Mystery Circle

創造と想像が好きな人々の為に ―ようこそ、奇譚の円環へ。―

【警部補・古葉谷三郎 〜凝りすぎなコメディアン〜 解答編】

 
*2004年1月10日午後9時30分、原田幹二のマンション

 再び島田は現場のリビングに連れてこられた。同じようにキッチンの椅子に古葉谷と向かい合って座る、舞住は少し離れたところに立ったままだ。
「えー、お忙しいところを何度もお呼び立てしてすみません。もう一度お話を伺いたくて。よろしいでしょうか?」
「よろしいも何も、警察に来いって言われりゃ来なきゃならないでしょう?」
 島田は不機嫌に答えた。この刑事はどうもムシが好かない。
「本当にすみません」
「で?」
「はい?」
「だから、何が訊きたいんですか? 訊きたいから私を呼んだんでしょう?」
「えー、正確には、訊きたいのではなく、聞かせたい、です。面白いことがわかりまして。
 やはりカンジさんは殺害されたと思われます」
 困惑する島田。どういうことだ、自分の偽装になにかミスがあったのか? そんな島田の不安をよそに、古葉谷が楽しそうに言葉を続けた。
「そうそう、部屋のクローゼットの中から本当にソムリエが着る服がみつかりましたよ。私は冗談とばかり思ってましたが。その他、マナーブックやワインに関するものがいっぱい出てきました、お好きなんですねぇ。
 所属事務所の方にお話を聞いたら、以前はコーヒーに凝ってらしたそうですね。その前はギターでしたっけ?」
「ちょっとまってください。殺人? それは確かなんですか? それに、事件とカンジが凝り性だったことと関係があるんですか」
「まあ、それほど関係ありません」
 古葉谷は少し笑って言った。そして文句を言いかけた島田を黙らせてすぐに続ける。
「実は私がずっと気になっていたものがありまして、ちょっと調べてもらいました。その結果ですね、犯行以後にカンジさん以外の人物がここにいた、ということがわかりまして。
 おそらく、一緒にワインを飲んだ人物がいるのです。もちろん自分のグラスには毒が入っていないワインですよ」
 見てきたように言う古葉谷に島田は寒気を感じた。なぜ、こんなに自信たっぷりに言いきれるのだろうか。
「どうしてそんなことが言えるのですか? なにか確実な証拠でも……?」
「ワイングラスです」
「ワイングラス?」
「はい。キッチンに出ていたワイングラスラックに掛かっていたワイングラスのうち、ひとつはカンジさん以外の人物が洗ったことがわかりました」
「どうしてそんなことがいえるのですか!」
 無意識のうちに声を荒げて島田は繰り返す。額にうっすらと汗をかいていた。
「えー、普通、ワイングラスを洗った後はラックにかけて自然乾燥させるんだそうです。そのためのグラスラックですから。
 布巾で拭いたりすると傷がついたり、逆にグラスが曇ったりするのです。
 その他のワイングラスがそうであったように、カンジさんはそういう知識にのっとって、グラスを布巾で拭いたりはしません。
 しかし、実際にひとつのグラスが布巾で拭かれていました。カンジさん以外の誰かがワイングラスを片付けたことになります。」
「いや、あの、もしかしてカンジには、洗い物をしてくれるような女性がいたのかもしれません、そういう考えも……?」
「ワインを注ぐときにグラスを持つのも注意する人ですよねカンジさんは。そういう女性がいたとしても、注意してやり直させるなり、自分で洗い直すなりするでしょう」
 島田は言葉につまり何も言えなくなった。古葉谷は満足そうに頷くと、話を続けた。
「したがって、青酸カリは即効性ですから、カンジさんが毒を飲んで亡くなった後に、何者かがもうひとつのグラスを洗ったことは間違いありません。そうですね?」
 しぶしぶといった感じで島田は頷いた。古葉谷は続ける。
「その何者かが部屋を施錠して逃げた」
「ど、どうやって部屋を密室にしたって……」
「合鍵くらいあるでしょう。近しい人物なら合鍵の隠し場所を知っていてもおかしくはありませんし、こっそり作ることだってできるでしょう。
 コージさん、この事件が殺人事件であることには納得していただけましたか?」
 島田は流れ出る汗をハンカチで拭く。まだだ、まだ俺が犯人だとバレたわけではないはずだ、そう言い聞かせて、島田はつばを飲みこみ、大きく息を吐いた。
「わ、わかりました。殺人事件だということは納得しましょう。では、誰がこんなことを?」
 不敵な笑みを浮かべたまま、古葉谷は島田をじっと見たまま目をそらさなかった。
「私? ははは・・なぜ私が相方を殺さなければならんのですか? それとも私が殺したという証拠でも?」
 古葉谷はニヤリと笑った。
「実はコージさん。あなた、昼間お会いした時に自白されてるんですよ」
 島田は傍目から見てもわかるほど驚いた。
「何を言っているのか・・・」
「コージさんは最初に、『カンジさんが密室の中でワインを飲んで自殺した』とおっしゃいました。しかし、私は『ワインを飲んだ』なんて一言も言ってないんです。どうして『ワイン』だと知っていたのです?」
 島田は愕然とした。たしかに古葉谷は『ワイン』なんて言ってなかった。しかし……取り繕うように島田はまくし立てる。
「カンジはワインに凝ってたし、第一そのとき丁度ワインの話題をしていたんだ。勘違いをしたとしてもおかしくはないじゃないか! その……シャトーなんとかってワイン……」
「シャトー・ディケムです。」
「そう、それ! 話の中にいくつもワインの名前が出てくれば、シャトー・ディケムを飲んだと思い違いをしたとしても……」
 古葉谷の視線に、島田は言葉を止めた。
「はい。舞住君も聞きましたね?
 えー、私、確かにあのときワインの話題をしていましたし、ワインの銘柄をいくつも並べました。シャルルマーニュにドン・ペリニヨン、ロマネ・コンティにリンデマン・シャブリにベーレン・アウスレーゼ、それからモンラッシュですか。
 しかし、シャトー、なんて一言も言ってません。もちろん犯行に使われたシャトー・ディケムは鑑識が持っていってしまってこの部屋にはありません。
 コージさん、被害者がシャトー・ディケムを飲んで死んだことを知っているのは、あなたが犯人だからです。
 ……間違いありませんね?」
 島田の汗は引いていた。しかし、青ざめた顔と震える肩は古葉谷の言葉を否定していなかった。
「行きましょう」
 古葉谷が促す。
「あの時……ワイングラスを拭いたのが間違いだったのかな」
「えー……残念ですがコージさん。濡れたグラスが残っていれば同じことです」
 島田は寂しく笑うと呟いた。
「最悪のオチだ、笑えない」













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