Mystery Circle

創造と想像が好きな人々の為に ―ようこそ、奇譚の円環へ。―

第六回 Mystery Circle



◎「何だよ、その、ビタミン剤と間違えて下剤を呑んでしまったことに唐突に気付いたかのような、よじれきった顔は」

著者:幸坂かゆり  


「何だよ、その、ビタミン剤と間違って下剤を呑んでしまったことに唐突に気付いたかのようなよじれきった顔は」

「・・・元、恋人に会った時の顔はそんなものだろう」

「ひさしぶりだね」

彼と彼の元、恋人は空港のロビーで偶然出くわしたのだ。

恋人、と言っていいのかわからないほど、彼女は風のように素早く出て行ったのだが。

「相変わらず派手だな」

「ご挨拶ね。ひさしぶりに会ったんだから、言い方があるでしょう?」

「なにやってるんだ、こんな所で」

「旅行から帰ってきたとこ。あなたは?」

思わず言葉に詰まる。空港にいる、なんて言うのは大体、答が限定されている。

しかし、その心の内は誰しもが、あらゆる事情を抱えているものだ。

彼は今、仕事も恋愛もうまく行っていなかった。

「出張から戻ったところだ」

少しだけ口ごもってしまった彼を、さりげなく見抜いた彼女は、

「余計な事言った?」と肩をすくめてみせた。

彼は自分の気持ちを隠し、気を取り直して問いかけた。

「どこにご旅行だったんだい?」

「傷心旅行」

「え?」

「結婚をだめにして帰って来たの」

「そんな大事な事、おれに言っていいのか?」

「あなたが聞いてきたから、言ったまでよ」

だからって、そんなに詳しく言う人間がいるだろうか。

「ね。一緒に食事でもしない?」

彼女は相変わらず、ふわりとまとわりつくような甘い声をしていて、断る気力を失わせた。

この声だったからこそ、悪態をついてもほどよい甘さに変換され、黙っていなくなった事すら、

憎む気にもならなかったのだ。

再会して数分後だというのに、彼女のペースに巻き込まれている自分に苦笑するしかない。



外はもう夏が終わりかけているのに、暑かった。

二人はレストランで食事を終えた後、軽く酒を飲んでいた。

彼女といると、景色がまるで違って見えるのだ。

派手、というより、艶やかな外見。猫のようにしなやかな物腰。

ずっと以前に恋人同士だった頃と何も変わらなかった。

少しだけ頬が、ほっそりとした事を除いては。

「君のことを聞いてもいいか」

「いいわよ、どうぞ」

「結婚がだめになってこれからどうするんだ?」

「だめにした、と思ってるだけよ。約束はしてるの」

「婚約中か。それがなぜ傷心旅行なんだ?」

「愛してないから」

彼女の言葉にその場の時が止まったように思えた。

「あなたは、もう恋人はできたの?」

「・・・いや、ひとりだ」

息苦しい雰囲気。それは、彼女のせいだ。

彼は彼女が突然いなくなったあの時から、決して忘れたことがなかったから。

「お願いがあるの」

突然彼女が神妙な面持ちで言った。

「おれにできる事なら・・・」

「あたしをさらって逃げて。もうどこへも、戻れないような場所に」

思わずグラスを落としそうになるような懇願。

「しかし、君は・・・」

「勝手に結婚を決められてるの。怖いの・・・」

そう言って顔を覆った彼女の指に婚約指輪が光っていた。

彼が沈黙していると、彼女は急に明るく笑顔を作った。

「ごめん!嘘よ。全部嘘!」

そう言いながらも涙が溢れてきて、慌てて指で拭おうとした。

その時、彼の中の何かが吹き飛んで、彼女の手を掴んだ。

彼女が驚いておれの顔を見た。

「君をさらって逃げてやる」

「え?」

彼女の問いかけを無視して、その指から指環をするりと抜いた。

「・・・ずっと悔やんでた。君を失いたくなかった。だから、できるところまでやってみるさ」

そう言って、彼女の指先にキスをした。

「ありがとう・・・」

彼女は押さえ切れなくなったのか、涙がとめどなく頬を伝った。



そして、二人は逃避行よろしく、今いる場所を出る事にした。ついさっき。

どこでもいい。彼女の婚約者が気付かないようなところなら。



彼女は化粧を直したい、と恥ずかしそうに言って席を立った。



化粧室に入ると、すぐに女友達に電話した。

「これから旅行に出るの」

「また?一人の男を捨てたばかりじゃなかったっけ?」

「だって、退屈な人だったんだもん」

「今の男はそうじゃないの?」

「優しいの。ばかみたいに。嘘ついたのに簡単に落ちちゃったし」

女友達はため息をついた。

「その男も気の毒ね。あんたみたいに、いきあたりばったりな女と巡り合っちゃって」

彼女は、くすっと笑って、更に続けた。

「イッちゃった者勝ち、とゆーことで」


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◎「先にイッちゃった者勝ち、とゆーことで」

著者:ホクト  


先にイッちゃった者勝ちとゆーことで!



そんなことを言われてもものすごく困る。

なぜかと言えば,そいつと僕は同じ人を好きになっていたからだ。



言われて初めて同じ人を好きだったことを気づくなんて・・・

いろいろと相談をしていたから考え方などは筒抜け!

親友だから相談するのは当たり前だし仕方ないか。

あ〜〜相談する人選を間違ったかな_│ ̄│○



まさかまさかの事態にどうしようもなく落ち込んでいた。



天然的なあの子。感覚も話し方もちょっとずれているような感じ。

それが僕のツボにハマっていたし,見た目もなかなかおしとやかな雰囲気。

今風に言えば,見た目がエルメスさんで性格は宇宙人ってところかな?



僕にとっては本当に理想の女性だった。



後出しじゃんけんの様な具合になってしまったが,僕の気持ちは一応伝えた。

でも彼女の答えは,



「実は数日前に彼氏ができたの! だから交際はできないと思われ・・・」



やはり,あいつか・・・

そう思った僕はなんとなく気にいらなかったので,誘導尋問してみた。



「そう,あなたも良く知っている人よ!」

引っかかったのか,普通に答えたのかわからないが,彼女はあっさり答えた。

やはり彼女をとられたような感覚に陥ってしまった。



付き合ってもいないにもかかわらず・・・

どうしてもあきらめきれない僕は,続いて聞いてみた。

「あいつのどこを気に入った? キャラ? 性格?」



彼女はこう答えた。

「性格もキャラもあなたの方が好きよ! でもね,あなたは私の妹と付き合ったほうが幸せになれるって言っていたわよね? それに私はふくよかな人が好物だし・・・。」

僕はすかさず「好物じゃなくて好みでしょ?(笑)」とツッこむ



「あ,そうだわ! 今度の日曜日に妹も含めて4人で旅行でも行きません?」



「それドライブだし,しかも明後日だから!(笑)」

また切り返す。そんな天然ぶりがまたいいんだよなぁ・・・

そんな漫才の様な掛け合いをしながら即答でOK





本当の妹のように接していたから恋愛感情は生まれるかどうかはわからないが,2人がどんな話をしているのか気になっていたので,確かめてみようと思う。



いざ,当日になって4人でドライブ。

なかなか楽しい雰囲気を醸し出している2人。 それを見ると,なかなかお似合いのカップル。 これなら仕方ないか・・・・



時間も経ちそれぞれ別行動となったので,妹と2人で近くのベンチで話しこんだ。

「彼氏とお兄ちゃんをくらべれば,ほとんどの女性はお兄ちゃんを選ぶと思うけどなぁ・・・。私だったら絶対お兄ちゃんだけどね!」



なんだか自分の心境を見透かされているような気がした。

そのまま,会話がとても弾んでいたので2人に対して忘れさせてくれるくらい楽しかった。



しかし,ふと妹がつぶやいた

「ただね,あの二人を見ているととても気になるの!」

お姉ちゃんの彼氏に対する視線が気になっているらしい。

今日の行動を見ていたので,僕もすごく気になっていた。



恋人に対する目線じゃなくて好きな物を見る目だ。

たとえて言うなら・・・・・









もろ、ステーキを見る目


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◎「もろ、ステーキを見る目」

著者:kazumi  


「もろ、ステーキを見る目」
「あはは、わかるぅ。よだれたらしそうなって感じ?」
「そうそう。あれは、絶対、女知らない(笑)」
「そんなん、わかるん?(笑)」
「わかるよぉw。体で知ってたら、あの手の娘(こ)が、つれて歩くにはイイけどベッドではさっぱりっての、モロ見えじゃん。」
「きつ!いうよねぇ、ナオって、意外と。w」
「だってさぁ、自分の立場?で考えてみ?ほらぁ、よくいるじゃん、ショーウィンドウの前通るたびに、ガラスに映る自分見る男(やつ)」
「ああw。ちらちらならまだかわいいけど、向き直って髪とかいじる奴ね、いるいるw」
「ああいうので、おいしいのにあたったこと ある?」
「わ、ナオ、そんなんも食ってんの?広いなー、まったく」
「ない?たいてい初級あたりで一度は試すっしょ。見ため食いで。」
「あっはっは、初級(笑) おっかしぃ(笑)」
「まじで、そうおもわん?」
「あー。いえてるかもw。グルーミングしてなくても振り向きたくなる男って別物だもんねぇ、外見+α。」
「だからさぁ、あの程度の見た目にあーゆー目がむくってのは、知らないってショーコ」
「ほーほー。ナオせんせーの講義、ありがたくうけたまわり、ってかんじw。」
「あはは、なんでもきいて?えへんww」
「結構、回ってるでしょぅ、ナオw。こんなにおしゃべりなナオ、めずらしいよ。もう一本とる?」
「うんうんw、今度は赤がいいな、リストもらおっかw」
「いいよ、フルボトルでいいよね?」
「うんw。」
「・・・で?。経験豊富なナオせんせーにお聞きします。一番、『おいしい』経験ってどんなだったん?」
「ん〜〜。(笑)いいのかぁ?壊れて来てる気がするよぉ、わたしw」
「いいのいいの。わたしとダモン、壊れていいのさ。」
「あはは。。。だねぇ。。。。そーだなー。。。やっぱ、恋愛の究極って、知らない間にはまってた、ってくらいのマジックをかけられた快感なんじゃないかなぁ」
「ふふw。うん。なんだかんだいっても、ハートからだもんね、女だしぃw」
「うん、盗まれたって感じ?やられた!ってくやしさと、じれったさ、みたいな」
「恋泥棒?へ〜、クラシックな感覚ね。」
「そそ、往年の恋愛映画の定番と同じw。恋とお酒とかけひきと。」
「ふむふむw。リアルになってきたね?んじゃさ、その恋泥棒さんと究極のおいしさを?カクテルをはさんで?みたいな?」
「その泥棒というのはね、ビール専門の泥棒なんですね、これが」


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◎「その泥棒というのはね、ビール専門の泥棒なんですね、これが」

著者:ろくでなしブルース  


『その泥棒というのはね、ビール専門の泥棒なんですね、これが』
『奴はビールジャンキーでねー。ビールがないと体中がプルプル震えるのさ。
そしてその時どんな格好だろうが一直線にビール工場に突撃するのさ。
奴は工場で働いているからドリルなんかを持って突撃するわけだよ。
ドアに穴を開けてそしてビールタンクに顔から突っ込む。
まったく目とかしみないのかねー?
ゴーグルも付けやしないんだよ。
そしてタンクの中を泳ぎながら飲む。
その不気味な姿を見ると工場の連中もブルッちまって手出しできないのさ。
真っ赤なトドみたいな奴が泳いでるんだからなー。
目も焼けどで真っ赤かだしな。
ビールに長時間浸かって肌もボロボロでかなりグロテスクな質感になってる。
飲み終わると体中真っ赤になった状態で走って逃げるんだけどすぐにつかまっちまう。
しかも全裸で。
なんせタンクに入る時に服を脱いじまうからね。
泥棒と言ってもキザな怪盗なんかと違って品性のかけらもない。
それにあの名前じゃー捕まっちまうのも無理は無いね。
まったく面白い泥棒だよ。
今は仕留められて剥製になってるって話しだ。
何でも怪物勘違いした漁師が銛で刺しちまったって話だが。
それにしても人間の剥製なんて珍しいだろ?
物見せ小屋に飾ってあるって話だよ。』
どこまで本当なのやら。
酔っ払いオヤジの妄想は凄まじい。
ビールで肌がボロボロになるなんて話自体かなり怪しいものだ。
しかし、俺が物見せ小屋で人間とはいえないおぞましい生物の剥製を見たのは事実である。
一体あれはなんだのだろうか?
とにかく俺は探索を続けてみたいと思う。
それにしてもこの街はどこか不思議だ。
通りにはインチキ臭い店が並び、
ド派手な配色とネオンがより一層そのインチキ臭さを際立たせる。
そこら中からドラックやタバコの臭いと強烈な異臭がする。
地面いは苔が生えていてヌルヌルする。
透明な生ごみ袋の中には見たこと無い奇妙な虫がうごめいている。
刹那的な欲望がドロドロとこの街を覆っている。
でも何故か懐かしいような感じがする。
この街には何かがある。
そして、このオヤジは何か知っていると感じる。
『なんて名前なんだい?』
『ノローマだよ。』
『英語的発音をすれば、トローマね』


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◎「英語的発音をすれば、トローマね」

著者:李 九龍  


「英語的発音をすれば、トローマやね」

 彼 ――― 竹永冬馬は、助手席のシートにだらしなく寝そべり、そんな呑気な言葉を吐いた。
 僕は咄嗟に、その言葉から、恐ろしくも馬鹿バカしいものを想像した。

「徒労馬」

 マンガチックな描写で、無精髭の目立つ、疲れ切った顔立ちの息が切れた駄馬。 要するに、徒労して疲労した馬だ。
 なんか、そんな馬鹿らしい想像をしてしまったお陰で、僕のトラウマ話なんかどうでも良くなった。 どちらかと言えば僕的には、そんな徒労した馬と、彼の本名、「冬馬」との関連性について考えてみたい方に、興味が移っていた。
 だが、彼を見る限りでは、どこにもそんな疲弊した部分は見受けられない。 つねに飄々としていて、底抜けに明るい・・・いや、軽い。 僕はせめて、そんな能天気な彼の為に、せめて仇名だけでもマイナス指向な印象に、「竹永徒労馬」と付けてやろうかと考えた。
 まぁ、どうせ彼の仕事の八割は、「徒労」なのだ。 まんざら間違った仇名でもなさそうな気がした。

