見詰め返す…完全な僕の一目惚れだった。

 それから今日までの数日間、電車の往来に関係なく毎晩のように彼女を一目見たい一心でその場所へと通い続けていたのだが、想いは募るばかりとなり、遂に今日、手を伸ばせば彼女をどうにでもしてしまえる程近くへと歩み寄った。それまでこんな繁華街のど真ん中で僕から興味を持つ女性が現れるなんて夢にも思わなかったし、何より社会人で大の男だという、甘いながらも世間並みの理性と自負はあった。

 しかし彼女はそれを全て、その笑顔で僕から奪った。人目を気にしながらも、そっと話し掛ける。
「君を好きになってしまったんだ」
 彼女は最初の晩に僕と目を合せた時と同じ無邪気な表情で答えた。
『最近毎晩見に来てくれてたから、いつ話しかけに来てくれるか、ずっと待ってたの』
 それは鈴を振るように心に染みる透明な声だった。

 そして僕はたった一晩で彼女を家に連れ帰る事に成功したのだ。目の前に居ることがまだ信じられないが、これは現実だ。彼女を抱くようにして電車へと乗り込み、一緒に僕の部屋へとやってきたのだ。



 僕はもう一度、心を込めて彼女に言う。
「僕が君への欲望に身を焦がしていたことに、気付かなかったんだね?」
 …何も知らない、無垢な笑みを浮かべ、僕だけを視界いっぱいに捉えている幼いくらいの顔を見詰め、僕は熱っぽく語りかけながら、艶のある白磁のような彼女の肌を撫で上げる。
「本当に綺麗な肌をしているね…」

 彼女の肌は白いだけでなく、ほんの少し赤味が差している。大丈夫だからと言い聞かせ、着替えをさせた黒のメイド服とのコントラストが眩いばかりに美しい。触れれば掌に吸い付く、とは正にこの事だろう。はにかんだような笑みを投げ掛ける彼女の頬を包み、顔を上げさせる。その瞳に僕は更に煽情されて思わず彼女を抱き上げた。

『何するの?』

 そう言いながらも僕の膝の上に大人しく収まった彼女の首筋に顔を埋める。
「大丈夫だって言ってるだろ?」


 僕の理性は完全に飛んだ。その瞬間から僕は彼女を掻き抱き、手荒く服を降ろす。 その胸の膨みはとても綺麗で、どんなに力を加えても型崩れすることなく僕の目を愉しませる。

「綺麗だよ」

 何度もうわ言のようにその言葉が口をついてでる。内股に指を這わせるとくすぐったそうにしながら、僕を見詰める潤んだまなざしに目眩さえ覚えた。彼女の香りに酔い、狂おしい程にその肢体を掻き抱き、髪の毛の一本一本から足の爪先まで、舌先で蛇の様に這い回り調べ尽くした僕の欲求はもう限界まで来ていた。彼女は僕の情欲を理解し受け入れ、身を任せてくれていた。


 僕自身を、彼女の体躯へと擦り付ける。美しい胸から、丸みのある腹部、そしてその先へと、それで愛撫しながらゆっくりと下りていく。その様に彼女が小さく『いいよ』と言った。
 僕は頷くと、更に擦り付けていたモノを強く押付ける。そこから広がる形容し難い数々の快感と愉悦が僕を飲込んでいく。
 獣のように彼女の体躯へと僕の情欲を突立て、その反復も心なしか早まる。滑らかで華奢な体躯が眼下で上下する度に果てそうになるのを必死に堪え、ただただ彼女に証を刻む。鈴を振るようだった彼女の声が、言葉にならない嬌声に変わる。その声が一段と大きく長く、僕の頭に響いた瞬間、堅く閉じた瞼の裏で光が弾けた。
 荒い呼吸を落ち着けながらゆっくりと目を開く。彼女は僕の白濁に塗れ、美しかった。



 それからというもの、一緒に生活を始めた彼女に欲情しない夜は無かった。ベッドの上は勿論、風呂でも、食事中でも、テレビを見ながらでも、僕が求めるだけ彼女は応える。会社帰りにコスチュームを物色し、帰宅後すぐに着替えさせて弄ぶ。そんなことも少なくなかった。
 しかし彼女の存在の稀有さはそれだけではない。僕の愚痴や悩みをただ黙って聴いてくれたり、その無邪気な笑顔を絶やさずに僕を癒してくれたりすること、何を取っても理想の女性だったのだ。僕が彼女に溺れないでいられる理由など何もなかった。


 しばらくすると僕は会社にも行かなくなっていった。日々、彼女との淫らな行為に耽り、それ無しではもう感情のコントロールさえままならなくなった。
 誰との連絡も謝絶し、退廃した毎日を繰り返すうち、喧しく鳴り続けた電話やインターフォンも静かにり…ようやく2人の空間が当たり前になってきた頃だった。


――ガチャ…



 ある日、突然玄関の鍵が開いた音がした。続いて、女の声。
「ねぇ、いるの?」

 僕は反射的に隣で寝ている彼女を守ろうと起き上がった。侵入者が入って来るであろうリビングのドアへ意識を集中する。
 入って来たそいつは、僕を見るなり叫んだ。

「何やってるのよ!!そんな…」

 女はこの間僕から去った元恋人だった。僕はその女の言葉の先を中断させようと、負けずに叫んだ。

「うるさい!お前には関係ないだろ!」

 女は皆に言われ、まだ返していなかった合鍵をつかって様子を見に来たのだろう。心配そうに入って来たのに、今は狼狽しているのが見て取れる。そして申し訳なさそうに、今度は肩を落として言った。
「私がエッチ下手だからアナタと別れたいって言ったから?」