「で、どうすんだよ、徒労馬。 これで丸五日、文字通りの徒労仕事している訳だぞ」
 冬馬は、一瞬呆気に取られた顔で僕の方を見たが、すぐにそれが、その一瞬で付けられた自分の仇名だと気付いたのだろう。 すぐにいつものニコニコ顔に戻ると、窮屈そうにしていた足を組み替えながら返事をする。
「徒労を嘆いていたら、こんな仕事は出来へんよ。 どうせこの仕事の九割は、徒労やからね」
僕とほぼ同じ事を言う。 但し、彼の言う方が一割り増しな徒労だ。
「でもせめて、仕事と言うぐらいなら、金になる徒労じゃなければ嘘じゃないの」
「えぇやないですか、たまには。 どうせ趣味道楽でやってるような仕事ですもん。 それにホラ、君だっていつもネタついでに、タダ働きで俺の助手なんかするんやし。 要は結局、好奇心の猫同士って事で・・・」
 冬馬は、笑いながら言う。 確かにそうだ。 彼も僕も、単に趣味の延長で、今のこんな仕事をしている。
 彼は、たった独りで事務所を構える、気楽な探偵。 僕は未だ目の出ない、アルバイトだけで食い繋ぐミステリー作家。 そう、二人の共通の部分は、ただひたすら、ミステリー好きと言う部分しか無い。 これが世間一般で見れば、片や怪しき素行調査員。 片や歳食ってなお夢を諦め切れないフリーター。 そんな二人が、金にもならない単なる好奇心のみで、ただひたすらの張り込みを続けている。 全く彼の言う通り、先の見えない好奇心の猫と同じだ。
「それにホラ、タダ働きを苦にしていても始まらへんよ。 俺なんて、トンデモない大事件に巻き込まれて、事務所ごと吹き飛ばされた過去まであるんやからね」
 始まった。 彼のいつもの自慢話だ。
 彼は数年前、僕と知り合う以前の事なのだが、とある不可思議な依頼を受け、その依頼が済んだ直後に事務所を爆破されるが、奇跡的に狙われた命を取り止めた・・・と言う話を良くする。 まぁ、とにかく想像力の豊かな人間だ。 たまたま興信所とは違う感じの依頼が来ていて、それに舞い上がった部分もあるのだろうが、流石に命を狙われると言う方向まで来ると、普通の人間は、眉に唾でも付けなければ、聞ける話じゃ無い。
 「あ、あ、あ〜あ。 ま〜たそんな顔する〜。 ホントやってぇ〜。 それがホントに不思議な依頼だったんやてぇ〜。 今考えれば、あの素行調査も、ただ俺が彼女を尾行していた・・・と言う事実が欲しいだけやったと思うんなぁ・・・」
 冬馬は途端にムキになる。 まぁ普通、爆殺は大袈裟だろうが、事務所が吹っ飛んでしまったのは事実らしい。 その直前にあった不可解な依頼と繋ぎ合わせると、確かに取って付けたようなミステリー系の話っぽくは聞こえる。
 だが、そんな与太郎な話であっても、ミステリー好きな彼には、例え報酬にはならないタダ働きであろうが、全く構わないらしい。 その事件から数年経った今でも、彼はその事件を追い続けている。 だが、それは決して、彼が被害を受けた事による腹いせの為の捜査ではない。 本当に、純粋に、彼の興味上での捜査なのだ。
 だから、趣味が昂じて仕事にしてしまった人間は、その行動が極端だと言うのだ。 実際、今のこの張り込みですら、その事件の関連の張り込みなのである。
 ・・・勿論、その困った行動の非難は、僕にも掛かる。 何しろ、どれだけその与太話を馬鹿にしようとも、僕自身も、その話の虜であり、捜査の賛同者である訳なのだから。

 その事件の発端となる依頼者であった女性は、冬馬の事務所の爆発以降、姿を消している。
 冬馬は、彼女の住む大きな屋敷へも足を運んだのだが、もう既に、そこには彼女の痕跡は見当たらなかった。 文字通り、彼女はそこで姿を消してしまったのだ。
 彼女は自分を、そこの屋敷の持ち主の妻であると語り、毎日そこから外出しては、冬馬に尾行をさせていた。
 勿論、依頼書の住所は合っていたし、彼女自身がそこから毎日出入りして、それに少々破格なる報酬も、間違い無く支払ってはいたのだ。 ならば、誰がその屋敷自体が、『住人の存在しない無人の売り物件』 ある等と、想像出来ただろうか。
 そう。 その依頼者の女性は、毎晩どこからか入手したその日本家屋の屋敷の合鍵にて不法侵入をし、その翌朝には、冬馬に彼女自身の素行調査をさせていたのだ。 これほどまでに、謎な依頼なぞ何処にあろうものか。

 だが、彼女の痕跡は、そこで完全に絶ち切れた訳では無かった。
 冬馬は語る。 「恐らく、俺宛ての招待状やろうね」
 彼は、次なる彼女の手掛かりを手にしたのだ。
 それは、数日後に、その無人の屋敷に郵送された、一通の大きな封筒。 それは、その無人の屋敷の住所であって、宛先の名前には、「竹永探偵事務所御中」 と書かれてあったのだ。
 しかも封筒の裏側には、御丁寧に、その屋敷の架空の住人であった、依頼人の女性の名前があった。
 偶然にも、冬馬がその配達の瞬間にその屋敷に再度訪れていなければ、受け取る事はほとんど不可能だったであろう、不可思議なる手紙である。

 「まぁ、運良く俺は、次の参加チケットを手に入れる事が出来た訳やね」
 そう言いながら彼は、Yシャツの胸ポケットから、短い棒の付いたカラフルなキャンディーを取り出す。 例え煙草は吸わないにしても、あまり格好の良い探偵では無いらしい。

 僕は、その封筒に入っていた、数枚のワープロ書きの紙片に目を通す。
 一枚目。 そこには、冬馬が素行調査をした一週間の日付けと、「成功」、「不成功」と書かれた文字。 尤も、一週間分の全てに、「不成功」が丸で囲まれていたが・・・。
 そして、全ての欄に書かれた、意味不明の金額。 それは、一日毎に金額が高くなっていた。
 次ページ。 そこには、最終レースと書かれたタイトルがあり、馬の名前は、「竹永冬馬」となっていた。 ・・・「馬」 言う文字を掛けたのだろうか。 つまらない冗談である。
 だが、その後に続く文字は、もっと冗談から掛け離れている。 「爆死失敗」 と、「オッズ2.8倍」 の、二文字。
 そして、最後の一枚。 そこには、「次レース」 のタイトルがあり、日時は、馬鹿バカしくも、「約三年後」となっていて、場所はここ。 某市の山林の中に放置された、廃屋となった、大型の高級ホテル。
 それに続く、「次回の出走馬」 の欄は、「未定」 と書かれ、その欄外には、「ゲスト 竹永冬馬(参加不明)」 となっている。
 なるほど。 偶然に、奇跡的に入手出来たとは言え、実に好奇心をそそられる、「招待状」 である。 僕でさえ、この書面を見なければ、彼の言う事の全ては、彼の空想癖の産物だとしか思わなかったであろう。

 しかしながら、次レースの舞台は、少々悲惨ではないだろうか。
 何しろ、気味が悪い。 寂しいとかでは無い。 気味が悪いとしか言い様のないぐらいの、不気味な場所なのだ。
 こんな何も無い場所に、ただ一件建てられた、大型のホテル。 近くに温泉源が見付かって、一時はそれに群がって、一大温泉地に生まれ変わる筈だった、辺鄙なる山奥の森林地帯。
 だが、温泉源は、掘られてすぐに枯れ果てて、騒動になるまでに発展した土地買収も一気に冷え、お陰でその地帯には、樹が切り倒され、地面が掘られ、基礎工事が始まる予定だった、無意味なる荒くれた地面の平野と、真っ先に建てられた、このコンクリート打ちっぱなしで放置され、使用される事も無く捨てられた、廃屋ホテルだけが、独り寂しく立ち竦んでいるのである。

 そして、そんな気味の悪い場所で、かれこれ延べ六日も車内で過ごす与太者二人。 勿論、それも考慮されての、レンタルキャンピングカーである。
 僕等の車は、車体が大きいにも関わらず、上手く隠れる事の出来る、林の中の小道に隠されていた。
 この場所は、本当にナイスな場所である。 こちらは上手く隠れる事が出来るのに、こちらからは、舞台となるホテルは丸見えだ。 僕等は毎日交代で、その廃屋ホテルを、双眼鏡で監視をしていた。
「前回は、女性の尾行。 今回は、廃屋の監視。 ・・・面白いレースやねぇ」
 冬馬は、無精髭を当たりながら、呑気な話をする。 何しろ、次の日時は、「約三年後」 なのだ。 とりあえず、前回のレースから三年後の、六日前から張り込みを開始している。 後何日後に、次レースは始まるのだろうか。
 そんな事を考えながら、僕は冬馬に双眼鏡を手渡す。 どうやら髭は当たり終わったらしい。 今度は僕の番と、電気シェーバーを受け取る。

 数分後、冬馬は、あまり気の無い感じで僕に言う。
「レース開始やねぇ・・・」
 運悪く、僕は右半分の髭を当たった所で、中断する破目になった。 こんな事なら、最初から剃らなければ良かった。
「誰か来たのか?」
「来たなぁ。 もう、忘れようにも忘られへんわ。 ・・・酒井奈々穂さん本人や。 相変わらず、彼女の美しさは一段と風情を増しとるなぁ」
 時刻は、夕刻の六時。 逢魔が刻な、映画の冒頭さながらなスタートである。

「さぁ、ゲストの出演やね。 今度こそは、この馬鹿げたレースの内容を、突き止めて来るわ」
 そう言って、双眼鏡を降ろした彼の顔は、僕が勝手に付けた、「ホームズ・モード」 な彼の顔であった。
 彼がこの顔になると、実に物凄い推理を働かす。 例えばそれが、テレビで報道される事件の片鱗であろうとも、彼はすぐにその関連の手掛かりを調べ上げ、一番真相に近い推理を弾き出す。 そしてその真相の程は、大抵、後日に報道されるニュースによって、ほぼ当たっている事が判明する。
 僕は時々思う。 彼はただ、活躍出来る事件に、遭遇出来ないだけなのだ。

 彼は、スーツの上着を取り上げながら、早くも車から飛び降りる。
 そして、僕が聞いている聞いていないは関係無く、もう既に、彼の特徴である、「推理の為の独り言」 は、始まっていた。
「最初の登場人物が、『壷振り役』の、奈々穂さんやとはねぇ・・・。 どんな波乱のレースになるんやろうねぇ・・・」

 これが後に、僕が初めての新人賞を貰う事となるきっかけを与えてくれた、「貧乏探偵 竹永徒労馬」 の、最初の事件である。
 遥か彼方の山の間に、最後の茜色を残す空を目掛け、彼は足を速める。
 彼の独り言は、今尚止まらない。

「・・・あの建物が本来的にラヴホテルではなくても、誰かがそういう目的で勝手に使用している、というのはあり得ることじゃないかと思うて・・・・・」


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◎「この建物が本来的にラヴホテルではなくても、誰かがそういう目的で勝手に使用している、というのはあり得ることじゃないかと思って」

著者:癒月ハルナ  


「この建物が本来的にラヴホテルではなくても、誰かがそういう目的で勝手に使用している、というのはあり得ることじゃないかと思って」

宇田川美朔はそう呟くと、柳眉を寄せて微かに眉間に皺を寄せた。

世間で言う所の警察なんてものを生業としている俺と宇田川は今、今回のヤマ…最近横行している麻薬取引の現場と思しきその少し寂れたホテルの前に立っている。
このホテルから何らかの証拠を掴む為に出向いて来たのだが、現場に着くや否や忌々しげに眉を顰めて双眸を軽蔑するかの如く細めた宇田川に如何したんだと問いかければ、先程の返事が返ってきたというわけだ。
確かに宇田川の言う様に、煤けた目の前のホテルは何時の時代の流行だと言いたくなる様な趣味の悪いピンク色をしていて、表向きには一般の宿泊ホテルと銘打ってはいるものの、如何にもな下品な雰囲気が漂っていた。

「まあ…そう文句を垂れるな。さっさと終わらせて帰るぞ」

「分かってますよ。…そう簡単に確たる証拠が見つかればいいけど」

宇田川は溜息を吐き出すと、ホテルの硝子扉を開いて中に入って行く俺の後に続いた。

捜査の為に今日は休業させているので、中はがらんどうで閑散としている。
少し埃っぽい、薄汚い店内の壁は其処等中に黒いシミが付着していた。
俺と宇田川の跫だけが広い店内に虚しく響き渡る。

「外装も去る事乍ら…内装も又汚いですね。ちゃんと掃除してるのかしら」

「利用客も殆ど居ないらしいからな…する必要も無いんじゃねえのか?」

それにしたって限度ってものがある。背後で相変わらずブツブツとそう嘯く部下に苦笑を漏らしつつ、エレベーターのボタンを押した。
この宇田川美朔という女は、若くして腕利きの女刑事で上からも期待されているのだが、完璧主義で妥協をしない彼女は中々に手厳しく、周囲にも自分と同じ成果を求めてしまう為、本部でも扱い辛い女として皆取っ付き難そうにしている。
…黙ってりゃあ美人なんだがなぁ。そんな事を胸中零している内に、エレベーターは目的の階へと着き、小さな電子音が到着の合図を送った。
相変わらずがらんどうとしていて、ロビーよりも幾分散らかっている感じだ。何処と無く黴と埃の混じった様な空気が鼻腔を擽る。

「こんなとこに泊まる人の気が知れないわ」

宇田川はそうぼやき乍ら彼方此方に塵の散らばっている廊下を見回した。
『404号室』と辛うじて読み取る事の出来る金色の表示の付いた目的の部屋を見つけてドアを開くと、ギィィ…と古さと年期を物語る様な音を立てて俺達を招き入れた。

「うわあ…」

どちらからとも無く、思わず不快感を顕著に表した呻きを上げて渋々部屋に入室する。

歩く度に、足元の床がミシミシと厭な音を立てた。
部屋の中もやっぱり埃っぽくて、壁の隅等に蜘蛛の巣が己の縄張りを誇張するかの如く張り巡らされている。
床の上は薄く埃が盛っていて、本来はベージュ色をしている筈の床がくすんだ灰色に見えた。

「汚い部屋…」

宇田川は再び眉を顰めて、ハンカチを口に当て乍ら部屋の中を観察して回った。

「おい、宇田川、ちゃんと手袋を――」

「言われなくても分かってますよ。現場の物を触る時は必ず手袋を嵌めろ、でしょう?」

「…分かればいんだよ」

「私だってそろそろ入社して一年になるんですよ?其れ位の事は心得てます。全く…丞ヶ崎先輩てば妙に神経質なんだから」

「五月蝿いほっとけ。無駄口叩いてる暇あったらさっさと仕事しろ」

宇田川の言葉に苦笑しつつ、俺はコートのポケットから手袋を取り出し両手に嵌めた。

部屋の中は意外と殺風景で、必要最低限の物しか置かれていない。テーブルに椅子が二つ、埃塗れのベッドが二つ、硝子の割れたテレビが一つにコンセントの抜けた小さな冷蔵庫が一つ。
長い間使われていないと見受けられるこの部屋だが、にも関わらず埃塗れのベッドとは裏腹に余り埃の付いていないテーブルを見るに、矢張り近い内に誰かが使用したというのは間違いないだろう。
だが、之だけでは未だ足りない。奴等が此処でヤクの取引をしたと云う十分な確たる証拠を得なければ…。
捕らえた容疑者の一人は、このホテルの近辺をラリった状態で数件先のコンビニを急襲していた処を見つけた。何処でヤクの取引をしたのか、他の面子は誰なのか等は一切口を割らなかったが、此処のホテルにそいつが数人の男達と入って行く目撃証言も取れているし、何よりもそいつが警察に身柄を確保される当時ヤクでラリっていたとなれば、数時間以内にヤクを遣ったという事になるので、このホテル内に何らかの証拠が残っている可能性が高いのだ。何処かに…何処かに必ず何か残っている筈なんだ。

「先輩、ちょっと…」

俺が彼是と逡巡していると、トイレを調べていた宇田川が、如何いうわけかトイレットペーパーを片手に此方に遣って来た。

「さっき、そこで見つけたんだけど、トイレットペーパーで……」


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◎「さっき、そこで見つけたんだけど、トイレットペーパーで……」

著者:亜季  


「さっき、そこで見つけたんだけど、トイレットペーパーで……」

朝子がそう言いかけたとき、ドアのチャイムがなった。
僕は、その言葉が妙に気になったけれど、ひとまず朝子を待たせて玄関へ出た。

「・・・あれ?」

なぜか玄関には誰もいなくて、ピンポンダッシュされたかと思って、
僕はイラッときて思いっきり玄関ドアを蹴飛ばした。

「・・・あの・・・」
「・・・え?」

その瞬間、誰もいないはずの玄関から小さな女の子の声がして僕は思わずドキッとして振り返ると
ビクビク怖がった顔の、背中に羽の生えた小さい『人形』がプカプカ空を浮いていた。

僕は絶句した。

「あー!トイレットペーパーで遊んでた子と似てるっ!!」

いつの間にか僕の背中から、朝子がひょこっと顔を出している。

「あの・・・うちの子がお邪魔してませんか?」
「・・・トイレットペーパーで遊んでた子??」
「あ!その子です!」
「うちのトイレのトイレットペーパーで遊んでる最中みたいなんですが・・・」

朝子は僕の動揺をよそに、その空とぶ人形と話している。
その話を聞いていて、僕はこれは夢なんだと自分に言いきかせた。

そして僕も朝子と人形の話に加わった。

「うちの子・・・妖精界の建築学の授業にかなり感化されたようで、
 『トイレットペーパーでお城を創る!』って言ってきかないんです。」
「え?・・・トイレットペーパーで家が創れるの?」
「いえ、トイレットペーパーは柔らかすぎるから無理よって言ってるんですけど・・・。」
「何なら創れるんですか?」
「基本的に厚みが1mm以上ある葉っぱなんです。」
「・・・可愛い〜!」

朝子がはしゃいでる横で、僕も葉っぱでできた小さな家を想像してみる。
この小さな人形たちが暮らしているんだろうけれど、
僕の凝り固まった思考力では、葉っぱから虫が顔を出すところしかイメージできない。

そこへ、トイレットペーパーで遊んでたらしい、もうひとつの小さな人形が顔を出した。

「母さんたちの考えは古いよ!!
 トイレットペーパーだって葉っぱのデンプン糊で接着して
 1mm以上の厚みにすれば必ず家は建ててるハズなんだ!」
「・・・どうせデンプン糊でも葉っぱを使うなら、そのまま葉っぱを使えばいいんじゃ?」

僕は思わず口を挟む。

「兄ちゃんは人間だから、妖精の環境問題を分かってないんだよ!」
「・・・環境問題?」
「1mm以上の葉っぱはもう資源が底をつきそうになってるんだ。
 僕の理論でトイレットペーパーの家ができるようになればそれを解決できるんだ!
 僕が絶対、何百年かけても妖精界の建築の歴史を変えてみせる!!
 だから今、トイレットペーパーの研究中なんだよ!」

僕は思う。

「えらく遠大な計画だな、おい」


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◎「えらく遠大な計画だな、おい」

著者:おりえ  


「えらく遠大な計画だな、おい」 「それはそうさ。夢はでっかく持たなきゃいけねえよ。ハッピーに行こうぜ!」
俺は相棒のいつもの掛け声を聞きながら、地面から足を浮かせた。
人目を忍んで空を飛ぶには、夜が一番最適だ。だが最近はどうだ。俺たちの他にも空を征服する輩が増えた。飛行機然り。ヘリコプター然り。未確認飛行物体然りだ!
「相棒! 今日の気分はどうだい!」
「はっはぁ! ハジけてますよ! ハジけまくりだぜ! イェー!」
俺のケツの下で、相棒はラップでも口ずさみそうな勢いだ。
「それでは始めようか! 相棒!」
「いえあー!」
相棒はぶるっと身体を震わせると、俺を乗せたまま、一気に加速した。
「ひゃっほう! 冷たい風が痛いぜ相棒!」
「関係ねえさ! もっと飛ばすぜ!」
夜空の星が俺の横で一直線に流れていく。このままどこへでも飛んでいけそうだ。
頭髪も、服も、何もかも置き去りにする勢いで、俺と相棒は空を切る。
ああ俺ってば、将来ハゲても、ヅラはかぶれまい。

世の中は「魔法ブーム」だ。仕方ない。世界に改革をと叫んだとある作家が、魔法使いの本なんか出版しちまったせいで、俺たちの生活は一変してしまった。
それまではあくまでも「こっそり」魔法を使うのが常だった俺たちは、世間の前に引っ張り出され、「堂々と、大げさに」魔法を使うことを望まれてしまったんだ。
別にそれは悪くはない。目立ちたがりの俺と相棒にとって、それは願ったり叶ったりの話さ。堂々と? OKOK。あなたのために、一肌脱ぎましょう? 全部脱ぎま しょう? え、ああやりすぎやりすぎ。
というわけで、俺たち魔法使いは、今では普通に人間の前で魔法を使っている。
勿論魔法使い同士の掟もあって、命に関する魔法は使わないとか、あまり広範囲に影響を及ぼすものは使ってはいけないとか、制約はある。
俺たちが何故人目を忍んで飛んでいるか。
…今から俺たちは、その制約を破るつもりでいるからなのさ。

「あら、こんな夜更けに物凄い速さで飛んでいるのね」
縦横無尽に飛び回る俺と相棒に平然とついてきて、軽く話しかける声があったのは、しばらくしてからだった。
半分意識が飛んでいた俺たちは、とろんとした目でその声に応じる。
「このご時勢、ゆっくり飛んでなんかいられるかい」
「ひゃっはー! どうよ、ネェちゃん、俺と夜明けまでドライブしない!?」
相変わらず俺のケツの下では下品な相棒が、声の主とは別のものに声をかけている。

「まあ、あなたのホウキは、随分と変わってるのね?」
声が面白そうに和らいで、ころころと笑う。
相棒は完全に舞い上がり、スピードを緩めた。俺は慌てて相棒の身体をつかむ。
速度を落とし、相手もそれに合わせて俺たちの横に並ぶ。
そこには魔女が、ホウキに優雅にまたがって飛んでいた。
「ネェちゃん、綺麗な身体してんなぁ、あんたに使われてるホウキモロコシ、何製?」
これまで共に空を飛び、馬鹿をやってきたホウキだが、俺の相棒だ。
どこから声を出しているのか俺にはわからないが、お世辞にも紳士的とは言えない態度で、魔女のホウキに話しかけている。
「アメリカ製ですわ。この間新調したばかりですのよ」
魔女の下で、ホウキがすました声で答える。
「まじでぇ!? おーい聞いたか、おまえも俺の取り替えてくれよぉ。何年同じもんが俺にくっついてると思うんだよぉ。俺もう稲は嫌なんだぁ」
「…え、ホウキって、それが本体じゃないの? おまえらって一体どんな仕組みになってんだよ?」
思わずまじまじと見下ろすと、相棒はぶるぶると束ねた稲を震わせた。
「そればっかりは言えねえ。企業秘密だ」
「どんな企業だよ」
「ふふふっ」
魔女は笑い、優しく自分のホウキを撫でた。
「誰にでも隠し事はあるものよ。ねえ?」
「その通りですわ」
「見ろ、ネェちゃんたちはああやって分かり合ってる。お前もつまらんことは気にするな」
俺は相棒に、ホウキに諭されてどこか納得いかない面持ちでうなずいた。仕方ねえ。
ここで相棒に見捨てられたら、間違いなく死ぬからな。
「ところであなたたち、こんな夜中にどこかへ行くの?」
魔女が月明かりに照らされて、その輪郭をはっきりと浮かび上がらせながら聞いてきた。
うむ、なかなかの美人。防寒用に羽織っているマントも、風になびく背中まである髪の色も真っ黒で、いかにも魔女! といういでたちだ。
俺はにやにやしながら答えた。
「これから魔法を使うんでね、あちこち飛び回って、よさそうなところを探してたんだ」
「…あちこち?」
魔女は柳眉をひそめ、考えると、口を開く。
「それって、依頼もないのに、勝手に魔法を使うということ?」
「その通り」
「…ねえ、いくら世間が私たちを認めてくれたからって、あまり好き勝手に魔法を使うのは、感心しないわよ」
俺は肩をすくめて、相棒を見下ろした。
「あんたもそう言うか」
「あんたもって、何よ?」
「どいつもこいつも腰抜け揃いだな!」
俺の相棒が笑い飛ばす。
「人間の依頼がないと魔法を使わないなんて、俺たちゃやつらの使い魔じゃねえんだ。せっかく堂々と人間の前に姿を現せるようになったのに、なんでこそこそしなくちゃいけねーんだよ!?」
「そういうことではありませんわ。わたしたちの力は彼らにとって、興味の対象であり、恐怖の対象でもあるのです。その自覚を持って行動するべきだと、彼女は申しているのです」
魔女のホウキが、真面目に言う。俺の相棒は鼻で笑うような声を出した。
「まあ実際魔法を使うのは俺じゃねえしぃ。いいんじゃね? ちょっとくらいやつらに俺らの力を見せ付けてやるのも! 何も命をとろうってわけじゃねーんだ。見逃してくれよ!」
「返答次第よ。あなたたち、何をするつもり? 広範囲に影響を及ぼす魔法を使うなら、魔女として、私が黙っていないわよ」
風に逆らって、魔女の黒髪がざわりと揺れた。魔法使い特有の、魔力を使う時に光る目の輝きが、俺と相棒をにらみつける。
「…おい、俺の上でチビったら、こっから振り落とすからな」
「チビるか! アホ!」
俺たちの足元にはネオン街が宝石のように動きながらきらめている。ここから落ちたらどうなるか、想像するだけで眩暈がするぜ。
「さあ、白状しなさい。何をするつもりなの?」
爛々と輝く瞳の輝きに魅せられて、俺は降伏した。


「………嫁さん探し」


「は?」
「ごめんなさい、よく聞き取れなかったのですけど」
目が点になる魔女と、魔女のホウキが困惑した声を出す。
夜でよかった、夜でよかったと思いながら、俺は真っ赤になって、ぼそぼそ言った。

「嫁さん探し」
「俺も俺も!」
息荒い声の相棒。
魔女と魔女のホウキはしばらく放心し、はっと我に返った。
「ふ、ふざけないで、真面目に答えなさいよ!」
「ネェちゃん、そりゃないぜ? 男がこんな情けねえこと冗談でも言えるか? なあ言えるか?」
「相棒…ちょっと黙ってろよ」
「まあ聞けよ。俺たちは、世間に出るまで女ってもんをまるで知らないピュアな少年そのものだったわけ!
それがどうよ、今じゃ堂々と、嫁さん探せるご時勢になったわけだ! イェー!
美人のカミさんもらって、子供は十人と十本。絶対に腐らないお菓子の家建てて、そこで一生スウィートな生活を送る! どうよ!? 素晴らしいプランだろ!?」
くああっ! やめてくれ! 男ひとりといっぽんだったからこそ馬鹿な話で済ませられたのに、何も女の前で言うことないだろ! 恥ずかしくて死にそうだ!
頭を抱える俺と、得意げな相棒を穴が開くほど見つめた魔女と魔女のホウキは、
「十人…」
「十本…」
恥さらしの告白よりも、そっちの方にショックを受けているようだ。
「ちょっと待ってよ。お嫁さん探すために、なんで魔法がいるの?」
慌てたように魔女が言う。驚いた拍子に、瞳の輝きは元に戻っていた。
「まさかあなたたち、手当たり次第の女性に、禁断の魔法を使うつもりだったのでは…!?」
魔女の下で、魔女のホウキがわなわなと震えだした。
「ええっ!?」
「あ、バレちまったか」
「ちぇーだな、相棒!」
あーあと言い合う俺と相棒に向かって、魔女は冷たい視線を浴びせた。
「異性を虜にする秘術…それを使った者は末代まで軽蔑と哀れみの目を向けられる、禁断の魔法ね」
「そこまで言うなよ」
「悲しくなるだろ、ネェちゃんよ」
「悲しいのはこっちよ。情けない…人間にはない優れた能力があるのに、こんなことに使うつもりだったなんて、ご先祖様に顔向けできないと思わないの?」
「だってしょうがないだろ! 俺たち女と仲良くなる魔法なんて知らねえし!」
「ついでにだな、俺はホウキ同士で子が成せるのかどうかも知らんのだ! 俺のことなのに!」
力強く叫ぶ俺の相棒に向かってため息をついた魔女は、首を振って、自分のホウキを見下ろした。
「ホウキのくせに色気づくなんて…あなたからも、何か言ってやって」
「えっ」
「ホウキ同士で子供なんか作れるわけないじゃない。幻想だ、妄想だ、ありもしないことだって、はっきり言ってあげなさいよ」
「女って、変な所で現実的だよなー」
「全くだぜ、夢見た子供時代もあったろうに。男の夢を壊すことに命かけてやがんだよ」
「そこ、ヒソヒソしない!」
「あ、あの、わたしにも、その…」
魔女のホウキの声が、小さくなっていく。
「どうしたのよ?」
「あ、あの、魔力を持ったホウキですし、全く可能性がないというわけでも、ないと……思います」
「ええっ!? な、何言ってんのよ!?」
慌てふためく魔女を無視して、相棒は歓声を上げた。
「いやっほう! 聞いたか相棒! 子供は十本だぁーっ!」
「うわああ、やめろ、暴れるな!」
上下左右に身体を振り回す相棒に、俺は必死でつかまった。
「信じられないわ…ホウキが子供を……………」
呆然とつぶやく魔女が、最後に俺を見た。俺も魔女の目を見る。
「……」
お互い色々な想像をし、ふたりで静かに首を振った。
知ろうとする方が馬鹿なのだ。

それからふたりとにほんで夜空の下を、静かに飛んだ。
「眠れないから気晴らしに飛んでただけなのに、これでますます眠れなくなっちゃったわ」
魔女は両手でホウキを持ち、ふうと息をつく。
「睡眠の魔法かけてやろうか? 自分じゃかけられないだろ」
「…いい。自力で眠るから」
「遠慮すんなよネェちゃん!」
「遠慮じゃないの。丁重に、心から、お断りしてるのよ!」
「うわー。聞いたか相棒。女ってほんと、はっきり言いすぎだよな。傷つくっちゅーの」
「それに耐えてこその男さ! ああ気にしない! 俺は気にしないさ!」
「やめてよーもー」
魔女は笑い出し、俺たちもつられて笑った。
「で、恥知らずな魔法かけてお嫁さんゲットはどうするの? まだやるの?」
「ぐはっ、何か心に刃が来た!」
「俺も俺も!」
胸を押さえる俺と、稲の束を震わせる相棒に、相変わらず魔女は冷ややかな目を向ける。
「候補がここにいるから、やらないことにしたよ」
「候補? 誰?」
わざとらしく後方を確認する魔女。ふふ、鉄壁だぜ。
「ネェちゃん、これから二本で、どうやって子供が作れるか、試行錯誤を繰り返していこうな!」
「…え…あ、は、はい」
「ちょっと! 何肯定してんのよ!?」
「後は俺たちだけだな!」
「勝手なこと言うなぁ!」
突っ込んだ後、魔女はこめかみに指を当て、きっと俺を見た。
「いいわ、私ひとりが犠牲になればすむことですものね」
「おいおい」
「まずは、お互いのことを知ることから始めましょう」
「……え、あの、いいの?」
俺は急に不安になって、上目遣いで魔女を見る。
どこか上ずった声で、魔女はぎこちなくうなずいた。
「あたしもね、実は男の人とこうやってお話しするの、あんまり経験がないのよ」
「そうなの!?」
「そうなの! だ、だから実は、緊張してて」
うつむいて、しおらしくなる魔女がたまらなく可愛いと思えて、俺は頭を掻いて、笑った。
人間世界と切り離された狭い世界で、俺たち魔法使いは細々とやってきたけれど、こうやって知らない相手とこれからももっと交流することができるのだと思うと、目の前がぱっと開ける気がした。
現にこうして、当初の計画通り、俺は嫁さんになるかもしれない相手と巡り会えた。
相棒にもそういう相手ができた。いいことばかりじゃないが、悪いことばかりでもない。
俺は場を和ませ、なおかつふたりが徐々に親密になれるためには、何をすればいいのか考えた。
だが俺の貧困な発想では、こんなことしか浮かばないわけで。
それでも彼女が笑ってくれたら、俺たちはうまくやれるだろう。
俺は星たちに祈りながら、彼女に言った。


「じゃあ、しりとりでもする?」


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◎「じゃあ、しりとりでもする?」

著者:シーメル  


「よし、しりとりでもしない?」

不意にメグミは僕に言った。

「いくらなんでも、そんな場合じゃないだろう」

辺りは真っ暗で、外ではビュービューと強い風と雨が吹き荒れている。
年に何度かの台風接近、しかもでかいのがきたという事で、ニュースが騒いでいたのは数時間前。
それからテレビも点かなくなって1時間は経ったと思う。
そんな時に隣に座ったメグミが言い出したんだ。