 僕は背後で怖がっていた愛しい彼女を振り返り、無視を決め込んだ。

「まさかアナタがそんな人形とこんな…」

 女の台詞に逆上した僕は、「黙れ!お前なんて彼女にくらべれば下衆だ!出てけ!」と一喝した。泣き出しながら外へ駆け出した女など気にも留めず、傍らの30センチにも満たない最愛の彼女を見詰める。

『私はずっとアナタの側に居るわ』


 僕にしか聞こえない声で彼女が言う。勿論さ、僕にはそれだけが全てだよ。



 静かな満足感がわいてきた。



●《自己批評》
『加減がわかりませんでした』


《+ AcetiC AciD + 櫻朔夜》 


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎静かな満足感がわいてきた。

『〜しじま〜』


著者:kazumi 


静かな満足感がわいてきた。

これでもう、この人はどこにも行かない。

満足そうにほうけた顔で。あれまぁ、子供の寝顔のようだねぇ。ふふ。
そう思うと、もう愛しくて、さっき優しくなでつけた髪に両手の指を根元に入れて、またくしゃくしゃと弄ぶ。くせのある柔らかい髪のくせをして、指の先に生え際のちょいと硬い立髪のひとつひとつがざらっとあたってぞくぞくと気持ちがいい。

じゅうぶんに髪の中を弄んだその指先であたしは自分の唇をなぞる。時さんの男らしい脂のにほいが唇のすきまから鼻腔にぬけてゆく。鼻で直接嗅ぐなんて野暮なことはしない。おとこの匂いは唇を通して吸い込むものだ。肺の中にいっぱいにしたなごりを鼻にわけてやればいい。あたしは時さんのにほいがこの世でいっとう艶っぽいにほいだといつも思う。

だから他の女が時さんのそばを通るだけでいやだった。

それから、唇を割って舌を入れる。
あたしの舌は、眠って動かない半開きの前歯に阻まれてその先にいけなくて、しかたなしにその歯をなぞるように舌先で時さんの口の中でひとり遊びをする。やっぱり、一人はつまんない。いくら時さんの口の中でも。

それから下唇をあたしの唇ではさむように吸ってひっぱり ぽっと離す。唇は生き物のように名残惜しそうにゆっくり元の位置にもどる。

もうすぐ、どこを触ってももどらなくなる。いまのうちの戯れをあんたは、なにやってんだいとその眠り顔の向こうで笑ってるんだろうねぇ。




雪んなかも行ったね。河も見た。崖っぷちものぞいたね。
どこ行っても見るだけでおわっちまった。(笑)寒いの、冷たいの、高いのとさ、
藪んなかで虫さされにさえ怖がるあんたが、今度ばかりはよく辛抱おしだったね。。。


いいこだったねぇ、時さん。
またかわいくなって、硬くなり始めた頬に、自分の頬を強く揺さぶるようになでつける。

・・・(笑)痛いねぇ、時さん、なんでこんなに綺麗な頬にひげなんて生えちまうんだろうねぇ、男ってやだねぇ。ふふっ。


・・・ねぇ、時さん、あんたは涙なんか流さないんでしょうね。
・・・あたしが代わりに泣いたげる。



あたしたち、ふたりっきりだ。心底、ふたりっきりになれた晩だよ。




そろそろ寒いかい?

あんたの好きな紅の色、ふとんがわりに体中にかけてあげるよ、あったかいわたしの身体から、あったかい紅を、すきまなく あんたに。


ふたりっきりだねぇ、、、時さん、、、、、気持ちいいねぇ、、、、






風の音が ・・・・聞こえ・・・る・・ね・・・・・・。



●《自己批評》
『精一杯で(汗)m(__)m;』


《心よ届け 〜kazumi の部屋〜 kazumi》 


゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜

◎「あなたは涙なんか流さないんでしょうね」

著者:これゆき

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◎恐らく、致命的な結果を招くことになるとは思ってもみなかったに違いない。

『パラレル』


著者:時雨  


 恐らく、致命的な結果を招くことになるとは思ってもみなかったに違いない。
 そう思わせたのは私だし、そう思ったのも他ならぬ私だ。
 どうしたらよかったか、なんて分かる筈もなかった。
 分かったところで、感傷に浸る暇などもう私には与えられてないようなのだが、脳裏を掠め行くのはただ懐かしいような幻想だった。
 目の前の機会が耳障りな高音をたてて私を急かす。
 そしてようやく私の時は終わるのだと笑いながら。


2006.3.31.