「うーん、だって暇だしさ。テレビもないし」

生粋のテレビっ子で、1日何時間だって見ていられるようなメグミにとってこの状況は結構きついのかもしれない。
うちの両親がラジオすら用意してなかったもんだから、それで暇を潰すって事もできない。

「しょーがないな。じゃ、りんご」

乗ってやったのが嬉しかったのか、メグミは僕の腕に巻きついて「ごー、ごー…」と呟き出した。

「ゴールドエクスペリエンス」
「すずめ」
「メメタァ」

ジョジョかよ。
まともなしりとりをする気はないらしい。
とりあえずケチは付けておく。

「あー?擬音じゃないのか、それ?」

というかそれ以前の問題。
メグミの思考がいかがなものかと思う。

「レンは細かい事気にしすぎだよー。時間の無駄無駄無駄」

ふと気付くと、点けていた蝋燭が残り少なくなっていた。
懐中電灯があればいいんだけれど、僕は置いてある場所を知らず、隣人のメグミも知るわけがないというもんだ。

「だーわかったよ。続けりゃいいんだろ。た?あ?」

メグミはうちのハナ(2歳雌)を抱えている。
変なポーズを取らせている。
にゃー。

「あ、ハナちゃんは『「あ」でも「た」でもどっちもでいいにゃー』と言った」

嘘付け。

「多摩」

と言うと、僕は立ち上がった。
メグミは「まー、まー…」と悩んでいるようだ。
蝋燭の代えを取ってこなくちゃいけない。

「ま、ゆっくり考えておけよー。僕ちょっと蝋燭出してくるから」

「ラーメンついでに作ってきてよ、お腹すいたからついでに」

軽い口調でカノジョは言う。
僕はためいきをついてハナを持ち上げた。

「にゃーん…と、『よく考えろよにゃー。何で停電にゃんだっけ?』」

僕はメグミの真似をしてやってやる。

「ケーブル切れて停電してるからだよね?」

ハナと顔を合わせるように、メグミは見上げる。
にゃうー。
ハナもそうだとばかりにタイミングよく鳴いた。

「ね?って、よくわかってるじゃんか。つまり湯は沸きません。ラーメンはできないの」


僕はハナを下ろしてやり、メグミにそう伝える。

「No!まぢ?晩御飯食べられない?」

「いや、パンくらいならあるから。ほら、お前が好きな三星堂のくま」

中学生にもなって動物パンが好きなんておかしな趣味をしているが、妙にメグミはこれが好きらしい。
熊の顔を模った、子供向けのパンだ。
両手で受け取ったメグミは、わーいと喜んでくまパンにかぶりついた。
ついでに僕は近くにあったラスクを一つ咥える。
もぐもぐと口を動かしながらメグミは続ける。

「マジシャンズレッド」

しりとりの続きらしい。

「どー、どー?」

「ドドドドドドドドッとかは、なしよ」

(言わねぇよ)と思いつつバリッとラスクを噛み砕いて、僕は蝋燭の入っているだろう棚に手を出す。
蝋燭の箱の上に乗っている救急箱なんかが結構重い。
それをどけるのに少し手間取ってしまう。

「よっと…わかってるよ」

箱の中から数本取り出して、蝋燭台代わりに使っている皿の横に置いておく。
夜はまだこれからという所で、停電もなかなか直りそうもなかった。
使ってしまうという事もないだろうが、置いておくにこしたことはないだろう。

「よし、こんなもんだろ。真っ暗になる心配はないよメグミ。えーと、次はど?」

揺らめく薄明かりの向こうで、うんとメグミがうなずいた。
陽炎のように揺らめく彼女の顔は、ほてったように赤く見えた。

「どげざ」

二人のパンを齧る音よりも大きい風の音が吹き抜ける。
ガタガタと揺れる窓枠に、思った以上に早くなる鼓動を感じた。

「ざっと見て、危ない所。ないよな?」

周りを見回してみてそうメグミに聞いてみる。

「ないと思うけど…大丈夫かな銀座?」

銀座には今頃帰れなくなった、メグミのお母さんがいるはずだ。
店に泊まって帰るから、今日は隣の家(つまり僕の家)に行くように言われたらしい。

ところが僕の両親も一泊日帰りの旅行が、途中足止めを食らって帰りが明日になるという事で、思わず二人っきりになってしまったというわけだ。
どことなく気まずい気持ちを抱えているせいで、メグミもしりとりなんかを言い出したんだろう。

「ザ・ワールド。あ、アタシの番よね?」

うちの両親はそんなに台風の影響のないところに泊まると言っていたので問題ない。

ただ、今日は二家族みんなで、手巻きパーティーにでもしようと言っていたのでそれは残念で仕方がない。
材料も全部冷蔵庫の中に入れてあるっていうのに。

「ねーちゃんたちもいるし、向こうには男の人もいるだろうから、大丈夫だと思うよ」

少し心配げなメグミを慰めて、僕はそう言った。

「夜も早いけどさ、今日はさっさと寝よう」

僕は大きなあくびをした。
元々夜は早い方なんだ。

「うーん、しりとりはアタシの勝ち、よね?」

メグミは悪戯っ子のような微笑を浮かべた。
僕は黙ってソファーにかけてあった毛布の中にもぐりこんだ。

「寝る。お前の勝ちでいい。」

不意に変な感触を感じた。

「いッ、おい!お前の布団はあっちに用意しておいたじゃないか!」

いきなり自分の毛布の中に潜り込んで丸くなるメグミに、どぎまぎする。

「構わないでしょ〜昔はいっつもこうやって寝てたんだし」

そう言って僕の腕に自分の腕を絡ませてくる。
腕に感じる柔らかい感触に、僕は諦めたように小さく嘆息した。
外では地鳴りのように鳴り響く轟音も、家の中には何の影響も及ぼさない。
静かとは言えない夜だったけれども、なんだかこんな二人だけの夜も悪くないと思った。

「しゃーねぇ、蝋燭消すよ」


こういうとき立たなくていいのは結構便利だなと思う。
そのまま強く息を吹きかければそれでおしまいだ。
腕の中で小さくメグミがうなずくのがわかった。
真っ暗になった部屋の中。
じっとそんな暗闇を見つめていると、微かに腕に伝わる感触が震えているのに気付いた。
よくよく考えればそうだ。
一人が怖くなければ、僕のところにくるわけがない。
そんな事に今更気付いてしまう自分に、ちょっとした自己嫌悪を覚えつつ、不思議と笑みがこみ上げてくる。

「夜の間…今夜だけだからな」

僕は小さくそう言うと、そっとメグミの背中を抱きしめた。
伝わっていた小さな震えが静かに消えていくのを服ごしに、肌ごしに感じる。

「…ないも」

毛布の中から消えそうな声が漏れた。

「問題あるの?」

僕はそう言って頭を撫でる。
もぞもぞとメグミが顔出して上目遣いに僕を見た。

「…No。いつでも問題ないも」

舌ったらずにそう言うと、顔を真っ赤にして毛布を被った。
僕はそんなメグミの態度に、軽く笑みを浮かべて毛布の上からポンポンと優しく叩いてあげた。
何分経っただろうか。
優しい寝息が毛布の中から聞こえてきた頃に、僕は毛布の中の寝顔を見つめた。
静かな安心しきったその頬に、軽く顔を近づける。
シャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。
心臓の音が聞こえまいかドキドキする。
触れようか触れまいか。
僕の中で相対する感情が葛藤する。

「もぉ」

不機嫌な声をあげて急に飛び起きたメグミが僕の唇を奪ったのは一瞬の事だったけれども、その瞬間が僕の中では一生のように続くようだった。
メグミは何事もなかったように、毛布をぐいと引っ張ってそのまま丸まってしまった。
僕といえばそのままの姿勢で固まったままだ。

「おやすみね」

小さく毛布の中から聞こえる。
右手で唇に微かに残った感触を確かめながら、僕は小さく嘆息する。
端から見たらにやけ顔になっていたかもしれない。

「寝てろよ、見ててあげるからさ」

僕もカノジョにそう伝える。
微かに頷いたような雰囲気を感じた。
逆に僕の高まりきった心臓では、この夜は寝れそうにもなかった。
夜はまだまだ長い。

気付けばすずめが鳴いている。
カーテンの隙間から、眩しそうな日光が差し込んでいる。
蒸し暑い空気に満たされた室内で、僕の服は汗で濡れてしまって気持ち悪い。
吹き続けていた風も、強かった雨も今ではどこへやら。
きっと僕たちのいない場所では、誰かが震えているのかもしれないけれども、僕たちにとってはもう過ぎ去った話だった。
電気のスイッチを入れてみる。
駄目だ。
どうやら停電はまだ直っていないらしい。
静かな寝息を立てているメグミを揺り動かして、僕は時計を見た。
12時をさしている。
本来なら学校に行かないとを急ぐ時間だけど、今日は日曜日。
大して急ぐ必要もない。
テレビのスイッチをつけてみようとして、まだ電気が通ってないのを思い出して、自分に笑ってしまった。

「さって、とりあえずごはんにしようか?」

戸棚をごそごそとしてから、にんまり笑う。

「缶詰くらいしかないけどな」

シーチキンにイワシの煮付け、鯖の味噌煮。
あとは残り物の少し湿気たラスクにパン。
朝から食べるにははちょっと重い食材を、何個も机の上に並べていく。

「なんか喉渇いちゃいそうだよ」

メグミは食卓の上を見てげんなりとした顔を見せる。
食べたくなきゃ食べなければいいさ。
ラスクを咥えて、僕は庭の様子を見てみる。
塀が倒れてたり、瓦が飛んできたりしてないかとも思ったけれど、思った以上に平気だった様子。
少し木の葉っぱが減ったかなって程度で後は、いつもと変わらない風景だ。

「よかった、そんな問題なさそうだぞ」

メグミに向かって声をかけた。
けれども、当のメグミからは返事がない。
いぶかしく思って振り返ってみると、メグミは冷蔵庫を拓いて鼻を押さえている。

「ぞればよがったわ」

鼻を押さえているせいか、変な声。
僕は思わず笑ってしまう。
メグミは少し冷蔵庫から離れて中を指さす。

「笑い事じゃないよ、もー」

何となく僕も近づいてみる。
普通ならヴーンという冷蔵庫独特の稼動音が聞こえてくるところなんだけれども、その音がしない。
当然だ、停電しているんだから。
むっとむせ返るような生臭い匂いがそこから漏れてくる。
わかったでしょ?というような顔でメグミは苦笑いをうかべて言った。
僕も苦笑するしかなかった。

「問題は冷蔵庫よ」


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◎「問題は冷蔵庫よ」

著者:絵空ひろ  


「問題は冷蔵庫ね」
彼女は、困ったように小さなため息をついた。
そう言われて指折り数えると、もう6年も使っている。
小さい冷蔵庫だけれど、僕と彼女の二人暮しにはこれで充分。ほんの少しグレーがかったピンクは彼女のお気に入りで、カントリー調でまとめられたカップボードや木製のカラトリーとよく似合っている。
「ねぇ!いよいよ今夜がハロウィンだよ!」
彼女がキッチンから嬉しそうに声をかけてきた。
昨日からの様子を見ていると、どうも彼女にとってハロウィンとは、万聖節の前夜祭ではなく、ただのお菓子食べ放題祭りのようである。

「えっと、作ったのはミルフィーユに、秋だからモンブラン、ミルクプリン シフォンケーキ、くるみのポンデケージョと抹茶クッキー、パウンドケーキとスコーンとチョコブレッドとシュークリームと杏仁豆腐と栗ようかん・・・。で、今、メインのパンプキンパイが出来たんだけど、冷蔵庫に入らないの!夜まで外に置いてて大丈夫かな?」
甘いものが苦手な僕は、聞いているだけで胸焼けがして胃をおさえた。

二日前、飼い猫のモモが死んだ。冷蔵庫を買った同じ日にうちにやってきて、6年間を共に過ごした。
僕は庭にモモのお墓を作った。彼女は一滴も涙を流さず、えさ皿やモモのお気に入りだったクッションをさっさとダンボールにしまい込み、まるで、最初からモモがいなかったかのように綺麗に部屋を片付けた。
僕らの部屋からモモの匂いは消えてしまった。
それから彼女は、何も言わずお菓子を作りつづけた。
夜明けから真夜中まで、機械のようにひとつ作って冷蔵庫に入れて、ひとつ完成させては冷蔵庫に入れて、そうして迎えた二回目の朝、とうとうお菓子は冷蔵庫に入りきれないほどの量になった。

「さて、ではカンパーイ!」
夜が来て、彼女は嬉しそうに紅茶を飲んだ。テーブルに所狭しと並んだお菓子たち。
これが今日の夕食だ。
僕は抹茶とクッキーが大嫌いだ。だから抹茶クッキーだけは死んでも食べられない。
そう彼女に伝えると、一番甘くなさそうなポンデケージョを口にほおりこんだ。

「Trick or treat?」
突然、開いた窓から風にのって、今日の夜にとてもピッタリな言葉が聞こえてきた。
振り返っても窓の外は真っ暗で何も見えない。ふわふわとカーテンだけが揺れている。
顔を見合わせ耳を澄ましていると、もう一度聞こえてきた。
「Trick or treat?」
彼女は暗闇を見つめ、立ち上がって窓際にゆっくりと近づいていった。夜風を受けて彼女のスカートが大きく膨らみ、長い髪が宙を泳いだ。
「誰かのいたずらじゃないか?」
少し警戒した僕が立ち上がると、彼女は黙ってと言うように人差し指を口にそっと当てた。
風と一緒に不可思議な空気が僕らの部屋に流れこんでくる。
「Trick or treat?」
今度は少し遠い。僕は近所の子供がハロウィンごっこしているのだと勝手に見当をつけた。

すっかり興味を無くして、僕は再びお菓子を食べ始めた。しかし、彼女は窓際からなかなか離れなかった。
うつむいた後姿に声をかけようとして、僕は、はっと、その窓の下にモモのお墓がある事を思い出した。
冷たい空気が風にのってやってくる。今日はハロウィン、万聖節の前夜祭・・・。
「あははは」
突然彼女が照れたように笑って、体をひるがえすとテーブルに戻ってきた。
「そんなことあるわけないよね!ハロウィンの夜には、死んだものの霊があの世から戻ってくる、なんて、そんな伝説・・・」
思い出をダンボールにしまい込んでから、初めてモモのことにふれた彼女。
何かがプツンと切れたように、うつむいて大声で泣き出してしまった。
僕は、モモが死んでからの彼女の様子を思い返し、テーブルの上をじっと見つめて後悔した。
・・・意地っ張りもほどほどにしないと、誤解するじゃないか。
冷蔵庫からあふれ出した物言わぬお菓子たち。本当はこんなにも悲しかったのに・・・。

彼女の為に、今、僕が出来ることはなんだろう?
僕の目の前にある抹茶クッキー。なんて甘くて苦そうなんだろう。

時計が22時を知らせた。僕は泣き疲れてテーブルにつっぷした彼女の頭をなでた。
「モモはね、ここに来てお菓子を食べてったよ。僕は見てた」
「あはは、何子供みたいなこと言ってるの?」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、彼女がようやく顔を上げた。
「だってさ、ホラ見て」
言いながら指差す、僕の大嫌いな抹茶クッキー。今まで食わず嫌いだったんだな。

「さっきと数が違ってるじゃないか」


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◎「数が違ってたじゃないか」

著者:仁野  


「数が違ってたじゃないか」

 少し掠れた、何とも艶っぽいボーイソプラノで隼人は言った。それが俺の聞いた隼人の最後の言葉だった。そして隼人の僅かな人生にとっても、最後の言葉であったらしい。
 お兄ちゃんは冷たいのね。これは妹の桃子の言葉だった。隼ちゃんは死んだの、隼人は死んだの。それでもって隼人の最後の言葉を聞いたのはお兄ちゃんなのに、なのにお兄ちゃんはそうやっていつもみたいに仕事ばっかりなのね。そんなことなら、と桃子は泣き崩れた。そんなことなら、あたしがあの時家にいればよかった。部活の遠征になんか行かなきゃよかった。そしたらあたし、あたしが、あたしが。
 そんな風に泣く妹の姿を目にするのは初めてだった。育ち盛りの少年にしては些か小柄だった隼人に比べて、数センチだかそれくらい、背の高い子だった。細身だけれども鍛えて引き締まった体は部活のテニスのおかげ、潔く短くしたショートカットの下から覗くうなじはなめらかに日に焼けている。桃子と名付けた夢見がちな両親の意図に反して、女の子らしさといった範疇に収まるあれこれを嫌う子だった。その反動のように、まるでお人形のような容姿の隼人に構うのが好きな子だった。
 桃子と同い年だから、隼人は俺よりも随分年下だ。いや、年下だった、と言うべきなのかも知れない。既に時を止めた者に対して、どのように言葉を選ぶべきなのかはよくわからない。
 ともかく、隼人は俺よりも随分年下だった。どちらかというと体育会系の俺にとって、如何にもひ弱そうな隼人は年齢差も相まって近しい存在ではなかった。刑事という選んだ職業の都合上、就職してからはますます接点が減った。妹の幼馴染。それだけの存在だった。
 隼人と桃子は、同じ病院の同じ病室、隣り合わせのベッドで生まれた。家はごくごく近所。二人は当然のようにして、幼い頃から沢山の時間を共有してきた。
 しかし気も力も、桃子のほうが圧倒的に強かった。いつも連れまわすのは桃子だったし、二人とも色気づく頃には、未だ女の子のような顔をした隼人に化粧を施したりして遊んだりもしていたようだ。俺と桃子の母親も少々不安を覚えたらしい。あるとき隼人の母親に言ってみたという。
 ――うちの桃子は乱暴者だから。隼ちゃんも嫌な思いをしてないといいんだけど。

 神妙に聞いていた隼人の母親は、隼人によく似た線の細い色白美人だったが、その薄い唇を優雅な笑みの形に曲げて、毅然と返したという。いいえ。
 いいえ。確かにうちの子は、気の優しい子ですけれども、弱い子ですけれども。自分の隣に立つ人間は、選べる子です、選ぶ子です。隼人は桃ちゃんが好きなんですわ。そうでなきゃ、とっくにそばを離れています。静かに、こっそりとね。そういう子ですもの。
 そういう子ですもの――。夫人の繊細な横顔と泣き崩れた妹の首筋を重ね合わせながら、俺はふと思った。隼人が桃子をどう思っていたかはともかく。桃子にとっての隼人がどれほどの存在であったかは、今更のように思い知った。思い知らされた。泣き叫ぶように俺に言葉を投げつけた桃子は、先程通夜に出たまだ真新しい制服姿のまま、二階の彼女の部屋に閉じ篭ってしまった。俺の座り込んだ居間のソファーの上辺り、天井越しに微かに啜り泣きが聞こえるような気がする。涙など、滅多に見せぬ子であるのに。日頃強い人間ほど、強く見える人間ほど、ひとたび心の堤防を崩されるとひどく脆いものだと、ぼんやり思う。
 そういえば通夜の席で胸が苦しいぐらいに痛々しかったのは、儚げな夫人よりもむしろ、屈強な外見の隼人の父親の方であった。彼は確か鹿児島の出身で、如何にもといった薩摩隼人だった。それになぞらえて子供に隼人と名付けたのに、生まれたのがあの子ですわ――。よく日焼けした顔全体でそう、笑って見せたものだ。それでも愛妻にそっくりの息子は、目に入れても痛くないほどに可愛かったことだろう。
 その彼は通夜の席、がっしりとした肩を縮こまらせてひたすら俯いていた。かける言葉もなかった。その向かい、隼人をはねたトラックのドライバーもまた俯いていた。居眠り運転であるらしかった。ただ、過労で――欠員が出たせいで、丸二日仮眠も取らずに駆け回っていたそうだ。だからといって。だからといって、許せるものではない。けれど俺は、男手の一人として通夜の片づけを手伝っていた途中、その男の座っていた畳の上、きつく握り締め過ぎて滲んだのだろうその男の掌の血が、微かに残っていたのだけを覚えている。
 俺は溜息をひとつ落とし、ソファーから立ち上がった。せめて桃子の様子でも見てこよう。
『数が違ってたじゃないか』
 不意に隼人の最後の言葉が蘇った気がした。あれは隼人が事故にあう直前のこと、テニス部の遠征に行っていた桃子が帰ってくる日のことだった。仕事が久しぶりに休みで、珍しく台所にいた俺のところに、勝手知ったる他人の家とばかりに隼人がひょいと顔を出したのだ。桃ちゃん帰ってる? 少し遠慮がちな声だった。いいや、と俺が答えると華奢な肩を落とした。少し淋しそうだった。
 事実、彼は淋しかったのだろう。いつもいつも桃子に振り回される形とはいえ、彼と桃子は常に一緒だった。クラス数の少ない小学校はもちろん、何の因果か中学校まで三年間同じクラスだったものだから、宿泊学習も修学旅行も一緒、長く離れることは殆どなかった。今年の春に揃って同じ高校に入学して、隼人は文芸部、桃子はテニス部に入った。夏休みの二週間に渡る桃子のテニス部遠征は、彼らにとって初めての長期の別離と言ってもよかった。
 だから隼人は、俺に声をかけてきたりしたのだ。
 淋しかった隼人は、色々と言葉を探しながら俺に話しかけた。隼人と桃子が小さいころには俺もほどほどに会話を交わしていたとは思うが、近頃はとんとご無沙汰だった。隼人は淋しかった。今にしてみればそう思うが、そのときはこれっぽっちも気付いていなかった。彼が何を話していたのか、それすらも良く覚えていない。薄情者。後で桃子が言った。なるほどその通りだと思う。
 ただ、俺に話しかけた隼人の顔ばかりを覚えている。まるで天使みたい。そう形容したのは桃子だったか。確かに隼人は彼の母親にそっくりだったけれど、それ以上のものが彼にはあった。ぱっちりした目、すっと通った鼻筋、薄い唇、お人形みたいな天使みたいなそれらが、俺や桃子よりもずっと色白の顔に奇跡のようなバランスで配置されている。その日も俺は、隼人の話にいい加減な相槌を打ちながら、相変わらずの顔をした子だとぼんやり思っていた。
『数が違ってたじゃないか』
 そのとき隼人が言ったのだ。どういう流れで彼がその言葉を口にしたのかはわからない。覚えていない。そう言った、それだけは間違いないと思う。
『数が違ってたじゃないか』
 少し掠れた、何とも艶っぽいボーイソプラノで隼人は言ったのだ。俺は相槌を打ったろうか、それもわからない。ただほとんど同時に、俺の携帯が鳴った。仕事用の携帯だった。また事件かと、俺は舌打ちをした。そんなことも覚えているのに、隼人の言葉の意味だけがわからない。わからない。
 舌打ちをした俺に、ぱっと隼人が手を振った。もう行くから、構わないでいいよ。そういった意味だったと思う。俺は適当に悪いね、といった風に手を振り返してみせて、電話に出た。隼人を正面から見もしなかった。ただ視界の端、彼がやっぱり天使のような微笑みを零したのが見えた。後は、ぱたぱたと家を出て行く軽い足音、それだけだった。
 電話は大した用件ではなかった。少し隼人に悪いことをしたかな、それぐらいのことは考えたと思う。その後どうしていたかはよく覚えていない。テレビでも見て、暇を潰していたのかもしれない。しばらくすると桃子が帰ってきた。ただいまあ。大荷物を抱えた彼女は更に真っ黒に日焼けしていた。おうおかえり、まーた焼けてんな。返すと桃子は目を丸くした。あれ、お兄ちゃんいたんだ。
 いたんだよ。そういえば隼人に会ったか? ちょっと前うちに来てたんだが。
 あんまりな言葉に苦笑しつつ問うと、妹は首をかしげた。会ってないと言う。
 それよりさ、お兄ちゃん。すぐ近くの十字路で事故があったの、知ってる? 見てこようと思ったんだけどさ、この荷物で諦めたの。今から見に行こうかなあ。
 事故? 知らないな。まったくお前も根が野次馬なんだからな――
 野次馬なんだからな――

『数が違ってたじゃないか』
 隼人は何を言おうとしていたのだろう。数? 何の?
 二階への階段を上がりながら、ひたすら考える。
『数が違ってたじゃないか』
 大した意味があるわけじゃない。そんなことはわかっている。だけれども。
 隼人の最後の言葉だけが頭から離れない。
『数が違ってたじゃないか』
 彼は、何を言おうとしていた?
 桃子の部屋の前に辿りつき、ドアをノックしようと俺は手を伸ばす。



『数が違ってたじゃないか』



 突然携帯の着信音が鳴り響いた。ドアの向こう、桃子がびくりとするような気配がした。同僚からだ。俺はまたひとつ、舌打ちをして電話に出る。事件だ。同僚は簡潔に告げた。誘拐事件。すぐに出てきてくれ。急いで。
 誘拐事件か。急いで階段を駆け下りつつ、俺は考えをめぐらせる。誘拐されたのは誰だ? 近頃の誘拐事件で、子供以外の人質が助かった例は殆どない、果たして今回は――。そこまで考えて苦笑した。つい先程まで頭の中は隼人のことばかりだったというのに、電話ひとつでこの有様だ。お兄ちゃんは冷たいのね。不意に桃子の声。ああそうとも、お前は正しい。
 思わず壁を蹴りつけた。乾いた音。今度は自嘲気味の笑みを浮かべ、呟く。――こんなときでさえも。

「俺が考えてるのは、誘拐事件なんだな……」


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◎「俺が考えてるのは、誘拐事件なんだな」

著者:カラス  


『パソコン故障』 カラみそ


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◎「その証拠に、ちゃんとビールジョッキまで冷やして、用意してあるじゃないか」

著者:松永夏馬  


「その証拠に、ちゃんとビールジョッキまで冷やして、用意してあるやないか」

「は?」
「今みたいあな残暑厳しいあっつい時期は、ビールはキンキンに冷やしたジョッキでなきゃあかんからな。通やね」
「何を言うてんねん」
「ん、何がやねん」
「何が……て、話聞いてた?」
「あたりまえやがな。密室やろ?」
「密室言うてもただの密室ちゃうで。舞台は4階建てのワンルームマンション最上階。通路に面した玄関にもベランダに面した掃きだし窓にもキッチリカギが掛かってて、玄関の内側にはドアを塞ぐかのようにゴミ袋が山になっててん」
「一人暮らしの若い兄ちゃんやからな、やけにコ汚い部屋や思うたわ」
「ホトケさんに失礼やろ。……ガイシャは倉雲医科大の学生さんや。エリート中のエリートやで」
「エリート言うたかて部屋コ汚いし」
「それはもうええがな。とにかく密室や」
「密室や言うたかて部屋コ汚いし」
「もうええっちゅうねん。……で、なんでビールジョッキやねん」
「入ってるやん冷蔵庫と冷凍庫にギッシリとビールジョッキが。見えへんのか? 老眼?」
「見えるわ。コレ見えへんかったら老眼どころちゃうやろ。……いや、だから、そういうことでなくてな」
「みなまで言うな。一からちゃんと説明したるがな。……いや、面倒やし五ぉくらいからの説明でええか?」
「なんでやねん、一から説明せぇよ」
「それが人に物を頼む態度か?」
「うっさい、ええから早ぅ言え」
「ふふん。ええか? この密室の謎は解けてるも同然や。このガイシャのキッチン見てみ? 片手鍋一個しかあらへん。包丁もガイシャのどてっぱらに刺さってるのんがコイツのやとしても一本きり。つまりコイツは料理なんてせえへん不精もんや。まぁ学生時分こんなもんやろ」
「万年独りもんのお前かて料理なんてせえへんやろが」
「チャチャを入れるな。……そんな男の冷蔵庫には当然なーんも入ってへんな」
「そらそうや。マヨネーズとペットボトルのお茶以外、入ってるもんはビールジョッキが18本。ご丁寧に冷凍庫にまで詰められるだけ詰めてあるわ」
「ほななんでビールジョッキなんて詰めてんのと思う?」
「そんなもん、お前がさっき言うたやんけ。ビールはジョッキも冷やして飲むのが通や、って……アレ?」
「そう。ビールがあらへん」
「どういうことやねん、ビールが無いのにジョッキだけ冷やすんか」
「まったくお前はアホやな。このジョッキはビールを飲む為に冷やかしてあるんと違うんや」
「……は?」
「犯人はガイシャを殺した後、自殺に見せかける為に部屋の鍵を閉めて密室を作ったんやな」
「どうやって部屋を出たんや?」
「ここまで言うてもわからんか? ……しゃぁないなぁ、お前のアタマは飾りか?」
「お前のアタマは飾りにもならへんな」
「あのな。……ええか? 犯人はある場所に身を隠した。そしてその場所に自分が隠れる為に邪魔になったビールジョッキを別の場所に移動させたっちゅーわけや。冷蔵庫に隠れるわけにはいかへんけども、ビールジョッキなら冷蔵庫に入っててもさほど違和感がない」
「おおお。なるほど、そういうわけか。つまり、ビールジョッキが置いてあった場所に犯人は隠れている、ということか」
「せや。したがって、その犯人が隠れているのはソコやッ!! もうバレてんねん、犯人よ、観念して食器棚から出て来いや」
「観念せぇッ!!」



「……入ってへんやん」
「……うん、まぁ、当然やろな」
「当然て。……いや、まぁこんな戸棚に隠れとったらどっちにしろバレバレやったしな」
「こんなもんやわ」
「得意げに語りおってからに、何をえらそうにしてんねん」
「まぁ、ええがな、推理なんてもんは」
「なんでやねん」

「あんなのどうせ、ビールの泡みたいなもんやってんから」


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◎「あんなのどうせ、ビールの泡みたいなものだったんだから」

著者:GURA  


『荒らぶる諸事情合い重なりて、出品見送りたき所存にて候。』  GURAみそ


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◎「誰かが飲んだんですよ、一本だけ」

著者:一茶  


「誰かが飲んだんですよ、一本だけ」

「飲むものか?こんなのを」
「さぁ・・・けど、唾液が付いてますし」
「だけどなぁ、いくら飢えていたってこれはなぁ」
「これですからね」
「これだからね」
「そういえば、敢えて無視していたんですが」
「これのことか?」
「ええ、それです」
「こいつが飲んだと思うか?」
「まぁ、口から泡吹いてますし」
「・・・」「・・・」

「どうするよ、こいつ?」
「まぁ、とりあえず起こしませんか?」
「どうやって?」
「触りたくありませんからね」
「こいつの名前知ってるか?」
「さぁ、知りませんね」
「じゃぁ、どうやる?」
「適当に呼んでみますか」
「だな」
「おい、起きろ!起きろ!」
「そこの馬鹿起きろ!」
「泡吹いているお前だよ。起きろ!」
「起ーきーろー!」
「起きれって言っているだろうが!」
「いい加減起きれ!」
「そこの中性洗剤飲んだ奴起きろ!」
「中性洗剤起きろ!」

「だ、誰が中性洗剤だ!」


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◎「誰が中性洗剤だ」

著者:知  


「誰が中性洗剤だ」


今日の彼の寝言の第一声はこれだった。
……何時もの事ながらどんな夢を見ているのだろう……
一回尋ねてみたことがあるんだけど、覚えてないと言われた。
意味不明な事をはっきりと言うから気になって仕方がない。

はぁ……今日は……眠れそうにないね……
そうため息をつきながらも口元に微笑みが浮かぶのがとめられない私がいる。
だって、それは彼が私といることで安心していてくれているということだから。