 長い、長い夢を見た。気がした。
 それが破られたのは、寝呆けた頭がやっと音を認めたからで。
「……ちょ、起きて、悠。」
「んですか」
「電話。頭どけて、動けない。」
 不自然な姿勢で上体を起こした身の左腕は、隣に寝る悠の頭の下にしっかりと轢かれて。
 失敗した。いつもは上手く首の下に入れるんだけどな、畜生。
 酷く不機嫌そうに眉を顰めたその人は、音のする方向を仰いでみせると、勢いをつけて起き上がる。
 拍子、柔らかな髪が頬を擦った。
「ぅわ、何。」
「貴方が出ると用件が分からなくなるから私が出ます。さっさとお風呂入ってきてください。」
 悪かったな。
 しつこく鳴り続ける機械音。呼応するように痺れる左腕に、思わず溜息が出る。
 この状況は、何と言うかこう、……惨めだよな、俺。

 *

 電話は、二言三言で済んだようだった。
 風呂から出てみると、悠は台所で固まっている。
「悠、風呂空いた。入る?」
 眉を顰めたまま冷蔵庫と睨めっこしていた悠は、俺の顔を見て不意にとろんと微笑んだ。
 虚をつかれて、柄にも無く心臓が跳ねた。
 近くに行けば、つい、と無造作に首筋に唇を寄せられる。ごく、軽く。
「ああ、良い香りですね。」
「……服、濡れるぞ。」
 湿った肌に息がかかる。腰から触れられた部分に向けて、快感が逆流する。
 髪から滴った水滴が、清潔な色のシャツを濡らしていく。
 やばい、これはやばい。何でこいつこんなご機嫌なんだ。
「何、嬉しい電話?」
「そうですね。」
 まるで聞いてないかのような返事が、宙に浮いて、次の瞬間いきなり落ちた。

「大好きですよ、俊樹。」





2007.3.28.

 夜の公園は柔らかさの欠片も含んではいないようだった。
 曖昧な影。無機質な蛍光灯。もういくらか咲いている桜の木だって、照明が自動販売機じゃホラーにもならない。
 春が来るのに風は冷たい。この時期の風は涙の香を孕んでいて居心地が悪かった。
 あれからもう一年だ。もう一年も経つ。世界は嫌になる程ゆっくり歩いているのに。時は思い出を刻む事を拒否するように止まったままだ。
 ブランコ。滑り台。シーソー。砂場。電話ボックス。

 ……電話ボックス?

 公衆電話があるなんて知らなかった。もう何度も通り過ぎた公園なのに。
 ゆっくりと近づきながら、ふと、俊樹が気紛れのように寄越した「もうすぐ着く」の連絡を思い出す。
 大切な存在だった。社会から見れば許されない事は分かっていた。それでも、どうしようもない位に惹かれた。どうしようもない位に愛しかった。同じ性を持っていたのに。
 見た目よりもずっと抵抗のある扉を開く。紫がかった白い光に桜の色を連想する。
 俊樹はここからかけてきたんだろうか。
 馬鹿らしいと思いながらも、おもむろに受話器を取り上げると、小銭を放り込んで、今は空っぽの家の番号を押した。

 一秒

 出るわけも無い

 二秒

 唯一の住人はここで戯れに悲傷に沈んでいるのだから

 三秒


「もしもし」


 心臓が止まるかと思った。いや、止まった。
「もしもし、もしもし?……どちらさま?」
 喉が嫌な音をたてて酸素を求める。心臓の音が頭を揺さぶって、空間までがざわめいてる気がする。
 聞き違いなんかじゃない、間違いなくこの声は、でもまさか。まさか。
「……俊樹?」
「…………誰、あんた。」
 警戒心の混じるその声に、混乱が一気に引いた。
 そうだ、よく似た声なんてざらにある。
 恐らく番号を間違えたのだろうと判断すると、自分の愚かさが痛かった。
 こんな夜中に。迷惑千万な話だ。
 謝りかけて、唐突に叩き付けるようにして電話を切った。

 受話器の向こうに聞こえた声。

『何です?』

 あれは、確かに自分の声だった。






2007.3.29.

 雨の音がする。
 響いて、遠のいて、充満していく。
 あまり気持ちの良い目覚めとは言えなかった。

 昨日、電話ボックスは、私が出ると霞のように消えてしまった。
 繋がった電話の向こう、在り得る話じゃないのは百も承知。
 窓を覗くと、外はモノクロの世界。ガラスに薄く映った眼は、戸惑いか不安か、あるいは切望といったどうしようもない感情を色にして揺れた。

 雨の音がする。
 思考が地に落ちて、頭が重たい。
 形の無い直感だけが騒いで、気ばかり急いて夜を待った。

 *


「はい。」


 消えた筈の電話ボックスは、当たり前のようにそこにあった。
 家で見つけた度数の少ないテレフォンカードが、狭い入り口に飲み込まれるのを奇妙な気持ちで眺める。
 繋がらないんじゃないかという不安も、ワンコールで杞憂に終わった。
 昨日と違うのは、出たのが自分だという事。
「もしもし?」
 そうか、その可能性があった。後先考えずに行動した自分に腹が立つ。
「……もしもし。夜分遅くにすみません。……俊樹は」
「今はまだ帰っていませんが。どちらさまでしょうか。言伝などございましたら。」
 考えあぐねて口にした名前は、驚くほどすんなり通ってしまった。
 こうなるともうどうしていいか分からない。
 混乱した頭は、今出来る最短の思考を紡ぎ出す。
 ああそうか、パラレルワールドってやつか。
 ……そんな馬鹿な。
「いえ……いいえ、大丈夫です。すみませんが、教えて下さい。今何年の何月何日です。」
 向こうの自分はこちらの正気を疑ったようだった。一拍おいて言葉が返された。
「あなた誰です」
「お願いします、教えて下さい。俊樹の事に関係するんです。」
 切羽詰まっているのが伝わったのか、最後の一言が効いたのか、いずれにしてもすぐに電話を切るような自分でなくて良かった。
「……今は、2006年の3月29日です。何です俊樹の事って。本当にあなた誰ですか。」