彼が寝言をいう癖があるのを知っている人は殆どいない。
小学校の修学旅行のときに「寝言がうるさい」とクラスの皆に怒られてから寝言をいわないように努力した……とのこと。
努力して寝言を言わないようにできるのかは疑問があるんだけど、実際、彼の高校の友達に寝言のことを尋ねても寝言をいうことを知らなかったと答えた。

ただ、いくら寝言をいわないように努力しても家では――家族といるときは――寝言をいわないようにすることはできなかった。
どうやら、安心して眠りにつくと寝言をいってしまうようだ(安心して眠りについた日に常に寝言をいうわけではない)とは彼の言葉。


私は彼に安らぎを与えることはできているのだろうか。
彼は私と付き合っていることで幸せになれているのだろうか。
私は今が一番幸せだと胸を張って言える。
彼は……どうなのだろうか……


このように彼の寝言や寝息を聞きながら考え事をしていると時々びっくりすることがある。
それは、彼が寝言でいった言葉が妙に私の考えていたことに対する返事に聞こえる事。
まるで、私の考えていることが全てわかっていて、それに返事をしているかのように寝言をいうんだよね。


「またそんなシュールな冗談を」


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◎「またそんなシュールな冗談を」

著者:塵子 


「またそんなシュールな冗談を」

 俺は思わずそうつぶやいていた。
 目の前のアパートから、女性の叫び声が聞こえたのだ。
「あたし、本当は河童なのよ!」と。
「いくらなんでも、河童はねぇだろ……」
 思わず突っ込みを入れてしまう俺。
 夕暮れ時、周りに人っ子一人いない通学路。高校からの帰り道、本当はこれから予備校へ行かなくちゃならない俺だったが、聞こえてくる会話が気になってアパートの前で足を止めてしまった。よくよく聞いてみると、どうやら痴話ゲンカのようだ。
「ザビエルだの河童だの、電波系かよ」
 誰も聞いてないとは知りつつも、突っ込まずにはいられない素直な俺。
「はっは、電波とは失礼なヤツだな!」
「うおっ!?」
 突然後ろから聞こえる声。
 びびりながら振り向くと、そこには女が一人立っていた。
 ――しかも、メイド服を着た女が。
「ああ、驚いたかい? まあ、驚かせるためにわざわざ後ろに匍匐前進で忍び寄ってみたんだがな。これで驚かれなかったら、商売上がったりだ! ちなみにこの衣装も自前だぞ! はっはっは!」
 仁王立ちで話し始める女。そろそろ日も落ちて周囲は薄暗くなっていたが、一般的に見て彼女が「美人」だということはすぐわかった。ただ、服装と口調と性格にものすごく問題がありそうだが……変なのと関わっちゃったなぁ。
「あのさ、あんた誰?」
 突っ込みどころ満載な彼女だが、とりあえず素性を聞いてみることにした。冷静な俺に乾杯。
 すると彼女は、ニヤリと笑った。そして……
「バカモノーーー! 人に名を聞くときは、まず己の名を名乗れ!!」
「ぐおおっ!?」
 思いっきり脳天に振り下ろされるハリセン。俺はあまりの痛みに道路にうずくまり、頭を押さえるしかなかった。
「てっめぇ! いきなり殴るこたねぇだろうが!」
 痛みをこらえつつ、何とか女に文句を言うことに成功。ああ、我慢強い俺に乾杯。
「失敬失敬。あまりにも貴様が無礼だったものでな。だがそんなに知りたければ教えてやろう! エッヘン!」
 結局俺の自己紹介はいらんのかよ! ホントえらそうな女だな、コンチクショウ。
「まああたしは、貴様らが言うところの神ってやつだ」
 ……真性の電波さんか?
「ズバシッ!!」
 再びハリセンでぶっ飛ばされる俺。
「貴様、今失礼なことを考えただろう。あたしにはお見通しだ! 成敗!」
 ホント、何なんだよこの女……。


 で、なんの因果か知らないが、俺は彼女にコーラをおごるハメになっていた。メイド服を着てハリセンを持った奇妙な女と公園で飲むコーラ。……通行人の視線が痛い。下手にキレイな顔してるだけに、余計目立つんだよなぁ、この女は。
「……で? あんたが神だったとして、こんなとこで何してんの?」
 彼女はニヤリと笑って答えた。
「さっき、自分は河童だって叫んでた女性がいただろう? あのカップルが試練を越えられるかどうか、見届けに来た」
「ふーん……」
 適当に相槌を打つ。こんな女が神だなんて言われても、信じられるわけないだろ? とりあえず電波さんには、適当に合わせておくに限る。
「あのカップルはな、まあお互いに言えない秘密を持ってたわけだ。で、言ったらこの関係が終わるかも……と2人とも保守的になっていたのさ。でも、隠せば隠すほど自分の中で罪悪感は深まっていく。それに、本当の自分を見せたら嫌われるのではないか、という不安も募る。今の関係を守ろうとして、2人とも無理してたわけだな。そんなんじゃ、関係もいつか壊れるさ」
「へぇ……」
 電波女の言う事もわからんではない。俺だって、友達に言えないことのひとつやふたつあるもんな。言っちまったら、何か壊れるような気がして。
「だが、あの2人は無事に試練を乗り越えたよ。やっと本音をさらけ出したんだ、今後はうまくいくんじゃないかね。最初か
ら素直になればいいのに、まったく人間というものは不思議だな」
 電波だと思ってたが、言うことはなかなか説得力があった。まぁ、変な女なのは相変わらずだけど。
「んじゃ、オネエサンの仕事も終わったんだろ? なんでまだこんなとこにいるんだよ。てかなんで俺があんたにコーラおごってるんだ?」
 女は、さもうれしそう笑った。
「次の試練は貴様の番なんだよ」
「はあっ!?」
 試練って言われても、何も思い浮かばない。今悩んでることといったら、せいぜい受験勉強ぐらい……あ、そうだ予備校!
「俺、予備校行かガボゴボゴブッ!?」
 アゴを掴まれ、コーラを無理矢理口に流し込まれる俺。
「ゲホッ!……て、てめぇ! こんなとこで溺死するとこだったじゃねぇかよ!」
 怒る俺を尻目に、彼女は済ました顔で言った。
「やる気のないやつがどこに行ったところで、しょうがないだろう? やったつもりになってるだけじゃ、結局何にもならんぞ」
 ――図星だった。
 俺には目標ってもんがなかった。周りに合わせて、なんとなく進学を目指して予備校に通ってただけだ。でも、今時の高校生なんてみんなそんなもんだろ?
「"みんな"は関係ない。貴様の問題だ」
 そんな気持ちを見透かしたように、彼女は言った。
「貴様は、本当はやりたいことがあるんだよ。気付いてないだけで。だから、それに気付くための"試練"というわけだ。さあ気付け! ズビシッ!!」
 またも飛び出すハリセン。だんだん白いハリセンに赤い水玉が増えてきてるのは、俺の目の錯覚だろうか。錯覚だと思いたい。
「そんなこと言われてもなぁ……俺、やりたいことなんかねぇよ?」
「はっはっは、ふざけるな殺すぞ! 5年前を思い出せ! ドバシッ!!」
 腰の入った見事なスウィングでハリセンが振るわれ、俺はベンチから転げ落ちた。地面には俺の血だまりができている……まさか自分の血だまりをこの目で見るとは思わなかったぜ。
「……ご、5年前……?」
「思い出さんとまた殴るぞ! ショック療法だ!」
 それは勘弁してもらいたい。仕方なく俺は、額からドクドクと血を垂れ流しながら地面に突っ伏した格好で、5年前を思い
出すことにした。5年前っていうと……中1のときか。でも、何かあったっけ?
「運命の出会いがあっただろうが! ドビシッ!!」
 もう何度殴られているかわからない。さすがにそろそろ俺の意識もやばくなってきた。ああ、なんだか過去の映像が流れてくるよ。ははーん、これが走馬灯ってやつか……って、あれ?
「……マリコ?」
 一瞬、脳裏をよぎった影。その姿を見た瞬間、俺の思考は急速に動き出した。
 マリコと出遭ったのは、5年前の夏だった。家族旅行で出かけた北海道で、偶然見かけたんだ。白い肌がキレイで、思わず凝視してしまったことを覚えている。すると、マリコはゆっくりと俺の方に近づいてきて、俺のことをじっと見つめた。ただ何も言わずに、優しい目で。
「マリコ……そうだ、マリコだ!!」
 俺は駆け出していた。予備校も電波女も関係ない。今頭にあるのは、ただマリコのことだけ。俺は今人生で初めて、自分の"やりたいこと"を見つけた。

「――牛が見たい」


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◎「――牛が見たい」

著者:Clown  


「――牛が見たい」
「は?」

 ご令嬢が呟く言葉を、俺は全力で聞き返した。
 牛? 何故牛? 近江牛? 松阪牛? そう言えば最近霜降りのやつ食ってなかったなぁ。こう、たまには厚切りステーキを次の日胃もたれするくらい腹一杯食ってみたいものだが、そんな贅沢は俺が許しても俺の財布が許さないというかねぇ、極貧生活こんにちは。

「ねぇ、この辺で野生の牛が見れるところはないかしら?」
「しかも野生かよッ!?」

 取り敢えず全力でツッコんで見る。
 野生て。この東京のど真ん中で野生て。あれか、ムツゴロウ王国の飛び地でも東京に出来たのか? 王国の逆襲? スターウォーズ? それともここはかの歌で有名な砂漠ですか。東京砂漠ですか。内山田洋とクール・ファイブ?

「乳搾りが見れればなおベターね。」
「野生の牛の乳は搾らねーよッ!!」

 ツッコミとかのレベルではない。
 これはアレか。試されてるのか? 俺が何処まで度量の広い男か試されてるのか? 寛大な包容力が求められてますか? 朝青龍のような広い背中でキムタクを支えられないと生き残れませんか? 時代はモンゴルか。モンゴルなのか。

「キャトルミューティレーションも見学したいわ」
「実演してるのかよッ!!」

 生臭いというか、ネタ的にアウトだろ、それは。
 て言うか、もしかしてさりげに宇宙人も一緒に見たいって言われてますか? 矢追純一スペシャル? 米軍エリア51? インディペンデンス・デイ? そう言えば最近矢追純一もユリゲラーも見かけないなぁ。リストラ? 窓際?

「それで馬刺しも食べれれば最高ね」
「牛の話じゃなかったのかごふぁッッッッ!?」
「うるさいわねッッ!!」

 女の平手打ちをくらい、俺は噴出する鼻血と共に5メートルほど吹き飛んだ。
 スローモーションで飛び散る鼻血。舞い踊る前歯。あぁ、脳を揺さぶる衝撃波で意識がどんどん薔薇色に……薔薇は薔薇はー気高くー咲いーてー……オスカールッ! オスカルとラスカルって似てるよね。親戚? アライグマと親戚? 二本足で立っても今更人気はとれない可哀想なアライグマの運命や如何に……



「と、言う夢を見た」
「女性にぶたれるなんて、男冥利に尽きるとおもうけどなあ、俺」


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◎「女性にぶたれるなんて、男冥利に尽きるとおもうけどなあ、俺」

著者:おデブちゃん  


「女性にぶたれるなんて、男冥利につくと思うけどなァ。俺」


そう受話器の向こうから聞こえる声は、相場 拓弥、18歳。高校3年。
小学の物心がついた時から中学高校と、制服と私服を着分けることができ、相場は私服で茶髪とあのブランドのBlack flysのサングラスと格好つけたりしたりと、 いつの間にかそれが定番となっていた。

だが、高校1年の夏休みが終わってからサングラスをしなくなった。理由は「もう似合わない」という一言だった。けしてそんな事はなかった。ずっとつけていたので、逆に違和感に感じていた。

相場は、身長は165センチ。中肉中背。
髪はショート。ややつり目で、それがまたサングラスとそれがよかった。
唇が薄く、男に使うのは変だと河口は思っていたがクラスの女子は、よく「美」と 「少年」をいっしょにつけていた。

そんな奴の性格は、昔から少し考えが大人っぽくも、冗談や人をからかう事がすきで、プラス思考、‥容姿だけでみられると子供っぽさがまだまだ残っていた。それをしっていてなのかよく笑い方は、子供のように笑っていた。

そんなところで、クラスの女子どころか男子にも人気で。
恋に関しては大人の女性にモテていたが、ずっと付き合っている彼女がいたので断り続けている、また頑固で一筋な男だった。


「それに、女の気持ちが分かってない。」


「ハァ!!?お前、2・3人しかつきあった事ねーじゃん!」
素早くツッコミ返しそれに相場は笑って、河口も笑った。



河口 三蔵、18歳。
身長は175センチ。中肉中背より少しは筋肉がついているが、今年にはいって試験や就職活動にはなんら役にもたたず、制服をきていても、だらしがなくともみえていた。

髪は少し長めで寝癖がよくついており、やや猫背、タレ目でますます「寝起き状態」が近づく。
大雑把な性格や容姿に輪をかけ、それが女性には母性本能が擽り、少しは相場とはまた違う形でモテていたが長くは続くことなくも、、本人は鈍感な上、「なんでもこい」「去るものは追わず」気にもしないその点では、最低男だった。


まるで逆な二人だが、幼い頃から何故か二人は幼馴染に腐れ縁だった。
腐れ縁としても、幼稚園と高校まで一緒だったが河口達の高校は1年ごとにクラス替えがありも2年までは一緒だったが、高校3年の時、初めて相場と河口は違うクラスになった。




「それでもお前のことをみているヤツが可哀想だろ。気づかないのかー」
受話器の向こうの相場は溜息交じりでまだ続けた。


「そうなんだよ!毒舌女にはぶたれるはロクなコトがない‥っ
絶対、限定!美人なお姉さまにストーカーされてる!そう思うと、この頃夜の道がこわくてよーーーー」
河口もあえて切羽詰ったように演じた冗談をいう。

「アハハ、いつかタコ殴りされるぞ!」

「おいおい、お前誰かに似てきたぞ‥」河口は息を深く吐きながら言葉をかえした。


また受話器から聞こえる子供のようにニシシと笑う相場の声をきいて、姿までが思い浮かび河口は自然に参った顔をしながら笑った。


「まー、俺の方はどうともなるとして…麻衣子ちゃんの方は、どうなんだヨ。」


「……‥ああ」

河口は受話器の方により耳を傾けた。
少し声の落ちたトーン…『あれ?』と感じていた。その声は先ほどの楽しげなものではなく急に落ちたからのであったのだ。

麻衣子というのは、高木 麻衣子。18歳。髪はロングストレート、綺麗という美人さん。
相場とは中学生の当時から付き合い、高校は別々となってしまったが、変わらずもずっと付き合っていた二人であった。
性格は明るく、誰にも接する非の打ち所のない彼女であったと、‥少なくとも周りにはそうみえていた。

河口は美人だと思うが、どこか相場と似ていて結構好感触をもっていた。



そして今が一番忙しい、いやクラスのほとんどが進路や就職など決まっているこの時期で・・・・

まだ進路が決まらない俺はかなり忙しかったが、相場はすでに進路が決まっており大学へと進学するらしくも、河口とは頭のデキも違いもあり、クラスもちがうも俺とはすれ違いになっていた‥が、変わらずもこうして高校生活が終わろうと忙しい時期であってもこうやって小一時間ほどだが、携帯で話していたので「いつもといっしょ」だった。




「俺、フラれちゃったんだー。」



「!」

思いがけない言葉に河口は素で驚く。
「…マジ?」あえて語尾をあげるようにもっていったが、驚きすぎで声が通常の大きさがでなかった。

相場は話しを続けていた。
「あのな、サン‥…、俺は」よく聞こえるように受話器から耳をよりくっつけた。
が、その沈黙が突然、かき消されるように受話器の向こうで鼻で笑う声が聞こえた。


「まーそれはもういいンだーなんとかなンだろ」と付けたし

「っおいおい。ホントかよー。おまえ‥」
河口が声をかき消すように相場はずっと笑いながら、話しを変えた。


「そうそう、俺1週間後誕生日なんだよねー〜麻衣子とは別れちゃったし」
そんな口調に相場は彼女との間に色々あるのだろうと思い、「わかったよ。」と、励ますため承諾した。



「じゃあ、またな。」


「ああ」






それから1週間後


約束したその日は、すでに夕方になっていた。が、どんなにバイトや補習などで、忙しくて逢おうと河口は相場のいる古いアパートに向かった。失恋とした相場を大笑いして励ましてやろうという試みだった。


二階の一番奥、階段をあがり廊下をすすむ。
その部屋は…カーテンをあければ日がよくあたり、窓をあければ風も通り抜けるいい部屋だった。

二人とも幼い頃は、よくそこで秘密基地としてよく遊んでいたが、高校にあがると相場は、そこに住むようになっていた。いや、一度学校から、両親が住んでいるとしている家に向かうと、「自分が帰ったというボードにマークを記入して、後は外にでていこうが、なんだろうが、警察に迷惑だけはかからなかったらい い」と、それをきいた時は中学2年。

相場の両親は二人とも仕事を持ち、夜でも朝でも家にあまりいることはなかった。
河口は、それ以上何も聞くことも言うこともしなかった。



河口はノックしながら声をだす。

「おーい、俺だ。〜つか、てめーなんで携帯にでないんだよ!」

あれから携帯は繋がらなかった。
そして今も、人の気配はあっても、でてくる気配はない。暫く静かな室内の中から、音がする。

「?おい??どうかしたのか‥?」
何か足が妙にぐらつく。変な感じを憶えた。
鍵をかけたまま、ドアを開けず室内から相場は言葉を発す。






「‥…もう、俺は、しぬよ。」





その言葉に河口は「ハァ?」という言葉で不機嫌を態度を表す。
ドアから聞こえる声は本当にかぼそく、痛々しいほど静かだった。だが、河口はそれには退くことはなかった。


「オイ、玄関から離れとけよ」


そういうと河口は、くるりと後を向き長い廊下を歩いていくと階段に行く前で止まり、そこから相場の部屋めがけて一気に走っていく。ギュンギュンと風の音が耳にぶつかり風の音が聞こえる。が、構わず足を前へ前へと勢いをつけ、ドアを蹴りとばした。

蹴ったドアは力とスピードに圧され前のりになり大きく鈍い音で、金具も外れ室内へとドアは見事にはずれた。

築年ン十年の古いドアといえど、河口の体や膝がガクガクと、無論、体にも負担はかかったことはいうまでもない。
そして室内にいる相場には奇跡的にもドアには当たらなく、内心ホッとするが、顔にはださなかった。
相場はさすがに目をむいてこちらの方をみていた。
河口は相場に近づき、握りこぶしに自然となっている、もっていた袋はすでにぐちゃぐちゃに。それにあまりにも力をいれすぎで血管が浮きでて腕が震える。

が、やはり河口は冷静な顔をしていた。




「つまんねー事いうな。」





そういうと、くるりと後をむき部屋をでていった。
相場はそこでもう一言を開くことはしなかった。

だが相場は河口の気持ちが痛く感じていたが、そのことに対して、益々相場は自分のことしか考えられなく、まさに迫ってくるものに吐き気どころか、気がおかしくなりそうにもなったいた。
また自分が居た堪れなくなりもドアが壊れても風もなく光りもない、あの以前の部屋の面影すらないその部屋の隅で小さくなって俯いていた。


河口は何も言う事はなく階段をおりていったが、暫く相場が降りてくるのを下でまっていた。もしかしたら、自分の後を怒りながら追って、殴るか何か反応を得れるかと思っていたのだ。
だが、いくらまっても夕日が落ちて影がなくなっても全く音すらもしなかった事に再び腹立たしく、袋を地面に叩き落した。





次の日、朝から相場のクラスへ行ったが、姿が見当たらなかったのですぐに戻っていった。
河口は家に帰る気持ちもなく、ただ教室で夕日が照らし出す光りと影の美しいコラボしている景色を見入る。といっても、そんな教室も河口にとっては、ただただ眩しく目がシバシバするだけでもあった。

それでいて、内心落ち着かなかった。何故相場は、あんな事をいったのかと…。
それに河口も少し怒りすぎたと後悔もしていた。


以前の荒れていた‥中学時代に相場でも、そんな事をいうことはなかったからだった。
誰でもそういう時はある。あるが、「死ぬ」など声にだす奴ではなかったのだ。
そう、河口は相場が「女」の事で、落ち込んでいると決め付けていた。
・・・・・両親のことなどは、もうすでに『諦めていた』のだから。


「よし、久しぶりに合コンを開いて誘ってやろう。」
呟いて河口は携帯をだすが、するりと自分の手から携帯がぬけだす。
‥河口の携帯をとりあげたのはクラス一の毒舌女だった。

「そんな事してていいのォ?
また面接落ちたんでしょォー?女の子のとこに電話するよりも、そっちに電話したら?」

アハハと笑う幼い顔が実に腹立たしい。
佐倉 碧子18歳。ポニーティル。
佐倉も河口達と、中学の頃からといっしょだがクラスはバラバラであっても、性格上、違うクラスでもどこでも溶け込む能力があり誰でも馴れ馴れしくも、そして何かとつっかかる幼い顔と裏腹に正直というよりも容赦ない言葉を浴びせる毒舌女だった。

1度、河口が別の女の事でもめ、横からしゃしゃり出て河口をぶったのはこの佐倉だった。河口は、佐倉を女というよりも普通に男しても扱える女として接している女だった。


「うっせー、ブース!」
携帯を奪い返す河口。その単純な悪口に顔を歪める佐倉。


「な、んですってー!小学生か、ガーキ!ガーキ!」
ヒステリックに怒る姿に、同じように呼吸に連呼して声をだす佐倉。

佐倉が言葉を出そうとしたとき、その言葉を止めたのはストレートのロングヘアーの女性だった。


「河口くん。」

彼女の声をきいて河口はその声の持ち主は誰かとはわかっていた。

「久しぶりー麻衣子ちゃん。やっぱりきたんだね〜。」
佐倉とは中学と同級生なのでしっていてあたりまえだが、『やっぱり』という言葉に、疑問を浮かべた。いや、もしかしたら、バツの悪い顔を河口はした。
彼女は、相場の…「元」彼女だからだ。あんな事があって彼女はもしかしたら、しっているかと思ったからだった。
それに、昨日の今日ですでに仲直りしているかもしれない。




「あー、悪いけど、あれは悪いと思っているが、あいつがあんな事を言うとは思っても…」


とりあいず、後はモゴモゴと口の中で時間をすまそうと、そんなイイワケな事はできないと河口もわかっていたが何もそれ以上いえなかった。



だが河口がその事を高木が知ったことにより、事態は大きく変わった。


「‥拓弥君にあったの?――どこにいたの!!?」

彼女は、河口に相場の居場所を教えてもらうために声を掛けたのだった。
だが、河口には何をいっているのかは全くわからなかった。
「??どういうこと‥?」
息もせぬ聞いてくる高木は、河口の間の抜けた声により反応して、問い詰める。
河口は何の事か状況も掴めなくしばらくその綺麗な顔をみていたが、佐倉は河口が見とれていることに気づき、横から声をいれた。


「もーサンちゃんしらないの!たーくん、行方不明なんだよ。」

河口はその声に佐倉の顔をみて片眉をさげ「ハァ?」と口をあけて佐倉と高木の顔を何度もみる。やっと、その事態を飲み込むと、みるみるうちに河口の顔の表情をかえていった。


「で!もよ、、昨日‥俺相場の家にいったんだぜ。」

「!?え、‥そんなわけないわよ。
拓弥のお母さんもお父さんもいないって大変な事になってるんだから!」


そうだった。………河口は、口を紡いだ。
相場は小学当時から、「あの」秘密基地は誰にもしらせなかったのだ。

『…それにしても麻衣子ちゃんにも教えていなかったのかよ。』
口の中で呟いた後、少し険しい顔にまた心配相は隠せなかった。あの「声」をきいてしまっては。

少し考えて口を開いた。
「麻衣子ちゃんは、あいつを振ったのじゃないのか……?…」

高木は言った相手をみつめる、「ううん‥拓也から、別れを切り出されたんだよ。」


相場がいった事は嘘だった。高木は続ける


「突然、3週間前、電話で別れてほしい。っていわれて。
私、…それで、家に電話したりしたけど留守で、家に直接行ってみたけど、家出みたいな話しをきいて、それに!・・・携帯の方にかけてみたりしたんだけど、それも拒否られたりと色々して、・・・せめて理由をききたくて、学校の方にきいたら、3週間前から出席していないって。
それで、今日河口くんをなんとか捕まえられたんだけど・・・。」


「!!?」
河口は色んな事に驚きを隠せなかった。

それに3週間前も相学校すら場はきていなかったことに。この忙しい時期に3週間も!?!確かに相場は河口とはちがい進路も決まっている…が、 全く休まなかったいやサボらなかった相場が、別に休んでも単位にはひとつも影響はしないが、相場の性格を考えてそれはなかった。

相場に何かあったとしか思えない状況…
河口は気づかなかった。相場をみていなく会えなかった日々は多い。


河口はますます、青ざめる。

だが、携帯では毎日といって程少なくとも、しゃべっていた。
彼女とも、連絡つかないといっていた3週間前からもだ。河口は考える。

その時いつもと違う声じゃなかったか、いつもの調子ではなかったのか。河口の頭をぐるぐると悪質な考えに、自分の思考を追い討つ。‥それも、誕生日前に、相場の彼女の事を話題にも触れといて…!?
その時の相場は、あやふやにそれも少し様子がちがったあの会話で大丈夫と高を括ったことに。
…異常な喉の渇きと、額から異常な汗が流れる。


河口は、昨日の部屋の前へといつの間にか立っていた。
室内には、ドアは蹴り上げた同じ位置にある。


「うわ‥凄っ、何これ。一体、誰がこんな事したの?」
走ったのは河口の後に息を切らして、二人ともついてきていたのだった。
佐倉の言葉に河口は気持ちはますます揺れる。

「・・・・・」
ドアの損傷をみて高木は青ざめ本気で怖がっていた。だが、相場の事をおもうと怖さよりも足が先に動き狭い部屋の中を相場を探した。




誰もいなかった。






「・・・・・・・・・・」

高木はいつまでも探す、何か手がかりがないかと。
河口はもう部屋をみることも、口にすることもなかった。人の気配すらなかったからだ。
佐倉は高木をみていると、目頭が熱くなってそこにいられなく先に部屋を後にする・・・・・・・



明日になると、学校側からリュウガクと通達があり、卒業式の日だけは来るとしらされた。











そして、卒業式が終わった。










リュウガクした、相場は卒業式にも河口にも顔をだすことはなかった。

「サンちゃー・・・・ん」


「‥。」

相場が音沙汰なしに河口の前からきえてから、河口はあまり話すことが億劫になっていた。卒業証書の筒をもつ歩く姿に、佐倉は河口に声をかけた。「なんだ‥」と素っ気無い返事を返す。
「よかったねー。就職に卒業もできてー。できないようじゃニートだもんねー〜」
今の河口に声をかけようとする佐倉はやはり毒舌だった。

「‥頭のあるヤツはいいよな。ダイガクや、リューガクにいけるんだしよ。」
河口の言葉に佐倉は押し黙る。


「じゃあな」

河口は黙る佐倉の返す言葉なく歩き出そうとした時に聞き覚えのある声をきく。


もう外は、秋と冬が混じっていた。
風で枯れ葉が動き、一息吐くと息は少し白く、空をみては、雲がゆっくり流れていく。
河口の心をより沁みこむのを感じた。



「相変わらず、女の気持ちが分かってないんだな。」



その声に耳を疑うことなく、聞こえた相手の方へとまっずぐ二人はみつめた。
・・・・・卒業証書と、ひとつの棒をもってたっていた。


相場だった。


河口から、鼻で笑う。
「あ?リューガクしてたんじゃないのか?」

つれない相手の言葉に、歯をみせ笑う
「そっけねー言い草だな〜」

「あれれ〜?卒業証書もってるー、卒業式にでなくても卒業証書もらえるんのー。」


佐倉が気づき声にする。

その言葉をきいて嫌々な顔で佐倉の方をみて
「うわぁーーみないうちに、お似合いのカップルになったのかー。毒舌カップルによ。
ったく、卒業式に間に合うように学校側には頼んどいたんだよ。
飛行機時間が、間に合わなかったみたいでね。コレだけ今、受け取ってきたの。」


佐倉は、相場が戻ってき一安心と、それに“お似合い”と言われ照れた様子をみせるが、河口は佐倉の頬に、まるでお前は邪魔かのようにおされ抑えられる。
が、なんの事ない佐倉は、「イタイ〜ーー」と声を冗談めげ声をだし一歩下がる。

河口は相場に真剣に言う。


「謝らねーぜ。だけど、声ぐらいかけろよ。いくら鈍感だって気づくツーの」
いつもに変わらない河口の態度に、


「いいよ、別に。
そんな事されたら気持ち悪いし」

やはり、歯をみせて笑う姿は1つ上になった19歳とはいえない変わらない笑顔だった。


河口はそんな相場と話すと、心から休まる感覚を再度感じた。昔から変わらない …どんな事があっても、心は変わることもなく、こいつと一生親友になれてよかったと。




「拓也!」





まだ厄介なのにみつかったと‥といわんばかりに、相場は肩を揺らした。

「おおう、麻衣子かー久しぶりー〜」笑って高木の方へと向く。

「久しぶりじゃないわよ!」
声をあげながら相場へとズカズカと近づいていく。

「そうだ。お前、麻衣子ちゃんにも言わないで、フッたとかきいたぞ!
‥もったいなハナシだな〜
まー俺が貰ってもいいつーなら、アレだけど?」
しれと河口は口にするが、高木の方は怒りを隠さないまま、相場の方に詰め寄る。


「なんで、言わなかったのよ!」


「え?俺シカト?」
河口をすりぬけ相場に詰め寄った高木は、怒りにぶつけた。
佐倉はそんな河口をみてプッと吹き出し笑った。

「皆にも心配かけてどこいってたのよ!!私!‥私も、本当に今の今まで心配だったのよっ……」
言葉のはじめは勢いははじめにあったものの、直接相場の顔をみると安心して涙がでてきそうだったが、袖でふき取った顔は喧嘩しそうなギラギラした表情だった。
高木は、更に眼に力をいれ相場に言った。





「私といっしょになってよ。」




相場‥、河口さえも驚いた様子だった。



「いっしょになるって事は、結婚ってこと?
麻衣子ちゃん、おめでとう。」


普通のように声をだしたのは、佐倉だった。
しれっという佐倉は、いや女は強いというか相手の返事もなく、
答える相手が『イエス』『ノウ』という前に、世の中、佐倉ぐらい早い気持ちで祝ったヤツはないだろう。
その場にいる男は「それはないだろう」いっきに批難をあびているだろう。

それも
それは、『イエス』ではない答えだからだ。



「いやだよ。」
相場は変わらないその調子で声にした。続けて「どうして?」と、高木は息もなく問う。


「どうして??分からないのか?」やや眉を潜める。


「分からないわ。」







わかっていた。











とめることはできない。

相場は誰よりも、頑固でそれでいて、・・・一途だ。







「できないんだ。みればわかるだろう。」




「わからないわ。」







煩いぐらい静けさが響いていた。
が、先に喧嘩‥いや、手をださんばかりの勢いだったのは、佐倉だった。



「あーほんと、だめだよねー」




相場はそちらに顔をむけ、静かに耳を傾ける。
「こーんなに美形なのに、行方不明になって人には迷惑かけるし、その上ムカツクぐらい頭もキレる。
そりゃ、サンちゃん、怒ってドアを蹴り破るよねーアハハ」


「!…・・・お前っ」

佐倉は人を馬鹿にした笑いをしながら続ける。

「その位わかるよ。サンちゃんが怒るンだから、よっぽどだって事をね。
何かあったか分からないけど、何か酷い事しない限り、男にも女にもそういう事しないことは私だってしってるよ!
それにさ、あんなに嫌がらなくたっていいじゃん。サングラスに似合っていたのに。