 一年前だ。

「聞いて下さい。私は一年後のあなたです。明後日に、俊樹が死にます。車に撥ねられて」

 電話の向こうで、自分が息を詰まらせたのが分かった。声に切れるような怒気が含まれる。
「……ちょっと待って下さいよ、いくら悪戯でも言って良い事と悪いことが」
「悪戯じゃないんです」
「悪戯じゃなければ何だって言うんですか。いい加減に」
「本当に死んだんだからしょうがないじゃないですか!」
 思わず出た大声は、悲鳴のように狭い空間に響いた。
 余韻が耳に痛い。静かだ。
「……今が、未来だっていう証拠があれば信じますか。」
 沈黙。
 それでも喋ってしまわないと壊れそうだった。どんな事をしたって信じてもらわなくてはいけなかった。
「明日、朝に地震があります。壁に掛かってた三つの絵のうち、左端の猪の絵が落ちて。額のガラスで俊樹が右手の中指を切ります。
 これが起こったら信じて下さい。明日また同じ時間に電話します。あなたが出て」
 言い終わらないうちに電話が切れた。


 雨の音がする。
 妙に熱を持った耳に、周りの音がやっと戻った。






2007.3.30.

「落ちました。指も切れました。どういう事です。」
 電話越しの声は、昨日とは様子が違っていた。それでも尚、疑いをかける向こうの自分に苛々する。早くしないと時間が無い。もう本当に無い。
「どういう事も何も、信じてもらえないんですか。」
「だってこんなのありえないでしょう。何なんです。未来って未来ですか。」
 確かにこんなのは有り得ない筈だ。でも今起こっている。それならどうしたら良い。理解してもらうために。
「……悠、あなた実は引越し祝いに頂いたセットのティーカップ割ったでしょう。五つのうち二つ。ごみ出しは俊樹がしちゃうもんだから、未だに袋に入れて持ってる。」
 信じて、と、何度目かも分からない願望を零すと、長い静寂の後に、観念したように溜息が吐かれるのが聞こえた。

「…………明日、車に撥ねられて、ですっけ。」

 *

「俊樹が、昨日割れた額を買いに行こうって言いませんでしたか。」
「言いましたよ。すぐじゃなくて良いって言ったのに聞かなくて、まさかそれで出かけたときに轢かれるとか?」
 轢かれる。そう轢かれたのだ、目の前で。
 ああ、どうしようか。声が滲む。
「交差点で、信号無視した車が突っ込んできて、わたしを庇って撥ねられたんです。」
 喉に刻む一つ一つの音が痛い。
「救急車が着く前に、死にました。」
 涙など疾うに涸れたと思っていたのに。
「お願いです。彼を助けて下さい。どうにかして行かせないなり、別の道を通るなりして。」

「……はい、勿論。」
 





2007.3.31.

 眠れなかった。
 高揚感だか焦りだか、そんなもので一晩中息苦しくて、あの電話ボックスは夜しか無いんだと承知でそれでも公園に足を向ける。
 無いと、思っていた。
「……あれ、何で。」
 人気の無い公園。電話ボックスは、僅かに陰影を纏って、泰然と薄闇に浮いている。
 今更何が起こっても不思議とは思わない。しかし流石にこれは気が抜けた。
 かけてみようか。
 早朝だから、とか、そんな理由は理由にならなかった。
 想いだけ先走って、胸が痛い。

 電話のコール音が切れるのは、すぐに、とはいかなかった。
 あと三コールで切ろうと思った時に、繋がった。
 
「今日は早いんですね。」
「……どう、ですか。」
「駄目でしたよ。いくら言っても聞かないんです。でも」
 止めます、止めてみせます。強い口調は心地のいい安堵感を招く。
 短い沈黙の後、驚く程に静かな声が呟いた。
「それから、ひとつだけ。」

「あのひとは言いましたか。」

 何を、と問い返そうとして、瞬間、理解した。
 『同性で恋は成り立たないんですよ。平行線は交わってしまったら行き止まりでしょう?』
 だから、と私は言った。恋心を認めるなんて、許さない。愛を口にするのは止めましょう。それ以外は、別に変える必要もないけれど。
 電話の向こうで自分が、あのひと、という言葉をひどく丁寧に発音したのに苦笑しながら、答えを返す。
 相手は満足そうに笑って、何も言わずに電話を切った。
 きっと向こうの自分はやってくれるだろう。俊樹を助けてくれるだろう。また声が聞けるのだと思うと、剥き出しの恋心が締め付けられて、知らず視界が霞んだ。

 *

 陽が落ちるまでそうかからなかった。
 番号をコールする指が縺れる。きっと。でも、もし。
 
 向こうが出るまで随分かかった。聞こえたのは俊樹の声だった。
 生きてた、良かった。
 思わず愛しさで理性が飛びそうになった。感じた異様がそれに歯止めをかけた。
「……悠は、悠は居ますか。」
「居ない」
「え」
「死んだ。事故で。もう居ない。」
 
 もう居ない。

 よく聞けば俊樹の声は滲んでいた。
 ああそうか、庇って代わりに逝ったのか。
 受話器を置くと、目の前の機械は耳障りな高音を立てて、度数の切れたカードを吐き出した。
 白々と頭上で光っていた蛍光灯が、ジジ、と音を立てて点滅する。
 体の先の方から冷えて行く感覚がする。見ると、指先が透けていくのが分かった。
 考えようによれば幸せな最期だ。
 見開いた瞳の向こうで、満開の桜が白い花弁を落としていた。
 『あのひとは言いましたか。』
 代わりに消える事が自分の答えなら、今度は私がそれを言ったんだろう。

 ゆっくりと、瞳を閉じた。





2006.3.31.