突然、かけなくなっちゃって!
『なんで?』〜ってきいたら、似合わなくなったってっ。あはは!それってただの偽善者じゃん!それはその人たちの冒涜じゃないの!ただちょっと、みえっ・・・・」




佐倉の頬に、鈍い音が廊下に響く

「だまれ!!」

河口は、佐倉に手をあげていた。女にはけしてあげたことのない河口が「怒り」と「痛み」だった。

「そうだ。お前がいったとおり、俺が怒るってことは、よっぽどって事は分かってるってことだよな‥…お前は、人の痛みを少しでも想像することもできないのか!!」

「できてるよ!!
できているけど、たーくんの気持ちより、私は、麻衣子ちゃんは凄く分かるよ!
分かってるからこそ言ってるんだよ!
たーくん全然わかってない!!二人とも、女の気持ち分かってないじゃん!!」

途中から、、佐倉の声にもう河口も何も言えることがなかった。
いつの間にか佐倉は泣いていたからだった。



高木はその中、相場を見つめたまま片時も外すことはなかった。

「ありがとう。藍子ちゃん私、勇気でた。」
力む笑顔の下には、決意と確信をもっていた。


「…私と、いっしょになってくれるまで待つ。」



高木の表情はさっきよりも。
もっと鮮明に、ここにいる誰よりも澄んでいた。



一途さは相場と同じ‥、頑固さも同じ
河口は、それで理解した。



相場は、口許を引き締める。

「そこまでいうんだから、待っててもらおうかな?」


相場は凛々しい表情になっていた。
そして、高木は、当たり前的な顔をして、「ウム」と一言述べて、
美人というより、素敵な人へと移り変わっていた。


「それに女の気持ちも分かっていないヤツと同じだといわれちゃったらね。」


「ね?藍子ちゃん」


語りかけるように相場は佐倉に言い、高木も綴って苦笑をする。

佐倉は少し頬を赤めそれを隠そうかとするように、
「さ、さすがー、どっかのバカと大違いだよ!」さっきの態度とは違い、佐倉は、盛り上げはじめる。

「・・・・、バカって俺のコトか?」


「たーくんは、なんたってあの有名大学校を一発合格で入れて、それなのに嫌味もないし、女の子には優しいし、誰かさんとちがって気はついてくれるし女の子に手だってあげないし‥」

クドクド言う女に、どうやら河口自身がバカにされている事がわかった。


「あ、やっぱり男も女も心の広さで決まるんだよねー。やっぱり一途ってヤツ?」

毒舌女の話しはとどまることはなく、「あ、そだそだ!」思い出したかのよう、佐倉は鞄からとりだし、相場に近づきみせる

「これプレゼントー。結婚祝いだよ。」

佐倉はあの時部屋にいったときのものをとりだし相場にかけたのだった。
「てっ!それ俺が用意してたヤツ・・・なんでとってんだよ!」

「少しこわれてるし、捨ててあると思って」

「捨ててねーよ!それに相場は待つとかいったんだぞ、気が早いつーの!」
「まぁいーじゃん!」

佐倉はそう言い、相場もつられて口にする。



「しかし、全く俺らは成長しないよな〜」

相場はニシシと笑い、
それをみた河口は、自然と顔が緩む。


何も変わることもない何かを増えても、失っても‥
眼がみえなくても・いなくとも、



きっと何も変わらない。

・・・そこには、いつもの日常がある。








佐倉は笑いかける。



「これでいつもと同じだね。


サングラス男だから、サンちゃん」


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◎「サングラス男だからサンちゃん」

著者:なずな  


「サングラス男だから サンちゃん」
・・・・「とでも 呼べば いい・・」

「おじさん」「あっちのおじさん」と
言いにくそうに 言い分けていた小学生の私に 気を使って
見張り役の 男はそう言った。

下手なネーミング。
頭 悪そう。

に しても 退屈。


「いつまで ここにいなくちゃいけないの?」

「知らねーよ・・・いや 詳しいことは解からないんだ ごめんよ。」

親の趣味で着せらていたワンピースの雰囲気や 顔の作りの幼さからか
こんな私に「サンちゃん」は 言葉をずいぶん選んでしゃべってくれた。

計画の内容も きっと何にも知らされてない 下っ端なんだろう。
私を ここへ連れてくるなんてトンマなことして 
きっと こっぴどく怒られたにちがいないんだ。



今 きっと 上の人たちが 
私の別の使い道を 話し合ってるところ。

使い道が無けりゃ、やっぱりどっかに沈められちゃうのかな・・。

ゆっくり 時間をかけて 
身代金の請求先やら 罪のなすりつけ先やら
考えてくれるといい。
警察がここに 気づくまで。

とにかく この退屈な時間 どうしよう・・。


         *


私は 「サンちゃん」と遊ぶことにした。

他のヤツは 子どもなんか ハナっから大嫌いだったので
私が「サンちゃん」に懐いたのをいいことに
見張りをさぼって 昼寝したり どこかへ行ったりしていた。


ずっと 「サンちゃん」は 私のおもりをしてくれたんだ。

石ころ集めてきてもらって おはじきしたり
しりとりしたり・・ そうそう、ゼスチャーゲームとかね
思いつくまま 色んな遊びをした。

「サンちゃん」は しりとりが苦手。語彙が少ないの。
やった、見つけたって顔して 言い出す言葉は ことごとく「ん」で終わった。

「へぇぇ・・小学生って そんな言葉知ってるんですか。驚きました。」
なんてね。おっかしいの。




ドアが開いて 警察の人たちが 入ってきた。
「サンちゃん」が真っ先に取り押さえられた。
そのとき「サンちゃん」何してたと思う?
コマーシャルのマネして クネクネ踊ってくれてたんだよ。

ま、そんな 「サンちゃん」だから すぐに 釈放されたけどね。


          *
   

今日 新聞の 小さな記事を見つけたの。
失敗を責められた上、「保育士になりたい」って言って 
組抜けようとして 蹴られて 死んじゃったチンピラ。
別名名乗ってたらしいけど 本名「三平」だったの。サンペイ。


「サンちゃん」バカだなぁ・・。
「純真な子ども」やってたことでさえ 私にとっちゃ お遊びのうちだったのに。
そんなのに すっかり、乗せられちゃってさ。
 保育士だって?

「サンちゃん」 ほんとにバカだった。


家にいた私を そのままにしておけば
計画どおりだったのに。
 
だって 警察が来て 聞き込みでもすりゃ すぐ解かる。
両親の不仲。 私の「ゆがんだ性格」
大声の親子ゲンカ。私が持ってる金属バット。
日記に書いた さまざまな 親を恨んでいた「証拠」。
「殺意の証拠」。


バカな下っ端の「サンちゃん」。
「サンちゃん」さえ 余計なことしなけりゃ
上の人達の計画は 完璧だった。

物音に気づいて 部屋に倒れてる両親を見てびっくりしたの。
何しろ 自分が殺したとしか思えないような 状況だったからね・・。


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◎「何しろ、自分が殺したとしか思えないような状況だからね」

著者:七夜実  


「何しろ、自分が殺したとしか思えないような状況だからね」

「自慢しながら話すことじゃないと思うけど」

「仕方ないじゃん。こんなにもはっきりしてるんだもの」

「でも、何にも憶えてない。そうだよね?」

「そうなんだよねぇ、全く」



ロッカーに詰まった彼は、見るからに悩み満々だった。

私はそれを、スパゲッティーを食べながら見つめていた。



「で、どうするの?」

「どうするって、何を?」

「死体」

「あー・・・入れたまんまにしておく訳にもいかないか」

「臭うしね」

「そう?」

「あんたは別、あんたは」

「そういや風呂入ってないんだな、長いこと」

「笑いながら言うな、それを」



一段と派手に笑う顔の横にもう一つ、こちらを向いた顔が見える。

最も、明らかに死んでいる、という顔をしているが。

死体が上になっていたならば、この笑い声もアヒルの悲鳴にしか聞こえなかったに違いない。

全く、惜しいことだ。



「ところで何食べてるの?」

「ナポリタン」

「・・・こんな状況で、よくもまぁ食欲が」

「あんたが言うな」

「なら続きを言ってくれる?」

「言わない」

「なら言う」

「言わなくていい」

「じゃあ、ちょっとくれ」

「・・・食べたいなら食べたいと」

「そこで食うからだろ」

「テーブルが無い」

「買えよ」

「このロッカーが邪魔」



四畳半の部屋に2メートル近い箱が置いてあって、一体何を置けというのか。

それまで使っていたちゃぶ台も、こいつの『引っ越し』の時に「邪魔だから」という理由で、勝手に捨てられたのだ。

ロッカーをその代わりに使ったからといって、一体何の文句がある!



「とりあえず、ドアに腹が密着してるから、そこに置かれると熱くてたまんない」

「置くところがない」

「なら台所で」

「ここ共同」

「じゃあ床」

「・・・あんたの上にベニア板でも乗っけてあげようか?それだったら臭いもしないし、熱くもないんじゃない?」

「・・・・・・出て行けと!」

「その状態で出来るんならね!」



小休止。

食事は終了。

とりあえず、食器を洗わないと。

話は後・・・・・・ん、話?



「あ、そうだ」

「どうした?」

「話逸れちゃって忘れてたけど、その死体」

「あ」

「忘れてた?」

「すっかり」

「で、どうする?」

「どうするって、捨てるんだよ、もちろん」

「・・・ドアを開け」

「駄目」

「即答するんじゃない」

「そういう約束だ」

「した憶えはない」

「うんって言った」

「言ってない」

「うなづいてた」

「見えるのか?」

「気配だよ、気配」

「分かるわけないだろ!」



小休止。



「そもそもだよ、そもそも」

「ん?」

「このドアには鍵が掛かっているから、何人たりとも開けることは不可能なのだよ。忘れてたね?」

「不適に笑うんじゃない」

「悔しいだろ?」

「んな訳あるか!」

「まぁ、だからこそ殺したのは自分しか考えられない訳でして」

「無視か・・・」

「ともかく、このドアは開かないのだ!不可能!インポッシボー!」

「だから威張る・・・じゃあ、誰が鍵を掛けたんだ、このロッカー」



そうだった。

こいつ、自分で鍵掛けられないじゃない。

その質問に対し、幾らか落ち着いた様子で答え出す。



「それは鍵を捨てた人が・・・」



そこではた、と声が止まった。

あわてて隣の死体の顔をのぞき込む。

そして、素っ頓狂な叫び声をあげた後、見たこともないような顔をして黙り込んでしまった。



「何だよ、その、ビタミン剤と間違えて下剤を呑んでしまったことに唐突に気付いたかのような、よじれきった顔は」


∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 


◎「何だよ、その、ビタミン剤と間違えて下剤を呑んでしまったことに唐突に気付いたかのような、よじれきった顔は」


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 


出題者:松永 夏馬

作品名:「麦酒の家の冒険」 著:西澤保彦

正解者:仁野 知 七夜実&Router


前回の作品を、あのままで終わらせるのが凄く辛かったので、敢えて勝手に続編を書かせて貰った。
パロディのような雰囲気で申し訳無い。
それから、又々勝手に名前を使用された某女性にも、スマンね・・・と。

2005.09.21 07:23 URL | 九龍 #NN0jmGmk [ 編集 ]

みんなお疲れ様!という事で
この題材で、コメディ路線が以外に少なかった事がアタシの中での一番の驚きだったりしないでもないわけですが(笑
なにはともあれ、今回も楽しく読ませていただけた事と参加できたことに感謝をw
また次回もよろしくお願いしますねぃ♪

2005.09.21 10:19 URL | シー・メル #nYAHPjdU [ 編集 ]


これは・・・プリントアウトしないと;。

一気には読めない;。

わくわく o(^-^o)o(^-^)o(o^-^)o♪

お持ち帰りしまぁす。

みなさん、おつかれさまでーす。



2005.09.21 13:35 URL | kazumi ☆ #G/R0oQrY [ 編集 ]

あのお題では 想像もつかなかったくらい 
面白い作品がいっぱいですね。
ゆっくり読ませてもらいます(^_^)

次回もヨロシクお願いします。
(終わったところで 気が大きくなっている)

編集お疲れ様でした。

2005.09.21 17:49 URL | なずな #mQop/nM. [ 編集 ]

こんにちわ。
編集お疲れ様です。
昨日更新されていたので、勇んで読みました。
皆様、素晴らしかったです!
しかし、一気に読んだので頭がくらくら〜♪

それから、

健康状態が思わしくないため、
次回は申し訳ありませんが遠慮させていただきます。
回復しましたら、連絡しますので、
その時は、またよろしくお願いします。
(えっと、これは「みそ」つきませんよね。ね。ね。)
それでは^^

2005.09.21 18:39 URL | かゆり #Ys8GLhUo [ 編集 ]

はじめまして。黒沢柚月と申します。
しばらくロムっておりましたが、今回の作品を読ませていただいて、
私もぜひ参加させていただきたいなぁと思いまして・・・
参加希望です><
次の回から、仲間にいれてもらえないでしょうか?

2005.09.21 18:55 URL | 柚月 #- [ 編集 ]

自分が「セリフだけの短編」を書いてみたくてセリフ縛りにしてみましたけど、お題がお題なだけに笑えるのが多くて楽しいですね。誰が中性洗剤だ(爆笑)
私「セリフだけの短編」とか言いながらコント台本みたいですけど。

お題ネタは西澤保彦の「麦酒の家の冒険」でした。読んだことある人なら絶対わかると思ったので正解者は同類だと思います。あ、知サンは別ですよ。どんだけ幅広いんスかアンタ。

そんなわけで次回のお題は、超個人的な理由で「亜季サン」に。
もう一人は、同類の「七夜実サン」(同類はRouter氏?)にお願いします。

GURA姐に頼もうと思ったけど「みそ」付くくらい大変みたいなんで。


追伸。友よ。
続編・・・とか言いながら、コレこそ続きが気になるじゃぁないですか! ココからどう展開するんですか!(笑)

2005.09.21 19:10 URL | 松永 夏馬 #- [ 編集 ]

 編集作業、御疲れ様です。この日を楽しみにしておりました。
 作品の方、一通り読ませていただきましたが、実に多彩ですねえ〜。また詳しい感想は、後ほどトラックバックでもさせていただこうと思っております。
 
 すいません、それともうひとつ。申し訳ないのですが次回のMCは中間テストの時期と思いっきりかぶっておりますので、ご遠慮させていただきます。今回参加したばかりだというのにすみません。

 ではでは、また。

2005.09.21 20:54 URL | 仁野 #2eCz48es [ 編集 ]

みなさん、お疲れ様です。
内藤さん編集お疲れ。
内藤ファミリー殿、審査頼んですみませんでした。(汗

それにしても、お題がお題のためか笑い路線が多いなぁ。
僕のはスルーしてくださいね♪(切実

さてと、腰を据えて読むとします。
あ、その前に勉強が……(涙

P.S
はて、通り名リストは更新されるのかな?
(増えたらおもしろいな♪)

2005.09.21 20:57 URL | 一茶 #YM16R1CM [ 編集 ]

本当にすいません。。。

自分の毛穴から変な泡が出ちゃってるのとかも気づかなかったくらいで。。(言い訳見苦

2005.09.21 22:38 URL | GURAみそ #- [ 編集 ]

>どんだけ幅広いんスかアンタ。
古典作品からファンタジーまで何でも読みますw
基本的に薦められたら読んでましたから。

2005.09.23 21:35 URL | 知 #- [ 編集 ]

こんにちわ。
お疲れ様です!って皆より遅く
コメントに参りました。(爆)

いやーもー
そのことについては(絶句)


ところで深夜といえど一日遅かった
私は3日間「みそ」つけなきゃダメだよね?

2005.09.24 11:34 URL | おデブちゃん #bhhZubZs [ 編集 ]













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