「大好きですよ、俊樹。」

 反則だ。
 (認めるなんて、許さない) 先にレールを敷いたのは悠だ。交われない道ならそれでもかまわないと思っていた。
 それを崩すのが、こんなに簡単だとも知らずに。
 白いカーテンが揺れる。窓際に活けた春番紅の花が、僅か不安げに慄いた。

「ありがとう。……俺もお前が好きだよ。」

 瞬間、目の前の瞳が、どうしてか少し悲しげに歪んだ。



●《自己批評》
『長い。何か色々すっ飛ばした気がします。無謀でしたね。書き始めると終着点が見えなくて。
しかし「もしもし」が煩かった。自分の事私って言う男性は居るのかとも思った。案外身近に3人も居た。吃驚。
因みに微妙な補足をすると、春番紅はクロッカスの事。花言葉のひとつは、あなたを待っています。』


《箱庭 時雨》 


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◎「ありがとう。僕も君が好きだ」

『病まない雨』


著者:篠原まひる


「Thank you! 俺もお前が好きだぞぉ」

 ラバトリーから、少しだけエコーが篭る、妙に間伸びした呑気なツカサの声が聞こえて来た。
 私は、ツカサのいつもの調子の返答に、ちょっとだけガッカリしながら、そしてそれ以上の罪悪感を持ちながら、軽い苦笑いのまま、「ありがとう」と返答した。
 半分開いたドアーの向こうからは、ツカサが使う水道の音が聞こえた。 きっと今の私の声は彼には届いて無いだろうと思い、もっと悲しくなった。

 突然、手に握り締めていたマナーモードの携帯電話が震える。 私は、ツカサがまだラバトリーから出て来ないのを確認して、そっと携帯電話を開く。
 メールの送信者は、やはり私が思った通りだった。 内心の焦りを隠し、私はすばやく、「彼が帰るまで待ってて」と打ち、そのまま電源を落とした。

 何も、同じ日に来なくてもいいじゃない。 私は心で文句を言いながら、ソファーの上で膝を抱く。
 窓越しの休日の午後は、灰色一色のような空模様。 昨夜から続く長雨は一向に止む気配も見せず、時折物凄い勢いで、窓を打ち鳴らす。

 雨に濡れる街は、建物までもが灰色に塗り潰されているかのように、暗く見えた。
 細いボリュームのままのFMは、そんな灰色の街に相応しい曲を選んでいるかのように、少し物哀しいラヴバラードばかりが流れ出る。
 暗い部屋の中、私は抱いた膝の上に頬を落とし、そぼ降る雨の音に耳を傾けつつ、さっきのメールの主の事を想う。

 ツカサが戻って来た音がする。 冷蔵庫の開く音がして、続いてビールのプルタブが引かれる音。
 外では、水を撥ねて通り過ぎる車の音や、どこからか聞こえる楽しげな話し声。 目を瞑ったままの私の耳に、沢山の音が流れ込む。
 私は、軽い眠気を覚えつつ、同じ姿勢のまま、ツカサの声を待つ。
 スピーカーからは、Billy Paulの、Me and Mrs.Jonesが流れ出した。 何と皮肉で、何と優しい歌声なのだろうと思った。



 ツカサの唇が、強く、私の舌を吸い上げる。

 ツカサのビール臭い息が、私の首筋に吐き出されるのを感じる。
 私は、彼のいつもの、くすぐったいような、それでいて凄くじれったい愛撫に、身体を反応させる。

 いつも、思う。 聞いた試しは無いけれど、きっとツカサは、私以外の女性を知らない。

 いつもいつもツカサは、私がしてあげた通りに、私が反応を示す通りに、まるで私と言う人間が彼の中での全てであるかのように、教えた、教わった通りの行動を辿る。
 だからツカサは、私が知る以上の事を知らない。 私が教えた以上の事は出来ない。

 いつもの、じれったく、もどかしいセックス。
 私は、ツカサが突き上げてくるその動きのままに吐息を漏らし、彼の汗ばんだ背中に両手を回し、強く強く抱き締めながら、言葉に出せない想いを送る。


 ねぇ、ツカサは私以外の女性を抱きたいとは思わないの?

 ねぇ、ツカサは、私が今まで、何人の男と愛し合ったか知っているの?

 ねぇ、ツカサが帰った後、私はここで、誰と逢うのか知っている?

 ねぇ、ツカサ。 どうしてツカサは、私の、「愛してる」には、同じ言葉を返してくれないの?

 ねぇ、ツカサ。 あなたが言う、「好き」は、どんな想いの、「好き」なの?

 ねぇ、ツカサ。 ねぇ、ツカサ。 ねぇ・・・・・。



 ツカサは、オーガズムを迎える前には、必ずそれを私に伝える。

「イっていい?」 私は強く目を瞑りながら、軽く頷き、「うん」と答える。
 いつもの儀式だ。 私はツカサを、身体ごと受け止めるかのように抱き締めつつ、彼がイクのと同時に、私も小さな悲鳴を上げる。

 ツカサは終わった後、いつも嬉しそうに、私に聞く。
 私の頭を撫でながら、今日も一緒にイけたんだねと、私の頬に軽くキスをくれる。
 私もまた、いつものように、恥ずかしそうな表情を浮かべ、「うん」と頷く。

 ツカサはいつも、私が感じているかどうかを気にする。
 何度イけたか、どんな行為に感じたか、そんな事ばかりを気にする。

 最初の頃、そんな事ばかり考えなくてもいいんだよと、何度も何度も私は言った。 女の望むセックスとは、そんな所にはないんだよと、何度も何度も彼に伝えた。
 それでもツカサは、私を気持ち良くさせたいその心を、私に伝えてくれた。

 幼さの残るツカサの笑顔。 セックスにまで、私に気を使うその性格。
 私は彼を抱き締めながら、「うん、気持ち良かったよ」 いつも残酷な嘘をつく。



 シャワーを浴びたいと要求するツカサに、今日は妹達が来るからと嘘を言い、追い出しに掛かる。
 口を尖らせながら不平不満を言うツカサは、まるで本当に子供のようだ。 私は、大きめのパーカー、一枚だけを羽織ったままで、苦笑を堪えつつ、母親か姉のように、彼に服を着せてやる。

 外の雨はますます激しく、玄関のドアーを開けようとした所に、風に煽られた雨が打ち掛かった。
 外からの風に身を縮めながら、ツカサと軽いキスを交わし、一言、「ゴメンね」と耳元でささやく。 ツカサは、「大丈夫」と笑いながら傘を差し、次第に暗さを増して来る、雨の街へと歩き出した。
 私は、「ゴメンね」の意味を取り違えた彼に、本気で胸が痛くなるような罪悪感を感じながらも、急いで携帯電話の電源を入れようとしている自分に嫌気を感じ、嫌と言う程に、恥を感じた。

 私は電源を入れ、すぐにコールをする。
 一度目の呼び出し音で、電話は繋がる。

 どこにいるのと私が聞くと、アキラはいつもの低い声で、近くにいるとだけ答える。

 私がいくらも待つ事無く、玄関のドアーが打ち鳴らされる。 ドアーを開けると、何もかもがズブ濡れになったアキラが、そこに立っていた。



 どこにいたのよ? 私が聞くと、アキラはためらいもせずに、家の前で待っていたと返す。 キスをする度に、シャワーの熱い湯が、二人の口の中へと流れ込む。

 何でそんな所に立っていたのよ? 私が咎めると、アキラは、他に行くあてが無かったと簡単に言い返す。 私は、アキラの身体を両手で撫で回しながら、ちょっと背伸びをして、軽く耳を噛む。

 今まで、彼氏と一緒にいたの。 私が言うと、それで? とアキラは聞き返す。
 熱いシャワーの中、私は彼を強く抱く。 彼の、浅黒い肌の中に顔を埋める。 目を瞑ると、再び私の耳に、音が聞こえ始めた。

 雨よりも、熱く強く降りそそぐ、水の音。 遠い昔に、丸まりながら聞いた記憶があるような、鼓動の音。
 私は、熱い雨の中、ずっとアキラにしがみついたままだった。


 まだ、二人の汗を沢山吸ったままのシーツの上に、アキラは堂々と寝そべる。
 私は、つい先程まで、別の男に抱かれていたベッドの上で、今度はまた別の男の上に覆いかぶさる。

 アキラはきっと、私がさっきまでこのベッドの上で、快楽の声を上げていたと白状したとしても、眉一つ動かさないだろう。
 いや、恐らくはきっと、そんな事は知っているのだ。 知っていても平気なのが、いつものアキラなのだ。

 私は、丹念にアキラの身体に舌を這わせて、誰にもしないような愛撫で、彼を愛する。
 彼は私に全てを任せ、時折軽い反応を示す以外は、ただ私のされるがままに寝そべっているだけだ。

 私は、全身にくまなく舌を滑らせながら、何気無くアキラの全身のパーツを点検してみる。

 アキラの胸を唾液で濡らしながら、夏でもないのに、また肌の色が黒くなってるなとか、脇腹を撫でながら、真新しい綺麗な傷を見付け、今度は何をしたんだろうと疑問に思ったりとか、せめて他の女性が付けたキスマークぐらい、消えてから来なさいよ・・・とか。

 そして私は、膨張したアキラのパーツを口で含む。 アキラは小さく吐息をあげる。
 私はいつも、ツカサにはしないような淫らな行為で、アキラを愛する。

 私は、アキラと触れている時だけ、私の中のタブーを解放出来るような気がした。


 アキラはいつも、肉食獣の匂いがした。 まるで、自分の牙が折れたら、そこで人生の幕が閉じてしまうような、そんな男に見える。

 彼は私を胡座で座った上に乗せ、ゆっくりとじらすように、果てしなくのんびりと突き上げつつ、何度も何度もキスを重ね、長い長いセックスを楽しむ。
 アキラとの、いつものセックス。 だらだらと、ひたすら長い、果てしの無いセックス。

 アキラと肌を重ねていると、まるで自分までもがケモノと同じ体臭に変わるような気がした。

「愛してるよ」
 アキラは言う。

「好きよ」
 私は答える。

 アキラは私に、「好き」とは言わない。 ただ、イクまでの間、ずっと私に語りかける。 「愛してる」の言葉を。

 愛してるって、何なの? 私は彼に、声には出さずに問い掛ける。
 アキラは私を、まるで子供を抱くようにしながら体位を変える。 私は、汗っぽいアキラに覆われながら、その服従の喜びを、身体中で反応させる。

 ・・・愛してる。

 もっと言って・・・。

 ・・・・・・愛してる。

 もっと言って・・・・・・。

 私はアキラの下で、激しく突き上げられながら、彼よりほんのちょっとだけ早くイった。

 ラバトリーより漏れてくる灯り以外何もない、真っ暗な部屋の中、二匹のケモノの息遣いだけが響く。
 いつしかスピーカーからは、いつか昔観た映画の、印象的な主題歌が流れていた。

 気が付くと、私の耳へと届く音の中に、アキラと交わっていた間、ずっと屋根を打ち付けていた雨の音だけが止んでいた。



「これから行くの?」 私が聞くと、アキラはただ短く、「うん」とだけ答える。

 終電すら無くなったこんな時間に、一体どこへといくのだろうかと疑問には思うが、私は敢えて聞きはしない。
 どうせこいつは野良なのだと自分に言い聞かせ、私は、まだ生乾きのジーンズをベッドの上に放り出す。

 暗い昼下がりのワンシーンと一緒だった。 私は全裸のままで、膝を抱きながらソファーの上で座り込む。

 真っ暗な部屋に、ドアーから漏れ出す一筋の明かり。
 アキラの、ヘアムースを押し出すスプレー音が聞こえて来る。

 こいつは、一体どこまで鈍感な男なのだろうかと呆れる。
 きっと彼は、私が付き合っている男の存在など、本気でどうでもいいのだろう。 恐らくアキラは、ドアーの向こうで当たり前のようにツカサのヘアムースを頭に塗り付け、体裁を整えているに違いない。

 今、私がアキラに、「愛してる」と言ったなら、アキラはどう返答するのだろうか。

 きっと、何の躊躇もなく、間髪入れずに、同じ言葉を返して来るに違いないと思った。

「今日は、いくら欲しいの?」
 私は、「愛してる」の言葉の代わりに、いつもと同じ台詞を吐く。
 そしてアキラも、いつもと同じ。

「いくらでもいいよ」

 私は、財布の中のお金、千円だけを残し、後は全部生乾きのジーンズのポケットへとねじ込む。

 どこまでも、いつもと同じ。 事が終わったら、金をせびって再びどこかへと消えるだけ。


 全裸のアキラが、私の前を通り過ぎる。 アキラは黙って、私が置いておいたシャツとジーンズを身に着ける。
 玄関先で、アキラが靴に足を落とすと、ぐしゃりと湿った不快な音が聞こえて来た。
 そう言えば、靴だけは乾かしてなかったと思い出すが、どうやらアキラにはそれすらも不要な事らしく、「じゃあ」とだけ言うと、何のためらいもなく玄関のドアーを開けた。

 外は、音の無い霧の雨。

 街は、濡れたアスファルトに街灯の灯りが乱反射する、夜の闇。

 信号機は黄色の点滅を繰り返し、遠くにアクセルを吹かす車の騒音が聞こえた。

 アキラは、私が差し出す傘を、後ろ手だけで断りながら、深夜の街へと消えて行った。

 彼は両手をジーンズのポケットへと差し込んだまま、少し肌寒い夜の中、その風景と同化する。
 ただの一度も後ろを振り返らない彼は、一体今から、どこの誰の家へと向かうのだろう。 私は、今度は一体いつ逢えるのかも分からない彼の姿を、街の明かりに溶けて消えたままに、いつまでもいつまでも見送った。


 人生には幾度か、心底寂しく悲しい夜がある。

 私は、二人の男に抱かれたベッドに腰掛け、再び電源を戻した携帯電話で、寝ている筈のツカサへとコールする。


 何十回もの呼び出し音を聞きながら、出ない相手に、私は何度も何度も愛を呟く。
 果たして私は、どこの誰に、その言葉を聞きたいのだろう。

 音が聞こえる。

 再び強くなり始めた雨の音。

 私の独り言が、嗚咽で言葉にならなくなった頃、呼び出し音が途切れる。
 寝惚けながらも優しい声に、精一杯の言い訳をしながら、私は相変わらずの欲求的なる言葉を並べる。

 次第に数を増し、屋根を打ち付ける深夜の雨は、私の嘘まで、優しく掻き消してくれるかのようだった。



●《自己批評》
『MCには、一度参加者として参加したいと思っていたので、今回その機会を与えていただいて、凄く感謝しております。^^
 私はいつも、一読者として、毎回楽しく読ませていただいていますので、皆様これからも頑張って下さいませ。』


《篠原まひる》


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◎「人生には幾度か美しい瞬間がある」

著者:知

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◎むくわれない愛に死のうとしているのかしら。

著者:亜季

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◎「ひっそり目立たなくして、男の熱い視線を拒むんだね。相手が毛嫌いしている男性だからかな」

著者:一茶

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◎自分の肉体を切り裂く魔物のような欲望と闘っていた。

『オペラ座の腐れ』


著者:タイラヨオ  


自分の肉体を切り裂く魔物のような欲望と闘っていた。何て気持ちが良いんだろう。
ただこうして隣を歩いているだけの事にすら、大そう体力を消耗しているような気がする。
会話なぞしようものなら、手なんかが触れようものなら、脈略の無い着地点に電光石火で直行する腐った想像により、私はつい無口になってしまう。
機嫌でも悪いのかと尋ねられたって、真意を告げられようはずも無く。

独りで迎える夜、私は自由に魔物と遊ぶ。
身体の中から出してやるんだ。目を閉じて毛布を抱くように横たわり、暗闇に描き繰り広げるドラマに自ら出演する。交わす台詞は毎晩微妙に違うんだ。
気に入らなければシーンを変えてやり直し。魔物の機嫌次第ではそれはそれは劇的に甘美な名場が面登場し、触れる事も無く事の後のような疲労感すら携える。
呼吸は乱れ、すっかり果てる。心から愛しているんだと思う。

告げてしまえば良いと人は言うだろう。
何も手が届かない相手とは限らない。こう見えてもモテない方ではない。
もしかしたら向こうも自分に気があるかも知れない。
でも今は是が気に入っているんだ。こんなに欲しいと思っているものに、手を伸ばし得てしまうのは勿体無い。もっとずっと、魔物と遊んでいたい。

魔物は自分、自分は魔物。飼っているとも飼われているとも知らぬ感情を大切に持ち歩きそっと撫でる。この世に実在しない世界が此処に在る。
確かに毎日生き色彩を帯びている。物理的な実証は必要ないほどに輝いて幾度と無く幸せを供給してくれる世界。手放すにはまりにも惜しい。

私の中で日々何が繰り返されているのか、知る者は居ない。
変化も未来も目的も無い毎日を引き摺っているように見えても可笑しくない。
不思議そうにこちらを覗くその顔に、おおよそ予想の付く不穏な色を見たならば、一言だけ言ってやればそれでいい。魔物に言っているのかも知れないにせよ、言葉はひとつ。

「ここにいろよ」



●《自己批評》
『強制的に初参加w
要領もよくわからず、ダラダラと思いつくままに書いてみました。
一方的な愛情と魔物っていうキーがオペラ座の怪人くさいかなと思ってそんなタイトルにしてみました。BGMはアレでお願いします。』
『最初は片思いゾロ設定で書いてたとかは内緒w』


《website タイラヨオ タイラヨオ》 


∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞

◎「ここにいろよ」

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出題者:おりえさん  
作品名:『ちぎれたハート(ハーレクイン)』 著:ダイアナ・パーマー 訳:竹原麗 
正解者:無し

ついにSMC、UPですね。皆さんの作品ドキドキしながら読んでいます。
で・・毎度のことで申し訳ないのですが
一つ訂正お願いします。
>身体を動かすことさえ億劫なように 男は空洞のような目で静流に言う

「震える手。そんな動きさえ思うようにならない身体。男は空洞のような目で静流に言う。」に お願いします。
やっぱり、色気が足りなかったなぁ(泣)

2007.04.01 23:03 URL | なずな #mQop/nM. [ 編集 ]

なずなさ〜ん、直したよっ!

・・・ってか、女性はドキドキなの?
男はどんどん前のめりで、モニターが近くなって(やめなさい)

2007.04.01 23:34 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]

全然気付かなかったんですが、最初の文、「思ってもいなかった」になってるので「思ってもみなかった」に訂正お願いしますm(__)m

2007.04.02 22:40 URL | 時雨 #lhgDXi1Y [ 編集 ]

少しの間、MCをお休みさせて下さい。
前月から子供が入院を繰り返し、私も体調を崩し今、PCに向かえないので…
今回も提出出来ず、本当にごめんなさい。
落ち着いたらまた、仲間に入れて下さい。
ありがとうございました。

2007.04.02 23:53 URL | 希彩 #- [ 編集 ]

まだ諦めずに書いてるので、しばらくしてからひっそりとアップ要請します・・・○∠\_

2007.04.02 23:59 URL | Clown #- [ 編集 ]

時雨ちゃん>
訂正したよ〜♪ お待たせっ!


希彩さん>
うぅ・・・それは大変だ。
厳しいねぇ。 頑張ってねぇ。
お待ちしてるよぉ〜。


Clownさん>
へいへ〜い。 待ってるねぇ〜。(2pss)
あ、私信。 おめでとうございます。
ぷすすすすすすすすすすすすっ♪

2007.04.04 07:12 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]

>内藤さん
すみません。ありがとうございます^^

2007.04.04 23:18 URL | 時雨 #Tumixp.U [ 編集 ]

いまさらですが、一箇所訂正(汗

最初のほう、「ヤヒロ」→「唐瀬」
また名前を最初適当にしといて後で変えたから・・・_| ̄|○

元ネタ
唐瀬宮広→カラセ・ミヤヒロ→空蝉八尋

2007.04.12 21:18 URL | 松永 夏馬 #- [ 編集 ]

えっ!? ・・・そう読むの?(汗)

カラッパチさんじゃあ・・・?(汗)

2007.04.12 22:33 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]

直しましたよん♪
ご確認お願いね。

2007.04.12 22:41 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]

いまさらですが・・

「すまないと思っている。」
節くれだった → 「」に
コンビニの仕事の「傍ら」就職先を探し、→コンビニの仕事を続けながら就職先を探し、

シズルの唇がいつもより赤く見えた。シズルの首筋が 指先が「女」を匂わた
シズルの首筋が、指先がシズルの「女」を僕に突きつける。

すすす・・すみません。今頃(汗)
訂正です。
挿絵もUPしました。よろしかったら使ってください。(遅すぎ・・)

2007.04.12 23:22 URL | なずな #mQop/nM. [ 編集 ]

ひゃ〜い♪
今晩帰って来たら直すねぇ〜♪

挿絵、お疲れ様っ!

2007.04.13 06:56 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]

遅くなりましたっ!

原稿の修正と、挿絵のアップ終了ですっ!

2007.04.15 08:15 URL | night_stalker #NN0jmGmk [ 編集 ]













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